復讐のために彼をレンタルしたら、まさかのCEOに溺愛契約で雇われました のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

131 チャプター

第71話 従兄弟・征司の接近④

 征司の声は、とろけるような同情に満ちていた。 まるで、雨に濡れた捨て犬を慰めるような、優しい響き。 昨日の湊の怒声が蘇り、ふいに目頭が熱くなる。 誰にも言えなかった。誰にも分かってもらえないと思っていた孤独。 それを、この男はすべて知っている。「僕なら、女の子にそんな顔はさせないけどな」 征司の手が、ついに私の頬に触れた。 湊の手よりも少し温度が低く、乾いた指先。それが、涙を拭うように優しく頬を撫でる。「僕のほうが、君を幸せにできるよ」 甘い毒のような囁き。 心が、ぐらりと揺れた。 弱っている心に、その優しさはあまりにも深く染み込みすぎる。 湊は私を拒絶した。仕事上のパートナーでしかないと突き放した。 でも、この人は――。「……随分と仲が良さそうだな」 その瞬間、テラスの空気が凍りついた。 氷点下の風が吹き荒れたかのような、肌を刺す殺気。 征司の手がピタリと止まり、私も弾かれたように振り返った。 テラスの入り口に、湊が立っていた。 逆光で表情は見えない。 けれど、その立ち姿から滲み出るどす黒い感情が、周囲の空間そのものを歪めているように見えた。「……やあ、湊兄さん。お疲れ様」 征司は悪びれる様子もなく、私の頬からゆっくりと、名残惜しそうに手を離した。その動作一つひとつが、わざとらしく湊を挑発している。「朱里ちゃんが疲れてそうだったから、労わってあげてたんだよ。……大切な婚約者を放っておいて仕事ばかりなんて、感心しないなぁ」「……僕の婚約者に、気安く触るな」 湊が一歩、踏み出した。 カツン、という硬質な革靴の音が、まるで銃声のように響く。「汚れる」 吐き捨てられた一言に、征司の張り付けたような笑顔が凍りついた。「……相変わらず、潔癖だねぇ」「消えろ、征司。&hellip
last update最終更新日 : 2026-01-28
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第72話 従兄弟・征司の接近⑤

 私は反射的に身を縮こまらせた。「ご、ごめんなさい。足が痛くて、少し休んでいただけなの。そしたら、彼が来て……」「……触らせたのか」「え?」「あいつに。……肌を」 湊の顔を見て、私は言葉を失った。 怒っている。たしかに怒っている。 でも、その瞳の色は、いつもの冷徹な「ビジネス上の怒り」ではなかった。 もっとドロドロとした、暗く、濁った色。 嫉妬。 そう呼ぶにはあまりにも激しく、独占欲と呼ぶにはあまりにも悲痛な光が揺らめいている。「……触らせたのかと聞いている!!」 湊が私の腕を掴んだ。 痛い。昨日、温室で掴まれたのと同じ場所。 でも、今の彼は、あの時よりもずっと焦燥に駆られているように見えた。「ち、違う……! 転びそうになったのを支えてもらっただけで……」「頬を触られていただろう! 見ていたんだぞ!」 彼は私の頬――さっき征司が触れた場所を、親指で乱暴に擦った。 まるで、他の男の痕跡を削ぎ落とそうとするかのように。 ゴシゴシと擦られる摩擦熱が、皮膚を焼き尽くしそうだ。「痛い……っ、やめて、湊!」「なぜ抵抗しなかった。なぜ振り払わなかった!」「だって……彼は優しくしてくれたから……! 氷をくれて、心配してくれて……!」 言ってしまってから、しまったと思った。 その言葉が、湊の中にある何か危険なスイッチを押してしまったのがわかった。「……優しく?」 湊の手が止まった。 彼の瞳から、すうっと光が消える。「そうか。……あいつは優しいか。僕と違って」 自嘲するような、凍えるような響き。「
last update最終更新日 : 2026-01-29
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第73話 従兄弟・征司の接近⑥

 帰りの車内は、行きとは違う質の沈黙に満ちていた。 運転席との仕切り(パーテーション)が上げられ、後部座席は完全な密室となっている。 湊は私を抱き寄せることもなく、けれど私の手首だけは絶対に離そうとしなかった。 自分の太腿の上に私の手を固定し、親指で何度も、何度も、脈打つ血管の上をなぞっている。 その執拗な指の動きが、彼の不安定な心を雄弁に物語っていた。 マンションのエレベーターを降り、玄関のドアが閉まった瞬間だった。 ドンッ! 私は壁に押し付けられた。 靴を脱ぐ暇さえなかった。 湊の重たい身体が、覆いかぶさるように密着する。「……み、なと……?」「消毒だ」 呟くような声と共に、彼の唇が私の頬――征司が触れた場所に押し付けられた。 キスではない。噛み付くような、所有の印を刻み込むような痛み。「っ……!」「ここも、触られたか? ここは?」 彼の唇が、頬から首筋へ、そして肩へと熱く移動していく。 火傷しそうなほど熱い。 パーティーで見せていたあの冷静な仮面はどこへ行ったのか。 今の彼は、嫉妬と独占欲に理性を焼かれ、ただ本能のままに獲物を追い詰める獣そのものだった。「湊、待って……! こんなの、契約にないわ……!」 私は必死に声を絞り出した。 『業務外の私的接触は禁止』。 自分で決めたはずのルールを、彼自身が破ろうとしている。「契約?」 湊は顔を上げ、私を睨みつけた。 その瞳は、情欲と怒りで揺らめき、濡れている。「そんな紙切れ一枚で、僕の感情を縛れると思うな」 彼は私のドレスのファスナーに手をかけた。 ジジ、と布が擦れる音がして、背中が大きく開かれる。 冷たい空気に晒された肌を、彼の熱い掌が這い回る。 その温度差に、背筋がゾクリと震えた。「お前は僕のも
last update最終更新日 : 2026-01-29
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第74話 嫉妬と契約①

 リビングのフローリングには、ミッドナイトブルーのドレスが脱ぎ捨てられ、海に沈んだ抜け殻のように頼りなく横たわっていた。  大きな窓の向こうには、宝石箱をひっくり返したような東京の夜景が広がっている。けれど今の私には、そんな煌びやかな景色など目に入らない。  視界のすべてを塞いでいるのは、目の前にいる男――九龍湊の瞳だけだ。そこには、暗く濁った炎が揺らめいている。 「……っ、湊……痛い、よ……」  冷たい床に背中を押し付けられ、私は小さな悲鳴を上げた。  湊は私の両手首を片手で軽々と頭上に押さえ込み、もう片方の手で、顎を強引に上向かせる。  至近距離にある彼の顔からは、パーティー会場で見せていたあの完璧な「CEOの仮面」が剥がれ落ちていた。あるのは、嫉妬と独占欲に理性を焼かれ、余裕をなくした一人の男の素顔だけ。 「痛いか?」  腹の底に響くような低い声。  彼は私の顎を掴む指に、じわりと力を込めた。 「征司に触れられた時、お前は痛みを感じたか? ……いや、感じなかっただろうな。あいつは優しく、甘く、女の扱いに慣れている」 「……っ、だから、あれは……!」 「喋らなくていい」  私の弁解は、熱を持った唇によって強引に塞がれた。  甘さなど微塵もない。それはまるで、私の口から他の男の名前が出ないようにするための罰のようだった。  舌がこじ開けられ、内側を荒らされる。息ができない。酸素を求めてあえぐ私の声を、彼は逃さないようにすべて飲み込んでいく。  怖い。  頭のどこかで警報が鳴り響いているのに、身体の奥底では、痺れるような熱が渦を巻いて立ち上っていた。  彼のこの激しい怒りが、私に向けられた執着の裏返しだと分かってしまっているからだ。  あの温室で拒絶されてから、私たちの間にはずっと見えない壁があった。冷たく、分厚い氷の壁が。  それが今、歪んだ形ではあるけれど、確かな熱を持って私に触れている。  乱暴な痛みすらも、私の空虚だった心を埋めていくようだった。 「……は、ぁ……ッ!」  唇が離れると、銀色の糸が引き、すぐに切れた。
last update最終更新日 : 2026-01-30
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第75話 嫉妬と契約②

 露わになった肌が、冷房の風に晒されて粟立つ。けれどすぐに、彼のごつごつとした手のひらがその冷たさを塗りつぶすように這い回った。「他の男に隙を見せ、安っぽい優しさに絆され……僕をここまで苛立たせた」 湊の手が、私の胸を強く掴む。 愛撫というにはあまりに乱雑で、けれど、指先から伝わってくるのは、彼自身の微かな震えだった。 怒っているだけじゃない。 怯えているのだ。 大切なものを、また奪われるのではないかと。 その震えが、私の胸をきゅっと締め付ける。「……湊」 私は、自由になっている足で、彼の腰に絡みついた。 彼の動きが一瞬、ぴたりと止まる。「……私は、どこにも行かない」 逃げるのではなく、受け入れるように。彼の瞳をまっすぐに見つめて、私は言った。 契約だからじゃない。300万という報酬のためでもない。 この、不器用で傷だらけの男を、一人にしたくないからだ。「征司さんがどんなに優しくても……私の婚約者は、あなただけだから」 その言葉が、彼の理性の最後のタガを外したようだった。 湊の瞳孔が開き、暗い色がさらに深まる。「……口だけなら、なんとでも言える」 彼は私を軽々と抱き上げると、寝室へと大股で歩き出した。 世界が反転し、私は彼の腕の中で揺られる。 鼻先を掠めるのは、彼の体臭と香水の混じった匂い。その男らしい香りが、私の理性を甘く溶かしていく。 キングサイズのベッドに放り出されると、沈み込む間もなく彼が覆いかぶさってきた。 スーツの上着はすでに床へ脱ぎ捨てられ、シャツのボタンも引きちぎられるように外されている。 剥き出しになった彼の熱い胸板が、私の胸に押し付けられた。 ドクン、ドクンと、互いの心臓の音がうるさいほどに重なり合う。「身体で証明しろ。……お前が、僕だけのものだと」 湊の手
last update最終更新日 : 2026-01-30
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第76話 嫉妬と契約③

 それは、愛し合うというにはあまりにも一方的で、けれど蹂躙と呼ぶにはあまりにも互いの求めているものが合致した、奇妙な交わりだった。 湊は、私の中にある「他の男の気配」を徹底的に排除しようとしていた。 私の視界を自分の顔だけで埋め尽くし、私の声を自分の名前だけで染め上げようとする。 何度も何度も、限界を超えて求められる。 波のように押し寄せる感覚に、私は自分の輪郭が溶けていくのを感じた。 自分が誰なのか、ここがどこなのかも曖昧になる。 ただ、目の前の男の熱だけが真実だった。「……朱里、こっちを見ろ」 彼が、私の腰を強く掴み、逃げ場を塞ぐように身体を押し付けてくる。 その全身から発せられる高熱と、痛いほどの力が、彼の余裕のなさを物語っていた。 言葉でどれだけ否定しても、不安でたまらないのだ。私がふっと消えてしまうのではないかと。 そんな彼の、傷ついた獣のような怯えを感じ取った瞬間、私の胸の奥からどうしようもない愛おしさが込み上げてきた。 スマートなエスコートなんていらない。 私は、この不器用で、必死な熱だけが欲しい。「……湊」 私は汗ばんだ彼の首に腕を回し、熱に潤んだ瞳で彼を見つめ返した。「……欲しいの。私を、全部あなたのものにして」 私は、彼にすがるようにそう求めていた。 身体だけでなく、心まで彼に委ねるように。 その言葉を聞いた瞬間、湊の表情がくしゃりと歪んだ。 まるで、迷子が親を見つけた時のような、泣き出しそうな顔で。「……ああ、朱里……!」 彼が一気に、最奥まで貫いた。「あ……ッ、んぁあッ!」 身体が裂けるような衝撃と、それを上回る充足感。 空っぽだった私の器が、彼の熱で満たされていく。 痛い。苦しい。でも、嬉しい。 彼と繋がっている。 契約書の文字じゃない。言
last update最終更新日 : 2026-01-30
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第77話 嫉妬と契約④

 嵐が過ぎ去ったあとの寝室は、重苦しい静寂に包まれていた。 乱れたシーツ。床に散らばった衣服。 そして、冷房の風音だけが微かに聞こえる。 湊は、私の上に覆いかぶさったまま、動かなかった。 彼の重みが、心地よい重石となって私をベッドに縫い止めている。 彼の呼吸は、まだ少し荒いけれど、先ほどまでの激情は嘘のように引いていた。 私は、そっと彼の手を取った。 汗ばんだ、大きな手。 指を絡ませると、彼が弱々しく握り返してくる。「……足」 彼の胸元から、くぐもった声が聞こえた。「え?」「……足、痛かったんだろう」 湊がのろのろと顔を上げた。 汗に濡れた前髪が額に張り付いている。その瞳は、憑き物が落ちたように穏やかで、そしてどこかバツが悪そうだった。「征司が……氷を持ってきたのは、お前の足が痛そうだったからだと言っていた」「……うん。ヒールで走り回ったから、少し」「……気づかなかった」 湊は、悔しそうに唇を噛んだ。「僕は、お前を『装飾品』として立たせることばかり考えて……お前が痛みを感じていることに、気づかなかった」 彼の視線が、私の足首に向けられた。 そこにはまだ、征司に借りたハンカチで冷やした痕跡は残っていないけれど、彼の目には痛々しいものとして映っているのかもしれない。 彼の指先が、そっと私の足首に触れる。熱を持った手が、じんじんとする患部を撫でるように包み込んだ。「……ごめん」 小さな、消え入りそうな謝罪。 あの傲慢なCEOの口から出たとは信じがたい言葉に、私は目を見開いた。「……あいつの言う通りだ。僕は、近くにいる人間を傷つけることしかできない」 湊は私から身を離し、ベッドの端に腰掛けた。 その背中は、世界中の孤独
last update最終更新日 : 2026-01-30
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第78話 嫉妬と契約⑤

「……お前は、物好きだな」 湊が苦笑する気配が背中越しに伝わってきた。「征司の方が、ずっとスマートで、優しいぞ。……あっちに行けば、お姫様のように扱ってもらえる」「お姫様なんて柄じゃないもの。……私は、泥だらけになって働くのが好きなの」 私は彼のお腹の前で手を組んで、ぎゅっと力を込めた。「それに……私は知ってるよ。あなたが、本当は優しいってこと」「……買いかぶりだ」「ううん。……最初の夜、私のためにドレスを用意してくれた。……温室のバラを守ろうとして怒ったのも、お母様への愛があったからでしょ? ……それに今だって、私の足を気にしてくれてる」 不器用な優しさ。 分かりにくいし、痛みを伴うこともあるけれど、そこには確かに体温がある。「私は、表面だけの優しさより、あなたのその不器用な体温の方が好きよ」 好き。 言ってしまった。 契約上の「婚約者」としてのセリフではない。 茅野朱里としての、本心からの言葉。 湊はしばらく無言だった。 部屋の時計の秒針だけが、チクタクと時を刻んでいく。 やがて、彼は私の腕に自分の手を重ねた。 そして、ゆっくりと私の方へ向き直った。 月明かりに照らされた彼の顔は、穏やかで、そして真剣だった。「……朱里」 彼は私の頬に手を添えた。 今度は、傷つけるためでも、所有印をつけるためでもなく、壊れ物を扱うように優しく。「契約書を、書き換える」「え……?」「『業務外の私的接触禁止』……あの条項は、撤回する」 心臓が跳ねた。 それは、どういう意味?「これからは……業務外でも、僕のそばにいろ」
last update最終更新日 : 2026-01-30
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第79話 継母の秘密①

 厚手のカーテンの隙間から滲み出した朝の光が、宙を舞う微細な塵を照らし出している。 重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、視界はまだ白くぼやけていた。けれど、背中に感じる確かな重みと、全身を包み込む高い体温が、ここが夢の続きではないことを雄弁に物語っていた。「……ん」 寝返りを打とうとして身じろぎすると、腰に回された腕がぐっと強く、逃さないとでも言うように私を引き寄せた。 背中が、硬く広い胸板に隙間なく密着する。耳元には、深く安らかな寝息のリズム。 振り返らなくてもわかる。湊だ。 昨夜、あれほど激しく私を求め、嵐のように感情をぶつけてきた男が、今はまるで憑き物が落ちたように穏やかに眠っている。 昨日のことは、夢じゃなかったんだ。 業務外の接触禁止という、あの冷たい取り決めが撤回されたこと。 そして、互いの孤独を埋めるように肌を重ね、長く熱い夜を過ごしたこと。 身体の節々が、心地よい気だるさを訴えている。特に、何度も指が這い、唇が触れた肌のあちこちには、彼が刻み込んだ熱の名残が、じんわりと疼くように残っていた。 首筋に、彼の唇が触れているのを感じる。 彼はまだ深い眠りの中にいるはずなのに、私の匂いを確かめるように、無意識に鼻先を擦り付けてくるのだ。その、どこか子供じみた仕草に、胸の奥がきゅっと音を立てて締め付けられる。 あんなに冷徹で、傲慢で、完璧に見えるCEO。 けれどその本質は、傷つくことを恐れて威嚇する、ひどく寂しがり屋な子供のままだ。 従兄弟の征司さんの優しさに私が靡(なび)くのではないかと怯え、なりふり構わず私を閉じ込めようとした彼。 その不器用すぎる執着が、今はどうしようもなく愛おしい。「……湊」 空気が揺れるほどの小さな声で名前を呼び、腕の中でそっと彼の方へ向き直る。 鼻先が触れそうな距離に、彼の寝顔があった。 長い睫毛が頬に濃い影を落としている。いつも刻まれている眉間の皺は消え、普段の張り詰めた表情からは想像もできないほど、その顔立ちは穏やかだった。
last update最終更新日 : 2026-01-31
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第80話 継母の秘密②

 触れていた湊の筋肉が、一瞬強張ったのがわかった。「本邸……?」「ああ。昨日のパーティーの報告と、今後の……征司への対策を含めて、華枝と話す必要がある」 彼の声から、先ほどまでのまどろんだ甘さが消え、いつもの「戦う男」の響きが戻ってくる。「お前も連れて行く。……ひと時も離したくない」「……うん、わかった」 私は彼の胸に顔を埋め、小さく頷いた。 本邸。 あの、冷たい空気が澱む場所。 そして、私が彼の逆鱗に触れてしまった、あの温室がある場所。 正直、足がすくむ。 またあの志保さんの、氷のように冷たい視線に晒されるのかと思うと、胃のあたりに鉛を詰め込まれたように重くなる。 けれど、今の私は一人じゃない。 湊もまた、私を必要としてくれている。 なら、どこへだってついて行く。それが、同じ痛みを分かち合うと決めた私の役目だもの。「……シャワー、浴びるぞ」「えっ、一人で……」「一緒だ」 湊は有無を言わせず私を抱き上げると、広いバスルームへと歩き出した。 窓の外の東京は、昨夜の雨が嘘のように晴れ渡っていたけれど、私たちの行く先にはまだ、分厚い雲が垂れ込めているような予感がした。 ◇ 九龍家の本邸に到着したのは、太陽が真上に昇る少し前のことだった。 重厚な門をくぐり、綺麗に掃き清められた砂利道を進む車のタイヤ音が、静寂な敷地内に不釣り合いなほど大きく響き渡る。 車寄せに降り立つと、やはり空気が違う。 都心のタワーマンションとは違う、歴史と因縁が染み付いた、湿り気を帯びた重い空気。古びた木材と苔の匂いが混じり合い、肌にまとわりつくようだ。「……顔色が悪いぞ」 湊が私の腰に手を添え、心配そうに覗き込んできた。「大丈夫。……ちょっと、緊張
last update最終更新日 : 2026-01-31
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