大衆中華 八本軒〜罪を喰う女〜 のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

70 チャプター

3章+++ 1.コピーキャット

 女児誘拐連続殺人事件が解決後。 ありから二ヶ月になる。 ──八本軒。 時刻 10:30。 鏡見は鹿野にからまれていた。「これなんかどうだ ? 」「貴方が本当に山の神ならば、春画にこだわるのはなぜなんだ ? 浮世絵を触らず、春画に搾らなくても……」「性行為は繁殖の縁起物でもあるからな。昔から性器を模した像なんかも多いんだよ」「山は女神では無いのですか ? あくまで神の使いという事なのか ……ううむ。 しかし、これの場合は風刺画の延長では ? 春画を描いてない画家が少ない程だったと言うじゃないですか。ならば基礎から学ぶべきでは ? 」「まぁ〜確かん興味あんだよなぁ〜」 何故か角の席で男子と言うにはおこがましい、大きな男子がはしゃいでいる。「えぇいっ !! うるさい ! ここは食堂だぞ !? 何故卑猥な話をアル中としているんだ !? 」 新聞を読んでいた紫麻が、テレビのボリュームを上げる。「だいたいな ! 開店前だぞ !? なんでお前がここにいる ! 」「営業時間中じゃ、貴女のご飯を食べなきゃいけませんから。美味しいから癪です」「失礼にも程がある ! 美味いならいいじゃないか ! 」「営業後は夜間ですし。襲われたら怖いですから」「何を女みたいなことを ! こちらから願い下げだ ! 」「なぁ ! 鏡見君よ。この遊女なんかは淑やかさが違ぇだろ ? 」「鹿野 ! いい加減にしてくれ ! 」 紫麻は諦めたように煙草に火をつけると、鏡見をそばに来るよう促した。「おい。早く言い出さないと海希が出勤して来るぞ」「やっぱり。貴女は勘もいいんですね」 鏡見は紫麻の持っていた新聞に視線を落とした。そして紫麻もその記事を見つめる。「これの件か……」 鏡見は医者の下した休職期間を待たず復帰していた。精神状態的問題
last update最終更新日 : 2026-01-23
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2.青色の日

「『砂北男児連続殺人事件』……。どういうことぉ ? 何故解決しないのよぉ 」「ガブリエル。罪人が皆ここに来る訳じゃないだろう ? 」「どんだけ殺人鬼いんのよこの地区は !  」「手を貸して欲しい」 紫麻の申し入れにガブリエルの青い瞳がすわる。「これ以上は深入り出来ないわ。神にバレずとも、代理のミカエルが邪魔なのよね」「神側に純真無垢な魂を送り、悪人の魂をわたしが食べれるのだ」「ええ。だから貴女を人間界《ここへ》堕とした。貴女なら出来るわよ」 紫麻は納得いかない様子で真っ直ぐ壁の唐辛子の束を見つめる。 だが、ガブリエルは出ていってしまった。「紫麻さん……。紫麻さんだけが探してる訳じゃないですし、警察も血眼でしょ ? すぐ捕まりますよ」「だといいがな……」 テレビを消し、新聞を畳んで立ち上がる紫麻のドレスは青色だった。 □□□□「ありがとうございました。またいらしてください」「ありがとうございました〜」 紫麻と海希が最後の客を見送る。 15:00。 これから中休みと休憩に入るが、普段人が来ないというのにランチだけで七十人と言う謎の客入りにてんてこ舞いをしたのだった。「ぜぇ、ぜぇ」「紫麻さん〜、大丈夫 ? 」「ニヤニヤするな。普段の人が来ないのだから仕方ないだろ」「途中キレましたね ? 突然ブラインドがしまってカウンターのお客さんびっくりしてましたよ」「……」「結果、ネットで拡散してるお客さんもチラホラいましたよ ? 」「今日の七十人は何きっかけだったんだ…… ? 」 ゴンゴン ! 「「 ? 」」 突然、入口のドアを叩かれる。 ノックだと思われるが、ここへ来るもので
last update最終更新日 : 2026-01-24
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3.八本軒

「大丈夫か ? 賀川、鈴木」 鏡見と柊の目の前には、腹をパンパンにさせた賀川とそのペアが車のシートに凭れていた。「色んな人間に頼んであの八本軒を宣伝させといて……クッソ不味いじゃないですか ! 」「友達も ! げっぇーふっ !! 理由ぐふ、言わなくてゲップ……来てくれた……」「う……ん。飯は……美味いはずだったんだ」「はぁ !? 」「とにかく、ほら。出て来た」 鏡見達は八本軒に出入りする者を見ていた。 一日の来客数を増やそうが減らそうが、咎写の間には関係ないのだ。 仕組みを知った鏡見にとってこれほど張りやすい罠はないが、他の警官に言うわけにいかず、それでも信じてくれる仲間だけを連れてきた。「少し挨拶に来た感じですかね」「なんて言うか、行動力すごいっすよね ? 普通、小学生の娘があんな事して、まだ裁判前なのに、メディアを気にせず歩き回るなんて」「いや、でも。出歩いてるのは必要最低限のスーパーとかで。八本軒だけは来るってだけですよね ? 」「あんな不味い店に通う理由って不自然過ぎないか ? 」 鏡見を信じてついてきただけでし、賀川と柊、鈴木は紫麻の事情を知らないため大混乱だった。「俺の思い過ごしなら、このまま自宅へ戻るだけのはずだ」「ま、そうですけど。こういう時の鏡見って変に勘が鋭いからなぁ」「俺も、何も無ければそれでいいんだ」 鏡見は冷静だった。 鏡見、柊ペア。賀川、鈴木ペア。二手に分かれて宇佐美 真子の張り込みを開始した。 □□□ ネギを刻んでいた手を止め、海希がぼんやりと呟く。「紫麻さん……」「どうした ? 」「宇佐美さんがまだ、何かするのが確定じゃないですよね ? 殺人事件と無関係な罪なのかも」「勿論、その可能
last update最終更新日 : 2026-01-25
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4.利害関係

 宇佐美はその後まっすぐ自宅へ帰宅していた。 張り込みをしていた鏡見と柊、そして賀川と鈴木は一度署に戻る判断をした。賀川から意見が出た。宇佐美 真子は捜査対象になりうる。これをもう一度、本部へ応援を要請すべきという判断だった。寧ろ他の捜査官が指示を受けているのが普通である。鉢合わせや二度手間にならない為にも報告は必要だ。 鏡見は表面上それに納得するしか無かった。「鏡見さん。俺に言わないってあんまりっすけど ? 」 鏡見の変化に柊は敏感に反応した。 署に戻った駐車場の公用車の中で、柊から切り出してきた。鏡見は柊に事をどう打ち明けるか悩んでいたのだ。「鏡見さん、今まであの八本軒を誰よりも警戒してたじゃないですか ? なのに今日は俺たち誘うし。別に特別美味しい訳じゃないのにさぁ ? 」 鏡見は涼しい顔で眼鏡をついっとあげ、小さく頷く。「ああ。そうだな。俺らしくないな。 厳密に……告白するとな、俺はあの女店主を見誤っていた」「 ??? どういう意味ですか ? 元身内とか、同業だったりします ? 」「いや、そうではない。今までも、何人もの被疑者があの八本軒を訪れることによって、俺たちはその被疑者を容疑者へ変える作業をしてきた」「何人もいましたよねぇ」「俺は店主が怪しいし、なにかあるのかと思っていたが……実際には、俺達には協力的だという事実だ」 この話を聞いた柊は、何かを察したように苦笑いを浮かべる。「つ、つまりぃ ? 言いくるめられた !?  もしかして休みん時とか、ドクターストップ中に ! 八本軒に行って ! あの美人といい感じになったんすか !? 」「そんな事は言って無いが !!? 」「っか〜 !! これだからガチガチの真面目くんはよぉ〜」「おい、何だその言葉使いは ! 」「カガミン〜、そんであの美人の脈はあるんすかぁ〜 ? どんな感じっすか ? 」 冷やかしの止まらない柊に、少しでも紫麻の
last update最終更新日 : 2026-01-26
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5.犯行動機

 宇佐美の浴室の灯りが消え、カーテン越しにリビング、やがて寝室に移動するのがアパートの下から見える。「全く……。海希の顔が頭から消えん……。何だこの気持ちは……」 紫麻の青色のドレスの烏が揺れる。スリットから出た美しい肌が、見る見る間に縞模様が浮き出る。 ゆっくりと茂みに入るとドレスをたくし上げる。 ズル……ズル………… 茂みから紫麻の姿が消える──いや、背景と同化した。ゆっくりとアパートの階段を這いずって行く。 その粘膜は横壁を登り、換気の為に開けたバスルームの小さな格子窓に滑り込む。「……っ。〜〜〜…………」 何か宇佐美の独り言が聞こえる。 見えない影は寝室の前まで来ると、一度リビングへ向かった。 リビングは想像より物が散乱していた事だ。引越し前とは思えないが、宇佐美  玲が逮捕された時、ここにも家宅捜索が入ったはずだ。 窓際にダンボール箱が積み上げられてい。触腕で静かに箱を開ける。 中身は玲の服や今まで使用していた学童用具や洋服だ。他の箱はやはり衣服や本など。 リビングからカウンターを越えキッチンへ入る。 その時、カウンターの上に小さなケーキの箱があるのに気付いた。どこにでもあるチェーン店のケーキの箱だ。その箱のリボンの色が青色だった。 ふと思い出す。 砂北児童連続殺人と名称が変わった、男児の被害者の特徴。シルクのハンカチではない青いリボンの証拠。 しかし他に青いリボンは見当たらない。見れば見るほどそれらしく見えてくる。 どれも既製品で宇佐美が故意に揃えた物では無いと、そう思わせるような小さな物なのだ。 恐らく、使用する気でこの部屋に用意された物なのだ。不自然でない程度に。 紫麻はゆっくり寝室に近付くとドアを開けて忍び込む。
last update最終更新日 : 2026-01-27
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6.最後の加害者

 その日、千葉  夕非は沈んだ顔で登校していた。 周囲にいた保育園時代からの親友たちが次々と姿を消していたからだ。母親は最初の友人が消えた時、「転校した」と言われた。二人目では遂に「いなくなった」のだと聞かされた。三人目でようやくこの一連の流れが犯罪的な被害を受けていることを知った。 砂北保育園から砂南小学校へ進学した者は男女問わず多い。しかし、消えていく生徒は自分の親友ばかりで何が原因か分からない。 次は誰かと騒ぎになり、しばらくリモート授業による対策が取られた。 そんな時、同級生の宇佐美  玲が逮捕された。 罪状は恐らく殺人か──そんな母親たちの噂が子供達にも伝わる。 その時に気付いてしまった。 女児連続殺人と児童連続殺人は別個の事件である、と警察から会見があった。 児童連続殺人とは ?  消えた男児は千葉  夕非の親友のみだった。女児に関しては分からないが、男児は確実に繋がりがあった。 千葉  夕非は殺された男児が『宇佐美  玲』のいじめに関わった者達なのではと徐々に気付き始めたのだ。 いや、本当は心のどこかで気付いていた。「おはよう ! 千葉くん ! 久しぶりだね」 校門に立つ教員の声に身体が強ばる。「……はよう……ございます」 こうなると、大人の誰もが怪しく見えてしまう。 宇佐美  玲本人なら仕方がないが、彼女は既に外界と遮断されている。 やはり警察の言う通り、犯人が別だとしたら……次に狙われるのは自分だ。 重い気分でランドセルをおろす。「宿題やった ? 」 何も知らない隣のクラスメイトが恨めしくなってくる。「どうしたの ? 」「ちょっと……具合悪くて……」「え ? 保健室行く ? 」「&helli
last update最終更新日 : 2026-01-28
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7.玲の道筋

 賀川と鈴木は砂北保育園からおひさま保育園へ赴いていた。 おひさま保育園は砂北駅から随分離れた海沿いの町にある。 砂北保育園に宇佐美  玲が通園していた時の様子を聴きに行ったが、当時の保育士は一人しか残っておらず、更に非常勤の保育士だった。そこから当時の担任の保育士がいるおひさま保育園へ向かったのだ。 おひさま保育園は地形を利用した活発な子供たちに人気な遊び場のあるのが売りで、今も子供たちは自発的に遊んでいる。園長に仕事を頼み、狭い教員室の中で賀川と鈴木は赤木という女性保育士と対面した。「玲ちゃんの事はすごく覚えてるんですよね。わたしが保育士になったばかりで至らないところも多かったし……可哀想なことをしたなって」「可哀想……とは ? 」 賀川の問いに赤木は肩を竦めて頷く。「いじめです。ああいう物は注意しても止まらなくて。年少さんくらいだと素直に聞いてくれるんですけど、年長さんくらいになると言う事を聞くのは一時だけで。 当時はお母様からもよく面談や相談を受けていましたし」「いじめた児童の親御さんは知っていましたか ? 」「基本的に直接は言わないですね。最初はプリントや参観日なんかに、「最近、お友達同士では使っちゃいけない言葉や行動を見かけています」とそれとなく。改善や自覚がない場合は、似たようなニュアンスで、お迎えの時に伝えます」「なんではっきり言わないんですか ? 」「結構どこもそうだったりするんですけど、今は保護者同士がSNSなんかで簡単に繋がってしまうのでトラブルに発展するスピードが早いんです。伝えたその日のうちにいじめられた被害者側のお母様がネットで晒し行為を行ったりしますので」「なるほど……難しいですね」「基本的にはわたしたちが何とか解決に向かわなければなりません。小さな子供たちですから、分かるはずなんです。 けれど、当時のわたしにその余裕はなくて……。結局、玲ちゃんはそのままヒヨコ組を卒業していきました」
last update最終更新日 : 2026-01-29
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8.最後の一人

「う、うわぁぁぁっ !! 」「夕非くん、迎えに来たよ」 夕非が感じたのは、宇佐美 真子が平均的な顔立ちで、自分の母親と変わりのない年代の女性に見える事の恐怖だ。 いかにもな殺人犯ではなく、街のどこにいてもおかしくない普通の雰囲気の女なのだ。「さ、家に帰ろうか」 しかし言動はやはり違和感がある。 そもそも夕非は宇佐美を知らなかった。だが、その顔は玲と限りなく似ている。きっと玲が大人になったらこんな顔になるのだろうと思うくらいだ。「お、お母さんが迎えに来るので……」「来ないよ ? 」「え ? 」「お母さんは、もう来ないよ ? 」 夕非の母親は専業主婦で特に今日も大きな予定はなかったはずだ。「学校がお母さんに連絡したので、お母さんが迎えに来ます」「車、タイヤパンクしてるから来ないよ ? 」「……」 確信に変わる。 この女はこの瞬間を待っていたのだ。しかしおかしい。学校に来てから保健室に夕非が来る事は知らなかったはずだ。夕非ですら突発的な行動だったのだから。「僕に、何か用ですか ? 」「うん。そう」 そう言うと、宇佐美は青色のリボンと、もう一つ何か手に握った物を夕非に見せる。 カシュッ !  淡い朱色のマッチの炎。 見た瞬間、気付いた。 匂いだ。 宇佐美が保健室に来てから、消毒液の匂いを上回って何か鼻につく異臭。 灯油だ。 宇佐美はリボンと一緒にバッグからビショビショに濡れたバスタオルを夕非に投げつけた。「はい。あげる ! 」「うわ ! 」「じゃあ、さよなら」 落ちる。 宇佐美の手から、火のついたマッチの灯火が。 宇佐美もずぶ濡れだが微動だにしない。 自身もここで終わるつもりで来たのだ。 放り投げ
last update最終更新日 : 2026-02-01
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9.動機と終焉

「保育園の時からずっと…… ! ずっとですよ !? 」 薄暗い取り調べ室の中で、玲とは違い宇佐美はとても感情的だった。「何度も親御さんに御子息が園でいじめをしている旨を伝えるように、先生にはお願いしてたんです。 でも先生たちも保育園側で解決します、の一点張りで。結局、今の今までいじめは続いてしまった ! 」 聴取を取っていた鏡見と柊はなんとも言えない気分で聞き続けた。「転校すればいい、引っ越せばいいって簡単に思うでしょう !?  保育園に入れるのも大変なんです。待機児童にしてしまったら次に入園できるのはいつか……。入園してもらわなきゃ仕事に影響が……。稼がなくちゃ暮らしていけない。自営業で再就職という訳にもいかない。 たった一つ ! いじめがあるってだけで、わたしも玲も変わってしまった !  玲が不登校にならなければ ! あんな凶悪犯と関わり合いにならんかったのに ! 」 一通り吠えると、宇佐美はその後俯いて泣き始める。嗚咽を上げながら、はぁはぁと口で酸素を取り込んでいる姿はなんとも哀れで、何故にこんな事が起きてしまったのかと鏡見と柊も心を苛まれそうになる。「玲さんが戸崎と知り合ったのを、知っていましたか ? 」 宇佐美は否定も肯定もせず、手ぐしで長い髪を整える素振りをする。落ち着こうと必死に歯を食いしばる。「大人の男性の声だな、とは思っていました。 ある日、不安に思って、玲が出掛けた日にタブレットを見たんです。パスワードも安易で……すぐ開きました」「そこで何を見たんです ? 」「……犯行スケジュールです。 玲は……戸崎にいいように使われている感じで……。主に誘拐の際に声をかける役を……。戸崎のメッセージをずっと辿って行ったら、最初は玲を誘い出していたんです。でも、玲はそれをすぐ感じると&
last update最終更新日 : 2026-02-03
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10.仲間と共に

 八本軒への路地を曲がると、ただひたすらに薄暗く佇む店の看板が見えた。紫麻は小さく溜息をついて帰る。 陽はまだまだ上がったばかり。  本当なら今頃、ワイドショーを見ながら紫煙を燻らせ新聞に目を通している時間だ。  しかし、今日テレビをつけたら恐らく砂北で起きた二つの殺人事件の報道で玲と真子の宇佐美母子が取り沙汰されるだろう。  紫麻としても観たいものではなかった。 玲に関しては干渉はしない。子供を襲う程理性がない訳でなく、真子に関しては玲がいるためだと言い聞かせる。  本来は弱肉強食の海の中で過ごして期間もある神の化身である。我が子を救うために他者を攻撃するのは普通のことなのだと思えてならなかった。 人の世界には法律やモラルがあるそれがある以上、言い訳は通用しない。  更に宇佐美 真子の犯行は自分の娘の一連の流れを知っての行動だ。  本人にとっては喰われて消えてしまいたいと思うような日々が待っているかもしれない。 どちらにせよ、紫麻は海希と顔を合わせるのが憂鬱だった。 赤い看板の下、飾り木枠のある引き戸に手をかけると、厨房の灯りがついていることに気づく。 ガララ…… ! 「紫麻さん ! おかえりなさい ! 」 中で海希が包丁を片手に仕込み作業をしていた。「海希……大丈夫なのか ? 」「紫麻さんこそ。大遅刻ですよ !? 今日もお客さん多いですよ、きっと。  先日来たお客さんが一気にSNSに拡散してました」 カウンターの端には相変わらず鹿野が陣取り、既に出来上がっている有様。そして海希のそばには一人きり、和食屋の調理服を着た背の大きなタトゥーだらけの男が立っていた。「海希さん。また雑になってるよ。最初の玉ねぎと見比べてご覧」「あ、確かに……」「何十個も剥いてると感覚が鈍るけど、お客様が一個目と今手に持っている玉ねぎを二食注文されたら、テーブルの上で一目瞭然になるから。刻む料理ならいいけどね」「はい ! リュウさん、分かりやすいです ! 」 仕込み作業を手伝っているのは向かいの寿司職人、リュウだった。 リュウは紫麻の前まで来るとコック帽を脱ぐ。スキンヘッドの汗を清潔なタオルで拭い、海希を振り返ってから笑顔を見せる。「朝来たら不安そうで。紫麻さんが今日はいるかどうか分かんないって聞いて。  味付けをする事は出来ないけど
last update最終更新日 : 2026-02-04
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