「知る必要があるか?」冬弥の眉間に、うっすらと皺が寄る。「必要だと思っています」あやめはカップを手に取り、視線を落とす。白磁の縁に、薄く残る口紅の跡。真っ白な中に、異質な赤。(……まるで、私たちみたい)混ざりきらない存在。だからこそ――。「互いのことを知っていたほうが、コミュニケーションのストレスは減ると思います」「コミュニケーションは、必要か?」「必要か、ですか……」小さく息をつく。(価値観が違うなら、すり合わせるしかない)それが、これまでの経験から得た答えだった。「冬弥さんは、先ほど“足りないものがあれば言え”と仰いましたよね」「言ったな」「私は冬弥さんと違って、命令するのが苦手なのです」あやめは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。「ですから、冬弥さんの“言え”は、私にとって“お願い”になります」冬弥は黙って聞いている。「私はこれからずっと、冬弥さんに“お願い”をしていくことになるのです」一度、言葉を切る。理解を待つための、間。「……そう、なのか?」理解できない。そんなことを気にする必要がない。そう聞こえる冬弥の声音に、あやめは苦笑する。「人間性の違いです。良し悪しではなく、違うだけ。冬弥さんにとっては“できるかどうか”のようですが、私にできる・できないではなく、“そう”なのです」視線を上げる。まっすぐに、冬弥を見る。「そして私はろくに知らない人に“お願い”をすることが、とても苦手です」静かに、だが逃げずに。「お願いには、見返りが必要になりますからです」その瞬間。冬弥が、ふっと笑った。だがそれは、温度のない笑み。「なるほど。それでコミュニケーションか」探るような視線が、あやめをなぞる。「俺は、“お願い”の見返りを求めるつもりはないが?」その視線の意味を、あやめは理解する。経験則から、容易に察せられるもの。だが――思わず、笑みが零れた。(こういうところも、他の人と変わらないわね)「あいにくですが、そういった行為は求めておりませんわ」きっぱりと、しかし柔らかく。「……求める相手が、他にいると?」「そういう点も含めて話し合うのが、コミュニケーションではありませんか?」にこやかに言いながらも、その言葉は冬弥の逃げ道を塞ぐ。冬弥は、言葉を失った。.しばらくの沈黙。だがそれは、先ほ
Last Updated : 2026-03-31 Read more