慎一は、ショートメッセージの一文を読み終えたあとも、スマホを握ったままソファに沈み込んでいた。部屋の中は暖かいはずなのに、体温だけがどこかへ抜け落ちたように寒い。液晶画面はすでに暗転しているのに、視界の中央だけが白く滲んで見える。天ヶ瀬昴の腕に抱かれリムジンへ乗り込む女性の顔は隠されていた。だが「真琴ですよ」と告げられた瞬間、想像は慎一の理性を飛び越え、断片だけで心を完成させてしまう。 どれくらいそうしていただろう。時計の針が進んだ実感も、外を走る車の音も、耳を素通りしていた。 コーヒーはとうに冷め、カップの表面には触れても熱がない。ただ黒い水面だけが残り、まるで慎一の胸の奥を映すようだった。 再びスマホが震え、着信を知らせる。今度は楓の名前が表示されていた。慎一は反射のように通話ボタンを押す。「慎!! 真琴とは連絡ついたの?」 楓の声は、年末の街のざわめきより勢いがある。慎一はカップを見たまま、喉の奥から絞り出すように答えた。「いや……」 それ以上の言葉が出ない。楓の沈黙は一秒も続かず、すぐに「今から出てこい」と続いた。その圧に押されるように慎一は立ち上がり、重力の方向すら見失ったような足取りで家を出た。 向かったのは、いつものイタリアンレストランだった。扉を開けると、店内にはオリーブオイルとバターの香り、焼いたパンの甘い匂い、コーヒー豆の苦味を含んだ空気が層になって漂っている。いつもの窓際の席には、楓の見慣れた背中があった。白いニットの肩が少し強張っている。 慎一が黙って席に着くと、楓は短く言った。「冬真は来ないから」 食事とコーヒーを注文すると、驚くほど早く料理が運ばれてくる。皿がテーブルに触れた音が小さく響いた。「それで?」 楓はコーヒーカップを両手で包み、湯気で口元を隠しながら続ける。慎一は丸めた背中のまま、遠慮がちな声で聞き返した。「それでとは……?」 その姿は、先生に怒られる生徒そのものだった。楓は眉を吊り上げるような顔で問う。「何があったの?」 慎一は、逃げるように言葉を並べた。「何もないよ。昨日、電話で話した通り、結局、真琴には会えてないし、連絡も付かない」 そして自分もカップを持つ。冷たい指先が陶器に触れ、かすかに震えた。楓は慎一の顔を覗き込み、核心へと踏み込む。「この後、どうするの?」 慎一は力なく
Last Updated : 2026-02-09 Read more