All Chapters of 推しに告白(嘘)されまして。: Chapter 61 - Chapter 70

76 Chapters

61.つまらない日々。side千晴

side千晴ああ、好きだな。俺の腕の中で、必死に腕を回して俺を抱きしめる小さな頭に、愛しさが溢れ止まらない。好き、好き、好き。たくさんの愛おしい想いが胸いっぱいに広がり、ゆっくりと溶けていく。やっぱり、先輩は正義の人だ。まっすぐで愛情深くて、誰にでも平等で、優しい。そんな先輩だからこそ、自然と惹かれた。そして気がつけば、どうしようもなく好きになっていた。小さくて柔らかい先輩の体を、ゆっくり、壊さないように、けれど、もうここから逃げられないように、抱きしめる。先輩と俺は最初は住む世界でさえも違った。それなのに、何故、俺は運命的に彼女と出会えたのか。それは、遡ること約一年前のこと。*****中学3年の秋。数ヶ月前は見たこともなかった、ギラギラと俗っぽく輝く色とりどりのネオンを横目に、俺は何となく、道の端に座っていた。ここ最近の夜は、昼間ほどの熱をもう持たない。1人佇む俺の頬に、ほんの少し肌寒い風が当たる。けれど、家に帰りたいとは微塵も思わなかった。自分の人生に不満などなかったが、何もかも思い通りになることが、逆につまらなくて、周りを困らせてみようと思った。学校にはろくに行かず、家にもなかなか帰らず、こうやって、いろいろな街を彷徨ってみた。最初は、初めてのことばかりで、どれも新鮮で楽しかった。自力で電車に乗って街に出るのは、車で移動するよりも面倒だが、自分の力で移動しているようで面白かったし、見たことのない景色ばかりで、まるで別世界にでも迷い込んでいるようで、悪くはなかった。統一感がなく、ごちゃごちゃと、あちこちで〝ここにある〟と主張し続ける店の並び。コンビニも、ネカフェも、カラオケも、ホテルも。何もかもが、俺の目には新しかった。そんな世界を見ていると、よくわからない輩に絡まれた。何故絡まれたのかわからないが、俺を殴ろうとしたので、試しに殴り返すと、拳は痛かったが、これはこれで楽しかった。喧嘩は実力主義だ。どこの誰であろうと関係ない。そんな純粋な実力主義の世界は生まれて初めてだったので、つまらないと思っていた人生に、新たな楽しさを与えてくれた。予定調和を崩したくて、始めたことだったが、気がつけば、街へ出る方が楽しい、と俺は学校へは行かなくなった。その結果、学校での俺の評価や成績はぐっと落ちた。俺は何とも思わ
last updateLast Updated : 2026-02-11
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62.眩しい光。side千晴。

女に手を引かれて逃げた先は、すぐ目の前に交番のある公園だった。日がすっかり落ちた公園内には、当然誰もいない。交番の光と、街灯の灯り、それから月明かり。光源はたったそれだけだったが、ここはネオン街よりもずっと明るく見えた。「ここまで来れば大丈夫でしょ…」大きく肩で息をする女を俺は一瞥する。女は交番に視線を向け、「こんなところで大乱闘にはならないはず」と汗を拭いながら頷いていた。それから俺たちはその辺のベンチに腰を下ろした。「で、さっきの人たちの話は本当なの?」俺の隣にいる女がこちらに厳しい目を向ける。確かにあの男たちが言っていたことは本当なのだろう。覚えがありすぎて、一体どれのことを言っていたのかわからないが。それをそのまま女に伝えると、女は握り拳を作り、それを大きく振りかぶった。ゴンッと鈍い音が頭に響く。気がつけば、俺は女に頭を思いっきり殴られていた。頭に走った衝撃に、痛みよりも驚きが勝つ。誰かに叱られて、殴られたのは初めてだ。「このバカ!何やってんのよ!?」眉間にシワを寄せ、本気で怒っている女に、何故か胸がじんわり温かくなる。初めて俺に本気で叱ってくれた。その事実に、感じたことのない違和感を覚えた。そして初めての感覚に、俺は首を傾げ、その違和感の中心である胸を押さえた。けれど、すぐにいつもの虚しい感覚が俺を支配した。コイツは俺が何者か知らない。以前、警察にお世話になった時、俺を叱ろうとした大人もいたが、警察に事情を説明させると、小さくなって何も言えなくなった。人とはそういうものなのだ。圧倒的上の存在には逆らえない。きっと、コイツも同じだ。「お前、俺にこんなことしていいの?俺、華守の跡取り息子なんだけど。お前なんて社会的に簡単に殺せるよ?大丈夫そ?」見下すように笑い、冷たく女を見据える。すると、女はその瞳に力を込めた。「何、親のことで威張ってんのよ。威張るなら自分の力で威張りなさい。そんな脅しカッコ悪いだけだから」あり得ない、と言いたげにため息を吐く女に、思わず、笑ってしまう。まさか、こんなリアクションをされるとは。「信じてない?俺が華守の跡取り息子だって」「信じるもクソもないわ。どのみち親の力じゃん」「ふは、まぁ、そうだね」当然のように答えた女に俺は最後には吹き出した。こんなにも心から笑
last updateLast Updated : 2026-02-12
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63.贈り物。

side柚子12月26日。千晴の家での住み込みバイトを終えた、次の日のこと。私は今、ウィンターカップ会場の前にいた。昨日は朝から千晴のお父さんの最低な場面に遭遇し、最悪な気分で一日が始まったが、その後はとても穏やかで、千晴と楽しい一日を過ごした。そして、その穏やかな時間の中で、私たちは12月25日ということもあり、クリスマスパーティーもした。*****私と千晴、たった2人だけのクリスマスパーティーの会場は、広すぎる千晴の部屋だった。私たちは大きなソファに腰掛け、テーブルいっぱいに並べられた豪華な食事を楽しみながら、クリスマスのコメディ映画を一緒に観た。そして、食事も終盤、デザートを待っている時のことだった。「先輩、はい。クリスマスプレゼント」突然、どこからか千晴が小さな白い紙袋を私に差し出す。紙袋には黒で何やらブランド名のようなものが小さく書かれており、見るからに高価そうだった。普段、ブランド物に触れていない、興味のない私でも、何か高級なブランド物なのだろうと察せた。「…え、くれるの?」「うん」千晴から平然と差し出された紙袋に、戸惑ってしまう。クリスマスプレゼントとはいえ、正直、こんなにも高級そうなものを頂くわけにはいかない。それに私は千晴のようにクリスマスプレゼントを用意していない。そのことを千晴に伝えると、千晴はその綺麗な顔を優しく緩ませた。「俺の気持ちだから受け取って、先輩。それに先輩からのクリスマスプレゼントは、ちゃんとあとからもらうから大丈夫だよ」「…へ」千晴の言葉に思わず変な声を出してしまう。前半の「受け取って」の、意味はわかった。だが、後半の「ちゃんとあとからもらうから」の意味がいまいちよくわからない。私はクリスマスプレゼントをこの場に用意していないんだが?数日後に徴収しますよー、て意味?不思議に思ったが、とりあえずそこは一旦スルーして、私は千晴からおそるおそる紙袋を受け取った。「…ありがとう」まずは申し訳ない気持ちを抑えながらも、何とか笑顔で千晴にお礼を言う。そんな私に千晴は「ねぇ、中、見て」と急かしてきたので、私は早速袋の中を覗いてみた。するとそこには、綺麗な黒いリボンが巻かれた小さな白い箱があった。…アクセサリーだろうか?見るからに高級そうなそれに、思わず身構えてしまう。こんな
last updateLast Updated : 2026-02-13
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64.最強の姉妹。

…お姫様。聞こえてきた可愛らしい声に、思わず笑みが溢れる。どうやらこの会場に、女の子から〝お姫様〟と呼ばれている可愛らしい人がいるらしい。何だかその存在と女の子が微笑ましくて、ほわほわした気持ちになっていると、私の横に5歳くらいの可愛らしい女の子が現れた。「こんにちは!お兄ちゃんのお姫様!」「…え」綺麗で柔らかそうな黒色の髪を後ろで一つに結び、大きなピンクのリボンを付けている女の子が、私の顔を笑顔で覗く。大きなくりくりの瞳が印象的な整った顔立ちの女の子は、間違いなく私に挨拶をしていた。全く見覚えのない女の子に思わず首を傾げる。私の知り合いにこんなにも愛らしい女の子はいない。それに私はこの女の子のお兄ちゃんのお姫様でもない。きっと人違いだろう。だが、だからといって無視するのも違う。私は真横にいる女の子が誰なのかわからなかったが、意識して口角を上げた。「こ、こんにちは」上手く笑えていない気もするが、きちんと応えたことに意味がある。「ちょ、里緒!」ぎこちない笑みを浮かべ続けていると、もう1人、誰かがこの場に現れた。女の子の横に現れた女性は、この状況にとても焦っていた。綺麗に巻かれた黒髪に、かきあげられた前髪。大人っぽいこの女性は20代前半くらいだろうか。女の子とどこか雰囲気が似ており、パッと見で、姉妹なのだろう、と察せた。それと同時に、お姉さんから何故か、私の推しである悠里くんの面影も感じた。「ごめんね、急に。アナタ、柚子ちゃんよね?うちの悠里の彼女の」「…え、あ、はい」お姉さんに確認されて、戸惑いながらもこくりと頷く。うちの、悠里…?お姉さんの言葉に、私の頭はフル回転し始めた。悠里くんの面影を感じる、こちらのお姉様。悠里くんのことを〝うちの悠里〟呼び。…これは間違いなく、紛れもなく、目の前にいらっしゃる美人さんは、悠里くんのお姉様なのでは?つまり、この小さな愛らしい女の子は…。「私、悠里の姉の里奈。大学生。で、こっちの小さいのが…」「里緒!5歳!年長さん!」笑顔のお姉さんの横で、悠里くんの妹さん、里緒ちゃんが勢いよく、5本の指を私に見せる。「…」突然の推しのご姉妹ご登場に、私は頭が真っ白になった。本物の推しのご姉妹にお会いする日が来るとは。悠里くんには、お姉さんと妹さんがいたとは。姉妹に囲ま
last updateLast Updated : 2026-02-14
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65.沢村家に感謝を。

里奈さん、里緒ちゃん、私。この並びで、私たちは体育館内へと入った。やはりウィンターカップ会場であるここは、地元の体育館とはスケールが違い、その迫力に思わず息を呑む。高い天井に、広く開けた場所。少し向こうには大きな階段があり、さらに別の場所には、バスケの試合を行うコートに続く廊下のようなものが見える。その廊下の手前には、関係者限定、と書かれた紙まであった。ここが推しの晴れ舞台か…。黙ったまま、まじまじといろいろなところを見ていると、里奈さんがふと口を開いた。「そういえば、悠里は今日、柚子ちゃんがここにいること知ってるの?」「いえ、悠里くんの邪魔はしたくないので黙って来ました」「ええ!?」私の答えに、里奈さんが驚きの表情を浮かべる。一体、何に驚いているのだろうか。里奈さんの驚きの理由がわからず、首を傾げていると、私たちの間を歩いていた里緒ちゃんが明るい声で言った。「お兄ちゃん、絶対、柚子お姫様に会いたいよ!」曇り一つない綺麗な眼差しに「ま、まさか!」とつい首を横に振る。悠里くんは晴れ舞台に全集中したいはずだ。それなのに気を使わなければならない相手、対モテ防止彼女が急に現れても大変なだけだろう。…で、でも、里緒ちゃんの言う通り、会いたいと思われていたらとても嬉しい。顔を青くしたり、赤くしたり、煮え切らない態度でおろおろしていると、今度は里奈さんが明るい声を出した。「里緒の言う通りだよ!アイツ、絶対柚子ちゃんに会いたいって!むしろ、会ってあげてよ!その方が何倍も力出るから!」「…え、えぇ?」美しく、可愛い、最強の姉妹から念を押されて、だじたじになる。ほ、本当かな…。けど、悠里くんのことを私よりも遥かに知っているお二人が言っていることだし…。「会ってくれますかね?」「むしろ会いたがるって」弱々しく里奈さんを見れば、里奈さんはそんな私に力強く頷いた。そしてその後も私たちの問答は続いた。「邪魔とかには…」「ならない、ならない」「気を使わせるかも…」「そんなことより、柚子ちゃんに会えた喜びの方が勝つって」里奈さんの言葉の後に、里緒ちゃんも、「うん。ならない」や、「勝つ勝つ」と、お姉ちゃんの真似をしている。「さっき、サブの体育館で、アップしてたし、顔だけでも見せに行こ」「…は、はい」微笑む里奈さんに、私はいつの
last updateLast Updated : 2026-02-15
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66.尊死。

「あのね、あのね、柚子ちゃん」里奈さんと悠里くんの尊いやり取りを見ていると、里緒ちゃんが私の服の袖を嬉しそうに引っ張り、キラキラとした目でこちらに話しかけてきた。「お兄ちゃんはね、お姫様の柚子ちゃんのことがとっても大好きなんだよ。いつもお姉ちゃんに柚子ちゃんのお話してるの。えっとねぇ、この前はねぇ、どうやったら柚子ちゃんが喜ぶかって、お話ししててぇ…。あと、柚子ちゃんが忙しいそうで、心配とかぁ…」ニコニコの里緒ちゃんから放たれた、とんでもない内容のお話に、心臓が一瞬止まりそうになる。お、推しが、私のことを心配してご家族にまで話してくれているのか?だからご家族のみなさんは、私=悠里くんの大好きな彼女だと思っているのか?尊すぎないか?「お兄ちゃんね、柚子ちゃんが可愛すぎてしんどいって言っててねぇ。なんで可愛いとしんどいのか、わたし、聞いてみたんだけど…」未だに話し続ける里緒ちゃんに、もう私のHPは限界に近い。おそらくあと5秒後に倒れる。死因は〝尊死〟と、今まさに意識を手放さそうとしていた、その時。里奈さんがその形の良い口の端を上げた。「里緒ぉー。そのくらいにしといてあげなぁ?王子様、限界みたいだからぁ」里奈さんの視線に釣られて、王子様と呼ばれた悠里くんの方を見れば、悠里くんの顔は真っ赤で。推しの赤面にズキューンっとまた心臓を射抜かれた。か、可愛いがすぎる。この可愛さは世界を救う。いや、逆に破滅させるかも。「も、もういいからっ!2人とも、応援来てくれてありがとう!先上がってて!」半ばヤケクソになりながらそう言った悠里くんに、里奈さんはおかしそうに笑い、里緒ちゃんは何もわかっていない様子で明るく笑った。尊い家族に私は心の中で合掌した。ありがとう、世界。この世にこんなにも尊い家族を生み出してくれて。里奈さんと里緒ちゃんが先に2階の応援席へと上がったことによって、悠里くんと私は2人になった。「素敵なお姉さんと妹さんだね」2人を見送った後、悠里くんへと視線を戻す。すると悠里くんは照れくさそうにはにかんだ。「…うん。妹の里緒はかわいいよ」そこで一度、悠里くんは言葉を区切る。「まぁ、姉ちゃんはちょっとあれだけど」それから今度は困ったように笑った。柔らかい悠里くんの表情に、2人のことが大切で、好きな気持ちが伝わる。美しい家族
last updateLast Updated : 2026-02-16
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67.大切な人。side悠里

side悠里「悠里!」柚子と別れた後、選手控え室に戻ると、その場にいた部員たちが一斉に俺に詰め寄ってきた。「何でここに鉄子がいたんだ!?」まずは大きな声で問い詰めてきたのは、隆太だ。隆太の顔色はあまりにも悪く、とてもじゃないが、柚子を歓迎しているようには見えなかった。「偵察か?やっぱり、部費関係の偵察なのか?」それから続くように、他の部員もあまりよくない顔色でこちらに視線を向ける。「悠里、鉄子はバスケ部について何か言ってたか?」さらに先輩までも、顔面蒼白で汗を流していた。先ほどのアップで流したものではなく、確実に〝柚子〟という存在に流れた冷や汗だろう。緊張と恐怖で右往左往する部員たちに、俺は困ったように笑った。「落ち着いて、みんな。柚子は普通に応援に来ただけだから」俺の言葉に一瞬、控え室が静まり返る。だが、それはほんの一瞬で、すぐに先ほどの賑やかさを取り戻した。「な、何だぁ、そうかぁ」「よ、よかった。ほんとーに。よかった」隆太や先輩、みんなが安堵の息を漏らし、笑顔になる。その中で陽平はこちらに近づき、からかうように口角を上げた。「アツアツじゃん。もう立派なおしどりカップルだな」陽平の言葉に部員たちは、一斉に笑顔で「確かに!」と頷く。この場にいる全員がまるで自分のことのように嬉しそうにしている姿に、俺は胸がじーんと温かくなった。そんな俺に後輩である慎も、嬉しそうに明るい声を出した。「本当、お二人とも遠目から見てもめっちゃいい雰囲気でした!」慎の言葉に、ふと、先ほどの柚子の姿を思い出す。俺を見つめる可愛らしい瞳。揺れる綺麗な黒髪から見える顔は、忙しなく表情を変え、愛らしい。わざわざここまで観に来てくれたことも、俺に会いたくて、あそこまで来てくれたことも、全部が全部可愛い。柚子のおかげで頑張れる。かっこいいところを見せたい。「ぜってぇ、勝つぞ!鉄子に悠里の活躍を見せつけるんだ!」「惚れさせようぜ!俺たちの王子様によ!」「打倒!白銀学園!アツアツ!鉄子と悠里!」盛り上がる部員たちの横で、俺も静かに闘志を燃やす。ーーー絶対、勝つ。グッと右手を握り締め、瞳を閉じる。それから大きく深呼吸して、再び瞳を開ける。その時、ちょうど控え室に監督が現れた。何やら熱気を帯びた控え室に、監督は「やる気十分だな」と、し
last updateLast Updated : 2026-02-17
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68.クリスマスをもう一度。

side柚子12月30日。年末の駅内は、様々な人で溢れ、賑わっていた。カップルや子連れの家族、若そうな夫婦に、大きなキャリーケースを引く若者。たくさんの人が行き交う、ここで、私は軽やかな足取りで、ある場所へと向かっていた。そのある場所とは、もちろん悠里くんとの集合場所である駅前の時計塔だ。鷹野高校バスケ部は、私が観戦した次の日、準々決勝で惜しくも敗退し、ウィンターカップの成績は、ベスト8に終わった。負けてしまったが、晴れて目標であったベスト8を達成することができたのだ。準々決勝の日は予定があったので、配信で悠里くんの勇姿を見守っていたが、準々決勝もとてもいい試合で、涙なしでは見られなかった。偽の彼女として壁となり、支えた結果が、少しでもあのベスト8に繋がったのだと思うと、感慨深く、誇らしい。私はきっと、悠里くんを推す者、ファンとして素晴らしい仕事をしている。悠里くんはウィンターカップが終わり、昨日こちらに帰ってきた。そして、2人とも予定が空いていた今日、約束のクリスマスパーティーをすることにした。だが、私は少しだけ心配だった。激闘から帰ってきたばかりの悠里くんは、かなりお疲れなのではないのか、と。私なんかとクリスマスパーティーなんてして大丈夫なのだろうか。そんなことを思いながら集合時間よりも1時間早く、時計塔前に着くと、そこにはもうダウンにマフラーの冬装備悠里くんがいた。心なしか冬の太陽の光が悠里くんにだけ射しているように見える。…神々しい。じゃない!思わず見惚れてしまったが、それどころではないことに私は気づいた。お、推しを寒空の下、待たせるなんて!ファン失格だ!1時間前集合では遅すぎだった!「悠里くん!ごめん!」軽やかだった足取りは、いつの間にか駆け足へと変わっていた。「柚子、早いね」私を見つけて、微笑んだ悠里くんから白い息が漏れる。ああ、推しが寒そうだ。なんたる失態。 「ご、ごめんね。待たせちゃって」申し訳なさすぎて、あわあわしていると、悠里くんはそんな私に表情を和らげた。「いや、俺が早く来ただけだから」それだけ言って、「行こう」と悠里くんが私の手を引く。冷たい指先に、私は胸がぎゅうと締め付けられた。この冷え切った手を私が温めなければ。*****悠里くんと向かった場所はとあるスーパーだった
last updateLast Updated : 2026-02-19
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69.パーティー準備。

悠里くんとのいい意味で心臓に悪すぎる買い物終了後、私たちは悠里くんの家へとやってきた。新築そうな綺麗で洗練された一軒家。それが悠里くん家の印象だ。私と悠里くんはさっそくクリスマスパーティーをする為に、キッチンへと立ち、その準備を始めた。本日作らねばならないものは、チキンの代わりの唐揚げに、メインディッシュのクリームシチュー。サイドメニューのポテトに、トマトとモッツァレラチーズのサラダに、クリスマスといえばのケーキだ。ケーキはスポンジをもう買ってあるので、あとはデコレーションするだけだった。…だが、ここで事件は発生した。「…あの、その、久しぶりだし、もしかしたらできるかもって思ってて…」包丁を持ったまま、硬い笑みを浮かべる私の額は冷や汗でいっぱいで。包丁には、かつてトマトだったどろりとした赤い塊までついており、これでは見た目だけ殺人犯だ。犯人である私の目の前のまな板には、無惨な姿になってしまったトマトがあり、とても申し訳ない気持ちになった。そう、この現場を見ればわかる通り、私はものすごく料理が苦手なのだ。とにかく力加減がわからず、無茶苦茶にしてしまうことが過去にも何度かあった。その為、調理実習ではいつも片付ける、材料を計るに徹し、ここ5年ほど料理らしい料理を一切作ってこなかった。なので、もしかしたら成長して、できるようになっているかもしれない、と自分の力を過信した結果がこれである。「あー…。柚子にもできないことってあるんだね」この惨状を見て、悠里くんが困ったように笑う。それから悠里くんは「一緒にやろっか」と、唐揚げを揚げる工程を一度中断した。「俺がトマトを切るから、柚子は袋からモッツァレラチーズを出して?それからこのお皿にそれを盛り付けてくれる?」「う、うん。それならできる」悠里くんにお皿を渡されて、何度も何度も頷く。悠里くんの優しさが胸いっぱいに広がり、私を温かくさせた。なんて優しい人なのだろうか。最強で究極の推し。素敵だ。悠里くんに言われた通りに、私は作業を再開した。その後、私は様々なことに挑戦した。唐揚げやポテトを揚げようとしたが、勢いよく入れすぎて、油が派手に飛び散り、失敗。材料を混ぜようとしたが、勢いよく混ぜすぎ、中身が飛び出て、失敗。結局、私、主体では何もできないことが露見し、私は悠里くんのサポート
last updateLast Updated : 2026-02-20
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70.みんなで一緒に。

「…やったぁ」無事に完成したクリスマスケーキに、ホッと一息つく。そこで私はやっと息を吸えた。するとそんな私を見て、悠里くんは「ふ、ふふふ」と耐えきれない様子で笑い出した。…可愛い。ではなく。一体どうして急に可愛らしく笑い出したのだろうか?不思議に思いつつ、じっと悠里くんを見ていると、悠里くんは笑いながら、私の顔に手を伸ばした。そしてそのまま、クイッと悠里くんの親指が私の頬を拭った。「ついてたよ」おかしそうにそう言い、私に見せてきた悠里くんの親指には、かなりの大きさの生クリームが付いている。何故、その大きさの生クリームが今の一瞬でついたのかわからない。だが、あれこそが悠里くんが急に笑い出した原因なのだと、私は理解し、赤面した。恥ずかしすぎる…。穴があったら入りたい。自分の失態に頭を抱えていた、その時。「やだぁー!わたしもお姫様とクリスマスパーティーするのー!」扉の向こうから何やら抗議している様子の里緒ちゃんの声が聞こえてきた。 「だからダメだって!クリスマスパーティーは昨日したでしょ!?それに今日はもうお出かけしていっぱい遊んだじゃん!」「嫌だ嫌だ嫌だぁ!わたしもお姫様とパーティーしたいぃぃぃ!」それからそれを跳ね除ける里奈さんの声と、それでも抗議をやめない里緒ちゃんの声が続いた。2人の声に、一気に気持ちが明るくなる。今日は会えないと思っていたので、嬉しいサプライズだ。「クリスマスパーティーするの!」「ダメ!」「ダメじゃないもん!」「ダメです!」未だに続く2人の言い争いに、悠里くんは「あー。姉ちゃんたち帰ってきたね」と慣れた様子で苦笑いを浮かべていた。2人の可愛らしい口論は、どうやら悠里くんにとっては日常みたいだ。「里緒、柚子のことすっかり気に入って…。あれからまた会いたいて、ずっと言っててさ」困ったように笑う悠里くんに、心がほんわかする。なんと可愛らしい妹さんなのだろうか。「悠里くんさえよければみんなでクリスマスパーティーやらない?」里緒ちゃんの可愛らしい抗議に、私は気がつけばそう悠里くんに提案していた。そんな私に悠里くんは驚いたように目を見開く。だが、その目はすぐに私の様子を伺うものへと変わった。「本当に?里緒、すごい喜ぶと思うけどいいの?」「うん。多い方が賑やかで楽しいだろうし」微笑む私に
last updateLast Updated : 2026-02-21
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