神崎芸能の本社ビルは、都心の一等地にそびえるガラス張りの高層ビルだった。 あやめは、週に数回このビルを訪れていた。 表に出ることはないが、何となく手持無沙汰を解消するように仕事をしていて、冬弥の日程調整や文書確認、広報部と連携して戦略の立案など、あやめの仕事は多岐に渡っていた。 「神崎様、次の会議は十時から。その後、広報部長との面談が十一時半。午後は新規プロジェクトの契約締結式がございます」そう告げるのは、冬弥の秘書の一人である水原玲奈。冬弥の指示で、あやめが来るときはあやめの秘書のような立場になっている。 二十七歳、二十五歳のあやめと二歳違いだが、スレンダーな体型に黒のスーツを纏い、知的な眼差しを持つ女性のため水原玲奈はあやめの目にも大人っぽく見えた。水原玲奈の所作には一切の無駄がなく、声のトーンも落ち着いている。 秘書としては申し分ない、あやめはそうは思っている。「水原さん、いつもありがとうございます」あやめが声をかけると、水原は一礼して微笑んだ。「いえ、神崎様のご指示が的確なおかげです」(”神崎様”……ね)水原玲奈は、あやめのことを「神崎様」と呼ぶ。決して「奥様」とは呼ばない。奥様という名称は誰かに付随するものだから、「神崎様」という名称は個を尊重しているとも言える。しかし、”そう”ではないことは、あやめも感じ取っている。---ふと視線を感じてそちらをみると、あやめの目に、会議室のガラス越しに、冬弥と水原玲奈が並んで座っているのが見えた。あやめと目が合うと、水原玲奈は満足気に笑って会釈をする。その行動が冬弥の気を引いたのか、それとも冬弥に気になることがあったのか、冬弥が水原玲奈に話しかける。 何も、不思議な光景ではない。
آخر تحديث : 2026-01-27 اقرأ المزيد