「どこだ、どこにしまった! 誰か知らんのか!」 父が叫ぶが、誰も答えない。かつては美術品の管理台帳をつける専門の使用人がいた。だが、彼を解雇したのは他ならぬ父自身だ。 義母も麗華も、屋敷に何があるかさえ把握していない。彼女たちにとって、美術品は換金できるかどうかの道具でしかないからだ。 焦燥に駆られた父の視線が、床に膝をつく小夜子を捉えた。「おい、役立たず! お前だろ、お前が隠したんだろう!」 父が大股で近づき、小夜子を見下ろす。理不尽な言いがかりは、いつものことだ。小夜子は雑巾をバケツの縁に置き、顔を上げた。(双龍図……) 脳内の検索にかける。所要時間は0.5秒。 膨大な屋敷の物品リスト、その保管場所、保存状態。藤堂から叩き込まれた管理術によって、小夜子の頭の中には完璧なデータベースが構築されていた。 小夜子は淡々と告げた。「『双龍図』でございましたら、第2蔵の3番棚、上段の桐箱に収めてございます」「……は?」 父が口を開けたまま固まる。小夜子はさらに補足した。「先週の火曜日、湿度が60パーセントを超えましたので、私が移動させました。あの掛け軸に使われている和紙は湿気に弱く、書斎のままではカビが生える恐れがありましたので」 事実だけの報告。恩着せがましさも、非難の色もない。ただの業務連絡だ。父は半信半疑のまま、つっかけを履いて庭へと走っていった。 数分後。戻ってきた父の手には、確かに桐箱が握られていた。中を確認し、安堵の息を吐く。 だが、その安堵はすぐに醜い怒りへと変わった。父は小夜子の元へ戻ると、手に持っていた扇子を振り上げた。 バシッ! 乾いた音が廊下に響く。扇子の親骨が、小夜子の額を打ったのだ。鋭い痛みが走り、視界が一瞬白く弾ける。「勝手なことをするな! カビだの湿度だの、もっともらしい嘘をつきおって。本当はこっそり持ち出して、売り払うつもりだったんだろう! 卑しい奴め」 父の唾が飛ぶ。自分の管理不足を棚に上げ、娘を泥棒扱いすることでプライドを保とうとする、浅ましい姿だった。 義母も勝ち誇ったように鼻で笑う。「本当に可愛げのない子。管理台帳もまともにつけられないくせに、小賢しいのよ。これだから妾の子は。やっぱり血は争えないわね。家政婦がお似合い、いいえ、家政婦の仕事も満足にできないとは」(台帳をつけていな
Terakhir Diperbarui : 2025-12-04 Baca selengkapnya