All Chapters of 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~: Chapter 41 - Chapter 50

59 Chapters

第41話:わんこの「オス化」注意報①

 ガシャンッ! 派手な破砕音が、ランチタイムで賑わうカフェ店内に響き渡った。 一瞬にして静まり返る客席。視線が一斉に私に集まる。私の足元には、無惨に砕け散ったグラスと、飛び散ったアイスコーヒーが黒い水溜まりを作っていた。「あ、あ……っ、ご、ごめんなさい……!」 顔から火が出るほど恥ずかしい。手元が狂ったわけでもないのに、トレイの上でバランスを崩してしまったのだ。完全に私の不注意だった。 慌ててしゃがみ込み、破片を拾おうとしたその時、私の視界に誰かの手が滑り込んできた。「先輩、触っちゃダメです! 怪我しますよ」 聞き慣れた、明るく弾むような声。顔を上げると、そこにはバイトの後輩、七瀬陽翔くんがいた。 彼は私の肩をぐいっと掴んで後ろに下がらせると、手早くタオルと箒を持ってきて、あっという間に惨状を片付け始めた。その動きには無駄がなく、普段の「甘えん坊キャラ」からは想像できないほど頼もしい。「お客様、お洋服は汚れていませんか? 失礼いたしました。すぐにお新しいものをお持ちしますね」 陽翔くんはキラキラとした極上の営業スマイルで客席に謝罪し、場を和ませてしまった。さすが、店内のマダム層から絶大な支持を得ている看板店員だ。 それに比べて、私は……。 店長に「月詠さん、少し裏で休んでおいで」と苦笑いで言われ、私は逃げるようにバックヤードへと引っ込んだ。 ◇「はぁ……私って、本当にダメだなぁ……」 狭いバックヤードの在庫棚の前で、私は膝を抱えてうずくまっていた。 昨日の図書館での奏くんの出来事が頭から離れず、さらに輝くんからの連絡も途絶えたままで、心ここにあらずだったのが原因だ。公私混同して仕事でミスをするなんて、社会人失格だ(まだ学生だけど)。 腐女子としての私は「推しカプの尊さ」を糧に生きているはずなのに、最近は現実(リアル)のイケメンたちに振り回されてばかり。
last updateLast Updated : 2025-11-23
Read more

第42話:わんこの「オス化」注意報②

「え、だって……陽翔くんは、可愛くて、いい子で……」「それ、全部演技だったらどうします?」 彼はフッと鼻で笑った。その笑みは冷笑的で、でもどうしようもなく艶めかしい。 陽翔くんは私の耳元に顔を寄せ、吐息がかかるほどの距離で囁いた。「輝先輩は優しいかもしれない。王様みたいに余裕があって、先輩を甘やかしてくれるかもしれない。……でも」 彼の左手が、私の腰に伸びた。エプロンの紐あたりを、彼の指先がゆっくりと這う。その感触に、私は声を上げることもできず、ただ硬直する。「俺のほうが、先輩のことわかってますよ。先輩が本当は何を求めてるか、どこが弱いか……全部」「先輩にとって、俺はただの『都合のいい後輩』ですか? それとも……輝先輩への当て馬?」 陽翔くんの言葉は、鋭い棘のように私の痛いところを突いた。 否定したい。でも、声が出ない。彼の言う通り、私は心のどこかで、彼を「恋愛対象外」という安全圏に置いて、無意識に甘えていたのかもしれない。彼が私に向ける好意を、「年下の子の可愛い勘違い」だと決めつけて。「……違いますよね。俺は、本気ですよ」 彼の右手が、私の頬に触れた。 いつも皿洗いをして冷たくなっているはずの指先が、今は驚くほど熱い。その熱が頬から伝染して、私の体温を一気に上昇させる。 彼は親指で、私の唇の端をゆっくりと撫でた。その仕草はあまりにも色っぽくて、背筋が痺れるような感覚に襲われる。「っ、はる、とくん……?」「名前」 彼が少しだけ不機嫌そうに眉を寄せた。「いつもの『陽翔くん』じゃなくて、ただの男として……俺を見てよ、栞先輩」 ドキン、と心臓が嫌な音を立てた。 目の前にいるのは、尻尾を振って甘えてくる可愛いわんこじゃない。欲求を隠そうともしない、一
last updateLast Updated : 2025-11-24
Read more

第43話:彼氏様の嫉妬と「お仕置き」①

 私の日常は、いつから乙女ゲームの「修羅場ルート」に突入してしまったのだろうか。 大学の講義室、一番後ろの席。教授の単調な声がBGMのように流れる中、私は机に突っ伏して、自らの現状を冷静に分析しようと試みていた。いや、冷静になんてなれるはずがない。私の脳内は今、大規模なシステムエラーを起こしている真っ最中なのだから。「……どうしてこうなった」 小さく漏れたその言葉は、誰に届くわけでもなく空気に溶けていく。 私の名前は月詠栞。どこにでもいる平凡な女子大生であり、重度の腐女子だ。私の生きがいは、推しカプである『Fallen Covenant』のジーク×アークを壁になって見守ること。それだけが望みだったはずなのに、神様の悪戯か、はたまた前世で徳を積みすぎた反動か、私は今、学園の王子様こと天王寺輝くんと付き合っている。 それだけでも奇跡に近い「公式供給」なのに、ここ数日、私の周囲では異常事態が頻発していた。 まず、氷室奏くん。 クールで無口な氷の騎士様であり、私の中学時代の恩人。彼に図書館で、あの思い出の万年筆を握らされた時の手の熱さが、まだ掌に残っている気がする。「俺はまだ諦めたわけじゃない」という、心臓を貫くような低音ボイスと共に。 そして、七瀬陽翔くん。 あざといわんこ系後輩男子。いつもニコニコしている彼が、バイト先のバックヤードで見せた「オス」の顔。「次は、口にするから」という不穏すぎる予告と、頬に残るキスの感触。(あーっ! もう! 私の脳内ハードディスクは、そんな高カロリーな乙女ゲーイベントを処理できるスペックじゃないのよ!) 机の下で頭を抱える。 これはまずい。非常にまずい。何がまずいって、私は輝くんという彼氏がいながら、他の男性キャラたちとの「イベントスチル」を回収してしまっているのだ。乙女ゲームなら、これは間違いなくバッドエンド直行の「浮気フラグ」。もしくは、攻略対象たちの好感度が変な方向に振り切れて発生する「監禁・ヤンデレエンド」のトリガーになりかねない。 特に、輝くんはまずい。 彼は一見、
last updateLast Updated : 2025-11-25
Read more

第44話:彼氏様の嫉妬と「お仕置き」②

 防音仕様の視聴覚室は、しんと静まり返っている。外の喧騒が遠のき、聞こえるのは自分の心臓の音と、輝くんがゆっくりと近づいてくる足音だけ。「……輝くん?」「ん?」 彼は笑顔のまま、私との距離を詰めてくる。 一歩、また一歩。 私は反射的に後ずさり、背中が教卓にぶつかった。これ以上は下がれない。「ど、どうしたの? こんなところで話って……」「そうだね。確認したいことがあって」 輝くんは私の目の前で立ち止まると、両手を教卓につき、私を腕の中に閉じ込めた。 いわゆる「机ドン」の状態だ。 至近距離にある彼の顔。長いまつ毛の一本一本まで数えられそうな距離で、彼のアクアマリンのような瞳が私を射抜いている。その瞳は綺麗なのに、光が届いていない深海のように暗い。「今日、図書館に行った?」「……えっ」 心臓が跳ねた。なぜバレている?「い、行ったよ? 課題の資料を探しに……」「一人で?」「……っ」 言葉に詰まる。嘘をつくのが下手なのは自覚しているけれど、ここで「奏くんと会って、手とか握られました」なんて言えるわけがない。それは火薬庫で焚き火をするようなものだ。「……偶然、会った人はいたけど」「ふーん。氷室?」 即答だった。 どうして分かったの!? エスパーなの!? 私の驚愕が顔に出ていたのだろう。輝くんは目を細め、形の良い唇を歪めた。それはいつもの爽やかな笑みではなく、どこか妖艶で、冷たい笑みだった。「図星か。……栞、君からは分かりやすい匂いがする」「に、匂い?」 私は自分の袖をクンクンと嗅ぐ。「あいつの使ってる古臭いインクの匂いと……あとは、甘い匂いもす
last updateLast Updated : 2025-11-26
Read more

第45話:彼氏様の嫉妬と「お仕置き」③

「お仕置き」という言葉が、熱を帯びて空気を震わせる。 輝くんの顔が、ゆっくりと近づいてくる。 逃げようと上半身をのけぞらせても、腰に回された腕がそれを許さない。むしろ、その抵抗を利用するように、彼はさらに体を寄せて私の両足の間に深く踏み込んできた。「……っ、輝くん、待って、ここ学校……」「鍵、かけたでしょ?」「そういう問題じゃなくて……!」 私の悲鳴に近い抗議は、彼の整った鼻先が私の頬を掠めたことで強制終了した。 近い。近すぎる。 彼の吐息が唇にかかる距離。整髪料の爽やかな香りと、彼自身の少し甘い体臭が混じり合い、私の思考を麻痺させていく。 唇が、触れる――。 そう思ってギュッと目を閉じた。 しかし、予想していた感触は訪れない。「……目、開けて」 耳元で囁かれ、恐る恐る目を開ける。 そこには、唇が触れそうな距離――ほんの数ミリの隙間を保ったまま、楽しそうに私を見下ろす輝くんがいた。「な……?」「何、期待してたの? 栞」 彼は意地悪く口角を上げる。 寸止め。 キスされると覚悟させておいて、焦らす。そんな高度なテクニック、いつの間に覚えたの!? 彼が読んでいた『BLで学ぶ恋愛心理学』みたいな本に書いてあったの!?「き、期待なんて、してない……っ」「へえ。じゃあ、なんでそんなに顔が赤いの?」「それは、輝くんが近すぎるからで……っ!」「口ではそう言っても、体は正直だね」 彼の手が、私の腰から背中へと這い上がる。背骨に沿って指先でなぞられる感触に、ゾクゾクとした痺れが走る。声にならない吐息が漏れた。「あ……」「可愛い声」 輝く
last updateLast Updated : 2025-11-27
Read more

第46話 教授はラスボス(奏の父)①

 キャンパスの桜はすでに散り、鮮烈な新緑が目に痛い。 大学三年、春。それは新たな出会いの季節であると同時に、波乱の幕開けを告げるファンファーレでもあった。 社会学部棟の重厚な扉の前で、本日五度目のため息が漏れる。胃の腑がキリキリと悲鳴を上げていた。 これから始まるのは、三回生の運命を握るゼミの顔合わせだ。私が選んだ『現代表象文化論』は、アニメやサブカルチャーを学術的に解剖するという、オタクには垂涎ものの講義内容。しかし、問題はその担当教授にある。『氷の独裁者』『単位認定は無理ゲー』『スマホいじったら即死』 キャンパスを飛び交う不穏な噂。さらに不可解なのは、私の平凡な成績で、なぜか倍率の高いこのゼミに一発合格してしまったことだ。 嫌な予感しかしない。背筋を這い上がる悪寒に身震いした、その時だった。「しーおりっ!」 背後からふわりと甘い香りに包み込まれる。 驚く間もなく、腰に回された腕が身体を締め上げた。背中に感じる高い体温と、安心感のある重み。「輝くん! ……大学でくっつかないでってば」「いいじゃん。俺たち、公認なんだし」 耳元で囁かれ、首筋にチュッと湿った音が落ちる。 周囲の学生たちが色めき立つ気配に、頬が熱湯を浴びたように熱くなった。慌ててその腕を引き剥がすが、彼――天王寺輝は悪戯っぽく喉を鳴らすだけだ。 学園の王子様であり、私の恋人。 付き合い始めて数ヶ月、彼の爽やかな仮面は私限定で完全に剥がれ落ちていた。隙あらば接触を図ってくるその姿は、独占欲の塊と化している。「で、緊張してる?」 輝くんが指先で私の強張った頬をつついた。「してるよ……相手はあの『独裁者』だよ? 生きて帰れる気がしない」「大丈夫。俺も一緒だし」 彼もまた、同じゼミを選んでいた。「栞がいるなら俺も」という、志望動機など欠片もない理由で。もっとも、論文コンクール入賞歴を持つ彼を、教授側が拒むはずもないのだが。「ほら、行こう」 差し出された手を握り返し、教室のドアを開ける。 室内の空気は、すでに張り詰めていた。私語は一
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

第47話 教授はラスボス(奏の父)②

 蛇に睨まれた蛙のように、全身の毛穴が収縮する。冷や汗が背中を伝う感覚が気持ち悪い。「……さて、まずはメンバーの確認といこうか」 教授は手元の名簿に目を落とし、事務的に出席を取り始めた。名前を呼ばれた学生が裏返った声で返事をするたび、眼鏡の奥で値踏みするような光が瞬く。「――天王寺、輝」 ついにその名が呼ばれた。 右隣で、スッと手が挙がる。「はい」 淀みのない返事。爽やかな声色の中に、決して屈しない鋼の芯が通っている。 教授はゆっくりと顔を上げ、輝くんを見据えた。「天王寺……。フッ、君がそうか」「何か?」「いや。噂には聞いているよ。天王寺グループの御曹司にして、学業優秀、品行方正。……だが、私のゼミでは親の七光りは通用しない。それを肝に銘じておくことだね」 明確な敵意を含んだ先制攻撃。 輝くんは眉一つ動かさず、完璧なポーカーフェイスで微笑み返した。「ご忠告、痛み入ります。ですがご心配なく。俺は自分の力でここに来ましたから」「ほう……口だけは達者なようだ」 視線だけで人が殺せそうな睨み合いに、胃痛が加速する。 教授は興味を失ったように視線を外し、次の名前に移った。「――氷室、奏」「……はい」 左隣から不機嫌な声が上がる。教授は実の息子に対し、さらに冷ややかな視線を向けた。「公私混同は好まないが……あえて言おう。私の名を汚すような真似だけはするなよ」「分かっています」 奏くんが唇を噛み締める。その横顔に落ちた影を見て、胸が痛んだ。親子とは思えない冷え切った関係。彼が纏う孤独の正体を、垣間見た気がした。 そして、ついに私の番が回ってくる。「――月詠、栞」「は、ひゃいっ!」 情けない声が教室に響き渡った。穴があったら入りたい。 教授は名簿から視線を外し、じっと私を見つめた。
last updateLast Updated : 2025-11-29
Read more

第48話 教授はラスボス(奏の父)③

 九十分の地獄のような講義が終わる頃には、精神力は枯渇しきっていた。  教授が教室を出ていくと同時に、重いため息が充満する。私も机に突っ伏したかったが、左右の男たちが発する冷気がそれを許さない。 「……月詠」  左隣から、沈んだ声が落ちてきた。  奏くんが深く項垂れている。いつも整えられた前髪が乱れ、苦渋に満ちた表情だ。 「すまない。父が……あんな余計なことを」 「あ、ううん! 気にしないで! 奏くんが悪いわけじゃないし」 「いや、俺の落ち度だ。あの万年筆の話を、まさかあんな公の場で……」  声に滲む深い恥辱。あの大切な思い出は、彼にとって胸の奥に秘めておきたい聖域だったはずだ。それを父親に、しかも恋敵の前で晒される屈辱は計り知れない。 「俺は……君に迷惑をかけたくなかったんだ。それなのに」  落ち込む彼に言葉をかけようとした、その時。  ドンッ。  右側の机が乱暴に叩かれた。  ビクリとして振り向けば、輝くんが頬杖をつき、氷のような笑顔でこちらを見ている。 「へえ。……随分と楽しそうだね、二人とも」 「ひっ……!」 「彼氏が目の前にいるのに、二人だけの世界に入っちゃうんだ? 万年筆の思い出話、そんなに盛り上がる?」  地を這うような重低音が鼓膜を震わせる。瞳の奥で渦巻くのはドス黒い嫉妬だ。 「ち、違うよ! ただ、奏くんが謝ってくれたから……」 「謝る? 何に対して?」  輝くんの視線が奏くんへとスライドし、教室の気温がさらに低下する。 「なあ、氷室。お前の親父さんの性格の悪さは分かったけどさ。……『万年筆』って、何?」  核心を突く問い。  机を叩く指先のリズムが、処刑へのカウントダウンのように響く。奏くんは顔を上げ、今度は弱々しさではなく、明確な敵意を持って睨み返した。 「……貴様には関係ない」 「関係あるだろ。俺の彼女との間の話なんだから」 「これは俺と月詠だけの問題だ。部外者が口を挟むな」 「部外者? 今、一番の部外者はどう考えてもお前だろ」  一触即発。周囲の学生たちが逃げ出
last updateLast Updated : 2025-11-30
Read more

第49話:ゼミ合宿は混浴パニック!? ①

 蝉時雨が降り注ぐ、うだるような暑さの夏。 本来なら、冷房の効いた部屋でアイス片手に推しカプの動画を巡回するのが、正しい夏の過ごし方のはずだった。 それなのに、なぜ今、こんなにも胃が痛くなる状況に置かれているのか。「――それで? 今回の合宿のテーマについて、君たちの班の仮説はまだまとまらないのかね?」 大型バスの後部座席。 空調は効いているはずなのに、背中には冷たい汗が伝う。通路を挟んだ隣の席から、絶対零度の視線が突き刺さっていた。 氷室巌教授。 通称『氷の独裁者』にして、今回のゼミ合宿の引率者。そして、元・推しである氷室奏くんの実父であり、現在の彼氏である天王寺輝くんの宿敵でもある。「教授。その件については昨日提出したプロポーザルに記載した通りです」 右隣、窓側の席に座る輝くんが涼しい顔で答える。 膝の上で組まれた指先には、微塵の力みもない。完璧なポーカーフェイスだ。 だが、座席の下で繋がれた左手は違う。 私の掌に食い込む彼の指が、骨が軋むほどに力を込めているのがわかる。「ほう。あれで完成形のつもりか? 天王寺グループの次期総帥ともあろうものが、随分と浅い考察だ」「ご指摘感謝します。ですが、現場のデータを軽視した机上の空論よりは、実証性があるかと」 バチバチバチ。 目に見えない火花が散る音が聞こえてきそうだ。バスが出発してから一時間以上、この舌戦は続いている。 そして、そのとばっちりを一身に受けているのが、二人の間に挟まれている私だ。物理的距離以上に、心理的摩耗が激しい。「……父さん。いい加減にしてくれ。月詠が怯えている」 左隣、通路側の席から低い声が割り込んだ。 奏くんは手元の文庫本に視線を落としたまま、不機嫌そうに眉を寄せている。その横顔は父親譲りの冷徹な美しさを湛えているけれど、こちらに向けられる気配だけは微かに温度を帯びていた。「おや、優しいことだ。だがね、奏。学問の場に私情を持ち込むのは三流のすることだぞ」「……ッ」「それ
last updateLast Updated : 2025-12-01
Read more

第50話:ゼミ合宿は混浴パニック!? ②

「うわぁ……すごい……!」 バスを降りた瞬間、感嘆の声が漏れた。 目の前に広がるのは、手入れの行き届いた日本庭園と、歴史を感じさせる重厚な日本家屋。打ち水がされた玄関先では、涼やかな風が風鈴を揺らしている。 『月光院』の名に恥じない、幽玄な美しさをたたえた旅館だった。「へえ、悪くないね」 輝くんがサングラスを外し、品定めするように旅館を見上げる。その横顔は、すっかり「御曹司モード」だ。「部屋割りだが、女子学生は離れの大部屋。男子学生は本館の二階だ」 教授が事務的に告げる。 よかった。女子部屋と男子部屋が離れているなら、夜這い……じゃなくて、不測の事態は避けられそうだ。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。「ただし」 教授が、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。「夕食までの間、班ごとに周辺のフィールドワークを行ってもらう。課題は『観光資源としての温泉の効用と限界』。レポート用紙十枚分。提出できなければ、夕食は抜きだ」「はぁっ!?」 学生たちから悲鳴が上がる。到着早々、鬼畜すぎる。 しかも、班ごとということは……。「……よろしくね、栞」「……足手まといにはならないようにする」 左右から、同時に声がかかった。 輝くんの甘くねっとりとした声と、奏くんの静かで硬質な声。 A班:天王寺輝、氷室奏、月詠栞。 この地獄のトライアングルで、フィールドワークという名のデート(?)の開始だ。「じゃあ、行こうか」 輝くんが右手を握る。 すかさず、奏くんが反対側に回り込み、無言で左側のスペースを確保する。手こそ繋いでいないものの、その距離は限りなくゼロに近い。 傍から見れば両手に花かもしれないが、当事者にとっては両側が高圧電流だ。 私の心の叫びなど露知らず、二人のイケメンに挟まれたまま、観光客で賑わう温泉街へと連れ出された。
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status