没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~ のすべてのチャプター: チャプター 161 - チャプター 170

334 チャプター

第161話 小さな心音③

 それは、想像していたよりもずっと速く、そして力強い音だった。トクトクなんて可愛らしい音じゃない。 まるで、蒸気機関車が全力で走っているような。 あるいは、小さなドラマーが命の太鼓を連打しているような。 力強い、生の音。 私のお腹の中で、こんなにも激しい音が鳴っている。「……聞こえますか、天道様。これが、赤ちゃんの心音です」 医師の声が遠くに聞こえる。 視界が滲んで、天井の明かりが揺れた。 生きている。 あんなに怖い思いをしたのに。冷たい地下室に閉じ込められ、薬を飲まされそうになり、血を流したのに。 この子は、私のお腹にしがみついて、こんなに元気に心臓を動かしている。 ふと、繋がれた手が震えていることに気づいた。 隣を見る。「……」 征也は、石になったように固まっていた。 モニターの小さな光と、スピーカーから流れる轟音に、魂を吸い取られたかのように立ち尽くしている。 その目から、ボロボロと大粒の滴がこぼれ落ちていた。 涙は頬を伝い、顎から床へと、音もなく落ちていく。「……せいや、くん?」 私が声をかけた瞬間。 彼の身体が、ガクンと揺れた。 糸が切れたように膝から崩れ落ちる。 診察台の脇に膝をつき、私のお腹に顔を埋める。「……生きてる……」 掠れた、震える声。「生きてる……。俺たちの、子供が……」 彼の肩が、激しく震え始めた。 薄い検査着を通して、私の腹部に熱いものが染み込んでくる。 涙だ。 あの「氷のCEO」と恐れられ、誰の前でも弱みを見せなかった彼が。 私を強引に縛り付け、魔王のように振る舞っていた彼が。 今は、ただの一人の男として、子供のように泣きじゃくっている。「うぅ…&
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第162話 新たな陰謀①

 昨夜の嵐が嘘のように、港区の高級マンションには穏やかな朝の光が満ちていた。 けれど、高嶺エリカの指先は、エアコンの暖房など意味をなさないほど冷え切っていた。握りしめた最新型のスマートフォンが、不快なリズムで振動を繰り返している。 通知画面に躍る速報ニュースの見出しが、網膜に焼き付いて離れない。『神宮寺銀行次期頭取候補、神宮寺蒼氏を逮捕。山間部の別荘にて女性を監禁、中絶強要の疑い』「……嘘」 喉から、掠れた音が漏れた。 蒼が莉子を連れ去ったことは知っていた。それどころか、彼が莉子を「標本」にするための隠れ家へ誘い込むよう、病院の警備状況や征也のスケジュールをリークしたのは自分自身だ。 蒼が失敗すれば、次は自分に火の粉が飛んでくる。 もし蒼が取り調べでエリカの名前を出せば、高嶺商事の令嬢としての生活は一瞬で崩れ去る。「どうしよう……どうすれば」 エリカは乱暴に髪を掻きむしり、広いリビングを徘徊した。 壁に掛けられた姿見に、恐怖で引きつり、見るに堪えない形相の女が映る。普段の自信に満ちた表情はどこにもなく、そこにあるのは追い詰められた小動物のような無様な姿だった。 その時、画面が切り替わり、通知が届いた。 神宮寺銀行の内部情報を探らせていた調査員からの、短い報告。『神宮寺氏の身柄は、警察ではなく、天道グループの特別警備チームに確保された後、当局に引き渡された模様。現在、彼が口を割っている形跡はなし。証拠は別荘の破壊により、物理的に消滅した可能性大』「……あ」 動きが止まる。 肺の奥から、震える息を吐き出した。「そう……そうよね。征也様なら、自分の所有物が汚された話を世間に晒すはずがない」 事件の全容を公にする前に、自分に都合の悪い証拠はすべて消し去っているはずだ。 莉子の監禁に自分が関与したという直接的な証拠は、あの忌々しい「シェルター」とともに瓦礫の下に埋もれた。蒼との通話履歴も、メッセージも、すべてはすでに消してい
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第163話 新たな陰謀②

「全部、あなたが悪いのよ。……没落した家を再興するために蒼様を誘惑し、お金を巻き上げようとして、失敗したから被害者のふりをして逃げ出した」  鏡に向かって、シナリオを口にする。  エリカは唇を吊り上げ、歪んだ笑みを作った。 「そういうことにしてあげる」  迷いなく、実家の高嶺商事の社長室へ直通する電話番号をタップする。 『……エリカか。神宮寺の件は聞いた。我が社にも影響が出かねん、しばらく大人しくしていなさい』  受話器の向こうから聞こえる父親の厳格な声。  だが、エリカは声を上擦らせ、今にも泣き出しそうな「か弱い娘」を演じてみせた。 「お父様! 助けて……怖くて、夜も眠れないの。莉子さんが、あの月島莉子さんが……!」 『月島の娘がどうした。あいつは天道の秘書をしているはずだろう』 「違うのお父様。彼女、神宮寺様を唆して、征也様の機密情報を盗もうとしていたの。私、偶然それを知ってしまって……彼女に口封じのために脅されていたのよ! 今回の事件だって、彼女が神宮寺様を監禁場所に呼び出して、征也様から身代金を奪おうとした結果に違いないわ」  嘘に嘘を重ね、莉子を「全ての元凶」として仕立て上げる。  高嶺商事にとって、天道グループとの提携は生命線だ。その天道が、月島の娘という「爆弾」を抱えていると知れば、父親も動かざるを得ない。 『……真実なのか、それは』 「本当よ! 彼女は没落して、すっかり心が汚れてしまったの。征也様も、彼女の嘘に騙されて、盲目的になっていらっしゃるわ。このままじゃ、天道グループも、我が社との関係もめちゃくちゃにされてしまう」  父親に泣きつきながら、手元のタブレットでは別のアカウントを操作する。  お抱えのゴシップ記者たちに、匿名でメールを送信した。 『独占スクープ:監禁事件の真実。月島莉子は被害者ではなく、狂言誘拐の主犯格? 神宮寺蒼氏を破滅させた魔性の女の素顔』  画面をタップする指先が、悦びで熱くなる。  莉子を肉体的に壊すことは蒼に任せて失敗したが、今度は社会的、精神的に莉子を根絶やしにする。  征也の愛さえ、このスキャンダルの渦の中では毒へ
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第164話 退院と新しい契約①

 退院の朝は、皮肉なほど澄み渡った青空だった。 カーテンの隙間から差し込む光が、白く清潔なシーツを照らし、空気中に舞う埃さえもきらきらと輝かせている。 私はベッドの縁に座り、着慣れない私服の感触を確かめるように膝をさすった。 蒼くんに切り裂かれたアンティークドレスでも、病院のペラペラの検査着でもない。征也が用意してくれた、肌触りの良いカシミヤのワンピースだ。柔らかいニット生地が、少しだけ痩せてしまった私の体を優しく包み込んでくれる。「……莉子、準備はできたか」 背後からかけられた声に、振り返る。 病室の入り口に、天道征也が立っていた。 ここ数日のやつれた姿――無精髭に泥だらけのスーツ姿――はもうない。完璧に仕立てられたチャコールグレーのスリーピースに身を包み、髪も美しく撫でつけられている。 けれど、その瞳の奥にある色だけは、以前の「冷酷なCEO」とは決定的に違っていた。 私を見つめる眼差しには、氷のような冷たさではなく、触れたら火傷しそうなほどの熱と、どうしようもないほどの過保護な色が滲んでいる。「はい。……荷物もまとめました」 私が立ち上がろうとすると、征也は大股で近づき、制するように片手を上げた。「待て。動くなと言っただろう」「え……でも、靴を履くだけで……」「しゃがむな。腹に障る」 有無を言わさぬ口調。 彼は私の前に跪くと、私の足を持ち上げ、用意されていたフラットシューズを丁寧に履かせ始めた。 大きな手が、私の足首を包み込む。 かつて、私が捻挫をした時、冷たくあしらいながらも氷嚢を当ててくれたあの手だ。今は、壊れ物を扱うように慎重で、そして熱い。 靴を履かせ終えると、彼は満足げに頷き、そのまま私を見上げた。「……歩けるか?」「大丈夫です。もう痛みもありませんし」「無理をするな。血圧の数値がまだ低いと聞いている」 征也は立ち上がると、私の返事も待た
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第165話 退院と新しい契約②

 ◇ 病院の玄関を出ると、いつもの黒塗りのリムジンが待機していた。  運転手が恭しくドアを開ける。  征也は私を後部座席に押し込むように乗せると、自分も隣に乗り込み、すぐに私の腰を引き寄せて密着した。  広い車内なのに、彼との距離はゼロだ。  太腿が触れ合い、肩が重なる。  彼の匂い――ムスクと微かな煙草、そして彼自身の体温の匂い――が、私の肺を満たしていく。  この匂いに包まれていると、あの監禁されていた日々の恐怖が、薄皮を剥ぐように遠のいていくのが分かる。 「……どこへ行くの?」  車窓を流れる景色を見ながら尋ねた。  見慣れた帰り道だ。高級住宅街へ向かう、いつもの並木道。 「少し、寄り道だ」  征也は短く答えたきり、窓の外を見つめている。  その横顔には、どこか緊張したような色が浮かんでいた。眉間に寄せられた皺、固く結ばれた口元。何かを決意しているような、張り詰めた空気。  私の手を握る彼の指先に、無意識の力がこもる。 「……痛い?」 「あ、すまない」  ハッとして、彼は力を緩めた。  でも、離そうとはしない。むしろ、指を絡めて、より深く繋ぎ止める。 「……征也くん?」 「……到着したら話す」  彼はそれ以上何も言わず、私の手を自分の唇に押し当てた。  熱い吐息が手の甲にかかる。  その沈黙が、不安というよりは、これから起こることへの期待をじわじわと煽っていくようだった。  車は都心から離れ、緑の多い高級住宅街へと入っていく。  緩やかな坂道を上る。  征也の屋敷が見えてきた。  高くそびえる塀と、要塞のようなコンクリート打ちっ放しのモダンな外観。  けれど、車は屋敷の正門の前を通り過ぎた。  そのまま、すぐ隣の敷地――広大な更地だったはずの場所の前で、静かに停車する。 「……え?」  私は目を見開いた。  更地ではない。  そこには、真新しいコンクリートの基礎が打たれ、木の骨組みが組み上がりつつあった。  工事現
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第166話 退院と新しい契約③

「買い戻したって……」「言っただろう。俺は欲しいものは手段を選ばず手に入れると」 征也は自嘲気味に笑い、ポケットに手を突っ込んだ。「お前が家政婦として俺の屋敷に来たあの日から……いや、もっと前から、俺はずっと考えていた。……いつか、この場所をあるべき姿に戻すことを」 彼は一歩近づき、私の前に立つ。 逆光で表情が陰り、その瞳の奥にある感情だけが、痛いくらいに鮮明に見える。「俺は、お前の父親から会社を奪った。……それは事実だ。どんなに取り繕っても、俺の手は汚れている」「征也くん……」「だが、お前から奪った『家』だけは……返したかった。……お前が一番幸せだった頃の景色を、もう一度お前に見せたかったんだ」 胸が詰まって、言葉が出ない。 この人は、どれだけ不器用なんだろう。 父の会社を救おうとして泥をかぶり、私に恨まれることを承知で悪役を演じ。 そして今、私が失った「帰る場所」を、こうしてこっそりと作り直してくれていたなんて。「……これは、お前への償いだ」 征也は視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。「受け取れ。……そして、俺を許してくれとは言わない。一生、俺を恨みながらでもいい。ここに住め」「……」 私は首を横に振った。「……いらない」「なに?」 征也が驚いて私を見る。「気に入らないか? 設計図は昔のものを再現させたはずだが……」「違うの」 私は彼の手を取り、自分の両手で包み込んだ。 温かくて、大きくて、節くれだった手。 私を守るために傷つき、血を流した手。「償いなんて、いらない。……家を返してもらうために
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第167話 退院と新しい契約④

「契約?」 一瞬、あの屈辱的な「専属契約書」が脳裏をよぎり、身構える。 また、何か無理難題を言われるのだろうか。 征也は懐から、一通の封筒を取り出した。 でも、それはあの時の事務的な茶封筒ではない。 上質な和紙のような手触りの、白い封筒だ。「……開けてみろ」 震える指で封を開ける。 中に入っていたのは、契約書ではなかった。 一枚の、婚姻届だった。 夫の欄には、すでに力強い筆跡で『天道 征也』と記されている。 妻の欄は、空欄のままだ。「……これは」「以前、お前の母の手術の時に書かせたものは、ただの脅迫状だ。……あんなものは無効だ」 彼は以前の契約を自ら否定した。 私を縛り付けるためではなく、私を救うためについた嘘だったと認めたのだ。「これは、俺からの正式な申し込みだ」 征也は真っ直ぐに私を見据えた。「家政婦としてでも、愛人としてでもない。……俺の人生のパートナーとして、俺の隣にいてほしい」 風が吹き抜け、建設中の家の木の香りを運んでくる。 彼の言葉が、風に乗って私の心に染み込んでいく。「お前を守るためなら、俺は何でもする。……世界中を敵に回しても、泥をかぶっても構わない。だが……」 彼は言葉を切った。 その瞳に、微かな弱さが滲む。「俺一人じゃ、だめなんだ。……俺が道を踏み外しそうになった時、お前に叱ってほしい。俺が傷ついた時、お前に癒やしてほしい。……お前がいないと、俺はただの暴走する怪物になってしまう」 なんて、愛おしい告白だろう。 世界で一番強いと思っていた男が、私の前で自分の弱さをさらけ出し、私が必要だと縋っている。「……条件があるわ」 私は涙をこらえ、わざと意地悪く言った。
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第168話 退院と新しい契約⑤

「……まずは、身体を休めろ」 私を下ろすと、征也は急に過保護な顔に戻った。「医者からは絶対安静と言われている。……歩くな。俺が運ぶ」「えっ、でも、ここから車までなんてすぐそこ……」「駄目だ。石につまずいたらどうする」 彼は聞く耳を持たず、再び私を抱き上げた。「俺の屋敷に戻るぞ。……新居ができるまでは、そこが俺たちの城だ」「もう……過保護なんだから」「うるさい。大事な時期なんだ」 文句を言いながらも、彼の腕の中は心地よくて、私は身を委ねた。 車に戻り、シートに座る。 征也はすぐに私の方へ体を寄せ、肩を抱いてきた。 その体温を感じながら、私は窓の外へ視線を向けた。 建設中の家。 あそこで、この子と一緒に、三人で暮らす未来。 想像するだけで、胸が温かくなる。 でも。 ふと、視界の端に違和感を覚えた。 建設現場の向こう、道路を挟んだ木立の陰。 そこに、黒い車が停まっているのが見えた。 スモークガラスで中の様子は見えない。ただの路上駐車かもしれない。 けれど、その車から向けられているような、ねっとりとした視線を感じて、背筋がぞくりとした。「……莉子? どうした」 私の強張りに気づき、征也が鋭く反応する。「あ……ううん、なんでもない。気のせいだと思う」 私は慌てて視線を逸らした。 せっかくの幸せな時間に、水を差したくなかったから。 征也は不審げに外を一瞥したが、すぐに私に向き直り、髪を撫でてくれた。「……疲れたんだろう。少し眠れ」「うん……ありがとう」 車が走り出す。 私は征也の肩に頭を預け、目を閉じた。 気のせいだ。そう信じようとした。
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第169話 退院と新しい契約⑥

 ◇ その頃。 都内の高層マンションの一室で、高嶺エリカはワイングラスを片手に、モニターを見つめていた。 画面に映し出されているのは、建設中の月島邸跡地から出てくる、征也のリムジンの写真だ。 望遠レンズで撮られたその写真には、幸せそうに微笑み合う二人の姿が鮮明に切り取られていた。「……幸せそうね、莉子さん」 エリカは唇を歪め、グラスの中身を一気に飲み干した。 赤い液体が、喉を焼きながら落ちていく。「でも、それがいつまで続くかしら?」 手元のタブレットには、すでに書き上げられた記事のゲラが表示されている。 『独占スクープ:天道社長を洗脳した家政婦の正体』 『妊娠は偽装? 資産狙いの計画的犯行か』 悪意に満ちた見出しの数々。 そして、その横には、さらに別のフォルダが開かれていた。 『神宮寺蒼・供述調書(非公開)』 父のコネを使って極秘に入手した、捜査資料のコピーだ。そこには、蒼が取り調べで語った、ある「事実」が含まれていた。「……ふふ。まさか、こんな爆弾が埋まっていたなんてね」 エリカは狂ったように笑い出した。 その瞳は、獲物を追い詰める蛇のように、冷たく、そして愉悦に輝いている。「覚悟なさい、莉子さん。……あなたの硝子の靴を、粉々に砕いてあげるわ」 送信ボタンを押す指先が、快感で震えた。 世界中に、毒がばら撒かれる。 二人の愛の巣を、地獄に変えるための毒が。 窓の外では、再び雲が厚くなり、太陽を隠し始めていた。 つかの間の晴れ間は終わり、より深く、激しい嵐が、音もなく忍び寄ってきていた。
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第170話 社交界の黒い噂①

  退院から一週間後。 都内にある外資系ホテルの最上階、グランドボールルーム。 高さ5メートルはある巨大なシャンデリアが、眼下が眩むほどの光を撒き散らしている。 壁一面の窓からは東京の夜景が一望でき、フロアには生バンドが奏でるジャズが、重厚な絨毯に吸い込まれるように流れていた。 天道グループが主催する、チャリティーガラ・パーティー。 政財界の大物や、着飾ったセレブリティたちが集うこの場所は、本来なら華やかな社交の場のはずだった。 けれど、私が足を踏み入れた瞬間、会場の空気が凍りついたのが分かった。 文字通り、音が消えたのだ。 数百人の視線が、一斉に私に突き刺さる。 好奇、軽蔑、嘲笑、そして露骨な敵意。それらが混ざり合ったねっとりとした視線が、私の肌をじっとりと撫で回す。「……顔を上げろ」 隣を歩く征也が、私の腰に回した手に力を込めた。 彼は漆黒のタキシードに身を包み、その完璧な美貌と冷徹なオーラで周囲を圧倒している。 けれど、今日ばかりは彼の威光をもってしても、この異様な空気を払拭できていない。「お前は何も悪いことはしていない。堂々としていればいい」 耳元で囁かれる低音に、私は小さく頷いた。 背筋を伸ばす。 征也が選んでくれた、ミッドナイトブルーのシルクドレス。背中が大きく開いたデザインだが、レースのショールで肌の露出は抑えられている。 首元には、あのサファイアのネックレス。 私は征也の腕にしがみつくのではなく、その横に並び立つように、一歩を踏み出した。 カツ、カツ、とヒールの音が響く。 その音に合わせるように、会場のそこかしこから、さざ波のような囁き声が聞こえ始めた。「……あれが、例の?」「よくもまあ、ぬけぬけと……」「聞いた? 本当は共犯だったって……」 ひそひそとした声は、あえて私に聞こえるような音量で交わされている。 グラスを
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