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191:聖域の騎士

last update publish date: 2026-03-03 06:38:46

 ドォォォォォォォンッ!!!!

 世界の終わりもかくやという轟音が、白河の屋敷全体を揺るがした。

 建物全体が激しく揺れる。

 次の瞬間。

 ダイニングの壁一面が、文字通り「爆ぜた」。

 漆喰と木材が粉々に粉砕されて、凄まじい爆風と土煙が室内に吹き荒れる。

「きゃあああああっ!?」

 緑が悲鳴を上げる。爆風にあおられて無様に尻もちをついた。

 ナイフが手から滑り落ち、カランと虚しい音を立てて転がる。

 清次郎と麗華も「ひいぃっ!」と悲鳴を上げ、部屋の隅へと逃げ惑う。

 粉塵がもうもうと舞い上がる。

 その裂け目から、巨大な黒い影がヌッと姿を現した。

 大きな車体から伸びたアームの先端に、黒ぐろとした鉄球が揺れている。

 ――鉄球クレーン車だった。

 壁の裂け目からは、無惨に壊された庭と塀が見える。

 建物解体を目的として作られた重機により、白河邸が誇る堅牢な塀も、歴史ある外壁も、まるで紙細工のよう

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  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   435

     理玖は唇を噛んだ。 遊び半分の探検が、どれだけ危険で迷惑な行為だったのかを突きつけられる。 だが隣に座る3歳児は違った。 美夕は出されたカップを両手で持ち、陶器から伝わる温かさを小さな指先で確かめている。 ハーブティーを一口すすると、ほうっと息を吐き出した。「でも、おかあさま。げんばをみないと、けいえいできないわ。おへやがきれいにされてるか、ちぇっくするのはたいせつなことよ」 3歳児の堂々たる反論に、理玖は思わず口を半開きにした。(美夕ちゃん、あのお説教を聞いてまだ言い返せるの? 心が強すぎ) 小夜子は手元のスケジュール帳に視線を戻して、わずかに頬を緩めて柔らかく微笑んだ。 厳しくも冷静な支配人という仮面が外れて、そこには1人の親として、教育者としての表情がある。「なるほど、現場を知るのが経営の基本。その通りですね」 小夜子は万年筆を置く。優しく微笑みながら理玖と美夕を見下ろした。「ならば、コソコソと隠れるのではなく、正面から堂々と視察できる機会を設けましょう。来週、『従業員家族向けの公式職場見学ツアー』を開催します。あなたたちには、第1回のゲストとして参加してもらいます」 小夜子の即断即決に、理玖は目を丸くした。(小夜子おばちゃん、怒らないどころか新しいイベントを企画しちゃったよ。経営者って、頭がいいんだな……。普通なら正座のお説教なのに) 理玖は隣でティーカップを傾ける美夕と、手帳に予定を書き込んだ小夜子を交互に見比べた。「さて。そうと決まれば具体的な計画を詰めなければなりません。理玖くん、美夕。ホテルのどこが特に見たいですか?」 問われて理玖ははっと顔を上げた。 見たい場所はたくさんある。でも彼が一番興味があるのは、もちろんあそこだ。「父ちゃんが働いているところを見たいです!」「ええ、了解しました。翔吾さんのシステム部はもちろん見学に組み込みましょう」「わたしは、レストランとちゅうぼう。おしょくじはだいじ」

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   434:新しい企画

     夕暮れの光が窓の向こうで何層にも重なり、東京の街並みをオレンジ色に染め上げている。 ホテル・サンクチュアリ最上階の社長室にて、来客用の本革ソファに、理玖と美夕は並んで座らされていた。 理玖が緊張のあまり姿勢を正そうと少し動くたび、柔らかな革が体重で沈み込み、キュッと軋む音が立つ。 座面の反発力は、5歳の子供の軽い体には強すぎた。足が床に届かず、宙ぶらりんになっているのがさらに居心地を悪くさせている。 小夜子はのデスクから離れ、サイドテーブルに置かれたティーセットに向かっていた。 コポポ……とお湯を注ぐかすかな音がする。カモミールとミントの爽やかな香りが、微かに漂った。 小夜子が歩み寄った。2人の前にティーカップを置く。 陶器のカップがソーサーに当たるカチンという硬質な音が、広い部屋に響いた。 理玖は両手を膝の上で重ねて縮こまっていた。(怒られる。絶対に怒られる) 小夜子は普段は優しいが、仕事に対してはとても厳しい。理玖はよく知っている。『小夜子師匠は優しそうに見えても、実はおっかなくてさー』 母の実加が実感を込めて話していたのを思い出す。 怖いもの知らずの実加があれだけ恐れるのだ。どれほど怖いのかと理玖はビクビクした。 けれど小夜子は表情を変えなかった。 向かいのシングルソファに腰を下ろすと、足を揃える。2人を正面から見つめた。「理玖くん、美夕。従業員専用通路は、カードキーを持ったスタッフしか入れない構造になっています。なぜだか分かりますか?」 小夜子の声は一定のトーンを保っている。怖い声ではないはずなのに、理玖は威圧感を感じた。「わかんないです」 理玖は言葉に詰まり、ふるふると首を横に振った。「ホテルには毎日、何百人ものお客様がいらっしゃいます。中には、悪意を持って入り込む人間がいるかもしれません。バックヤードは、そうした外部の人間からホテルの安全とお客様のプライバシーを守るための砦なのです」 小夜子はカップに手を伸ば

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   433

     社長室の内部はとても広かった。 床から天井まである壁一面の窓からは、東京の街並みが一望できる。 夕暮れ時のオレンジ色の光が部屋全体を染め上げて、空中に漂う微細な埃をキラキラと光らせていた。 遠くには、テールランプを光らせて行き交う車の列が見えた。「わあ……! すごいね、美夕ちゃん!」 理玖は思わず窓からの光景に釘付けになったが、美夕は別の場所を見ていた。 部屋の中央には、磨き上げられたマホガニーのデスクが鎮座している。 その奥には、黒革の大きなエグゼクティブチェアがあった。 美夕はデスクの裏に回り込み、椅子の肘掛けを掴んでよじ登った。 小さな体が分厚い革の座面に深く沈み込む。「ふむ」 美夕は満足そうに頷くと、デスクの上に置かれた書類をポンポンと叩いた。「こんごの、じんざいいくせいけいかくについてですが」 おっとりとした、しかし妙に堂に入った口調で架空の経営会議がスタートした。「りくくん。そこにすわりなさい」 理玖は来客用のソファに腰を下ろした。 本革のソファは柔らかく、体がすっぽりと包み込まれる。「えっと、人材育成?」「ええ。きゃくしつのせいそうすたっふの、すきるあっぷが、きゅうむです」 先ほど実加の仕事を見たばかりだからか、美夕の指摘は的を射ている。 理玖はよくわからないまま、真面目な顔で相槌を打った。「そうだな。母ちゃんの掃除はすごかったし」 2人の小さな経営陣は、夕暮れの社長室で真剣な議論を始めた。「みかさんほどのすきるのしゃいんは、あまりいません。ぜんたいのれべるあっぷが、ひつようなのです」「うん。客室、いっぱいあったもんね。いくら母ちゃんがすごくても、全部は無理そう」 ――その時だった。 厚いじゅうたんに吸収されながらも、かすかな足音が聞こえてきた。「…………!」

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   432

    (美夕ちゃん、すごい。あんなに素早く隠れられるなんて、絶対に将来、小夜子おばちゃんより怖い大人になるぞ……) 理玖は、隣で平然としている3歳児のためらいのなさ、判断の早さに圧倒され、ただ感服するしかなかった。「つぎへいくわよ」 美夕は立ち上がり、リネン室のドアをそっと開けた。 廊下に実加たちの姿は既にない。 2人は再び低い姿勢で移動を開始した。 目指すは、ホテルの最上階だ。 だが、サンクチュアリは高層ホテル。階段で登るにはあまりにも階層がありすぎる。「しゃちょうしつにいきたいけど。かいだんでのぼるのは、たいへんすぎね」「エレベーターに乗る? 大人に見つかっちゃいそうだけど」 美夕と理玖が従業員用通路のエリアに戻ると、客室清掃用のサービスエレベーターの扉が開いていた。 中には補充用のタオルやアメニティが積まれた大きなカートが置かれている。 スタッフは別の部屋へ搬入作業に行っているらしく、エレベーター内は無人だ。「ちゃんすよ」 美夕が走り出す。 理玖も慌てて後を追い、エレベーターの中へ滑り込んだ。 2人は大きなカートの裏側に体を丸めて隠れる。「んしょ。てがとどかない」 エレベーターの高層階ボタンは、幼児の手の届かない高い位置にあった。 美夕はもちろん、理玖も背伸びしてみたが無理だった。「ぼくも届かないよ」「それなら……」 美夕は周囲を見渡し、壁際に置かれていたプラスチック製の予備カゴを見つけた。 カゴをひっくり返し、操作パネルの下に置く。 その上に乗ると、彼女は一番上のボタンを迷わず押した。「あっ、なるほど」 理玖が感心していると、ボタンが点灯しエレベーターの扉が閉まった。 上昇を知らせるモーター音が、箱の中に響いた。 胃が持ち上がるような浮遊感とともに、エレベーターは最上階を目指す。 移動中、誰

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   431

     理玖は口をパクパクさせた。 家でエプロンをつけて夕飯を作る母の姿とは全く違う。 翔吾と口喧嘩をして笑っている姿とは天と地の差だ。 プロフェッショナルとしての緊張感が、彼女の全身から発散されていた。「佐藤さん、こっち来て」 実加がベッドから離れ、バスルームの方へ声をかけた。 若い清掃スタッフが小走りでやって来る。「ここの鏡の水滴の拭き残し、お客様はすぐ気付くからね。手首のスナップをきかせて、一定の方向に向かって拭き上げるんだ」「はい!」 実加はマイクロファイバーの布巾を手に取り、手本を見せた。 素早くも効率的な動作で、汚れがしっかり落ちている。 部下の佐藤が驚きの声を上げた。「わっ、すごいです。こんなに早くきれいにできるなんて……。さすがチーフです」「おだてても何も出ないぞ。このやり方はウチの師匠直伝なんだ。師匠はもっとすごいからな」 実加の表情は自信に満ちており、頼もしいチーフの顔つきだった。(ぼくの母ちゃん、めちゃくちゃかっこいいじゃないか) 理玖は胸の奥が熱くなるのを感じた。 先日の「しさつ」では、父・翔吾の働きぶりは見たけれど、実加は歩いているのを見かけただけだった。 こうして実際に仕事をし、部下に指導をしているところを見るのは初めてだ。「すげえ……母ちゃ……」 感嘆の言葉が、思わず口からこぼれそうになる。 その瞬間。 両側から小さな手が伸びてきて、理玖の口を塞いだ。 美夕だ。 実加が指示を終えて、廊下側の清掃用具を確認するために振り返る気配がした。 カツ、カツ。 パンプスの硬い足音が、客室の入り口へ向かって響き始める。 実加がドアの枠から顔を出そうとした。 美夕は理玖の服の裾を強く引っ張り、すぐ背後にある半開きのドアへと飛び込んだ。 そこは各フロアに設置されている

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   430

     ドアの隙間から廊下に出ると、従業員用の通路が伸びている。 グレーの床がどこまでも続いていた。 エアコン空調の稼働音が、低い耳鳴りのように空間を満たしていた。「かいだんをのぼるわよ」 美夕は迷いなく、従業員用の非常階段の扉を開けた。 扉は重たかったので、2人で力を合わせて開けた。 5歳の理玖にとって、大人用の階段は一段一段が高い。 よっこいしょ、と声に出さないように足を持ち上げて、金属製の手すりの下の方を掴んで登る。 コンクリートの段差から、ひんやりとした空気が靴下越しに伝わってくる。(ぼくの足、もう疲れてきちゃったのに。美夕ちゃんはどうしてあんなに平気な顔をしてるんだ?) 彼女は3歳児の小さい足で、リズミカルに階段を攻略していく。 何階分登ったことだろう。 理玖は息を切らしながら登りきり、目的の階に到着した。 その先の重い鉄扉を押し開ける。 そこは、客室フロアだった。 従業員用通路の無機質な空気とは打って変わり、高級感のある空間が広がっている。 足元には、ふかふかとした毛足の長いじゅうたんが敷き詰められていた。 色は落ち着いたネイビーブルーで、細かい金色の糸が幾何学模様を描いている。 天井のダウンライトは光量が抑えられ、壁の木目調のパネルを柔らかく照らしていた。 空気清浄機の作動音が、かすかな風の音となって耳に届く。 理玖は絨毯の感触を足の裏で確かめた。 一歩踏み出すごとに、ふんわりと体重が優しく包み込まれる。 足音は全く立たない。「しせいをひくくね」 美夕が低い姿勢のまま、アヒルのような歩き方で進む。 理玖もそれに倣った。まるで小さなアヒルの兄妹だ。 各部屋のドアには、金色の金属プレートでルームナンバーが記されている。 冷たい金属の光沢が、ホテルの格式を物語っていた。 2人が角を曲がると、廊下の先で開け放たれた客室のドアがあった。 中から掃除機の低いモーター音

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