All Chapters of 推しに告白(嘘)されまして。: Chapter 51 - Chapter 60

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51.溺れる甘さで。

「…どうしたの?」あまり見ない悠里くんの表情に心配になり、悠里くんの瞳を覗く。すると、悠里くんは暗い表情のまま、力なく笑った。「…自信がないんだ。俺が柚子の彼氏なのに、周りにはそう思われていなかったりするし、華守との方が仲良く見えるし…」伏せられた瞳は不安と寂しさで揺れている。そんなふうに思わなくてもいい、と今すぐ推しを安心させてあげたい。「私の彼氏は悠里くんだよ。確かに千晴と仲はいいけど、悠里くんのとは違うでしょ?千晴はただの後輩だから」そう言って、真剣に悠里くんを見つめる。だが、悠里くんの表情は未だに暗かった。推しが私のせいで悲しんでいることが辛い。「…違う、か。本当にそうかな。キスした仲なのに」「…っ」暗い声音が静かに訴えた内容に、肩を震わせる。あの時、触れた千晴の柔らかい唇を思い出してしまい、私の頬は熱を持った。千晴はただの後輩だ、と言ったそばから、こんなふうになるのは違う、と何とか千晴を自分の意識から追い出したいのだが、上手くいかない。あの焦がれるような甘い瞳を忘れられない。千晴のことを考え始め、おろおろし出した私を、悠里くんは苦しそうに見つめた。「…わかってる。あれは演技だって。嫉妬するものじゃないって。わかってるけど…」眉にシワを寄せ、悠里くんが辛そうに思いを吐く。それから一旦言葉を止め、ゆっくりと続けた。「俺ともまだなのに…」推しが辛そうに私を見ている。綺麗な瞳はどこか仄暗く、とてもじゃないが、大丈夫そうには見えない。その葛藤に私の胸はぎゅーんと締め付けられた。推しが苦しんでいる。それなのにキュンキュンしてしまう自分が、どれほど不謹慎であるかは、十分わかっている。けれど、あの悠里くんが、こんなにも甘く嫉妬してくれているのだ。例え演技だとしても、彼氏として真面目に私と向き合ってくれた結果だとしても、嬉しくて嬉しくて仕方ない。偽りの嫉妬でも私はいい。その嫉妬でぜひ、私を縛って欲しい。「…俺も柚子とキスしたい。ダメ?」上目遣いで、おそるおそるこちらを伺う悠里くんに、ついに私はやられてしまった。罪深すぎるその表情に、ゴクッと喉が鳴る。か、かっこよくて、かわいいなんて、反則だ。私の推し、悠里くんは、世界を救うのではなく、世界を破滅させるのかもしれない。「…うん」バクバクとうるさい心臓を抑
last updateLast Updated : 2026-01-30
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52.関係の変化。

いろいろあった文化祭が終わり、1ヶ月。いよいよ冬休みが迫ってきた、とある日の昼休みのこと。窓の外に広がる寒空を横目に、私は暖かい教室で、雪乃と共に昼食を食べていた。いつも一緒に食べている悠里くんは、今日はバスケ部の用事があるらしい。悠里くんと付き合い始めた頃は、こうして雪乃と食べることの方が多かったが、今では、悠里くんと食べることの方が多かった。「何か久しぶりだねぇ、一緒に食べられるの」ふと、雪乃が今、私が思っていたことと同じことを口にする。「お互い違う相手と食べたり、用事があったりしたもんね。一緒に食べられるのは2週間ぶりくらいかな?」なので、私は雪乃の言葉にすぐに頷いた。悠里くんと一緒に食べる夢のような時間も好きだが、気心の知れた友人である雪乃と食べる時間も、安心感があり、楽しくて好きだ。「悠里くんが柚子とお昼一緒にするようになっちゃったもんねぇ。最初は付き合ってんの?本当に?て、感じだったのに、今ではこの学校の誰もが知る、ベストカップルなんだもん」「ふふ、まぁね」おかしそうに笑う雪乃に、私は少しだけ誇らしげに胸を張った。雪乃の言う通り、もうすっかり私は悠里くんの彼女として、板についており、誰もが私を悠里くんの彼女として認識している。私は完璧な悠里くんを不必要な好意から守る壁なのだ。「千晴くんとの噂も未だに健在ではあるけどね。でもやっぱ、公式は王子とだよねぇ。後夜祭の時も熱々すぎて、キス以上のことしてたし」「だ、だから!そんなことしてないってば!」ニヤニヤしている雪乃のいつものからかいに、つい大きな声でツッコミを入れる。文化祭後、事あるごとに雪乃は後夜祭での私と悠里くんのことについて、からかってきた。どうやらカップル席周辺で、聞き耳を立てていた生徒たちが、私たちがカーテンを閉め、キス以上のことをやり始めた、と勘違いしてしまったらしいのだ。その噂は瞬く間に広がり、しばらくは非常に恥ずかしい思いをした。あんなところでそんなことするはずがないのに、まるで真実のように語られ、困ったし、最終的には、生徒会長自らの指導が入った。「風紀委員長であるお前が何、一番に風紀を乱しているんだ」、と。とんでもない勘違いだ、濡れ衣だ、と一生懸命釈明したが、深めのキスを何度もしてしまったことは事実だったので、最後には謝罪した。もう公衆の面前で
last updateLast Updated : 2026-01-31
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53.クリスマスの予定。

「あ、先輩」私に声をかけられて、千晴が嬉しそうに振り向く。そんな千晴の首元には、黒みがかった赤のマフラーが適当に巻かれており、その下にはネクタイがなかった。…またか。今日も堂々と校則違反をしている千晴の姿に呆れながらも、どすどすと音を立てて近づき、私はギロリと千晴を睨みつける。だが、本人はへらりと笑うだけで特に気にしている様子はなかった。慣れたものなのだろう。「ネ・ク・タ・イは?」鬼の形相で強くそう言うと、千晴は視線を適当に彷徨わせた。「んー。邪魔だったから外した」「はぁ?今どこにあるの、それ」「えー。どこだっけ」「どこだっけ、じゃない!思い出す!」適当な受け答えを続ける千晴を、私は変わらず睨み続けて、責め立てる。すると、千晴は少し面倒くさそうに、鞄を探り、ネクタイを引っ張り出してきた。そのネクタイを「かしなさい!」と、強引に奪い、千晴からマフラーを外す。それからネクタイを無理やり付けて、千晴の胸に先ほど外したマフラーを押し付けた。「ネクタイくらいしなさい」「じゃあ、先輩が毎日俺にネクタイつけて」「…ほぼ毎日つけてるじゃん。それどころか会うたびにつけてるし」「うん、そうだね」呆れたように千晴を見る私に、千晴がどこか嬉しそうに瞳を細める。本当に手のかかる後輩だ。呆れて大きなため息を吐いていると、そんな私に何故か千晴は甘えるような視線を向けてきた。私より全然大きいが、その姿はまるで子犬のようだ。だが、千晴がこんな瞳で私を見る時は、決まって私を困らせた。そう私は痛いほど知っていた。「…何」千晴の次の言葉を警戒しながらも、そう問いかける。そんな私に千晴は甘い瞳のまま、ねだるように首を傾げた。「先輩がマフラー巻いて?」「はぁ?」予想通りの主張に眉間にシワが寄る。やはり、千晴は私を困らせることを言ってきたのだ。「自分でマフラーくらい巻けるでしょ?」「でもマフラー外したの先輩じゃん」「あれは、アンタがネクタイをつけていなかったからで…」「外した人が責任持ってつけてよ」何だ、その謎理論。そう言ってやりたいが、無表情に当然だと言いたげに言葉を紡ぎ続ける千晴に、呆れて何も言えなくなってしまう。私は何を言っても無駄だといつものように悟ってしまった。「はいはい。わかりましたよ。全く」本日何度目かわからない
last updateLast Updated : 2026-02-01
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54.彼氏ではない。

12月24日。千晴との約束の日。私は自分の部屋で、千晴の迎えを待ちながら、一泊二日の泊まり込みバイトで必要なものを鞄に詰めていた。…と、いっても、千晴からは特に何も持ってこなくていいと言われている。その為、私はいつも出かける時に使っているトートバッグに、とりあえず財布とスマホを入れて、あとは何が必要か考え込んでいた。ハンカチは服の方に入れるので、バッグに入れる必要はない。筆記用具とメモ帳くらいはいるだろうか?うんうんと1人で悩みながら必要そうなものを入れては、出してを繰り返す。結局、いつもと変わらぬ荷物を準備できたところで、私は最後に、愛用している茶色のマフラーを首に巻きつけた。ちょうどその時。ピンポーン、と家のチャイムが鳴り、「あらぁ」という、いつものお母さんの声が聞こえた。千晴が迎えにでも来たのかな、と何となく思い、鞄を肩にかけると、お母さんは明るく言った。「柚子〜!彼氏さんが迎えに来たわよ〜!」えーー!!!!!悠里くん!!!???お母さんの言葉に驚いて、慌てて、扉を開ける。悠里くんは今日、ウィンターカップだったはずだ。確か今日が初戦で、ここにいるわけがない。だが、もしかすると、私の顔を一目見ようと来てくれたのかもしれない。そうだ、絶対にそうだ!ドタバタと廊下から階段へと向かい、急いで降りると、見慣れたお母さんの背中とーーー。「先輩、おはよ」ふわりと笑う金髪美人、千晴が立っていた。…どうやらまだお母さんは勘違いしているらしい。「お母さん!千晴は彼氏じゃないって前も言ったよね!?」「もう!照れちゃって!クリスマスをお泊まりで一緒に過ごすんでしょ?付き合ってないわけないじゃない!」言い聞かせるように放った私の言葉に、お母さんがおかしそうに笑う。それから千晴に「ごめんなさいねぇ、この子ったら照れちゃって」と楽しそうに謝っていた。そんなお母さんに千晴は「いえ」と丁寧に返事をしている。千晴、敬語とか人様に使えたんだ。…じゃなくて。「千晴!アンタも否定しなさい!」「え?何で?」「何で?じゃない!」キョトンとしている千晴に怒鳴るが、本人はそれでも不思議そうで、頭が痛くなる。お母さんも千晴もまるで私がおかしいのだと言いたげな目で私を見てきて、私は頭を抱えた。何故、真実を言っている私がこんな目で見られなけれ
last updateLast Updated : 2026-02-02
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55.柚子、メイドになる。

大豪邸に到着後、まず最初に、とても落ち着きのある初老の男性に軽く挨拶をされた。初老の男性は、影井さんというらしく、この大豪邸の執事長らしい。執事という存在を初めて間近に見て、本物だ、と私は月並みに驚いた。その後は千晴の案内により、メイド専用の控え室へと移動し、千晴に指示された通り、そこにあった服に袖を通した。そして私は今、由緒正しい雰囲気の黒と白で統一されたクラシックなメイド服に身を包み、千晴の部屋にいた。「…うわぁ」千晴の部屋のスケールに、思わず感嘆の声を漏らす。広さはうちのリビングよりも広く、大きな窓にベランダまである。1人で使うにしては大きすぎるベッドには、天蓋が付いており、大きなL字のソファとテーブルの前には、大きなスクリーンまであった。さらにそのソファとテーブルとは別に、大きなテーブルと四脚の椅子まである。その他にもたくさんのものがあったが、ごちゃごちゃしている印象はなく、むしろシンプルで高級感の溢れる印象があった。ここは男子高校生の部屋ではない。富豪の部屋、もしくは、ホテルのスイートだ。あまりの異世界にしばらく呆けていたが、私は現状に気づき、慌てて首を横に振った。いけない、いけない。私は今、ここにバイトに来ているのだった。見学に来ているのではない。「それで?私の仕事って何?人手不足なんだよね?パーティーがあるとかで」パーティーに人手がいってしまい、この部屋を掃除する人がいない、とか?早速千晴に問いかけた私に、千晴は瞳を柔らかく細めた。「パーティーはまたあとで頑張ってもらうから」それだけ言って、千晴が私の腕を引く。そうしてやってきたのは、1人部屋にしては大きすぎるL字ソファの前だった。かなり大きく、そして長い為、普通にベッドとしても使えそうだ。どんな仕事を言われるのだろう、と千晴の次の言葉を待っていると、千晴は、ぽすん、とソファに腰掛けた。「先輩、ここ座って?」自身の足を広げて、ポンポンとその間を千晴が叩く。こんなにも広いソファで、何故そんな狭い所へと座らなければならないのか。「他の所も空いてるじゃん。わざわざそこに座る必要はなくない?」私は思ったことをそのまま口に、千晴の要求に首を振った。しかしそこで素直に私の言葉を飲む千晴ではなかった。「ここに座ることがメイドの仕事」「はぁ?そんな仕事あ
last updateLast Updated : 2026-02-03
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56.メイドの仕事?

暖かく、肌触りの良い布団。ふわふわのマットレスは極上で、まるで雲の上にでもいるかのようだ。幸せなまどろみの中、私は気持ちよく眠っていた。すると、その声は突然聞こえてきた。「失礼します!」「…っ!?」凛とした声に驚いて、意識が覚醒する。ほ、本気で寝ていた!まさかのしっかり取ってしまった睡眠に、私は慌てて体を起こそうとした。…が、それは私を後ろから抱きしめる誰かによって、できなかった。最高級ベッドの上で、誰かに抱かれて眠るこの奇妙な状況。一体、何故こうなったのか。私は眠る前の出来事を思い返した。*****千晴との映画鑑賞後、私たちは席を移動し、部屋に直接運ばれてきた昼食を共に取った。とんでもないクオリティの超豪華昼食に、最初こそおそるおそる食べていたが、すぐにその虜になり、あっという間に完食したのは言うまでもない。その後、千晴が私に一言。「眠い」それだけ言うと、千晴は天蓋付きのベッドへと、ぼすんっと倒れ込んだ。程よく暖かい部屋に、時刻はお昼過ぎ。ここには昼食後、どうしても眠たくなる条件がしっかり揃っているので、千晴の行動にも頷ける。私も今が休日で自分の家なら昼寝をしたい状況だ。だが、ここにはバイトで来ている為、私はそんな千晴を横目に、広すぎる部屋をじっと見つめた。これから私は何をすればいいのだろうか。掃除か、それとも、パーティー準備か。この部屋の整理整頓…はする必要はなさそうだ。とりあえず、執事長の影井さんのところに行って指示を仰ぐべきかな…。この家のメイドとして何をすべきか考え、早速行動に移そうとする。するとベッドで眠り始めたはずの千晴が、寝転んだままこちらを見た。「何してるの?先輩も一緒に寝るんだよ?」おかしなものでも見るような目でこちらを見て、「こっちおいで」と千晴が甘く囁く。その姿に私は首を傾げた。「何で?寝ないよ?働かないとだし」「俺のメイドは俺と一緒に過ごすことが仕事だけど?」「…はぁ」淡々と千晴から伝えられたことに、思わず間の抜けた返事をしてしまう。何が言いたいのか何となく察せるが、そんなおかしな仕事が本当にあるのだろうか。お金持ちの世界だからこその常識なのだろうか。うんうんと考え込んでいると、いつの間にかベッドから降りてきていた千晴が、すぐそこまで迫っていた。そして千晴は私の
last updateLast Updated : 2026-02-04
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57.勘違いフィアンセ。

そう、私はこの家のメイドとして、パーティー準備に借り出されるのだと思っていた。しかし私は今、この大豪邸内にあるサロンのような場所で、ゴールドのマーメイドドレスに身を包んでいた。…あれ?急な展開に、本日何度目かわからない疑問が浮かぶ。何故、たくさんのメイドさんに囲まれて、こんな場違いな格好をしているんだ?「サイズに問題は?」着替え終えた私を見て、千夏ちゃんは淡々とそう私に聞いてきた。淡いくすみピンクの愛らしいドレス姿の千夏ちゃんは、美しく、可憐だ。元からの美少女さと、内側から放たれる神々しいオーラが千夏ちゃんをそうさせていた。「えっと、ピッタリだけど…」「そう。それはよかったわ。そのドレス、アナタの為に作らせた一点ものなの」「…え」「ふふん。なかなか似合っているわよ、お義姉様?ますます華守の女として相応しくなったわね」状況が未だに飲み込めず、戸惑う私に、千夏ちゃんが誇らしげに笑う。そんな千夏ちゃんに、私はますますわけがわからなくなった。私の為に作らせた一点もの…と、いうことはオーダーメイド?え?オーダーメイド?「…ちょっと状況がよくわからないんだけど、私は何故今こんな感じに?オーダーメイドドレスである理由は?何で採寸してないのにサイズがピッタリなの?」思わず、疑問に思ったことを全て口にする。すると、千夏ちゃんは怪訝な顔をした。「アナタが着るドレスをそこら辺の既製品にするわけがないじゃない。それにアナタのサイズなんて当然知っているわ。スリーサイズも全部ね」「…はぁ」おかしなことを言うな、と言いたげな千夏ちゃんの視線に、小さく歯切れの悪い返事をする。今、一番聞きたかった、何故、このようなことになっているのか、その理由が千夏ちゃんのセリフにはなかった。私の聞き方が悪かったらしい。「あのね、千夏ちゃん。その、この格好についてなんだけど…」「失礼いたします」今度こそ何とか今の状況について千夏ちゃんに詳しく聞こうとしたのだが、それは周りにいたメイドさんの一言によって、遮られた。「お化粧の準備が整いました。こちらへどうぞ、千夏様、柚子様」礼儀正しく、お辞儀をし、にこやかにそう述べたメイドさんが、私と千夏ちゃんをまた別室へと案内する。案内された部屋の壁には、大きな鏡台がいくつもあり、その鏡の周りは白い電球で光輝いていた。
last updateLast Updated : 2026-02-05
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58.本来の目的。

いくつもある大きな窓の外から、すっかり太陽が消え、星が瞬き出した頃。華守家の大豪邸内にある広すぎるホールは、外とは対照的に、煌びやかなシャンデリアによって、眩しく光り輝いていた。まるで中世ヨーロッパの貴族でも現れそうな格式高いホール内には、当然、煌びやかで上品な人たちしかいない。私はそんな異世界で、必死に歩いていた。千晴の腕に、手を置いて。「…」何故、こんなことに…。戸惑いながらも、あくまで、平静を装う。風紀委員長として培ってきたものが、まさか今、役に立つとは。緊張している私とは対照的に、私をリードして歩く千晴は、飄々としており、とても慣れた様子だった。ふわふわの金髪は今日は綺麗にセットされており、前髪はかきあげられている。その髪型は普段は自由でマイペースな千晴を、しっかりとした落ち着きのある人に見せた。キラキラと輝く金髪も何故か映えていて、あまりにも似合っている為、フォーマルな気さえしてしまう。ベストやシャツ、ネクタイまで黒で揃えられたスーツ姿は、千晴をシックでかっこよく、大人っぽくさせていた。今日の千晴は気品があり、高校生には見えない風貌だった。「柚子はどんな格好でも似合うね。今日の姿も綺麗だよ」ずっと満足そうに私を見ていた千晴が、ふと、甘く笑う。そんな千晴に私も口角をぎこちなくあげて微笑んだ。「ア、アリガトウ、チハル」慣れない演技に、つい棒読みになってしまう。こんなことは初めてで、正直正解がわからない。周りから見れば、仲睦まじい私たちの姿に、ホール内にいた人々はざわめいた。「華守の千晴様がついに婚約者を決めたとは本当だったのか」「しかも噂通り、相当溺愛されているようですな」「庶民の出らしいが、なるほど美しい。あれでは惚れてしまわれるのも無理はない」「しかし庶民とはいえ、かなりの才女だとか」「さすが千晴様だ」どこかの会長であろうオーラを放つ、80歳くらいの男性に、上品に微笑む貴婦人。しっかりとした風格の50代くらいの男性は、どこからどう見ても、社長のようだし、かと思えば、華族のような雰囲気の男性や女性もいる。とにかく上品で高貴な人々は、私と千晴をずっと様々な目で見ていた。聞こえてくる雲の上の人たちの上品な噂話に、思わずため息が漏れそうになるが、それを私はぐっと堪える。彼らが噂していることは、何もかも
last updateLast Updated : 2026-02-06
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59.ご両親、登場。

疲れた…。何度も何度も繰り返される挨拶地獄に、私は1人放心していた。この上品で煌びやかな世界は、私には非常に合わなさすぎる。無理やり上げていた口角が痛い。明日は確実に筋肉痛だ。「柚子、はい」今にも魂が抜け出してしまいそうな私に、千晴が水の入ったグラスを渡す。…一体、いつの間に。千晴は私から片時も離れず、私以上にたくさんのいかにも凄そうな方たちの対応をしていた。そんな千晴が一体いつ、水入りグラスを用意してくれたのだろうか。私の疑問の視線に気づいたのか、千晴は柔らかくその瞳を細めた。「そこのウェイターから貰ったんだよ」「…え」千晴に言われて、その視線の先を辿れば、確かにそこには水入りグラスの置かれた銀のトレイを持っている男性のウェイターの姿がある。よく見れば、ホールのあちらこちらに彼らはおり、そのトレイには水入りグラス以外にも、軽食やワインなども置かれていた。「何か欲しければ、近くのウェイターに言えばいいよ。落ち着いてきたから向こうのビュッフェに行くのもありだし」「…ビュッフェ?」千晴の淡々とした説明に、自然と私の瞳は輝き出す。忙しすぎて、全く見ていなかったが、まさかビュッフェがここにあるとは。お金持ちのクリスマスパーティー。しかもあの華守グループ主催。絶対にとんでもなく美味しいメニューたちが並んでいるはずだ。「…ビュッフェ」「あはは、柚子、わかりやすー」しきりに〝ビュッフェ〟と呟く私に、千晴はおかしそうに笑った。「それ飲んで落ち着いたら行こうね」と千晴に言われ、こくこくと何度も頷く。やっと、挨拶地獄から解放され、少しでも楽しい時間がこれから始まるのだ。そう私は思っていた。この時までは。「千晴」厳格そうな低い声が、千晴の名前を呼ぶ。水を飲むことを一旦やめ、視線を上げれば、そこには端正な顔立ちの40代くらいの男性と、これまた綺麗な男性と同世代くらいの女性が立っていた。そこにいるだけで空気がひりつく男性は、威圧感が強く、威厳を感じる。逆に横にいる女性は、とても小さく、まるで存在を消しているかのようだった。「父さん、母さん」2人を見つめ、千晴から出てきた言葉に、ああ、と妙に納得する。ただものではない雰囲気はあったが、どうやら2人は、千晴のご両親のようだ。確かによく見れば、千晴のお父さんの端正な顔立ちは、
last updateLast Updated : 2026-02-08
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60.扉の向こう。

煌びやかで上品な異世界の上流パーティーに紛れ込んだ次の日の朝。私は千晴の部屋の隣に用意された、とんでもなく広い部屋で、一晩を過ごし、身支度をしていた。いつの間にか用意されていた昨日も着たクラシックな落ち着きのあるメイド服に袖を通し、改めて鏡で身なりの最終確認をする。きちんとした白と黒のメイド服に身を包む私は、いつもより、上品でしっかりとした印象を与える。見た目だけならいいとこのお屋敷の由緒正しいメイドさんだ。「よし」小さくそう言って気合を入れると、私の雇い主である、千晴の部屋へと行く為に、ドアノブに手をかけた。「あれは優秀だ。好きにさせておけ」それと同時に聞き覚えのある、厳格な男の人の声が扉の向こうから聞こえてきた。ーーー千晴のお父さんの声だ。千晴のお父さんの冷たい声に、私は手を止めた。「確かに柚子様とお付き合いされてから、千晴様は随分落ち着かれました。ですが、千晴様に必要なのは、決して柚子様だけではございません。千晴様の健全なご成長をお望みでしたら、ほんの少しでも千晴様と家族としての時間を…」千晴のお父さんと話しているのは、どうやら執事長の影井さんのようだ。影井さんの声は丁寧だったが、どこか必死に訴えるものがあった。しかし、その訴えは途中で遮られた。「健全?そうだな。犯罪者になるようなことはあってはならないな。だが、それをするのは俺の仕事ではない。お前の仕事だ、影井。俺たちは確かに血を分けた家族だが、それ以前に、華守一族の男だ。社長とその跡取り。あれは華守がこれからも大きくなる為の歯車の一つにすぎない。愛情を注ぐものでもないし、その時間が勿体ない」「ですが…」「この話は終わりだ。次の話をしろ」「…はい」反論さえも許さない高圧的な千晴のお父さんの主張に耳を疑う。ここは千晴の部屋の真隣だ。つまり、このあまりにも冷たすぎる会話を、千晴も聞いている可能性がある。こんなにも平然と我が子を道具として扱い、日常的にこれを千晴は聞かされてきたのか。だんだん腹が立ってきて、何か一言物申したくてたまらなくなる。一度止めた手に再び力を入れ、ドアノブを思いっきり引っ張ろうとした、その時。「…っ!」後ろから誰かに抱きしめられたことによって、それはできなくなってしまった。誰!?と一瞬だけ、驚くが、鼻をかすめる香りに、その驚きが消えていく
last updateLast Updated : 2026-02-10
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