「だが、無理強いはしないと誓った。お前が俺を男として見られないなら、俺はここで止まる。……俺の片想いのままでいい」 あの初夜の攻防の時と同じ選択肢。拒絶すれば、彼は約束通り手を出さないだろう。 優しい雇用主のまま、適度な距離を保ってくれるはずだ。それが一番安全で、傷つかない道かもしれない。 けれど小夜子の心は、もう決まっていた。 彼女はもう知っている。隼人が彼女をどれほど大事にしてくれているか。 言葉だけでなく態度で、目一杯の愛を示してくれた。 隼人は小夜子に救われたと言うけれど、小夜子もまた彼に救われている。 白河の家で長く一人ぼっちだった彼女を、すくい上げてくれた。 最初はただの打算だったのかもしれない。有用な駒を金で買っただけだったのかもしれない。 でも彼らは、いつしか互いに互いをかけがえのない存在として生きるようになった。 関係が変わったきっかけは何だったのか、もう小夜子は思い出せない。 今はただ隼人が……愛おしいだけだ。 だから彼の思いを受け取らないという選択肢は、既になかった。 彼女はゆっくりと手を上げ、自分の頬にある隼人の手に重ねた。「……旦那様」「なんだ」「契約書第四条、『妻としての務めを果たすこと』についてですが……」 小夜子は震える声を抑え、まっすぐに彼を見つめた。「条文の破棄、および修正を提案します」 隼人の目が驚きに見開かれる。「破棄だと? ……やはり、嫌か」 彼の手が離れそうになるのを、小夜子は両手で強く押し留めた。「違います!」 小夜子は叫んだ。もう理屈や計算で誤魔化すのは終わりだ。彼女は殻を脱ぎ捨てて、心のままに言葉を続けた。「義務だから、するのではありません。私は道具ではありませんから」「小夜子……
Last Updated : 2026-02-18 Read more