明弘自身すら気づかぬまま、無意識のうちに、あるいは演技の後遺症だろうか。今が八年前であるかのような錯覚を持っていた。逢魔が時。かつて会社から帰宅した際に見慣れた光景が、ふと脳裏をよぎる。ソファの上、身体を小さく丸めて微睡む彼女。明弘が抱き上げると目を輝かせ、首に腕を回して甘えてきた。たまに気が向けば、彼女は手料理を振る舞ってくれることもあった。味はめちゃくちゃまずい。それでも、明弘は無理をしてすべて腹に収めた。その味を今でも覚えている。醤油の入れすぎで塩辛く、妙に粘ついて、底が焦げ付いたジャガイモの味。……だが時は流れ、鮮やかだった記憶は灰色の霧に覆われるようにして、目の前で霧散した。奈々美の手が止まる。顔を上げ、彼を見た。明弘もまた、その瞬間に夢から覚める。意識ははっきりしているというのに、彼女から視線を外せない。釘付けになったまま、逸らすことも引くこともできなかった。低く、淡々とした声が出る。「なぜここにいる」奈々美は黙々とエプロンを外した。「息子の不始末の責任を取りに来ただけ。夜分にお邪魔したわね。戻ったのなら、私はこれで」折しも、和紀が大きなチョコレート缶を抱えて駆け下りてくる。父親の姿に一瞬足を止めたが、すぐに小走りで奈々美のそばへ駆け寄った。「これ、パンのお礼です……この間、低血糖になりかけてたみたいですから。チョコ食べれば、もうクラクラしないはずです」奈々美は優しく尋ねた。「全部くれたら、和紀くんは何を食べるの?」「僕は……平気です」和紀は明弘の方を見ようともしない。「お父様が食べるなと仰るなら、僕は食べません。これ、少しずつ貯めていたもので……一粒も食べていませんから」「和紀。二階へ行って勉強しろ」明弘はそう言い捨て、奈々美を見る。「書斎へ来い」なぜ彼がそれほど居丈高になれるのか理解できない。奈々美は無表情にその言葉を無視し、和紀に微笑みかけて小声で言った。「チョコ、ありがとうね。おばさん、もう行くから」明弘は、奈々美が玄関へと向かう背中をじっと見つめていた。和紀が二階へ上がり、彼女が踵を返そうとしたその時、ようやく口を開く。「お前が欲しがっていた書類、サインしておいたぞ。書斎にある」奈々美は振り返る。「
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