All Chapters of 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話 発信ボタンの前で

 翌日、私は大学の講義が終わった後も、一人、誰もいない教室の隅でスマートフォンの画面を睨みつけていた。昨日、あれから一睡もできていない。三人の顔と、自分の今までの奇行と、胸の中に生まれたこの温かい感情を交互に反芻していたら、あっという間に空が白んでいた。  画面には、たった一人の名前が表示されている。『天王寺 輝』。  何度も、何度も、発信ボタンを押そうとしては、指が震えて寸前で止まってしまう。  何を話せばいい? そもそも、呼び出してどうするつもりなの? 自分の気持ちを、伝える? なんて?  ぐるぐると、思考が同じ場所を回り続ける。  私の頭の中は、相変わらずBLゲーム『Fallen Covenant』のことでいっぱいだ。今日も講義中に、推しカプであるジークとアークの新しいイベントシナリオが配信されたことを知らせる通知が届いて、危うく変な声が出そうになった。  こんな私が、誰かと付き合うなんて。それも、あの天王寺先輩と、なんて。あまりにも不釣り合いだ。彼は学園の太陽で、私はその光もろくに浴びずに、日陰でじっとBLの栄養素だけを摂取して生きている腐った植物みたいなものなのに。  でも、と心の中で声がする。  あの時、図書館で私のために伸ばしてくれた腕の感触。私を心配してくれた時の、真剣な眼差し。いつだって、私の奇行に困ったように笑いながらも、決して突き放したりしなかった、あの優しい笑顔。  フィルターのない目で思い出す彼の姿は、あまりにも眩しくて、胸の奥がきゅっと締め付けられる。  この温かい感情の正体を、私はもう知っている。  これは、恋だ。  画面の中のキャラクターに向ける「尊い」という感情とは全く違う、現実の、一人の男性に向けられた、どうしようもないくらい個人的で、身勝手な想い。  ちゃんと、伝えなくちゃ。たとえ、どんな結果になったとしても。私の壮大な勘違いで、彼を、そして他の二人を振り回してしまったことへの謝罪と、そして、私の、本当の気持ちを。  私は一度、ぎゅっと目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。そして、今度こそ、ためらうことなく画面をタップする。  コール音が、やけに大きく心臓に響く。一回、二回……。留守電に切り替わる直前、不意に音が途切れ、昨日からずっと私の頭を支配している声が、鼓膜を震わせた。 『――もしもし、月詠さん?
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第32話 私も好きです

 腹を、括るしかなかった。  震える唇を一度きつく結び、私はほとんど祈るような気持ちで、言葉を紡ぎ出した。 「私……っ、先輩のことが、好き、です」  声が、震えていた。情けないくらいに小さくて、風に掻き消されてしまいそうだ。でも、彼は聞き逃さなかった。彼の肩が、ほんのわずかにぴくりと動く。その反応に、私の心臓は喜びと恐怖で同時に鷲掴みにされた。  でも、ここで止められない。一番大事なことを、伝えなければ。 「でも! でも、私、先輩が思ってるような、キラキラした普通の女の子じゃ、全然なくて!」  必死だった。身振り手振りを交え、支離滅裂になりそうな思考を必死に言葉に変える。 「講義中も、頭の中は別のことでいっぱいで! かっこいい男の子を見ても、その隣にいる男の子との関係性を妄想しちゃうような、そういう、腐った人間なんです!」  ああ、もうダメだ。自分で自分の墓穴を掘っている。こんなことを聞かされて、好きでいてくれる人なんて、いるはずがない。ドン引きされて、軽蔑されて、それで終わりだ。  涙が滲んできて、彼の顔がぼやけて見える。でも、ここで目を逸らしたら、私は一生後悔する。  私は最後の勇気を振り絞り、滲む視界のまま、彼の瞳をまっすぐに見つめた。そして、ほとんど叫ぶように、私の本心をぶつけた。 「私の頭の中は、これからも多分、男の子同士の恋愛でいっぱいです! それに、先輩と氷室くんが並んでるのを見たら、今でも、やっぱり、ちょっとだけ、ときめいちゃいます! そんな、どうしようもない人間なんです!」  言い切った。息が、切れた。全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。  もう、これ以上、取り繕うことなんてできない。これが、私の全てだ。  私は俯いて、か細い、最後の声で問いかけた。 「……それでも、いいですか……?」  それは、告白というよりは、許しを乞うような響きを持っていた。  答えが、怖い。  静寂が、中庭を支配する。風の音と、自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。一秒が、一時間にも感じられる。  やがて、彼の、小さな、小さなため息が聞こえた。  ああ、終わった。呆れられてしまったんだ。  そう思って、ぎゅっと目を瞑った、その時だった。◇ ふ、と。  彼の唇から、息が漏れるような笑いがこぼれた。  そ
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第33話 初めての待ち合わせ

 彼の大きな手が、そっと私の頭に置かれる。わしゃわしゃと、少しだけ乱暴に髪を撫でられた。それは、ラブコメの王道シチュエーションである「頭ポンポン」なんかじゃなく、もっとずっと気安い、親密な手つきだった。 「君のその、変なフィルターも、突拍子もない妄想も、全部ひっくるめて、君なんだろ?」  先輩は、私の顔を覗き込むように少しだけ屈むと、今まで見た中で一番優しい笑顔で、言った。 「そんな君ごと、全部好きだよ」  次の瞬間、私の体は、ふわりと温かいものに包まれていた。  広い胸板。がっしりとした腕。私の心臓のすぐ近くで、彼の心臓が、私と同じくらい、あるいはそれ以上に速く鼓動しているのが伝わってくる。さっきまで冷え切っていた指先まで、彼の体温が伝わって、じんわりと熱を取り戻していく。  抱きしめられている。  その事実を理解した途端、堪えていた涙の堰が、完全に決壊した。 「う……わあああああん……!」  子供みたいに、声を上げて泣いた。嬉しくて、安心して、恥ずかしくて、もう、ぐちゃぐちゃの感情だった。先輩は何も言わず、ただ、私が泣き止むまで、その腕の力を緩めることなく、強く、強く抱きしめてくれていた。  夕焼けが、世界を茜色に染め上げていく。  こうして、私の二十年間の人生において、初めての彼氏ができた。◇「か、彼氏、ができた……」  あの日から三日経っても、私はまだ現実と夢の狭間をふわふわと漂っている気分だった。鏡に映る自分の顔をつねってみても、頬に鈍い痛みが走るだけ。スマホのトーク履歴には、確かに天王寺先輩との甘いやり取りが残っている。『おはよう』とか『おやすみ』とか、たったそれだけの短い言葉の応酬に、いちいち心臓が跳ねて、ベッドの上を転がり回ってしまう。  そして今日、私は人生で初めての「デート」というものに臨んでいた。  駅前の広場。待ち合わせ時間の十分も前に着いてしまった私は、近くの柱の陰に隠れるようにして、落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回していた。  服装は、乃亜に泣きついて選んでもらった、淡いラベンダー色のワンピース。いつもみたいにオーバーサイズのパーカーにジャージじゃない自分の姿が、なんだか他人のように見えて、そわそわしてしまう。度の強い黒縁メガネも、乃亜の「今日くらい外しなさいよ!」という鶴の一声で、コンタクトレンズに
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第34話 繋いだ手の汗

 私の頭は、完全にキャパシティオーバーを起こしていた。え? なに? 諦めてない? 宣戦布告?  フィクションの世界ではよくある展開だ。乙女ゲームなら、ここからライバルキャラクターとの好感度バトルが始まるルートに突入する。でも、ここは三次元の、現実の、駅前広場のど真ん中だ。  どうしよう、どうしよう。私が何か言わなければ。でも、何を?  私が口をパクパクさせていると、隣に立つ天王寺先輩が、ふっと息を漏らすように笑った。その笑い声には、呆れと、それからほんの少しの楽しそうな響きが混じっている。  次の瞬間、私の右手は、温かくて大きな手によって、ぐっと力強く掴まれた。  指が、一本ずつ丁寧に絡め取られる。いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。驚いて天王寺先輩の顔を見上げると、彼は私ではなく、目の前に立つ二人をまっすぐに見据えていた。そして、その口元には、いつもの爽やかな王子様スマイルとは全く違う、不敵な笑みが浮かんでいた。 「――ライバルが多いのも、悪くない」  彼の低い声が、はっきりと私の耳に届く。それは、今まで聞いたことのない、少しだけ独占欲の滲んだ、男の人の声だった。 「栞は、俺がもらった。簡単に諦めてくれるとは思ってないけど、手放すつもりも、もちろんないから」  その言葉に、陽翔くんは一瞬悔しそうに顔を歪めたが、すぐに挑戦的な笑みを浮かべ直した。 「せいぜい、油断しないことだね。俺は本気だから」  氷室くんは何も言わなかったが、その静かな灰色の瞳が、雄弁に「同意する」と語っていた。  二人はそれだけ言うと、まるで示し合わせたかのようにくるりと背を向け、雑踏の中へと消えていく。嵐のように現れて、嵐のように去っていった。  後に残されたのは、手を繋いだまま呆然と立ち尽くす私と、どこか楽しそうに目を細めている、私の初めての彼氏だけ。  繋がれた手から、彼の体温が伝わってくる。胸の奥が、きゅうっと甘く痛んだ。  BLの神視点プロデューサー気取りだった私の日常は、どこへ行ってしまったのだろう。幸せなはずなのに、前途多難すぎる。 「私のリアル、乙女ゲームよりルート分岐が激しいんですけど!?」  私の心の絶叫は、駅前の喧騒に虚しく溶けていった。◇ 天王寺輝くんと私が、お付き合いを始めてから一ヶ月が経った。 「先輩」から「輝くん」へ。呼び直すたび
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第35話 ケーキのせいにして

 私の足がふと止まったことに気づいた輝くんが、心配そうに顔を覗き込んできた。少し屈んで目線を合わせてくれるその優しさに、心臓がきゅっと甘く痛む。陽の光を浴びて、彼の明るい茶色の髪がきらきらと輝いて、あまりの眩しさに目が眩みそうになる。 「う、ううん、大丈夫!全然疲れてないよ!」  ぶんぶんと大袈裟に首を横に振って見せると、彼はくすりと楽しそうに笑った。 「ならいいけど。さっきから、なんだか上の空だったから」 「そ、そんなことないよ!?」  どきりとした。彼の言う通り、私の意識は数分前から目の前の彼氏ではなく、別の場所へと飛んでいたのだ。  原因は、さっき私達の前を通り過ぎていった、二人の男子大学生。一人は黒髪で少し不機嫌そうな顔をしたクール系、もう一人は人懐っこそうな笑顔を浮かべたわんこ系。ただそれだけ。普通の人が見れば、なんてことのない友人同士の姿。  しかし、私の脳内に搭載された高性能BLフィルターは、その一瞬の光景を見逃さなかった。  (……今の、絶対そう。黒髪くん、わんこくんの持ってるクレープ、一口ちょうだいって言われただけで耳まで赤くなってた。素直じゃないんだから。本当は自分から『半分こ、しよ?』って言いたいのに。ああ、尊い……!あの二人の馴れ初めは?大学デビューで友達できなくて焦ってたわんこくんに、黒髪くんが『うるさい』とか言いながらも課題手伝ってあげたのがきっかけとか?ありがちだけど、それがいい……!)  脳内で勝手にカップリングを成立させ、馴れ初めから初デートまでの妄想をノンストップで繰り広げる。これが私の特技であり、趣味であり、生き甲斐だった。彼氏ができたからといって、この習性がそう簡単に消えるはずもない。  じゅわ、と幸せな妄想が脳に満ちていく。ああ、やっぱり人の恋路を神の視点から見守るのは最高だ。この多幸感は何物にも代えがたい。 「……しおり?」  すぐ耳元で、少しだけ低くなった輝くんの声が聞こえて、はっと我に返った。いつの間にか、彼の顔がすぐそこまで近づいていて、息がかかるほどの距離に整った顔がある。長い睫毛に縁取られた、蜂蜜色の瞳がじっと私を見つめていた。 「な、なに……?」 「俺が隣にいるのに、そんなに夢中になるなんて。一体、何を見てたの?」  その声には、いつもの砂糖菓子みたいな甘さだけじゃなく、ほんの少し
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第36話 部屋へのお誘い

 慌ててそう言うと、彼は少しだけ驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうにふわりと微笑んだ。 「そっか。なら、よかった」  その笑顔は、いつもの太陽みたいに眩しい王子様の笑顔だった。でも、今の私には、その裏に隠されたほんの少しの不安が見えたような気がした。  彼だって、完璧超人なんかじゃない。大企業の御曹司で、誰からも好かれる人気者だけど、その内面は、私と同じように恋人に不安を抱いたり、嫉妬したりする、一人の男の子なんだ。  その事実に、なんだか無性に愛しさが込み上げてくる。 「……輝くん」 「ん?」 「あのね、私の部屋、寄ってかない?」  自分でも驚くほど、自然にその言葉が口から出ていた。輝くんは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにその意味を理解したのか、耳をほんのりと赤く染めた。 「……それって、お誘い、ってことでいいの?」 「う、うん……その、まだ時間も早いし……お茶、でも……」  しどろもどろになる私を見て、彼はたまらなそうにくしゃりと髪をかき混ぜると、「……敵わないなぁ」と幸せそうに呟いた。  私の部屋は、大学から歩いて十分ほどの距離にある、ごく普通のワンルームマンションだ。オートロックなんて気の利いたものはなく、陽の当たらないコンクリートの外階段を、一歩一歩、彼の革靴の音と私のスニーカーの音が重なって響く。二階の角部屋。見慣れたはずの「203」という錆びかけたプレートが、今日はやけに重々しく見える。  カバンから鍵を取り出す指が、緊張でわずかに震えた。お世辞にも綺麗とは言えない。むしろ、散らかっている部類に入るだろう。昨日の夜脱ぎ捨てたスウェットがソファにかけっぱなしだし、ローテーブルには飲みかけのマグカップが置いてあるかもしれない。それでも、彼を招き入れたかった。さっきまでの不安そうな彼を見ていたら、言葉だけじゃなく、何かで安心させてあげたいと思ってしまったのだ。 「ど、どうぞ……本当に、散らかってるけど」 「お邪魔します」  ギ、と小さな軋む音を立ててドアを開けると、西日が差し込む狭い玄関に、彼の爽やかなコロンの香りがふわりと流れ込んだ。私の生活の匂いと混じり合って、不思議な感覚に陥る。輝くんは少しだけ緊張した面持ちで、私の脱ぎ散らかしたスニーカーの隣に、高そうな革靴をきっちりと揃えて足を踏み入れた。  倒れた日に
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第37話 神棚と彼氏

 彼の蜂蜜色の瞳が、困惑と、そして今まで見たことのない色を宿して、まっすぐに私を射抜いていた。  私の脳内BLフィルターが砕け散ってからまだ一ヶ月。今度は、私の人間としての尊厳が、音を立てて砕け散ろうとしていた。  私が言葉に詰まっていると、輝くんは手に持った本(よりによって一番表紙がセンシティブなやつ)をパラ、と乾いた音を立てて中身を数ページめくった。静かな部屋に、その紙の擦れる音だけがやけに大きく響く。  ああああ! 見ないで! そこはR-18指定です!  私の心臓が喉から飛び出し、羞恥で爆発四散する寸前、輝くんは静かに本を閉じ、本棚に戻した。  そして、私の本棚の前で腕を組み、完璧な彫刻のような横顔で沈黙した。 「…………」 「…………」  息が詰まる。彼の視線の先にあるのは、言うまでもない。私の人生の全て。血と汗と涙の結晶。  ――背表紙で熱い抱擁を交わすイケメンたちがひしめく、BL同人誌の山。  あ、終わった。私のリアル乙女ゲーム、バッドエンド確定ルートだ。  脳内で鳴り響く間の抜けた『GAME OVER』のファンファーレを聞きながら、私はフローリングの床に正座したまま、じっと時が過ぎるのを待った。冷たい床の感触だけが、妙にリアルだ。  趣味を受け入れてくれたことは、覚えている。それでも、実物の山を見せるのは別問題だ。こんなに集めているとは思わなかった、と言われたらどうしよう。  ギュッと目をつぶった私に、輝くんは長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。 「……すごい量だね」 「う……はい。お目汚し、失礼仕(つかまつ)りました……」  声が震える。感情の読めない、平坦な声色だった。 「いや、別に汚れてはいないけど。全部新刊みたいに綺麗だ」  そこじゃない。そこじゃないんだ、輝くん。  輝くんは本棚を眺めたまま、私の隣にゆっくりと腰を下ろす。高かったはずの体温が、少し冷たく感じる。気のせいか、いつも漂ってくる爽やかなシトラスの香りも、今は緊張しているように感じた。 「……しおり」 「は、はいっ」  名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねる。 「……しおり、こういうのが、好きだったんだ?」  やっぱり、ダメだったんだ。  俯く私に、彼はため息を一つ落とした。その音に含まれた疲労の色に、私の胸がチクリと痛む。まるで細い針で
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第38話 三時間の熱弁

 私はプレゼンターとして、一つ咳払いをする。 「いいですか。アーク様は、もともと北の王国の王子だったんです。でも、幼い頃に国を滅ぼされ、奴隷にまで身を落とすという、それはもう壮絶な過去を持っていて……彼は心を閉ざし、誰にも本心を見せず、ただ復讐のためだけに生きてきたんです!」  私は設定資料集の「アーク(少年時代)」の悲壮なイラストが描かれたページを、輝くんの目の前に突きつける。 「か、可哀想だろ……!」 「……うん。まあ、壮絶だね」 「でしょ!? そこに現れるのが! 我らがジークフリート様なんです! 彼は敵国である帝国の騎士団長でありながら、アーク様の瞳の奥に宿る『諦めない光』を見抜き、彼を奴隷の身分から引き抜き、自分の副官に据えるんですよ!」  輝くんが、真剣な面持ちで、ゴクリと喉を鳴らした。……聞いてる! 私の言葉が、彼に届いてる! 「でも、甘やかすだけじゃないんです。アーク様を、共に戦う相手として扱うんです!」  剣を拾い上げる場面、背中を預けて戦う場面。付箋だらけの資料集をめくるたび、話したいことが次から次へと溢れ出す。  私は立ち上がり、部屋を歩き回り、時には一人二役で声を当て、設定資料集を叩き、この世の全ての情熱を(誇張ではなく)注ぎ込んで、ジーク×アークの魅力を語り続けた。  ……一体、どれくらいの時間が経っただろう。  誇張抜きで、三日三晩とは言わないまでも、窓の外はすっかり暗くなり、部屋の明かりが煌々と私を照らしている。熱弁し続けた私の喉は、カラカラに乾ききっていた。  燃え尽きた……。ハッと我に返り、私は恐る恐る、プレゼンの唯一の「聞き手」である輝くんの顔を見た。  彼はソファに深く腰を沈め、こめかみを押さえていた。あんなに真剣に聞いてくれていたのに、私は一体何時間しゃべったのだろう。 「あの……輝くん、生きてる?」 「なんとか。……栞の隣にいるには、予習が必要だな」  冗談めかした声に、ようやく息ができた。差し出された空のカップを受け取る時、指が触れる。彼は疲れた顔のまま、私に笑ってくれた。  彼はゆっくりと立ち上がると、私の目の前に立った。  そして、ポン、と私の頭に大きな手が置かれた。触れた手のひらは、いつもより少し熱い気がした。 「プレゼン、お疲れ様。熱弁してるしおり、なんか……すごかった。可愛かっ
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第39話 初歩からお願いします

 手にした資料集が、ガサッと床に落ちた。  (え、この三時間、そこを聞けずに付き合ってくれてたの……?)  目の前で、完璧な王子様スマイルを浮かべた彼氏様が、きょとんとした顔で私の答えを待っている。  落とした資料集を拾う私の隣で、輝くんはペンを持ち直した。質問一つでこの有様になるとは、さすがに思っていなかったらしい。 「あ、えっと……! その……!」  どう説明すればいい!?  一般人(パンピー)に! しかも彼氏に! BLにおける『攻め』と『受け』の概念を! 「物理的な……ポジションのこと、かな?」  輝くんが首を傾げながら、恐ろしい核心を突こうとする。 「ち、ちちち違います! 違います輝くん! いや違くはないけど、それだけじゃ語れない深淵があるんです!」  私は食い気味に否定し、両手をブンブンと振った。ここで「そうです」と認めてしまったら、私たちの始まったばかりの交際に、とんでもない誤解とプレッシャーが生じてしまう。何より、私の推しカプを単なる肉体関係だけで語られるのは、腐女子としてのプライドが許さない。 「深淵……」  輝くんがゴクリと喉を鳴らす。その喉仏の動きがやけにセクシーで、私は一瞬現実逃避しそうになったが、すぐに気を取り直した。 「そ、そうです。あ、あのね、輝くん。『攻め』というのは、単に襲う方とか、そういう単純な話じゃないんです」  私は正座し直し、呼吸を整えた。輝くんも居住まいを正し、メモ帳にペン先を走らせる準備をする。その真面目さが、今は逆に怖い。 「私が好きなのは、二人がどうやってお互いを必要としていくか、ってところなの。片方が守ってるように見えて、実はその人の方も救われてたりして……」  説明しているうちに、また声が大きくなっていた。しまった、二周目に入るところだった。  輝くんのメモを覗くと、『受け入れる強さ』『救済』と、妙に壮大な言葉が並んでいる。私、そんな講義をしたつもりはないんですが。 「……本当に、これで伝わった?」 「まだ全部は。でも、栞がどこで泣くのかは、少し分かった」  そう言われて、資料集を閉じる手が止まった。筋書きだけでなく、そんなところまで見てくれていたのか。 「う、うん……無理はしないでね……?」  彼のその笑顔に、私は胸がキュンと締め付けられると同時に、背筋に冷たいものが走
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第40話 解釈違いです

 ピキーン。  世界が凍りつく音が、確かに聞こえた。  カフェテリアに向かう学生たちのざわめきも、風に揺れる木々の音も、私の心臓の鼓動さえも。  すべてが完全に停止した。  (……は?)  最初に動いたのは、私の脳内処理班だった。  今、なんて言った?  俺が攻めで? 君が受け?  君が? 君って誰?  目の前の、氷室奏くんのこと?  ――って、ぎゃあああああああああああ!?!?  私の脳内で、数千人の腐女子人格が一斉に悲鳴を上げ、卒倒した。  待って待って待って! 違う! そうじゃない! いや、カップリングとしては『輝×奏』は王道中の王道だし、私も薄い本で散々お世話になっているけれど! それを! 本人の目の前で! しかも公衆の面前で宣言するなんて!?  これは公開告白? それとも公開処刑? いや、私の社会的な死!? 「……は?」  凍りついた静寂を破ったのは、氷点下まで温度の下がった奏くんの声だった。  奏くんはしばらく無言で輝くんを見ていたが、やがて開きかけた本を閉じた。 「……天王寺。月詠の話を、どこで聞き違えた」 「いや、君のその頑ななところが、アークに似てるんじゃないかって」 「俺は俺だ」  その通りです。昨日まで現実と妄想を盛大に混ぜていた私が言うのも何ですが、それは本当にその通りです。  近くの女子学生たちがこちらを見始めた。まずい。私の推し語りが、妙な噂の発生源になる。  これ以上放置したら、学園の二大巨頭による血の雨が降るか、あるいは謎のBL空間が完成して私が消滅する。 「ストーーーーップ!! そこまで!!」  私は叫びながら、二人の間に割って入った。 「し、栞?」 「月詠……」  二人の視線が私に集中する。輝くんのキョトンとした顔と、奏くんの般若のような顔。この温度差で風邪を引きそうだ。 「か、輝くん! あー、その、なんていうか! 解釈違い! そう、解釈違いです!」  私は必死に言葉を紡いだ。 「奏くんはアークじゃないし、輝くんもジークじゃありません! 私の説明が悪かった! 続きはあっちで!」  私は輝くんの背中をグイグイと押し、その場から離脱しようと試みた。 「ごめんね奏くん! 輝くん、ちょっと昨日の勉強のしすぎで熱があるみたいで! 忘れて! 今の全部忘れて!」  奏くんに向かっ
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