復讐のために彼をレンタルしたら、まさかのCEOに溺愛契約で雇われました のすべてのチャプター: チャプター 111 - チャプター 120

131 チャプター

第111話 再現された味①

 四つの皿がテーブルに置かれると、立ち上る湯気が、張り詰めた空気をわずかに白く滲ませた。 鼻孔をくすぐるのは、熱せられたバターと卵の甘い香り。そして、焦がしたデミグラスソースの奥から漂う、ふくよかで芳醇な匂い。 それは、生活感の一切を排除したモデルルームのようなこの部屋には、あまりにも不釣り合いなものだった。どこか懐かしく、胸の奥をキュッと締め付けるような「家庭」の匂いが、冷たいリビングを侵食していく。「……オムライス、か」 華枝様が、物珍しそうに皿を覗き込んだ。 その声に咎めるような響きはない。むしろ、格式張ったフレンチか懐石でも出てくると思っていたところに、予想外の球を投げ込まれたような、純粋な驚きが混じっていた。「はい。……お誕生日といえば、やっぱりこれかなと思いまして」 私は努めて声を張り、湊の前にカトラリーを並べた。 湊は動かない。 まるで金縛りにでもあったかのように、目の前の皿をじっと見つめたまま、指一本動かそうとしなかった。 横顔から、さっと血の気が引いていくのが分かる。「……湊?」 心配になって名を呼ぶと、彼は弾かれたように顔を上げ、私を見た。 その瞳が、小刻みに揺れている。 怒っているのだろうか。それとも、こんな庶民的な料理など見たくもないという嫌悪か。 いや、違う。 それは、信じられないものを見るような、それでいて何かにすがりつくような、迷子の子供の目だった。「……この、匂い」 湊が、掠れた声で呟く。 震える手が、スプーンへと伸びた。 カチャリ、と硬質な音がして、銀色の匙が黄金色の卵に沈む。 半熟の卵がとろりと割れ、中のバターライスと絡み合った。たっぷりのソースをすくい上げ、彼はそれを、恐る恐る口へと運ぶ。 長い、永遠にも思える数秒間。 私は息を止めて、その喉元を見守っていた。 隣に座る志保さんが、テーブルの下で膝の上の手をきつく握り締めている気配
last update最終更新日 : 2026-02-08
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第112話 再現された味②

「……っ」 湊が口元を手で覆い、大きく目を見開く。 その瞳から、あふれ出した涙が頬を伝い、テーブルクロスに染みを作った。「湊!?」「どうしたんだい、湊」 華枝様が驚いて身を乗り出す。 けれど、湊には私たちの声など届いていないようだった。ただ、震える肩を抱くようにして、漏れ出しそうな嗚咽を必死にこらえている。「……馬鹿な」 搾り出すような声が、指の隙間からこぼれた。「……なんで……この味が……」 彼の脳裏に、封印していた記憶が鮮烈に蘇っているのが手にとるようにわかった。 優しかったお母さん。 湿った土の匂いがする温室で、泥だらけになって笑い合った日々。 そして、誕生日に必ず作ってくれた、この特別なオムライス。「……母さんの、味だ」 湊は、信じられないというように私を見た。 その瞳は濡れていて、赤く充血している。「八丁味噌の……コクと、苦味。……卵に入ったマヨネーズの酸味。……間違いない。これは、母さんが作っていた味そのものだ」 成功した。 志保さんのレシピは完璧だったのだ。 二十年という長い歳月を超えて、湊の記憶の底に眠っていた「幸せの味」を、寸分違わず再現してみせたのだ。「……うまい……」 湊は、震える手で再びスプーンを握り直すと、二口、三口と、何かに憑かれたように口へ運び始めた。 涙を流しながら、咀嚼もそこそこに、子供のように夢中で。「うまい、うまい」と、何度も呟きながら、母の記憶を貪るように。 その姿を見て、胸の奥が熱くなり、私の視界も滲んだ。 よかった。 彼を傷つけるのではなく、彼の中にある温かい記憶を、凍りついた時間を溶かすことがで
last update最終更新日 : 2026-02-08
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第113話 再現された味③

「八丁味噌の分量も、卵の配合も、完璧すぎる。……偶然で再現できるレベルじゃない」 彼はナプキンで口元を乱暴に拭うと、静かに問いかけた。「……誰に、教わった」 空気が凍りついた。 華枝様が、興味深そうに私を見ている。 そして、志保さんは――能面のような無表情を貫きながら、カップに口をつけていた。まるで、自分には何の関係もないというように、徹底して気配を消している。 約束。『私が教えたとは、絶対に言わないで』 志保さんの悲痛な願いが、頭の中で警報のように鳴り響く。 もしここで、「志保さんに教わりました」と言えば、どうなる? 湊は感動するだろうか? いいえ。彼はきっと、混乱し、傷つく。 「あの女が母さんの味を盗んだ」「僕を懐柔するために朱里を利用した」と思い込み、志保さんへの憎しみをさらに募らせるだろう。 そして、志保さんと結託して自分を欺いた私をも、「裏切り者」として拒絶するに違いない。 言えない。 絶対に、言えない。「……調べたの」 私は、膝の上で拳を握りしめ、精一杯の笑顔を作って答えた。声が上ずらないように、腹に力を入れる。「ネットでね、色々なレシピを検索したの。『懐かしい味』とか『隠し味』とか……。そしたら、ある料理ブログに、『味噌を入れるとコクが出る』って書いてあって。……試してみたら、すごく美味しかったから」 苦しい。 あまりにも苦しい言い訳だ。 湊のような鋭い人が、こんな子供騙しの嘘を信じるはずがない。 案の定、湊の目が揺らぎ、失望の色が濃くなる。「……ネットだと?」「うん。……たまたまよ。奇跡みたいな偶然ね」「……奇跡、か」 湊は、力なく口の端を歪めた。 その笑顔は、ひどく儚く、そして傷ついているように見えた。
last update最終更新日 : 2026-02-09
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第114話 再現された味④

 彼は私の顎を離し、苦しげに自分の胸を押さえた。「……誰だ。誰が、お前にこれを教えた」 彼の視線が、部屋の中を彷徨う。 そして、一点で止まった。 静かに紅茶を飲んでいる、志保さんに。「……まさか」 湊の声が、凍りついたように低くなる。「……あんたか?」 志保さんは、ゆっくりとカップをソーサーに戻した。 その所作には、一切の乱れがなかった。「……何のお話でしょう?」「惚けるな! この味を知っているのは、母さんと僕……そして、当時台所に立っていた使用人か、あるいは……」 湊は、志保さんを見つめた。 憎悪ではない。それは、「信じたくない」という拒絶と恐怖の色だった。「……母さんの真似事をして、僕の機嫌を取ろうとした『あの女』だけだ」 志保さんは、眉一つ動かさなかった。 冷ややかな目で湊を見返し、淡々と言った。「……被害妄想も甚だしいですね。私があなたのために、料理などするはずがありませんでしょう? ……ましてや、お姉様の味など、とうに忘れましたわ」 嘘だ。 あんなに大切に、ボロボロになるまでノートを持っていたのに。 志保さんは、自ら悪役になって、私を庇ってくれているのだ。「……そうだな。あんたごときに、作れるはずがない」 湊は力なく呟き、再び私に向き直った。 その目は、怒りでも憎しみでもなかった。 すべてを諦めたような、虚無の色だった。「……朱里。お前は、誰の味方だ?」「……え?」「僕の味方だと言ったな。……なら、なぜ隠す? なぜ、僕を欺く?」「欺いてなんて…&he
last update最終更新日 : 2026-02-09
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第115話 冷徹な制裁①

 冷えきったオムライスの残りを流し込んだ胃袋が、異物を受け入れたように重く沈んでいる。 キッチンに立ち、スポンジで皿を擦る。水の冷たさが、熱を持った眼球の奥と、脈打つこめかみに心地よかった。 カチャ、と陶器がシンクに当たる乾いた音だけが、広すぎるリビングに吸い込まれていく。 華枝様と志保さんは、逃げるように帰ってしまった。 去り際の華枝様の、同情とも落胆ともつかない視線が脳裏にこびりついて離れない。志保さんは最後まで私と目を合わせようとしなかった。ただ、玄関の扉が閉まる直前、その唇がごめんなさい、と動いたように見えたのは、私の罪悪感が見せた幻だったのかもしれない。 蛇口を閉め、ふきんで水気を拭う。 指先が、小刻みに震えていた。(……行かなきゃ) 湊のいる寝室へ。 このまま朝までソファで丸まっていたい誘惑に駆られるけれど、それは許されない気がした。彼を傷つけ、あんなにも悲しい顔をさせたのは私だ。どれだけ冷たくあしらわれようと、背中を向けるわけにはいかない。 足を引きずるようにして寝室のドアノブに手をかける。金属の冷たさが、掌から心臓まで一気に這い上がってくる。 肺の空気をすべて入れ替えるつもりで深呼吸をし、ノブを回した。 部屋の中は、粘度の高い闇に沈んでいた。 遮光カーテンが外界の光を完全に遮断している。目が慣れるのを待つと、キングサイズのベッドの端に、背中を向けて横たわる男の輪郭が浮かび上がった。「……湊」 恐る恐る呼びかけるが、闇は沈黙を返すだけだ。 規則正しい寝息は聞こえない。起きている。 忍び足でベッドに近づき、反対側からシーツの下へと身体を滑り込ませた。 ひやりとしたシーツの感触が、肌に粟を生ませる。 いつもなら、私が潜り込んだ瞬間に太い腕が伸びてきて、逃がさないとでも言うように抱きすくめられ、高い体温に包まれるはずだった。 けれど今の彼は、分厚い氷の壁を背中に纏っているようで、指先ひとつ触れることさえ躊躇われる。「……ご
last update最終更新日 : 2026-02-09
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第116話 冷徹な制裁②

「……っ」「僕を喜ばせるためだと言ったな。……なら、隠す必要はないはずだ。ネットで見つけたレシピなら、そう言えばいい。……なぜ、僕の目を見て話さなかった」 的確すぎる指摘が、喉元に切っ先を突きつけられたように息を詰まらせる。 彼は気づいている。 私が何か致命的な隠し事をしていると。そしてそれが、彼にとって許しがたい裏切りに繋がっていることを、本能で嗅ぎ取っている。「……それは」 言えない。 志保さんに教わったからです、なんて口が裂けても。 それを言えば、彼は救われるかもしれない。母の味は失われていなかった、憎んでいた継母が守ってくれていたのだと知れば。 けれど同時に、彼を支えてきた足場は崩れ去るだろう。二十年間、生きる糧にしてきた憎しみが間違いだったと知らされ、しかもそれを今まで隠されていたことに傷つき、二度と立ち上がれなくなるかもしれない。 志保さんの言葉が蘇る。『あの子にはまだ、敵が必要なのです』。 唇を強く噛む。鉄の味が口内に広がった。「……サプライズにしたかったから。あなたを驚かせたくて、必死で練習したから……種明かしをするのが、恥ずかしくて」 苦しい。 言葉を重ねるたびに、胸の奥で何かが軋んで壊れていく音がする。「……そうか」 湊の声が、ふっと遠ざかった気がした。 スプリングが軋み、彼が寝返りを打つ気配がする。こちらを向いたのだ。 暗がりで表情は見えない。けれど、その瞳が傷ついた獣のように弱々しく、揺れているのを感じて、胸が痛んだ。「お前は……まだ、嘘をつくんだな」「え……?」「僕のために嘘をついているつもりか? ……それとも、僕には言えないような相手と繋がっているのか」「違う! そんなことない!」 たま
last update最終更新日 : 2026-02-09
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第117話 冷徹な制裁③

 彼は私のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。 その吐息は熱く、そしてひどく頼りなかった。 母の味を知ってしまったことで、彼の心の防壁は脆く崩れ去っているのだ。 誰かを信じたい。でも信じられない。 その矛盾の中で、彼は私という温もりにしがみつくことしかできない。「……行かないよ。ここにいる」 私は彼の背中に腕を回した。 彼の震えが、私の身体に伝わってくる。 この夜、私たちは言葉を交わさなかった。 ただ、互いに傷つけ合いながらも離れられない共依存のように、朝が来るまで強く抱きしめ合っていた。 ◇ 翌朝、目が覚めると、隣のスペースは抜け殻になっていた。 手を触れると、シーツは芯まで冷え切っている。彼が起きてから、随分時間が経っているらしい。 鉛を詰め込まれたように重い身体を引きずってリビングへ行くと、湊はすでに身支度を整え、ソファでタブレットに視線を落としていた。 完璧にプレスされたスーツ。隙のないヘアスタイル。 いつもの「若き帝王」の姿だ。 けれど、その顔色は蒼白で、目の下には濃いクマが刻まれている。「……おはよう」 声をかけると、彼はタブレットを操作する指を止め、ゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、凍てつく冬の湖面のように静かで、底知れず暗い。 そして、何かに怯えるように揺れていた。「……コーヒーを」 それだけ言うと、彼はまた視線を落とした。 私は黙ってキッチンへ立ち、コーヒーメーカーをセットした。 豆を挽く音、お湯が落ちる音。 いつもなら、この香ばしい香りに包まれながら、彼が後ろから抱きついてきて、「いい匂いだ」と首筋にキスをしてくれたのに。 今は、換気扇の回る低い音さえもが、耳障りに響く。 カップをローテーブルに置くと、彼は礼も言わずにそれを口へ運んだ。 カップを持つ手が、微かに震えているのを見てしまった。「…
last update最終更新日 : 2026-02-10
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第118話 冷徹な制裁④

「僕がオーナーだ。人事はどうにでもなる」 彼は懐からスマートフォンを取り出し、どこかへ発信した。「……ああ、僕だ。……茅野だが、体調不良のため当面の間休職させる。……引き継ぎ? 必要ない。すべての案件を他のプランナーに割り振れ。……ああ、そうだ。彼女の私物もすべてまとめて、自宅へ送るように手配しろ」「ちょっと待って! 何勝手なこと言ってるの!?」 私は慌てて彼のスマホを奪おうと手を伸ばしたが、彼は座ったまま軽々とそれを避け、淡々と通話を続けた。「……ああ、それと。彼女の社用携帯とPCのアカウントは停止しておけ。……以上だ」 通話が切れる。 私は呆然と立ち尽くした。指先から血の気が引いていく。 休職? アカウント停止? 私の仕事を、私の居場所を、彼はたった一本の電話で奪ってしまったのだ。「……どういうつもり?」 震える声が唇から漏れた。「私の仕事を……何だと思ってるの?」「仕事?」 湊は立ち上がり、私を見下ろした。 その表情は、怒りというよりも、切羽詰まった男のそれだった。「そんなもの……外に出る理由にはならない」「理由って……」「お前は……昨日、僕を欺いた」「……っ」「GPSを外し、嘘をついて外出し……そして、得体の知れない『何か』を持ち込んだ。……それが何を意味するか、わかるか?」 彼は一歩、私に近づく。 その瞳には、狂気じみた不安が渦巻いていた。「僕の目の届かない場所で、お前が誰と会っているかわからない。……また僕を騙すかもしれない。僕の知らないところで、僕を傷つける準備を
last update最終更新日 : 2026-02-10
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第119話 冷徹な制裁⑤

 やはり、彼は疑っているのだ。私が征司と繋がっているのではないかと。 すべてが、彼の疑心暗鬼を加速させている。「湊、お願い。……話を聞いて。私はただ……」「聞きたくない!」 湊は耳を塞ぐように首を振った。「信じていたんだ……! お前だけは……朱里、お前だけは、僕の味方だと信じていたのに……!」 彼の顔が歪む。 それは、迷子になった子供のような、泣き出しそうな顔だった。 傷ついて、血を流して、それでも強がって虚勢を張っている、痛々しい姿。「……もう、失いたくない」 彼は、すがりつくように言った。「お前を信じて自由にさせて……その結果、お前がいなくなったら、僕は生きていけない。……それなら、恨まれてもいい。閉じ込めてでも、僕の見える場所に置いておく」 彼は私の手から、私用のスマートフォンをもぎ取った。 そして、それを自分のポケットに乱雑に押し込むと、逃げるように玄関へと向かった。「待って、湊! 行かないで!」 私は彼の背中を追いかけた。 でも、彼は一度も振り返らなかった。「……夜には戻る。……大人しくしていろ」 バタン。 重厚な玄関ドアが閉まる音が、牢獄の錠が下ろされる音のように響いた。 ガチャリ、と外から電子ロックがかかる音が続く。 私はドアノブに手をかけ、回した。 開かない。 当然だ。ここは最新のセキュリティシステムで守られた要塞。内側からも、認証がなければ開かない設定に切り替えられたのだ。「……嘘でしょ」 私はドアに背中を預け、ずるずるとその場に座り込んだ。 膝を抱え、顔を埋める。 監禁。 本当に、閉じ込められてしまった。
last update最終更新日 : 2026-02-10
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第120話 麗華の挑発①

 それからの数日は、水底に沈んだような静けさの中で過ぎていった。 カチ、コチ、とリビングの壁掛け時計が時を刻む音だけが、やけに大きく響く。 日付が変わる頃、玄関のロックが解除される電子音が鳴り、湊が帰ってくる。彼は私と視線を合わせようともせず、ただ義務のように用意された惣菜を口にし、シャワーを浴び、ベッドに入れば背中を向けて眠る。 そして朝が来れば、ネクタイを締め、また無言で出て行く。 その繰り返しだ。 私は埃ひとつないフローリングをワイパーで磨いたり、読み飽きた本のページをめくったりして時間を潰そうとするけれど、気づけば窓の外をぼんやりと眺めている時間の方が長かった。 スマホを取り上げられた生活では、時間の感覚が砂のように指の間からこぼれ落ちていく。 テレビをつければニュースキャスターが明るい声で世の中の出来事を伝えているけれど、ここだけが世界から切り離された真空パックの中にあるようで、すぐに消してしまう。 食事は、湊が帰りに買ってくるデリカテッセンの紙袋や、ホテルのスタッフが恭しく運んでくるワゴンだけが頼りだ。 気まぐれにキッチンに立とうとした時、彼は汚らわしいものを見るように眉をひそめた。「……料理はするな」 短く吐き捨てられた言葉。あのオムライスの味を、二度と思い出したくないのだろう。 鏡に映る自分の顔は、日に日に輪郭が薄くなっている気がした。 食欲が湧かないせいもある。けれどそれ以上に、胸の奥にある泉が干上がり、ひび割れていくような乾きを感じていた。 一度は甘やかされ、愛される熱さを知ってしまった肌には、この放置プレイのような冷たさが、ナイフで薄皮を削がれるように痛い。「……朱里」 ある夜、暗闇に沈んだ寝室で、背中越しに湊が呟いた。 久しぶりに鼓膜を震わせた、私の名前。「……はい」「……辛いか」「……ええ。辛いよ」 シーツを握りしめ、私は正直に答えた。 
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