彼は書斎で仕事を片づけていた。心愛の咳き込む声を煩わしく感じ、葵に命じて、冷たい水を一杯と解熱剤を二錠だけ届けさせたのだ。あの時、今の静香のように彼女の手を握り、顔を拭ってくれる人がいただろうか。悠花のように、たとえくだらない笑い話でも、心愛を笑わせようとしてくれる人がいただろうか。いなかった。心愛はたった一人で、暗闇の中、果てしなく長い夜を耐え抜いていたのだ。今さら、あの部屋へ足を踏み入れるために、どんな言い訳ができるというのか。遅すぎた後悔か。それとも、自己救済を求める、浅ましい罪悪感か。貴臣の指先から、少しずつ力が抜けていく。手はゆっくりとドアノブから離れた。掌に残った汗の跡だけが、金属の表面に滲み、そしてすぐに消えていく。まるで彼自身が、心愛の人生から跡形もなく退場していくかのように。立ち去りたくはなかった。だが、中へ入る勇気もなかった。貴臣は彫像のように入口に立ち尽くしたまま、他人の深い愛情に包まれて笑う室内の女性を、飢えるような眼差しで見つめ続けていた。それはかつて自分が手にしていながら、自らの手で粉々に砕いてしまった宝物だった。その時、廊下の向こうから、軽快で遠慮のない足音が響いてきた。革靴が床を打つリズムは妙に小気味よく、そこに調子外れの口笛まで混じっている。貴臣は振り返らなかった。この状況で、暁以外に誰がこんなにも堂々とこの廊下を歩けるというのか。だが、その足音は彼の背後でぴたりと止まった。冷気を孕んだシベリアの香り。そこへ高級なメンズ香水の匂いが混ざり合う。「おや、桐生さんじゃないですか」声には露骨な戯れと挑発が滲んでいた。貴臣が勢いよく振り返ると、そこには薄笑いを浮かべた男が立っていた。瑞人だ。彼は見事に包装された大ぶりのフルーツバスケットを提げ、もう片方の腕には空輸されたばかりのシベリアの花束を抱えていた。仕立ての良いキャメルのコートが、その華やかな容姿をさらに際立たせている。この廊下に漂う重苦しい空気などまるで意に介さず、まるで古い友人の見舞いにでも来たかのような気安さだった。瑞人は眉を寄せ、青白く狼狽しきった貴臣の顔を値踏みするように眺め、それから固く閉ざされた病室のドアへ視線を移した。「どうした?桐生さん、門番にでも転職し
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