没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~ のすべてのチャプター: チャプター 151 - チャプター 160

334 チャプター

第151話 魔王の降臨③

 耳元で囁かれた言葉に、私は子供のように泣きじゃくった。 「うあぁぁぁぁ……っ! 怖かった……っ! 怖かったよぉ……っ!」 「すまない……。すまない、莉子……」  征也の腕が、ギリギリと音を立てるほど強く私を締め上げる。  痛い。骨が折れそうだ。  でも、その痛みがたまらなく嬉しい。  これは、彼が生きている証拠。彼が私を求めている証拠。  彼は私の髪に顔を埋め、獣のように匂いを嗅いだ。  何度も、何度も。  私が無事であることを、細胞レベルで確認するように。 「無事で……よかった……」  彼の声が震えている。  あの冷徹な「氷のCEO」が、私の前でただの一人の男に戻っていた。  その時。  背後で、這いずるような音がした。 「……僕の……僕の莉子ちゃんだ……返せ……」  蒼くんだ。  腰を抜かしたまま、それでも執念深く私に手を伸ばそうとしている。  その目は焦点が合っておらず、完全に狂気に蝕まれていた。 「触るな」  征也が私を抱いたまま、ゆっくりと振り返った。  私に向けていた慈愛に満ちた表情は消え失せ、そこには絶対零度の殺意だけがあった。 「……神宮寺。貴様、何をした」  低い問いかけ。  征也の視線が、床に落ちているメスと、私の手首に残る赤い痣に向けられる。 「……莉子ちゃんは、僕のものだ……。僕が綺麗にしてあげるんだ……中身をくり抜いて……」  蒼くんがうわごとのように呟く。  その言葉を聞いた瞬間、征也の中で何かが弾けた音がした。 「……中身を、くり抜く?」  征也が私をそっと放し、一歩前へ出た。  その背中から立ち昇るオーラは、怒りなどという生易しいものではない。  純粋な、暴力の気配。 「俺の……俺の女に、刃物を向けたのか」  征也が蒼くんに歩み寄る。  蒼くんはヒッと息を呑み、後ずさろうとしたが、背後は壁だった。 「ひ、ひぃ……っ
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第152話 魔王の降臨④

「……連れて行け」  征也が短く命じると、控えていたSPたちが無言で蒼くんを取り囲んだ。  手錠をかけられ、猿轡を噛ませられる。  あの優雅で知的だった神宮寺蒼の姿は、見る影もなかった。ただの、惨めな敗北者。  SPたちに引きずられていく蒼くんを見ても、私の心は痛まなかった。  かつての幼馴染への情など、あの地下室で消え失せた。  自業自得だ。  部屋に、再び静寂が戻る。  征也は乱れた呼吸を整え、ゆっくりと私の方へ向き直った。  その手は、蒼くんを殴ったせいで赤く腫れ、血が滲んでいる。 「……汚いものを見せたな」  彼は自分の手を隠すように背後に回し、苦しげに顔を歪めた。 「怖がらせたか。……俺は、こういう男だ。気に入らない奴は力でねじ伏せる、野蛮な人殺しだ」  私の言葉だ。  あの日、私が彼に投げつけた罵倒。  彼はそれをずっと胸に刻み、傷つきながら、それでも私を助けに来てくれたのだ。 「……違う」  私は首を横に振った。  もう、誤解したままじゃいられない。  私は彼に駆け寄り、背後に隠したその手を強引に引っ張り出した。 「莉子、やめろ、汚れる……」 「汚れてない!」  私は彼の手を両手で包み込み、傷ついた拳に頬を押し付けた。  鉄と血の匂い。  でも、それは私を守るために戦ってくれた勲章だ。 「ごめんなさい、征也くん……。私、知らなかったの。……あなたがずっと、私を守ってくれていたこと。……お父様の会社を守ろうとして、泥をかぶってくれたこと」  征也の目が大きく見開かれた。 「……なぜ、それを」 「蒼くんが教えてくれたわ。自慢げにね。……全部、私の誤解だった。あなたは人殺しなんかじゃない。……私にとっての、たった一人のヒーローよ」  涙が、彼の手の甲に落ちる。  征也は信じられないものを見るような顔で私を見つめ、それから、力が抜けたようにふっと笑った。 「……ヒーロー、か。買いかぶりすぎだ」  彼は、自由になった手で私の頬を包み込んだ。
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第153話 小さな命の告白①

 大型のSUVは、悪路をものともせず、滑るように闇の中を疾走していた。 分厚いタイヤが泥を跳ね上げる音も、窓を叩く雨の音も、車内の重厚な静寂の中では遠い世界のことのように聞こえる。 後部座席の革シートに深く沈み込んだ私は、隣に座る征也の体温に包まれていた。 彼は私を片時も離そうとせず、私の腰を抱き寄せ、自分の太腿に乗せるような勢いで密着させている。 雨に濡れたシャツから漂う、冷たくて、でも火傷しそうなほど熱い彼の匂い。 ムスクと、鉄錆のような血の匂い。 それが、彼が生身の人間としてここに生きているという、何よりの証拠だった。「……痛そう」 私は、自分の膝の上に置かれた彼の手を見つめた。 蒼くんを殴った拳だ。 関節の皮が破れ、血が滲んで赤黒く腫れ上がっている。あの端整な指が、こんなに傷つくまで力を込めて、私を守ろうとしてくれたのだと思うと、胸が締め付けられた。「……ハンカチ、巻くね」 私はポケットからハンカチを取り出し、震える指で彼の手の甲に巻き付けた。 真っ白な布に、じわりと赤い血が染みていく。「……痛くないの?」「痛いわけがない」 征也は短く答えた。 その声はまだ少し硬く、張り詰めている。「お前が無事なら……こんなもの、傷のうちに入らん」 彼は無傷のほうの手で、私の髪をくしゃりと撫でた。 乱暴で、不器用で、どうしようもなく優しい手つき。 その掌の熱さが頭皮から伝わり、強張っていた私の神経を一本一本、丁寧に解きほぐしていく。「……ごめんね。また、心配かけて」「謝るな。……二度と謝るな」 彼は私の言葉を遮り、抱き寄せる腕にぎゅっと力を込めた。 あばらが軋むほどの強さ。 でも、苦しくはない。むしろ、その痛いくらいの拘束が、私を現実に繋ぎ止めてくれる唯一の錨(いかり)だった。「俺のほ
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第154話 小さな命の告白②

 まだ平らで、何の変化もない下腹部。 でも、ここには確実に、小さな命が息づいている。 蒼くんに「寄生虫」と罵られ、「汚れ」だと否定された命。 殺されかけた、彼との愛の結晶。 言わなきゃ。 今、ここで。 二人の間に横たわっていた誤解も、恐怖も、すべて乗り越えた今だからこそ。「……征也くん」「ん?」 彼は私の髪に口づけたまま、低く鼻を鳴らした。 その安らいだ様子に、一瞬だけ躊躇いがよぎる。 もし、彼が望まなかったら? 『父の仇の子』だと自分を責めて、この子を拒絶したら? いいえ、違う。 この人は、私のすべてを受け入れてくれた。 なら、私も信じる。彼と、私と、この子の未来を。「……私、守ったの」 震える声が出た。 征也の手が、ピクリと止まる。「守った? 何をだ」「……あなたとの、赤ちゃん」 車内から、すべての音が消えた気がした。 走行音も、雨音も、何もかもが遠のき、真空のような静寂が満ちる。 征也は、彫像のように固まっていた。 私を抱く腕の力が抜け、けれど離れることはできず、ただ呆然と私を見下ろしている。 その瞳が、激しく揺れていた。「……なんだと?」 信じられない、というように。 あるいは、言葉の意味を理解するのを脳が拒絶しているかのように。「……赤ちゃん?」「うん。……ここに、いるの」 私は彼の手を取り、自分のお腹へと導いた。 ごつごつとした大きな掌が、私の下腹部に触れる。 彼の指先が、小刻みに震えているのが分かった。「俺の……子か?」「そうよ。……あの、雨の夜の」 嵐の中で愛し合った、あの夜。 お互いを貪
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第155話 小さな命の告白③

 熱い涙が、服を通して肌に伝わってくる。  彼の男泣きに、私も涙が止まらなかった。  よかった。  この人は、喜んでくれた。愛してくれた。  私のお腹の中の小さな命を、心から歓迎してくれた。 「……うん、よかった……本当によかっ……」  幸せだった。  これ以上の幸せなんてないと思った。  地獄のような数日間を乗り越え、やっと手に入れた安息。  けれど。  神様は、まだ私を許してはくれなかった。  ズキン。  下腹部に、鋭い痛みが走った。  針で刺されたような、一瞬の激痛。 「……っ、あ……」  言葉が途切れる。  笑顔が引きつる。  最初は小さな違和感だった痛みが、次の瞬間には内臓を雑巾絞りにされるような鈍痛へと変わった。 「……莉子?」  異変に気づいた征也が、顔を上げる。  私の顔を見て、彼の表情が凍りついた。 「おい、どうした……顔色が真っ白だぞ」 「……いた、い……お腹……が……」  声が出ない。  冷や汗が一気に噴き出す。  お腹の奥が、熱い。  何かが、ずるりと崩れ落ちていくような、嫌な感覚。  極限のストレス。  不眠不休の逃走劇。  蒼くんとの取っ組み合い。  妊娠初期の不安定な身体に、私が強いてきた無理の代償が、今になって一気に押し寄せてきたのだ。 「……あ、あぁ……っ!」  私はお腹を押さえてうずくまった。  痛い。痛い。  赤ちゃんが。  せっかく守った赤ちゃんが、指の間からこぼれ落ちていく。 「莉子!!」  絶叫が、狭い車内に響き渡った。 「おい! しっかりしろ! 莉子、目を開けろ!!」  彼が私を抱き起こす。  その手が、私のスカートの下、太腿のあたりに触れた。  ぬるりとした、温かい液体の感触。  血だ。  征也の顔が、絶望に染まるのが見えた。  彼の手が、私の血で赤く染まっている。 「…
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第156話 病院のベッドで①

 白い。 まぶたの裏を透かす光が、あまりにも白くて、目が開けられない。 ピ、ピ、ピ、ピ……。 規則的な電子音が、遠くから聞こえてくる。 鼻を突くのは、あの別荘のカビ臭さでも、雨の匂いでもない。ツンとする消毒液の匂いだ。「……あ……」 喉が張り付いて、うまく声が出ない。 重い鉛のようなまぶたを、なんとか持ち上げる。 ぼやけた視界に入ってきたのは、見慣れない天井と、点滴のチューブ。 病院だ。 そうだ。私、お腹が痛くなって……血が出て……。「赤ちゃん!」 恐怖で心臓が跳ね上がり、ガバッと体を起こそうとした。 けれど、体は石のように重く、下腹部に鈍い痛みが走って動けない。「動くな!」 横から、鋭い声が飛んできた。 同時に、大きな手が私の肩を押し、優しくベッドに寝かせ直す。「……っ、せいや、くん……?」 そこにいたのは、天道征也だった。 でも、私の知っている彼とは、まるで別人のようだった。 いつも完璧に整えられていた黒髪はボサボサで、無精髭が顎を覆っている。 高級なスーツは泥と、乾いた赤黒い染み――私の血だ――で汚れきっていた。 そして何より、その瞳。 充血し、落ち窪んだ目は、何日も寝ていない人のようにぎらついているのに、どこか泣き腫らしたあとのように赤く縁取られていた。「……気がついたか」 彼の声は、砂利を飲み込んだように掠れていた。 その声を聞いただけで、胸が締め付けられる。 彼は、ずっとここにいてくれたんだ。このボロボロの姿のままで。「赤ちゃん……私の、赤ちゃんは……?」 恐る恐る尋ねる。 答えを聞くのが怖い。もし、「駄目だった」と言わ
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第157話 病院のベッドで②

 彼の肩が震えている。 あの傲慢で、自信に満ち溢れていた「天道征也」の姿はどこにもない。 ただ、大切な人を傷つけてしまった後悔に苛まれる、一人の男がいるだけだ。「違うよ。……あなたが来てくれたから、助かったの」 私は、自由なほうの手を伸ばし、彼の乱れた髪に触れた。 ごわごわしていて、少し汗の匂いがする。 でも、それが愛おしい。「あなたが『逃がさない』って言ってくれたから……私、頑張れたんだよ」「……莉子」 征也が顔を上げる。 その瞳に、私の姿が映る。「……俺は、お前に嫌われたと思っていた」 彼は自嘲気味に笑った。「『人殺し』『汚い』『触るな』……。あの時の言葉が、ずっと頭から離れなかった。……たとえ嫌われても、無理やり連れ戻して、一生檻に閉じ込めてやるつもりだった」 胸が痛い。 私の言葉が、彼をそこまで追い詰めていたなんて。 彼は、嫌われることを覚悟で、それでも私を愛し抜こうとしてくれたのだ。「ごめんなさい。……私、信じられなかったの」 私は彼の頬に手を添えた。 無精髭がチクリと痛い。「蒼くんに嘘を吹き込まれて……あなたが父を殺したんだって、思い込んでしまって……。あなたの優しさを、全部演技だと思って……」「……当然だ。状況証拠は揃っていた」「でも、本当は気づくべきだった。……あなたの手が、あんなに温かかったこと。あなたが私を見る目が、いつだって必死だったこと」 涙で滲んで、彼の顔がよく見えない。 でも、伝えなきゃいけない。 今度こそ、間違えずに。「私ね、ずっと後悔してた。……あの書斎で、あなたを
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第158話 病院のベッドで③

「俺は、お前の家を潰した男だぞ。……お前を金で買い、自由を奪い、こんなボロボロになるまで追い詰めた、最低の男だぞ」「知ってる。……でも、私を守るために泥をかぶってくれたんでしょう?」「……それも、俺のエゴだ。……ただ、お前に嫌われたくなかっただけだ」「それでもいい。……あなたのエゴごと、全部愛してる」 私は彼の手を強く握り返した。「もう離さないで。……今度は、私があなたを捕まえておく番よ」 征也は、声を詰まらせて頷いた。 そして、私の手を両手で包み込み、その甲に深く、長く口づけをした。 それは、契約の証のキスではない。 心からの、誓いの口づけだった。「……ああ。一生、離さない」 彼の熱い涙が、私の肌を濡らす。 その熱さが、体中の細胞に染み渡っていく。 病室の窓の外では、いつの間にか雨が上がっていた。 雲の切れ間から、柔らかな朝の光が差し込んでくる。 嵐は去ったのだ。 でも、まだ安心はできない。 お腹の中の小さな命は、まだ崖っぷちにいる。 絶対安静。少しでも動けば、失われてしまうかもしれない。「……怖い?」 私の不安を読み取ったのか、征也が聞いてきた。「……うん。少し」「大丈夫だ」 彼は力強く言った。 あの、絶対的な自信に満ちた「魔王」の顔が、少しだけ戻ってきていた。「俺がついている。……俺の全財産、いや、俺の命を賭けても、お前とこの子を守り抜く。神ごときに、これ以上俺の大切なものを奪わせてたまるか」 なんて不遜で、頼もしい言葉だろう。 この人がそう言うなら、本当に運命さえねじ伏せてしまうかもしれない。「……うん。信じてる」
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第159話 小さな心音①

 深い泥の底から浮き上がるように目を覚ますと、視界が白く滲んでいた。 まぶしい。 薄い瞼を持ち上げると、窓の向こうから差し込む光が、白いカーテンを透かして病室いっぱいに広がっているのが見えた。昨夜までの嵐が嘘のような、穏やかな朝の光だ。 指先を動かす。痺れはない。下腹部にはまだ鈍い重みが残っているけれど、あの、内臓が抜け落ちるような底知れない寒気は消えていた。 視線を横に滑らせる。 ベッドの端に、大きな背中が丸まっていた。 征也だ。パイプ椅子に窮屈そうに体を預け、シーツに顔を埋めるようにして突っ伏している。 着ているスーツは泥と乾いた血で汚れ、高級な生地が台無しになっていた。整えられていたはずの髪も乱れ、無精髭が覗く頬はひどくやつれている。 私の左手は、彼のごつごつとした両手に包まれていた。 眠っている間も、一度も離さなかったのだろうか。じわりと汗ばむほどの熱が、掌から手首へと伝わってくる。 その熱さが、何よりも雄弁に彼の夜を語っていた。 胸の奥がぎゅっと締め付けられたその時、控えめなノックの音が空気を揺らした。「失礼します。……天道様」 静かに入ってきたのは、白衣の医師と数名の看護師たちだ。 その足音に反応し、征也の肩がびくりと跳ねた。 弾かれたように顔を上げる。充血した目は赤く、焦点が定まらないほど疲労の色が濃い。けれど、医師の姿を認めた瞬間、その瞳に鋭い理性の光が戻る。「……検査か」「はい。昨夜は応急処置のみでしたので。改めて精密検査を行い、赤ちゃんの詳しい状態を確認させていただきます」 医師の言葉に、私の心臓が早鐘を打った。 赤ちゃん。 昨夜、征也は「生きている」と言ってくれた。でも、それは彼の願望だったのかもしれない。大量に出血した記憶が蘇り、指先が冷たくなる。 不安で強張った私の手を、征也が強く、痛いほどに握り直した。 言葉はない。ただ、その熱く大きな掌が、震える私を現実に繋ぎ止めてくれている。「…&hell
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第160話 小さな心音②

 ◇ 車椅子に乗せられ、別フロアにある検査室へと移動する。 看護師が押そうとするのを手で制し、征也は自らハンドルを握った。背後にある彼の気配と、一定のリズムで進むタイヤの振動だけが、今の私の拠り所だった。 薄暗い検査室に通されると、ひんやりとした空気が肌を刺す。 消毒液と、機械油の匂い。 診察台に横たわり、お腹を出して待つ時間は、永遠のように長く感じられた。天井のシミを数えながら、呼吸が浅くなるのを必死で整える。「では、エコーで見ていきますね」 医師がお腹に冷たいゼリーを塗る。 ひやりとした感触に、お腹の皮が縮こまった。 部屋の照明が落とされ、モニターの青白い光だけが闇に浮かび上がる。 ブーンという機械の低い駆動音だけが響く静寂の中、医師がプローブをお腹の上で滑らせた。 ぬるりとした感触が、下腹部を移動していく。 征也が私の横に立ち、モニターを食い入るように見つめていた。瞬きさえ忘れたように、画面のノイズを目で追っている。額には脂汗が滲み、握りしめた拳の関節が白く浮き上がっていた。 怖い。 もし、画面に何も映らなかったら。 ただの黒い闇だけが広がっていたら。 恐怖で息が止まりそうになった時、握られた征也の手に力がこもった。 やがて、医師の手が止まる。「……ああ、よかった」 医師のマスクの下から、安堵の吐息が漏れた。「しっかりと映っていますよ。……ここです」 医師が指差した先。 砂嵐のような暗い画面の真ん中に、小さな、豆粒のような黒い袋が見えた。 そして、その中心に。 チカ、チカ、チカ、チカ。 瞬いている。 小さな、本当に小さな白い光が、一定のリズムで、懸命に点滅していた。「……あ……」 声にならない音が漏れた。 動いている。光っている。 まるで、暗い宇宙の片隅で灯る、たった一つの星のように。
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