四つの皿がテーブルに置かれると、立ち上る湯気が、張り詰めた空気をわずかに白く滲ませた。 鼻孔をくすぐるのは、熱せられたバターと卵の甘い香り。そして、焦がしたデミグラスソースの奥から漂う、ふくよかで芳醇な匂い。 それは、生活感の一切を排除したモデルルームのようなこの部屋には、あまりにも不釣り合いなものだった。どこか懐かしく、胸の奥をキュッと締め付けるような「家庭」の匂いが、冷たいリビングを侵食していく。「……オムライス、か」 華枝様が、物珍しそうに皿を覗き込んだ。 その声に咎めるような響きはない。むしろ、格式張ったフレンチか懐石でも出てくると思っていたところに、予想外の球を投げ込まれたような、純粋な驚きが混じっていた。「はい。……お誕生日といえば、やっぱりこれかなと思いまして」 私は努めて声を張り、湊の前にカトラリーを並べた。 湊は動かない。 まるで金縛りにでもあったかのように、目の前の皿をじっと見つめたまま、指一本動かそうとしなかった。 横顔から、さっと血の気が引いていくのが分かる。「……湊?」 心配になって名を呼ぶと、彼は弾かれたように顔を上げ、私を見た。 その瞳が、小刻みに揺れている。 怒っているのだろうか。それとも、こんな庶民的な料理など見たくもないという嫌悪か。 いや、違う。 それは、信じられないものを見るような、それでいて何かにすがりつくような、迷子の子供の目だった。「……この、匂い」 湊が、掠れた声で呟く。 震える手が、スプーンへと伸びた。 カチャリ、と硬質な音がして、銀色の匙が黄金色の卵に沈む。 半熟の卵がとろりと割れ、中のバターライスと絡み合った。たっぷりのソースをすくい上げ、彼はそれを、恐る恐る口へと運ぶ。 長い、永遠にも思える数秒間。 私は息を止めて、その喉元を見守っていた。 隣に座る志保さんが、テーブルの下で膝の上の手をきつく握り締めている気配
最終更新日 : 2026-02-08 続きを読む