塩対応の国宝級アイドルは、私の手料理がないと生きていけないらしい のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

119 チャプター

67:魔王とモチ犬

 終わった。私の人生のエンドロールが、脳内で高速再生されている。 築30年のボロアパートの玄関。そこに立っていたのは、この世で最も出会ってはいけない2人組だった。 1人は派手なオレンジ髪の青年、遊馬ハルくん。バラエティ番組で見せる無邪気な笑顔だが、その手にはしっかりとスマホが握られている。いつでも証拠写真を撮れる構えだ。 もう1人。こちらが問題だ。完璧な仕立てのスーツを着こなした、銀縁眼鏡の美青年。国民的アイドルグループ『Noix(ノア)』のリーダー、葛城セナ。彼は穏やかな笑みを浮かべていた。唇の端は優雅に上がり、非の打ち所のない「アイドルの笑顔」だ。 けれど眼鏡の奥にある瞳だけが、笑っていない。そこにあるのは感情の一切を排除した、絶対零度の冷たい光だった。獲物を追い詰めた捕食者のような、あるいは害虫を駆除しようとする業者のような、底知れない冷たさが私を射抜いている。 そんな2人を前に「俺の女」宣言をされて、私の人生は完全に終わった。 ああ、これからどうなるのだろう。 腹黒ドS策士(※ファンの間の解釈です)と名高いセナさんになぶり殺しにされるのだろうか。 それとも無邪気なハルくんに、写真を撮られて公開処刑されるのだろうか。 どっちみち終わった。 と。 私の前に立つレンくんの背中から、殺気めいたものが立ち上る。 ちらりと見えた横顔は、愛する者を守ろうとする雄の顔だった。 ――かっこいい。 語彙力が死滅するほどかっこいい。 それでも私の乏しい言葉で表現するのなら。 すっと伸びた背筋と、陶器のように滑らかな横顔。長い睫毛の下から覗くアイスブルーの瞳は宝石のように美しく、見る者の心臓を凍らせるほど冷酷な光をたたえて2人を見下ろしていた。 呼吸をするのと同じように周囲を支配する、圧倒的なオーラ。それはまさに、テレビの向こうで数万人の観衆を熱狂させ、ひれ伏させてきた「氷の絶対王者」の姿そのものだった。 あまりに美しく神々しいまでの威圧感。彼になら守られてもいい、いや、むしろ支配されたいと思わせるほどのカリスマ性――の
last update最終更新日 : 2025-12-23
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 セナさんが見つめる先。レンくんの胸元には、パステルイエローの生地にデカデカとプリントされた、虚無顔のゆるキャラ『モチ犬』がいる。スーパーJASTOのワゴンセールで発掘された、1980円の奇跡である。 天下の国宝級アイドル、綺更津レン。彼は今、私の部屋着(ダサい)を着て、メンバーを威嚇しているのだ。「……レン?」 セナさんの口から、困惑がにじみ出た声がこぼれた。理解が追いついていないようだ。 無理もない。高貴な「王」をコンセプトにする彼らのセンターが、まさか「モチ犬」を着て仁王立ちしているなど、誰が想像できるだろうか。 数秒の沈黙の後。「ぶっ!!」 噴き出したのは、後ろにいたハルくんだった。「あっはははは!! ウケる! 何それレンくん、どこで買ったの!? シマムレ? マジで着てんのそれ!? ヤバい、お腹痛い!」 ハルくんは腹を抱えて爆笑しながら、素早くスマホを構えた。「激レアじゃん! 記念に撮っとこ!」「撮るな!」 レンくんが手を伸ばしてカメラをさえぎる。「消せ。……ここは俺と紬の城だ。土足で踏み込むな」「城……ですか?」 セナさんが冷ややかな視線で狭い玄関と、その奥に見える6畳のリビングを見回した。「この古臭い……失礼、趣のある木造アパートが? そして、そのふざけた服は何ですか?」 セナさんの声が一段低くなる。「悪い薬でもやっているんですか? それとも、新手の洗脳でしょうか?」 鋭い視線がレンくんの背後にいる私に突き刺さった。『主犯はお前か』と語る目は、もはや尋問官のそれだ。「ち、違います! ただの特売のスウェットです!」 私は首を横に振った。洗脳なんて大それたことできるわけがない。ただ、彼が気に入って離さないだけなのだ。 どちらかというと私だって、あのスウェットはやめてほしいのだ。上下で1980円は安すぎる。
last update最終更新日 : 2025-12-23
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「単刀直入に言いますよ」 セナさんはスマホを取り出し、画面をこちらに向けた。表示されているのは通話アプリの発信画面。  宛先には『事務所社長』、そして『警察』の文字が見える。指先一つで、私の人生を社会的に抹殺できる準備は整っていた。「綺更津レンの誘拐、および監禁、洗脳の疑いで、通報する準備はできています」「……っ」 息が止まる。 誘拐。監禁。客観的に見れば、そう見えなくもない。連絡を絶った国民的アイドルが、一般人の女性宅に軟禁され、謎の服を着せられているのだから。 しかもそのアイドルは、謎の服を気に入っているのだと言うのだから。 あまりにも状況が謎すぎる。 ……あれ? 何だか不安になってきた。私、洗脳してないよね?「言い訳があるなら聞きますけど? ……その前に」 セナさんは冷たい瞳で私を見下ろし、優雅に靴を脱ぎ捨てた。「とりあえず、あがり込ませていただけますか? 立ち話もなんですしね」 拒否権など最初から存在しなかった。眼鏡の魔王とオレンジ髪の猛獣が、私の狭い城塞(1DK)への侵攻を開始する。「うぅ……」 レンくんが獣のように唸り声を上げているが、セナさんは意に介さない。  ハルくんは「お邪魔しまーす! いい匂いする!」とピクニック気分で靴を脱いでいる。 私は混乱する頭で必死に思考を回した。どうする。どうすればいい。通報されたら終わりだ。会社もクビになるし、実家の定食屋にも迷惑がかかる。  何よりもレンくんの経歴に傷がつく。それだけは避けなければならない。(お茶……とりあえず、お茶を出さなきゃ……。いや、その前に食べかけの朝ごはんを片付けなきゃ) 染み付いた「モブ根性」と「オカン気質」が、パニックの中で唯一の解答を弾き出した。  私は強張る足を引きずり、リビングへと戻る。  私の平和な日常が、音を立てて崩れ去っていくのを感じながら。 ◇  窒息しそうだ。普段は私
last update最終更新日 : 2025-12-23
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70:手切れ金

「……あの、お茶です」 両手で慎重に差し出したのは、スーパーの特売で買った麦茶だ。コップはお揃いのものではなく、パン祭りで貰った白い皿とセットの景品や、100円ショップのガラスコップなどである。  レンくんが来るまでは来客などほとんどいなかった。たまに来ても家族くらいだった。生活感丸出しの不揃いな食器たちが、この場違いな空間で悲鳴を上げているように見える。「お構いなく」 上座――私の愛用する『人をダメにするビーズクッション』に優雅に腰掛けた魔王、葛城セナさんが冷ややかな声で言った。  彼は出された麦茶を一瞥しただけで、口をつけようともしない。その態度は明確に、「君の施しは受けない」という拒絶を示していた。「離せ! 離せよハル! おい!」 横ではレンくんが暴れている。だが彼は身動きが取れない。床に座り込んだオレンジ髪の猛獣、遊馬ハルくんによって背後からがっちりとヘッドロックを決められているからだ。「あーあ、レンくん暴れないでよー。そんなに暴れたら、この部屋の高い壺とか割っちゃうよ? ……あ、壺を置くスペースもないか」 ハルくんは狭い部屋を面白がるように軽口を叩きながら、さらに強く腕を締め上げる。笑っているがその腕力は尋常ではない。さすがはダンスリーダーにして身体能力お化け。成人男性一人を遊び半分で完全に制圧している。 パステルイエローのモチ犬スウェットを着たレンくんが、ジタバタともがく。シュールだ。あまりにもシュールな光景だが、笑える空気ではない。 と。  セナさんが、ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。分厚い茶封筒だった。彼はそれを、ちゃぶ台――もとい、ローテーブルの上に無造作に滑らせた。 シュッと乾いた音を立てて、封筒が私の目の前で止まる。「単刀直入に言いましょう。手切れ金です」 セナさんは銀縁眼鏡の位置を直しながら、事務的に告げた。「中身は白紙小切手ではありませんが、君の生涯年収くらいは入っています」「……えっ?」 生涯、年収。あまりに現実味のない単語に、私の思考回路がショートする。
last update最終更新日 : 2025-12-24
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「当座の引っ越し費用としての現金と、残りは小切手にしてあります」 私の疑問を先回りするように、セナさんが補足した。「これを持って、今すぐここから退去してください。二度と綺更津レンの視界に入らない所へ」 淡々とした口調。けれどその一言一言が、鋭利な刃物のように突き刺さる。「君が何をしたかったのかは知りませんが、綺更津レンは動く国家予算です。君のような一般人が、個人的な感情で関わっていい規模の案件ではないんですよ」 彼は私を、取るに足らない異物を見るような目で見下ろした。「君の存在は、Noixという巨大プロジェクトにとってのバグだ。……バグは、修正されなければならない」 背筋が凍った。バグ。それが、彼らにとっての私なのだ。  今までレンくんと過ごしてきた温かい時間も食事も、交わした言葉も。全てが「エラー」として処理されようとしている。(受け取らなきゃ、いけないのかな) 指先が茶封筒に触れた。ズシリと重い。この中には、私が一生かけて稼ぐ大金が入っているという。これを持って逃げれば、私は一生遊んで暮らせるのかもしれない。  実家の定食屋だって、楽にさせてあげられる。モブである私には過ぎた対価だ。「ふざけんなセナ!!」 その時、レンくんが叫んだ。「紬にそんなもん渡すな! 俺が勝手に来たんだ! 紬は悪くない!」「黙りなさい、レン。これは大人の話し合いです」 セナさんはレンくんを見ようともしない。ただ冷徹に、私だけを見据えている。「……足りませんか? ならば、希望額を言ってください。上乗せしましょう」 お金の問題ではない。そう言いたいのに、喉が張り付いて声が出ない。  怖い。この場から逃げ出したい。私はただのOLだ。こんな修羅場、経験したことがない。経験するつもりもなかったのに。 うつむいて、膝の上でギュッと拳を握りしめる。視界の端に、ハルくんに羽交い締めにされているレンくんの姿が入った。 モチ犬スウェットを着て、髪を振り乱して暴れる姿は、正直バカみたいだ。イケ
last update最終更新日 : 2025-12-24
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 レンくんの表情を見て、私は思った。(私がここから消えたら、この人はどうなるの?) 脳裏に浮かぶのは、あの夜の彼だった。「味がしない」と泣いて、ガリガリに痩せていた彼。  私が消えれば、彼はまたあの状態に戻ってしまうのだろうか。「国家予算」という名の、きれいなだけの石像に戻ってしまうのだろうか。  いつか彼自身が砕けて消えてしまうまで……。(……嫌だ) ファンの欲望ではない。もっと根源的な、定食屋の娘としての、あるいは「お節介な長女」としての矜持が、恐怖を上回った。 お腹を空かせた人を、見捨てるわけにはいかない。 私は顔を上げた。  強張る指先で分厚い茶封筒を押し返す。ズズッ、と封筒がテーブルを滑り、セナさんの手元に戻った。「お金は、いりません」 声が上ずっってしまった。でも、はっきりと言った。「彼が……レンくんが、ちゃんとご飯を食べて、夜眠れるようになるまでは。彼自身が『帰る』と言うまでは、ここから追い出しません」「……は?」 セナさんの完璧な無表情が、初めて崩れた。理解不能な生き物を見るように、怪訝そうに眉をひそめる。「ファンとしての独占欲ですか? それとも、恩を売って結婚でも狙っているつもりですか?」「違います! ただの……えっと、人道支援です!」 私は叫んだ。「私はファンですが、今の彼はアイドル以前に、ケアが必要な迷子です! 保護責任者として、放り出すわけにはいきません!」 嘘ではない。  最近の私はファンの壁を乗り越えがちだが、それでもだ。  推しと恋人になれる特別感と、レンくんの健康を天秤に載せたら、絶対に健康を取る。 私は本来、ただのモブだった。それが運命のいたずらとしか言いようのない出会いで、彼とこんなに親しくなった。  最初は迷子の子猫みたいで、次に懐っこい大型犬みたいになって。  私の料理を美味しいと言って食べてくれた。  私の名前を呼んでくれた。  握った手が温かかった。
last update最終更新日 : 2025-12-24
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73:レンの叫び

 部屋の空気が糸が張り詰めたようにきしむ。私が「お金はいりません」と告げた、その直後のこと。「…………ッ!!」 隣で声にならない叫びが上げる。ハルくんにヘッドロックを決められていたレンくんが、動く。 それは力任せの抵抗ではなかった。一瞬ふっと全身の力を抜いたかと思うと、流れるような身のこなしでハルくんの腕をするりとすり抜ける。長年のダンスレッスンで培われた洗練された体幹の使い方は、ダサいスウェット姿であっても健在だった。「うわっ!?」 身体能力お化けのハルくんが、虚を突かれて体勢を崩した。 その隙にレンくんは音もなく立ち上がった。重力を感じさせない優雅な所作で、私とセナさんの間に滑り込むように割って入る。 そしてテーブルの上に置かれた分厚い茶封筒を、力任せに床へと叩き落とした。まるで汚らしいものを払うように。 バサッと乾いた音がして、数億円の価値がある紙束が無残に転がる。「……彼女を責めるな!」 悲痛な声だった。普段テレビで聞く、甘く囁くような美声ではない。けれどその冷え冷えとした声音は、部屋の空気を一瞬にして凍らせた。「全部、俺の意思だ。俺が勝手に押しかけて、頼み込んで、無理やりここに置いてもらってるんだ! 紬は何も悪くない!」「落ち着きなさい、レン」 セナさんは眉ひとつ動かさず、冷徹な仮面を崩さない。暴れる子供を諭す教師のように、静かに告げる。「君は疲れているんです。判断力が鈍っている」「分かったような口を利くな!」 レンくんは乱れた呼吸を悟らせまいとするように、すっと背筋を伸ばして立っていた。 彼は氷のような瞳でセナさんを見下ろした。凍っているようで、その奥に熱を灯した瞳で。「紬の飯じゃないと、ダメなんだ」 彼は感情を押し殺した声で言った。揺らめくアイスブルーの瞳が、表面上の冷静さのアンバランスを物語っている。「他の物は味がしない。……高級な
last update最終更新日 : 2025-12-25
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「苦しかった。もう何年も、ろくに食べられていなかったからな。サプリと点滴だけが俺の命を繋げていた」 レンくんは自嘲気味に笑った。「だが、紬の料理だけは味がする。紬の部屋でなら安らげる。俺から居場所を取り上げないでくれ」 沈黙が落ちる。 ワガママではない。贅沢でもない。ただ生きて、息をして、温かいものを食べたいという、人間として当たり前の願い。 レンくんはもう一度私を見てから、セナさんに向き直った。私を背中にかばいながら。「そして――彼女を追い詰めるのはやめろ。たとえお前たちでも、これ以上は絶対に許さない」 彼の生きたいと願う思いと、私を大事にしたいという心が伝わってくる。 セナさんの完璧なポーカーフェイスが、初めて崩れた。銀縁眼鏡の奥の瞳が、動揺に揺れているのが分かる。彼らが守ろうとしてきた「国宝」の内側は、とっくの昔に壊れかけていたのだ。 重苦しい沈黙が落ちた。誰も言葉を発せない。 その時だった。『グゥゥゥゥ~~~……』 間の抜けた音が部屋に鳴り響いた。レンくんではない。私でもない。もちろんセナさんじゃない。 音の出処は――ハルくんのお腹だった。「……あー、はいはい! ストップ! わかった、わかったから!」 ハルくんがパッと手を挙げ、いつもの軽い調子で割り込んできた。その顔には、もう深刻さは少しもない。「セナくんさぁ、とりあえずその『魔法の飯』とやらを食ってみないと、判断できなくない? 俺、今日は朝飯食ってなくてマジで腹減ったんだけど!」 場の空気を強制的に「修羅場」から「食事」へと変える、見事なファインプレーだった。セナさんは数秒間沈黙し、それから深くため息をついた。「……はぁ。呆れましたね」 彼は眼鏡の位置を直し、私の方を向いた。その瞳から、先ほどまでの絶対零度の冷気は消えている。まだ笑ってはいないけれど、話を聞く余地は生まれたようだ。「いいでしょう。そこまで言うなら、
last update最終更新日 : 2025-12-25
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75:運命の試食会

 処刑台に上る囚人の気持ちが、今なら痛いほど分かる。 私は狭いキッチンに立ち、冷蔵庫から豚肉を取り出した。背中に突き刺さる視線が痛い。物理的に穴が開きそうだ。 6畳の狭いリビングと、申し訳程度のダイニングキッチン。仕切りなど存在しないこの空間で、私は3人の審査員に見守られながら調理を開始しなければならなかった。 1人は空腹でテーブルに突っ伏し、ウーウーとゾンビのように呻いているオレンジ髪の猛獣(ハルくん)。 1人は私の作った料理が自分の命綱であることを証明しようと、祈るような目で見つめる推し(レンくん)。 そして最後の1人は、腕を組み、衛生管理官のような厳しい目つきで私の一挙手一投足を監視する魔王(セナさん)。(失敗したら、終わる) 味が濃すぎたら? 薄すぎたら? お口に合わなかったら? プレッシャーで包丁を握る手が滑りそうになる。けれどまな板の上に食材を並べた瞬間、私の中でパチンと何かのスイッチが入った。 実家の定食屋『こひなた』で、ランチタイムの戦場を切り盛りしてきた記憶が脳裏によみがえる。腹を空かせたサラリーマンや学生たちの、殺気立った胃袋を満たしてきた経験は体に叩き込まれている。 なるべく素早く。それでいて手を抜かず。 美味しい料理を出して、お腹いっぱいにしてあげないといけない。(空腹の成人男性が3人……。なら、選択肢は一つしかない) おしゃれなカフェ飯? 彩り野菜のバーニャカウダ? そんなものは不要だ。今の彼らに必要なのは、圧倒的なカロリーと塩分、そして白米を無限に吸い込む「茶色い暴力」だ。 私は覚悟を決め、豚肉のパックを開けた。 まずは副菜から。じゃがいもをレンジで加熱し、熱いうちにマッシャーで潰す。きゅうりとハム、あえて少し形を残したゆで卵を投入。味付けは塩コショウと、たっぷりのマヨネーズ。隠し味に砂糖と酢を少し。『こひなた』特製、白米のおかずになるポテトサラダの完成だ。 次は汁物。豆腐とわかめ、長ネギを刻んで鍋に放り込む。出汁の香りが立ち上ると、背後から「んん~&hel
last update最終更新日 : 2025-12-25
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 大きな音と共に白い蒸気が立ち上る。醤油が焦げる香ばしい匂いと生姜の刺激的な香りが混ざり合い、狭い換気扇の許容量を瞬時に突破した。暴力的なまでの「食欲の匂い」が、リビングへと雪崩れ込む。「うっわ! いい匂い! ちょっと、これ暴力だよ! 匂いの暴力!」 ハルくんがバンバンとテーブルを叩く音がする。チラリと振り返ると、腕を組んでいたセナさんが眉間にしわを寄せたまま、ゴクリと大きく喉仏を動かすのが見えた。 レンくんに至っては、うっとりと目を細めて匂いを肺の奥まで吸い込んでいる。「……お待たせしました」 私は出来上がった料理を盆に載せ、テーブルへと運んだ。 おしゃれな大皿などこの家にはない。レンくんにはいつもの茶碗とお椀。ゲストの2人には、丼やカレー皿にご飯とおかずを一緒に盛った「ワンプレート(という名の定食屋スタイル)」で提供するしかなかった。 豚肉の生姜焼き。ポテトサラダ。白米。味噌汁。 全体的に見事なまでに茶色い。インスタ映えなど欠片もない、地味な食卓だ。国宝級のイケメン3人が囲むには、あまりにも生活感があふれすぎている。 私は部屋の隅に下がり、両手を前で組んで直立した。「お、お口に合うか分かりませんが……どうぞ」「じゃあ、毒見役として俺からいただきまーす!」 ハルくんは疑う様子もなく、箸を手に取った。タレがたっぷり絡んだ豚肉で、白米を巻くようにして持ち上げる。大きな口を開け、豪快に一口で放り込んだ。 咀嚼。一回、二回。ハルくんの動きが、ピタリと止まる。 カッ、と目が見開かれた。「…………んんんーッ!!」 言葉にならない奇声を発し、ハルくんが天を仰いだ。「うっま!! なにこれヤッバ! 実家の味っていうか、なんか脳に直接来る旨さなんだけど!?」 彼はアイドルの食レポなどかなぐり捨て、ガツガツとご飯をかきこみ始めた。「このタレだけで飯3杯いける! うわポテサラ旨っ!
last update最終更新日 : 2025-12-26
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