玄関で出迎えたのは、いつもの女中頭だった。 そして、その奥から、氷の上を滑るような音のない足取りで現れた人物。 継母、九龍志保。「……おかえりなさいませ、湊様。茅野様」 感情の読めない能面のような表情。 けれど、その視線が私に向けられた時、一瞬だけピクリと眉が動いた気がした。 以前のような、蔑むような冷たさではない。けれど、決して歓迎もしていない、何かを探るような深い色の目。「華枝様がお待ちです。……書斎へ」「ああ」 湊は志保を一瞥もせず、吐き捨てるように言うと、私を連れて奥へと進もうとした。 その時だ。「……湊様」 志保が、背後から声をかけた。「昨夜のパーティーの件……。あの機転は見事でしたわ」 予想外の言葉に、湊も私も足を止めた。 振り返ると、志保は真っ直ぐにこちらを見ていた。いや、正確には私を見ていた。「料理が出せないという失態を、あのような演出で覆すとは。……九龍家の嫁として、恥ずかしくない振る舞いでした」 それは、彼女なりの最大限の賛辞なのだろうか。 あのプライドの高い彼女が、私の行動を認めた。 私は驚きで目を見開いたが、湊の反応は冷淡だった。「……朱里の実力だ。アンタに評価されるまでもない」「……そうですか」 志保はふいと視線を逸らし、また能面に戻った。 その横顔に、ふと影が差したように見えたのは気のせいだろうか。 どこか、疲れ切った人のような色が濃い。「行くぞ、朱里」 湊に背中を押され、私は歩き出した。 すれ違いざま、志保さんから漂ってきた香りが鼻をかすめた。 いつも焚き染めている高価な白檀の香りに混じって、微かに香る……湿った土と、青臭い植物の匂い。(…&hellip
最終更新日 : 2026-01-31 続きを読む