「律くん……今夜はここに居てくれないかな。最近、一人で寝るといつも悪夢を見るの。夜中に突然目が覚めて……すごく怖くて。でも、律くんが側にいてくれたら、きっと安心して眠れると思う。ねえ、お願い……」文香は甘ったるい声を出し、いかにも哀れっぽい瞳で縋りついてきた。「……分かった」律は小さく息を吐き、静かに頷いた。明日も絶対にリハビリを続けさせるためだ。そう割り切り、泊まっていくことを承諾した。たかが一晩付き添うくらい、どうということもない。「本当……?」まさか本当に頷いてくれるとは思っていなかったのか、文香は一瞬目を丸くした。実のところ、彼女にとってはただのお試しのつもりだったのだ。どうやらこの泣き落としはかなり効果があるらしい。それなら、明日もリハビリに行ってやる価値はある。文香はそう腹の底で計算しながらも、表向きは従順に微笑んでみせた。「ありがとう律くん。いつも優しくしてくれて嬉しい。私、もう寝るね」途端に素直な子供のように大人しくなり、文香は満足そうに目を閉じた。外であれだけ騒ぎ疲れたせいか、ベッドに横たわった文香は瞬く間に深い眠りに落ちた。彼女の寝息を確認した律は、静かに部屋を出てリビングへ向かった。手元のスマートフォンを操作し、紫音へメッセージを送る。【今夜は帰れそうにない。先に休んでいて】その頃、紫音は一人ベッドの中で幾度も寝返りを打っていた。二人は今頃どうしているのか、文香の興奮は冷めたのか。雑念が頭を離れず、どうしても眠りにつけない。そんな時に届いた通知。画面を覗き込んだ紫音は、彼が向こうに泊まるという事実に、隠しきれない動揺を覚えた。追って届いたメッセージには、事情が綴られていた。文香の精神状態が極めて不安定なこと。今夜付き添わなければ、明日のリハビリも拒絶されかねないこと。事情を察した紫音は、指先を動かした。【分かったわ。何か私に手伝えることがあれば、いつでも連絡して】あちらには今、律が必要なのだ。そう自分に言い聞かせ、物分かりの良い言葉を返す。リハビリは長期戦。これからも同じような夜が何度も訪れるだろう。そのたびに嫉妬していては、婚約する前に自分の心が折れてしまう。不毛な争いで二人の関係を壊したくない。今はただ、彼を信じて受け入れるしかなかった。【紫音、理解してくれてありがとう。婚
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