All Chapters of 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く: Chapter 81 - Chapter 90

120 Chapters

81

(あの方は……戦っていらっしゃる) 高橋のガラス玉のような瞳が、あの日の無遠慮なカメラのフラッシュと重なったのだろう。  昨夜の「俺の許可なく触らせない」という独占欲。それと同じ熱量の、痛々しいほどの守護の意思が隼人の中に見える。  小夜子の胸の奥で、くすぶっていた火種が大きく燃え上がった。 朝の不機嫌もコーヒーを突き返したのも、すべてはこの「恐れ」の裏返しだったのだ。自分を遠ざけることで、巻き込まないようにしていたのかもしれない。(貴方は、私を道具だと言いながら……どうしてそんなに必死に、矢面に立とうとなさるの) その不器用な誠実さが愛おしかった。同時に腹が立った。  他人の傷口に塩を塗って楽しむハイエナに対して、そして自分を「守られるだけの弱い存在」だと決めつけている夫に対しても。「……交渉決裂ね。残念だわ」 高橋は肩をすくめ、鞄を手に取った。「なら、遠慮なく書かせてもらうわよ。アーク・リゾーツ経営者の正体、『母の愛を知らずに育った冷血漢』と『仮面夫婦の悲惨な実態』ってね」 高橋が背を向け、ドアノブに手をかけた瞬間。「お待ちください」 凛とした声が部屋の空気に響いた。小夜子が一歩、前に出ていた。「おい! 何を言っている!」 隼人が血相を変えて立ち上がる。小夜子は夫に向き直り、優雅に一礼した。  その表情にはいつもの卑屈な色はない。いたずらを企む子供のような、それでいて芯の強い微笑みが浮かんでいた。(旦那様。貴方がその不器用な優しさで私を守ろうとするなら、私はこの身一つで、貴方の汚名をすすいでみせましょう) 実家で義母たちに向けられた冷遇や理不尽に比べれば、マスコミの取材など何の問題もない。(それに、私は貴方に「上書き」された女なのだから) 小夜子は一瞬だけ手の甲を押さえた。それから高橋の方を向き、まっすぐにその目を見据えた。「インタビュー、お受けいたします」「……ほう?」 高橋が面白そうに振り返る。「た
last updateLast Updated : 2026-01-01
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82:鉄壁のノロケ

 ホテル『サンクチュアリ』の最上階、VIP用スイートルーム。革張りのローテーブルの中央で、ICレコーダーの赤いランプが点滅を始めた。チカ、チカ、と規則正しく刻まれるリズムは、まるで時限爆弾のカウントダウンのようだ。「では、始めましょうか」 ジャーナリスト・高橋マキが足を組み、手元のメモ帳を開く。  向かいのソファに座る隼人は、石像のように硬直していた。顔色は蒼白で、膝の上で組んだ指は血の気が引いて白くなっている。過去のトラウマであるマスコミへの恐怖と小夜子が何を口走るか分からない不安で、呼吸さえ浅くなっているようだ。  小夜子は、あえてゆったりとした動作でティーカップを傾けた。立ち上るダージリンの香りを肺一杯に吸い込み、戦闘態勢を整える。(旦那様、そんなに怯えなくてもよろしいのに。……まさか私が「昨夜、洗面所で無理やり唇を奪われました」なんて事実を、そのまま口にするとでも思っているのかしら?) 小夜子はカップをソーサーに戻し、優雅に微笑んだ。高橋には小娘の無邪気な笑みに見えたことだろう。「お手柔らかにお願いいたします」「ええ、もちろん」 高橋の眼鏡の奥が、冷ややかに光った。「では単刀直入に。黒崎社長は業界で『利益のためなら人の心も切り捨てるハゲタカ』と呼ばれています。ご家庭でも、さぞ合理的で……冷たいご主人なんでしょうね?」 予想通りの、そして悪意に満ちたジャブだった。隼人の肩がピクリと跳ねる。小夜子は瞬き一つせず、即答した。「ええ、とても合理的ですわ」 高橋の口角が吊り上がる。「しめしめ」という心の声が聞こえてきそうだ。「やはりそうですか。会話もない、食事も別々……」「いいえ、少し違います」 小夜子は記者の言葉をさえぎった。「彼は、私が淹れたお茶が冷め切ってしまっても、文句ひとつ言わず飲み干してくださいます。仕事に集中するあまり、温度など気にならないほど合理的なのです」「……は?」「それに私が冷蔵庫の余り物で作った、お世辞にも美味しいとは言えない夜食も、一粒残らず綺麗に食
last updateLast Updated : 2026-01-01
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「……なるほど。まあ、食費を無駄にしないのは結構なことね」 高橋は気を取り直したように姿勢を正し、さらに鋭い視線を向けてきた。ここからが本番だとでも言うように。「でも、彼はあなたを『買収のための道具』だと思っている。公言していますよね? 愛のない契約結婚……女性として、虚しくなりませんか?」 隼人が息を呑む気配がした。それは事実であり、今の彼が最も触れられたくない急所だ。  小夜子は、自身の左手をそっと右手で包み込んだ。昨夜、熱い唇を押し付けられた甲のあたりを、親指で愛おしむように撫でる。「道具、とおっしゃいましたか? ええ、そうかもしれません」 肯定した小夜子に、高橋が目を輝かせた。「ですが、彼は誰よりも道具を大切にする方です。……少しでも傷がつかないよう、汚れがつかないよう、ご自身の手で丁寧に扱ってくださいます」「……へえ?」「昨夜も、私の手に他人の気配が残っているだけで、納得いくまで洗い流し……念入りに『メンテナンス』をしてくださいましたわ」「メンテナンス?」 高橋が怪訝な顔をする。小夜子は頬をほんのりと染め、うっとりとした表情を作った。「ええ。他人の痕跡など許さないと、熱心に……『上書き』までしてくださって」 ブフォッ!! 隣で盛大な音がした。隼人が紅茶を吹き出し、激しくむせ返っている。「ごほっ、ごほっ! お前、いい、言い方……!」 隼人の顔は、熟れたトマトのように真っ赤だ。高橋は口をぽかんと開け、赤面する夫と、うっとりとした表情の妻を交互に見ている。「……それ、ただの独占欲の塊じゃない」 高橋がボソリと呟いた。小夜子は首を傾げる。「独占欲? いいえ、これは徹底した商品管理です。彼の所有物としての誇りを感じますわ」「…………」 高橋は深い溜息をつくと、ICレコーダーの停止ボタンを押した。赤いランプが消える。「……もういいわ。書けない」「あら? まだ彼の『寝癖が直らない時の可愛らしい不機嫌さ』につ
last updateLast Updated : 2026-01-02
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84:キャラ崩壊

 高橋は立ち上がり、鞄をひっつかんだ。「約束通り、批判記事も過去のネタもボツにするわ。……あーあ、時間の無駄だった」 彼女は隼人を睨みつけ、捨て台詞を吐いた。「覚えてなさいよ。次は必ず、その鉄仮面の下にあるボロを出させてやるから」 高橋は嵐のように去っていった。パタン、とドアが閉まる音が、静寂を取り戻したスイートルームに響く。 隼人はソファの背もたれに深く沈み込み、天井を仰いでいた。顔の赤みはまだ引いていない。「……お前な。あんな恥ずかしい話を、よくもぬけぬけと……」 彼は片手で顔を覆った。指の隙間から見える瞳に、少しの涙が浮いているように見える。「メンテナンスだの、上書きだの……誤解を招く」「誤解ではありません。事実は事実です」 小夜子は空になったティーカップをトレイに載せた。「貴方が私を守ろうとしてくださったこと、嬉しかった。……ですから、私も貴方を守りたかったのです」 ハイエナのような悪意から、彼の名誉と心を守る。それが「影の補佐官」としての務めだ。  隼人は覆っていた手を外し、小夜子をじっと見た。その瞳に、かつての刺々しい冷たさはもうない。「……勝てないな、お前には」 彼は視線を逸らしてボソリと呟いた。その声には明らかな信頼と、どこかほっとしたような響きがあった。(とりあえず、私の居場所は確保できたようね) 小夜子は満足げに微笑んだ。「それにしても旦那様。旦那様がハゲタカであの高橋様がハイエナとは、まるでアフリカのサバンナの動物たちのようですね」「うるさいぞ」 高橋が去り際に残した「溺愛」という言葉の意味を、小夜子自身はまだ深く理解していなかった。  彼女にとってそれは、あくまで完璧な演技と事実の羅列による論理的な勝利だったのだから。 ◇  アーク・リゾーツ本社、最上階の社長室。  重厚なデスクに一人の男が突っ伏していた。黒崎隼人である。
last updateLast Updated : 2026-01-02
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 ピンク色のポップなフォントが、ビジネス誌らしからぬ浮ついた空気を放っている。  記事の中身も酷いものだった。小夜子の清楚な微笑みを捉えた写真の横には、「不器用な優しさ」「道具だからこそ大切に磨き上げる究極の愛」といった、少女漫画のような言葉が並んでいる。「……なんだ、これは」 隼人が呻くように言った。「俺はいつから、こんな……『ツンデレ溺愛キャラ』になったんだ……!」「ですが社長、売れ行きは好調です」 控えていた秘書が、必死に笑いを噛み殺している。肩が小刻みに揺れていた。「女性層からの問い合わせが殺到しておりまして。『あんな旦那様が欲しい』『ギャップが尊い』とのことで」「うるさい、黙れ。全員、眼科に行けと言っておけ」 隼人は頭を抱えた。  そこへ、いつものように決裁書類を抱えた小夜子が入室してきた。最近の小夜子は社長室に出入りして、積極的に業務のサポートを行っている。  足音を立てず、空気のように近づく。彼女はデスクの上の惨状を見ても眉一つ動かさなかった。「旦那様、本日の決裁書類です」「おい」 隼人が顔を上げて雑誌をバンと叩く。「この記事はなんだ! 事実と違うぞ!」「事実と違いますか?」 小夜子は不思議そうに首を傾げた。「『手を洗わせた』は『愛の洗浄』に、『キスした』は『所有の証』に。……記者の言い回しが少々豊かですが、行動自体は事実ですわ」「お前な……! 文脈というものがあるだろ! これじゃ俺が、お前にベタ惚れみたいじゃないか!」 隼人の剣幕に対し、小夜子は冷静に瞬きをした。(なぜ怒っていらっしゃるの? 記者への対策は成功したのに) 批判記事を回避し、株価への悪影響も防いだ。むしろ好感度という予期せぬおまけまで付いてきた。完璧な任務遂行だ。  小夜子にとって、この記事は「成功した業務報告書」に過ぎない。  世間がそれを「激甘ラブストーリー」として消費していることに、彼女は全く気づいていなかった。
last updateLast Updated : 2026-01-03
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『拝啓、黒崎社長。私は不幸な話が好きですが、それ以上に「売れる記事」が好きです。編集長に確認したところ、「今のトレンドはスキャンダルよりギャップ萌えだ」とのこと。  それにあなたのような鉄仮面にとって、悪口を書かれるよりも、「愛妻家のツンデレ」として世間に愛される方が、よほど屈辱的で精神的ダメージが大きいでしょう? せいぜい恥じ入ってちょうだい。これが私なりの復讐よ』 クシャリ、と紙が潰れる音がした。隼人がメモを握り潰していた。「あの女……!計算尽くか……!」 確かに高橋の読み通りだった。隼人にとって、これほど恥ずかしい刑罰はない。冷徹な合理主義者として恐れられてきた自分が、「愛のメンテナンス」などと言われ、世間の笑い者(愛されキャラ)になるなど。  隼人は歯噛みした。完敗だ。 その時、デスクの上の電話が鳴った。ディスプレイに表示された名前を見て、隼人の表情が引き締まる。メインバンクの支店長だ。これまでアーク・リゾーツへの追加融資を渋り続けてきた、堅物の老人である。「……はい、黒崎です」 隼人は声を整えて受話器を取った。小夜子は、隼人の表情が強張るのを見た。  次いで困惑の色が広がり、最後には何とも言えない微妙な顔つきに変わっていく。「……は? 記事を読んだ、と?」「……はあ。恐縮です」「……いえ、手洗いに関しては、衛生管理の一環でして……」 数分の通話の後、隼人は受話器を置いた。彼は天を仰ぎ、深いため息をついた。「……融資が下りた」「おめでとうございます」「『感動しましたよ、黒崎さん!』だとさ」 隼人は脱力したように背もたれに沈み込んだ。「『奥様の手を自ら洗うなんて、なかなかできません。そこまで身内を大切にする情の深い方なら、融資も安心ですな!』……だと」「素晴らしい評価ですわ」「どこがだ! 俺の経営手腕じゃなく、手洗いで評価されたんだぞ!」 隼人は叫んだが、その声には安堵も混じっていた。どんな理由であれ結果が出たのだ。ビジネスにおいては結果こそ
last updateLast Updated : 2026-01-03
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「社長、お疲れ様です」「奥様もごきげんよう」 女子社員たちのヒソヒソ話が、隼人の優れた聴覚に届いてしまう。「社長、あんな怖い顔して奥さんのこと大好きなんだって」「ギャップ萌えよね、尊い」「メンテナンスって何かしら、キャッ」 隼人は居心地が悪そうにネクタイを緩めた。額に脂汗がにじんでいる。「……やりづらい。全員、目が腐ってるんじゃないか」「そうですか? 皆様、とても良い表情で働いておられますが」 実際、社内の雰囲気は劇的に改善していた。トップへの恐怖心が「愛すべき人間味」への親近感に変わったことで、風通しが良くなっていたのだ。 ◇  夜、帰りの車内。運転手が車を走らせる中、後部座席には重い沈黙が流れていた。  隼人は疲れ切っていた。恐怖の対象から愛すべきツンデレキャラへと変貌させられた精神的ダメージは、激務よりも彼を消耗させていた。「……お前のおかげで、俺の『冷徹な仮面』は粉々だ」 隼人が窓の外を見ながら、恨めしげに呟いた。街灯の光が彼の不機嫌な横顔を照らし出す。「申し訳ありません」 小夜子は素直に謝罪した。だが、すぐにこう付け加えた。「ですが、ビジネスにおいては『結果』が全てかと存じます。融資も決まりましたし、社員の士気も上がりました」「……理屈はそうだがな」「それに」 小夜子は膝の上で手を組んだ。「記事に書かれている彼(溺愛夫)の方が、私は少しだけ好きですわ」 ドキン。隣で、心臓が大きく跳ねる音がしたような気がした。  隼人が口元を手で覆い、さらに深く窓の方へ顔を背ける。「……ふん。調子のいいことを」 声が微かに上ずっている。小夜子は見た。彼の組んだ指先が、落ち着きなく膝を叩いているのを。それは、彼が動揺している時の癖だったと、彼女は知っている。(やはり、怒っていらっしゃるのかしら) 小夜子は反省した。そんなつもりはなかったが
last updateLast Updated : 2026-01-04
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88:止まらない没落

 白河家の屋敷は淀んだ空気に満ちていた。かつて栄華を極めた居間にはもはや異臭が漂っている。花瓶の水は取り替えられずに放置され、カサブランカの花は茶色く干からびていた。 だが、住人たちは花の世話どころではないらしい。「嘘よ! こんなの、絶対に嘘よ!」 義姉の麗華が、金切り声を上げて雑誌を床に叩きつけた。表紙には『冷徹社長の溺愛』という文字が踊っている。「『愛のメンテナンス』ですって? 『上書きキス』? 気持ち悪い! あの地味で暗い小夜子が、こんな……こんな!」 麗華はヒステリックに足を踏み鳴らした。その拍子に、脱ぎ捨てられていたブランド服の山が雪崩を起こす。 義母の緑も目を血走らせて爪を噛んでいた。「騙されたわ……! あの男、『女になど興味はない』と言っていたくせに! 小夜子を道具として買い叩いておきながら、裏ではこんなに甘やかしていたなんて!」「そうだ、これは詐欺だぞ!」 父の清次郎が、酒の匂いをさせながら唸った。「あいつがいなくなってから、旅館の予約管理がめちゃくちゃだ。ダブルブッキングのクレーム処理で、私の胃に穴が開きそうだぞ!」 彼らは自分たちの無能さを棚に上げて、すべての元凶を「小夜子の不在」と「黒崎隼人の嘘」に求めた。 小夜子という便利な歯車を失ったせいで、取り返しのつかないレベルで崩壊しているのだ。「行きましょう、お母様!」 麗華が立ち上がった。「小夜子を連れ戻すのよ。あの子は私たちの家政婦……いいえ、家族なのよ? こんな成金男に騙されているなんて可哀想だわ!」「ええ、そうね。ついでに慰謝料も請求しましょう。私たちを騙した罪は重いもの」 緑がギラリと目を光らせた。彼らの思考回路において自分たちは常に「被害者」である。世界は自分たちのために回っているべきものだと信じて疑わないのだ。◇ アーク・リゾーツ本社、一階ロビー。洗練された大理石の空間に、下品な怒声が響
last updateLast Updated : 2026-01-04
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 義母の緑は大きなロゴが入った海外ブランドのバッグを提げ、麗華は時代遅れの毛皮のコートを羽織っている。清次郎の腕には、分厚い金時計が光っていた。 高級品ばかりだが、その着こなしはひどいものだた。 麗華のシルクのブラウスにはアイロンが掛かっておらず、しわだらけだ。 緑の厚化粧は皮脂で崩れ、清次郎のスーツには何かのシミがついている。 金はあるが、品がない。宝くじに当たったばかりの成金が、マネキンごと服を買い占めたようなみっともなさだった。「……誰かと思えば」 隼人の低い声が響く。3人が一斉に振り返った。「あら、ようやくお出ましね!」 緑が大股で近づいてくる。「よくも私たちを騙してくれたわね、黒崎さん! 記事は見たわよ。溺愛ですって? ちゃんちゃらおかしいわ!」「小夜子!」 麗華が小夜子を睨みつけた。「あんた、いい気にならないでよ。どうせ脅されて、幸せなフリをさせられているんでしょう? さあ、家に帰りましょう。溜まっている洗濯物が山ほどあるのよ!」 当然のように腕を掴もうとする麗華の手を、小夜子が避けるよりも早く、隼人がさえぎった。バシッと音が鳴るほど強く払い除ける。「触るな」 隼人は、氷のように冷たい瞳で3人を見下ろした。「汚い手で、俺の妻に触れるなと言っている」「なっ……汚いですって!?」「不潔だ。風呂に入っているのか?」 隼人はハンカチを取り出し、麗華に触れた手を拭った。あからさまな見下しの動作に、麗華が顔を真っ赤にする。 清次郎が前に出た。「君、義理の親に対する態度はなんだ! それに、なんだあのアーク・リゾーツの経営方針は。うちの旅館の伝統を壊す気か!」「伝統? 赤字を垂れ流す伝統のことか?」 隼人は鼻で笑った。「経営が不服なら、結果を出せばいい。……ところで、先日振り込んだ『3億円』はどうした?」
last updateLast Updated : 2026-01-05
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「うっ……」 図星だった。彼らは何の節操もなく、手に入った大金を湯水のように使ってしまったのだ。 投資詐欺のような怪しい儲け話に清次郎が飛びつき、大半を溶かしたという噂も聞いている。「呆れたな。あの金は小夜子のこれまでの人生に対する『対価』だ。それを使い果たしたなら、もうあんたらに用はない」 隼人は警備員にあごをしゃくった。「つまみ出せ。二度とこのビルに入れるな」「ちょ、ちょっと! 私たちは名門白河家よ!」「離しなさい! 小夜子、なんとか言いなさいよ! この恩知らず!」 緑と麗華がわめくが、屈強な警備員たちには敵わない。小夜子は、無様に引きずられていく「家族」たちを静かに見つめていた。(不思議だわ) かつては、あのヒステリックな声を聞くだけで胃が縮み、足がすくんでいた。 けれど今、小夜子の胸にあるのは、恐怖ではなく哀れみにも似た静かな感情だけだった。彼らは何も変わっていない。変わったのは自分なのだ。 隣に立つ隼人が小夜子の肩に手を置く。その手のひらの温もりが、冷え切っていた過去の記憶を溶かしていくようだった。「……行くぞ。あんな奴らのために時間を取る必要はない」「はい、旦那様」 2人は背を向け、エレベーターへと歩き出した。◇ 社屋の外に放り出された3人は、アスファルトの上にへたり込んでいた。通り過ぎる人々の視線が痛い。 だが彼らは自分たちの非を認めることはない。恥は怒りへ、怒りは恨みへと変換されていく。「……許さない」 麗華が化粧の崩れた顔で呻いた。 視線の先に、アーク・リゾーツの壁面に貼られた巨大なポスターがあった。『ホテル・サンクチュアリグランドオープン・パーティー』。そこには、華やかなカクテルとピアノの写真が掲載されている。「小夜子だけ幸せになるなんて、絶対に許さない……」
last updateLast Updated : 2026-01-05
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