氷室。 その名が告げられた瞬間、隣で奏くんが小さく舌打ちをした。 脳内で警報が鳴り響く。まさか、奏くんの父親。 「一年間、君たちには地獄を見てもらうことになるかもしれないが……覚悟はいいかね?」 氷室教授は楽しげに目を細めた。その瞳の色は奏くんと同じ灰色だが、そこにあるのは静かな情熱ではない。底知れない支配者の色だ。 ラスボス降臨。 新学期の初日にして、私の運命は『詰み』の気配を漂わせていた。 蛇に睨まれた蛙のように、全身の毛穴が収縮する。冷や汗が背中を伝う感覚が気持ち悪い。 「……さて、まずはメンバーの確認といこうか」 教授は手元の名簿に目を落とし、事務的に出席を取り始めた。名前を呼ばれた学生が裏返った声で返事をするたび、眼鏡の奥で値踏みするような光が瞬く。 「――天王寺、輝」 ついにその名が呼ばれた。 右隣で、スッと手が挙がる。 「はい」 淀みのない返事。爽やかな声色の中に、決して屈しない鋼の芯が通っている。 教授はゆっくりと顔を上げ、輝くんを見据えた。 「天王寺……。フッ、君がそうか」 「何か?」 「いや。噂には聞いているよ。天王寺グループの御曹司にして、学業優秀、品行方正。……だが、私のゼミでは親の七光りは通用しない。それを肝に銘じておくことだね」 明確な敵意を含んだ先制攻撃。 輝くんは眉一つ動かさず、完璧なポーカーフェイスで微笑み返した。 「ご忠告、痛み入ります。ですがご心配なく。俺は自分の力でここに来ましたから」 「ほう……口だけは達者なようだ」 視線だけで人が殺せそうな睨み合いに、胃痛が加速する。 教授は興味を失ったように視線を外し、次の名前に移った。 「――氷室、奏」 「……はい」 左隣から不機嫌な声が上がる。教授は実の息子に対し、さらに冷ややかな視線を向けた。 「公私混同は好まないが……あえて言おう。私の名を汚すような真似だけはするなよ」 「分かっています」 奏くんが唇を噛み締める。その横顔に落ちた影を見て、胸が痛んだ。親子とは思えない冷え切った関係。彼が纏う孤独の正体を、垣間見た気がした。 そして、ついに私の番が回ってくる。 「――月詠、栞」 「は、ひゃいっ!」 情けない声が教室に響き渡った。穴があったら入りたい。 教授は名簿から視線を
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