All Chapters of 組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~: Chapter 131 - Chapter 140

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36.こたえの手前③

「あとでピザも届きますんで」 リビングダイニングに置かれた大きなテーブルへ、いつもは掛かっていないテーブルクロスが掛けられているのもきっと、佐山の手配によるものだろう。「本当は皆さんがいらっしゃる前に俺の方で全部並べておきたかったんっすけどね、そいつが邪魔するもんで……」 言って、芽生の腕に抱かれたままの殿様へ視線を流す佐山に、芽生と百合香が「あー」と納得した声を出した。 京介に、とりあえずホストとして男性陣と殿様を任せた芽生は、百合香とともに佐山の采配のもと、料理をテーブルへと運んでいく。「これ、ブンブ……さ、やまさんが全部作ったの?」 危うくブンブンと呼び掛けそうになって、佐山からキッと睨まれた芽生は、京介をチラチラと窺い見ながら〝佐山さん〟とぎこちなく言い直した。「なぁに? 芽生ちゃんは佐山さんのこと、あだ名で呼んでるの?」 芽生の問いかけに「ええ、まぁ」と答える佐山へ被せるようにローストチキンの器を捧げ持った百合香から尋ねられて、佐山と二人して口元に手を当ててシーッとすると、「カシラが機嫌悪くなるんでこの話は無しで」と佐山が小声で告げた。「でないと私、千崎さんのことを〝ユウユウ〟って呼ばなきゃいけなくなるんです」 ぼそりと補足説明した芽生に、百合香が一瞬真ん丸な目をしてからププッと吹き出した。「なぁーに? その、パンダみたいな名前っ!」 佐山と二人、「話の要点、そこじゃないです!」と突っ込んだのは言うまでもない。*** 佐山が作ってくれた豪華なパーティー料理と、追加で届いた宅配ピザ。 テーブルの上を見たとき、(こんなに食べられるの!?)と心配した芽生だったけれど、相良組の面々が集まってきて賑やかになってくると、逆に(追加注文がいるんじゃ!?)と心配する羽目になった。(特に飲み物!)「あ、あのっ、私……買い出しに……」 どんどん消えていく料理と、増えていく
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36.こたえの手前④

「おい、長谷川。俺はまだいいって返事してねぇぞ!?」 京介が言い募るのを見て、芽生は(どうしよう?)と考えてから、意を決したように「京ちゃん!」と愛しい男の名を呼んだ。「なんだよ」 不機嫌そうに見つめられて、一瞬たじろぎそうになってからグッと奥歯を噛みしめると、芽生は京介の傍へツカツカと歩み寄った。 そうして怪訝そうに自分を見上げてくる京介の髪の毛をサッと払いのけると、その額へ長谷川社長を見習ってチュッとキスを落とす。「す、すぐ帰ってくるからっ」 やたら恥ずかしくなって逃げるように京介の傍を離れた芽生だったけれど、それは京介も同様だったらしい。 まさか芽生の方から不意打ちのキスをされるだなんて思ってもいなかったんだろう。 何も言えず固まってしまった京介に、何故か長谷川社長と静月の時には一切気付かなかったみんなが、「ひゃー、熱いっすねぇ!」とか「俺も彼女欲しくなりましたっ!」とか冷やかしの声を上げた。 オロオロしながら視線を彷徨わせた先で百合香にグッ!とサムズアップされた芽生は、その隣で眉間にしわを寄せて睨み付けている千崎を見て、心の中で『ヒッ』と小さく悲鳴を上げる。 そんな――芽生と京介にとっては――惨憺たる有様を横目に、「いいもの見せてもらったよ」と楽し気に笑う長谷川社長とともに、芽生はぎこちない足取りでリビングをあとにした。 京介の腕の中、殿様が飼い主を見上げて「にゃー?」と小首を傾げたけれど、冷やかしモードの渦中へ残された京介は、きっとそれどころではないだろう。 芽生はそんな京介に、消え入りそうな声で「京ちゃん、ごめなさい」と謝罪した……。*** ほとんど無意識。長谷川社長の車の後部シートへ乗り込んだ芽生は、途端長谷川社長から「助手席には乗らない主義かな?」と微笑されてハッとする。「あ……」 別にそういうわけではなかったのだけれど、このところ相良組関連の
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37.名前に込められた呪い①

 相良京介は、五年生の一学期の途中という中途半端な時期に転校してきた。だから、それ以前のことを将継は知らない。 珍しい時期に突然やってきた転校生へ、最初のうちこそ興味津々で沢山のクラスメイトたちが話しかけていたが、相良はクラスに馴染む気なんて、欠片も持ち合わせていないようだった。 どんなに話しかけられても素っ気ない態度を貫く相良に、いつしか彼に話しかける人間はいなくなっていた。 将継が、さして話したこともないそんな同級生のことを気にかけてしまったのは、本当にたまたまだ。 それまで将継にとって相良京介という同級生は、いつも給食の残りを持ち帰る愛想のないヤツ、くらいの認識しかなかった。 目ばかりギョロギョロと鋭くて、身体も手足も細くて痩せっぽちな印象。あまり外観には頓着しないのか、髪の毛はボサボサで伸び放題だったし、着ているものもいつも一緒で、薄汚れていた。 初動でクラスメイトを拒絶したのがきいたのか、教室では基本誰ともつるまず孤立している印象の、得体の知れない暗い男子。それが将継の中での相良京介だった。 対して、将継は結構活発に動くタイプの社交的な性格で、一年生の頃から年に一度は学級委員を任される種類の人間だった。いわゆる陰キャ路線の相良とは真逆の立ち位置にいたということだ。 先生から請われて、学級委員として彼に話し掛けることはあっても、個人的に絡むことはない。 相良自身がそれを望んでいないのだから仕方ないと、優等生気質の将継は自分に言い聞かせていた。 だが――。 四十名足らずの集団の一人として、同じ教室内にいるのだ。全く気にしないでいるのはある意味不可能で……。話しかけても「ああ」とか「うん」しか返ってこないのが分かっていて、将継は妙に相良のことが気になって仕方がなかった。 相良の望むままに放置しておいたら、いつか死んでしまうのではないかと思えて……子供心に怖かったからかも知れない。 将継の中での相良京介は何となくの肌感覚。常に腹を空かせて……給食を命綱みたいにしている印
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37.名前に込められた呪い②

 そうして迎えた下校時刻――。 ふと見詰めた先。いつものように数メートル先を相良京介が一人ぼっちで歩いていた。(ん? なんかいつもより、急いでない?) そう考えてから、彼が今日一日やたらと窓外ばかりを気にしていたことを思い出した将継だ。(何か気になるものでもあるのかな?) 隣で、帰る方向が一緒の友達がずっと何か話しているけれど、将継は相良のことが気になり過ぎて生返事をすることしか出来なかった。「じゃあまた明日なー!」 分かれ道で同級生が手を振って走り去って行くのを「うん、また」と手を振りながら、半ば無意識。将継の視線は数メートル先を行く相良を追っている。 もともとそんなに雪が降るような地域ではない。十五センチばかり降り積もった雪は、水分多めの重たい雪だった。朝は町全体を覆っていた雪も、下校の頃には陽光にさらされほとんどが溶けてしまっていた。お陰で校庭がぐじゅぐじゅにぬかるんでいて、児童らは皆、足元が泥だらけになったのだ。 こうしてアスファルトで舗装された町を歩いていても、日当たりの悪い場所には汚らしく溶けた雪がわだかまって、朝より数倍歩きにくい状態になっている。 前を歩く相良の靴も、泥と路面を覆う水気でぐずぐずになっているのが、遠目でも分かった。 将継自身は長靴を履いていたから問題ないけれど、あんなに足元を濡らしたままにしていたら凍瘡とか出来るんじゃないだろうか? そんなことを心配してしまう程度には、相良のことが気になって仕方のない将継である。 何とか前を行く相良に追いつこうと小走りになりかけたところで、相良が不意に家と家の間の路地へ入ってしまった。(えっ?) しょっちゅうこんな感じで相良の下校を目にする将継は、彼の家がそっち方向ではないことを知っている。 日頃寄り道なんてする相良を見たことのない将継は、妙にそれが気になって、自身も路地へと近付いた。(あ……)「今日は寒かっただろ。ちゃんと濡れないところに隠れてたか?」 自分自身腹を空かせているだろうに、いつも通り。給食で余って持
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37.名前に込められた呪い③

 その日を境に、学校が終われば二人で長谷川家に入り浸るようになって……結果、相良と自分の両親が何度か鉢合わせしたこともある。将継の母も父も、相良の様子を見て思うことはあっただろうに、深くは尋ねず、ただ将継の友達がひもじい思いをしなくて済むよう、我が子にするように菓子や夕飯を用意してくれて……。 相良は将継と一緒に風呂へ入って、将継の服に着替えて帰ることも多くなっていった。 相良が残した服は長谷川家で一緒に洗濯をして、次に彼が来た時に着て帰れるようにする。そのシステムに、最初のうちこそ恐縮していた相良だったけれど、将継の両親がとても気さくに接している内に、段々その状況を受け入れてくれるようになった。 学校でも少しずつ話す機会が増えて……二学期が終わる頃には、二人は唯一無二の親友になっていた。 自分とは正反対に思えていた相良だったけれど、話してみると妙に馬が合って、他の友人たちと一緒にいるときみたいに変な気を遣わなくてもいい。そこが将継には心地よかったのだ。 相良も、同じように感じてくれているのか、将継の前でだけはしょっちゅう軽口も叩くようになっていた。 そんな日々を何ヶ月も過ごした二人だったけれど、相良の家は将継の家のすぐ近所だったにも関わらず、ただの一度だって、相良の親が長谷川家を訪ねてくることはなくて……。 自分の両親が何度も相良家を訪問してくれたりもしたけれど、ただの一度も彼の母親に会うことは叶わなかったらしい。 それが、将継にはなんだかとても切なくて寂しかった。***「俺の名前、母親を捨てた父親から取ったんだってさ」 長谷川将継が、そんな告白をさもなんでもないことのように親友の相良京介から聞かされたのは、小学六年生になってすぐの頃のことだった。「そう、なの?」「うん。でさ、母親は俺にこの名前を付けたこと、すっげぇ後悔してるみたいなんだ」 相良の話によれば、彼の名前は母親の元恋人
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37.名前に込められた呪い④

「うちの母親さ、たまに思い付いたようにパンとかくれるんだけど……滅多に家に帰って来ないからさ、いつ飯にありつけるかとかさっぱり分かんなくて……」 金かパンが置かれていればラッキー。そんな年月を何年も何年も過ごしてきたらしい相良は、将継より大分小柄だった。「今の家はさ、〝男の家〟だから、夜しか中に入れてもらえないんだよね。長谷川も俺が外にいんの、見たことあるだろ?」 自嘲気味に微笑まれて、小さく頷いた将継に、相良が続ける。「中って言っても押し入れの隅っこに押し込められるんだ。一回入ったら朝まで出るの、許してもらえねぇの。家ん中入ったらトイレにも行かせてもらえねぇから、家で過ごすより公園なんかにいたほうが快適なくらいなんだよね」 そう言って相良が笑った。 それを聞いて、「けど……」と将継が言おうとしたら、相良が遮るように言葉を紡いだ。「ま、さすがに真冬に外は死ぬからさ。中、入れてもらってたよ」 押し入れには暖房器具が用意されているわけじゃない。 別室で男とイチャつく母親の声を聞かされながら、ひたすらに朝が来るのを待つ。 小さい頃からそんな日々を過ごしてきたのだとなんでもないことのように打ち明けられた将継は、「なぁ、相良。うちに住めば?」と思わずつぶやいていた。「バーカ。飯食わしてもらって風呂やお前の服まで借りさせてもらって……これ以上望んだら罰が当たるだろ」 だけど相良は、現状は今までに比べたら比べ物にならないくらい幸せなのだと将継の手をギュッと握った。「俺さ、お前やお前の両親から受けた恩、絶対忘れねぇから!」 何の力も持たない自分が今できることはほとんどないけれど、それでも長谷川が困っていることがあったら必ず手を貸す、と指切りしてきた相良の表情は、とても真剣だったのを将継は覚えている。*** それから程なくして事件が起きた。 それは将継と相良が中学へ上が
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37.名前に込められた呪い⑤

 将継はどう答えていいのか分からなくて思わずうつむいてしまう。「んなシケた面すんなよ、長谷川。俺、あの女から離れられて結構幸せなんだぜ?」 ご飯の心配もなければ、暑さ寒さに耐える必要もない。 冷暖房完備の部屋で、ぐっすり眠れる。しかもベッドで、だ。 それだけでも物凄い進歩だろ? と笑う相良に、将継はギュッと胸が締め付けられるような気持ちがしたのを覚えている。***「京ちゃんの名前は……いなくなったお父様から……」 長谷川社長と京介の幼少期の話を聞き終えた芽生は、ポツリとつぶやいた。 車はとうの昔にスーパーの駐車場へ到着していたけれど、話の区切りがつくまでは……と、暖房の利いた車内で話し込んでしまっていた二人である。「ああ。相良はそう言っていたよ」 長谷川社長と相良京介は小学生時代からの付き合いだ。気が付けば他の友達にするように苗字呼びが定着していて、下の名前で呼び合うことなく現在に至る。仲良くなっていく中で最初の頃と変化があったとすれば、将継が相良を呼ぶ呼び名から〝くん〟がなくなっていたことくらい。「そういえば相良は最初から私のこと、〝長谷川〟って呼び捨てにしていたな」 いま気が付いたという風に長谷川社長が笑った。「私たちはお互いを苗字で呼び合うのがしっくりくるからそうしているだけに過ぎないけど……女性はあいつを下の名で呼びたがるよね」 ふとそこで気が付いたように、ルームミラー越しに芽生を見遣ってから、長谷川社長が続ける。「考えてみれば私も静月とは下の名で呼び合ってる。相手のことを〝個〟として捉えたいって思うと、人は自然に姓より名の方で呼びたくなるものなのかも知れないね」 そこまで言って、さもついでのように「相良も神田さんのこと、下の名で呼んでるでしょう?」と、長谷川社長がニヤリとする。そんな彼の顔をじっと見詰めたら、「最近、
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38.選んだつもりはなかった……けれど①

 長谷川と買い出しに出て行った芽生がなかなか帰ってこない。 そのことにやけにヤキモキさせられた京介は、無意識に席を立っては窓辺に寄って窓外を眺めては席へ戻る。そんなことを続けていた。 いつもなら煙草を咥えるところだが、恐らくは芽生が戻って来た時のことを想定してか、何度も胸元を探っては指先を彷徨わせる仕草を繰り返している。 そんな京介の様子をずっと、千崎が苦々しい思いで見つめているのだが、京介は気付けていない。 他の面々は程よくアルコールが回ってあちらこちらで居眠りしたり、グループになってボードゲームやカードゲームで盛り上がっている。長谷川将継に置いてけぼりを食らった朧木静月も、佐山に誘われてトランプへ参加していた。「雄ちゃん、そんな怖い顔しないの」 自分を窘める声音にふと隣を見遣ると、猫を抱いた百合香が千崎の眉間に人差し指を這わせてくる。「ほら、ここ。縦皺が刻まれちゃってる」 苦笑する百合香をじっと見つめて、千崎がポツリと落とした。「あの人は……俺と違って優しすぎるんだ」 こういう世界に身を置くには、京介は慈悲深過ぎる――。 百合香の前でだけ告げる〝俺〟という呼称を無意識に織り交ぜつつ「それが心配なんだ」と千崎がつぶやいて、百合香に指摘されたばかりの眉間の皺を深くした。「そうね。私もそう思う。――ねぇ雄ちゃん。こんなこと聞いていいのか分からなくてずっと黙ってたけど……お願い、教えて?」 百合香が極道のことへ口出ししてくることはほとんどない。そんな百合香がわざわざそう前置きをしてきたのだ。千崎は「なにを聞きたい?」と尋ねずにはいられなかった。 千崎の返答に百合香は一度だけ深呼吸をすると、じっと千崎の顔を見つめて、ややして口を開いた。「今、葛西組では次期組長候補を決めている真っ最中だよね? 相良さんが候補の一人だって……私、風の噂で聞いた。きっと時期的に見て、芽生ちゃんが寝込んでた時の葛西組への呼び出しって……相良さんも葛西組の組長さんから雄ちゃんと同じこ|と《・
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38.選んだつもりはなかった……けれど②

「突っぱねたよ。……自分には心に決めた相手がいるからって」 それは、千崎には出来なかったことだ。 無論、千崎は過去の自分の選択は間違っていなかったと思っている。 だが、後悔がないかといわれたら、すぐには頷くことが出来ない。だからだろう。真っすぐに了道の顔を見据えて京介が告げた拒絶の言葉が、まぶしくて堪らなかったのだ。 だがそれと同時、この人は決定的に極道には向いてないとも思った。 言うなれば、自分とカシラの間にあるのはたったそれだけの差だ。 上からの指示に、自分の感情を押し殺して唯々諾々と従えるか否か。 組織の人間として多くの組員を束ねるのに必要な要素は、きっと「応」と答えた自分の方が持っているだろう。 己の横で「そう……」と嬉しそうに微笑む百合香を見て、千崎は痛感させられたのだ。 自分には女を幸せにしてやれる素質はない、と。 だが、自分の大切なものを不幸にしても、真に取るべきものの選択を見誤らずにいられる能力はある。 実はその判断力こそが、極道としてやっていくには最も大切になってくるんじゃないだろうか。 京介の対立候補として葛西組の次期組長候補に上がっている男には、それがあると分かるからこそ、千崎は心がざわついて仕方がない。*** 相良京介がまとめている相良組の親組織・葛西組は今、跡目争いの真っ最中だ。現在八七歳の組長・葛西了道の体調が芳しくないからだ。今すぐどうこうということはないだろうが、確実に弱っているのを感じた了道が、組長を退く……と言い出した。 結果、了道のあとを継ぐ人間として、現在葛西組で表向きナンバー2の若頭・相良京介を推す一派と、京介より二〇歳以上年上の三枝克巳を推す一派とに分かれてゴタゴタしている。 年若い京介を推す人間たちの言い分は、京介が了道から直接盃を分けられた唯一の幹部だから、というもの。 三枝は|了道《おやじ
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38.選んだつもりはなかった……けれど③

 だからといって千崎の妻になった女――雪絵――を見ても、澄ました態度の奥、彼女が千崎のことを憎からず思っている様も伝わってきたから……京介は口出しするのを控えたのだ。百合香のことは気の毒に思ったが、千崎と百合香が話し合ってそうすると決めたのなら、外部がとやかくいうのは野暮というもの。自分には何も言えないと口を噤んだ。 千崎ですらそうだったのだ。 当然、京介にだって了道が口を出さないわけがなかった。 実際、今までも何度も組の息が掛かった女との婚姻を打診されていたのを、「まだそんなつもりはありませんので」とのらりくらりと躱してきた京介である。 だが――。 芽生のことを持ち出されては、今までのように〝結婚する気はない〟と逃げるわけにはいかなかった。 結局不義理だと理解していながらも、切り殺される覚悟でハッキリと、『芽生以外の女を娶るつもりはありません。自分が心に決めた相手は彼女だけです』と了道に宣言してしまったのだが、自分が親父にそう告げた時の、千崎の表情が今でも脳裏にこびりついている。 そうして、てっきり激怒するとばかり思っていた了道が、案外すんなりと「そうか……」と告げて引き下がってくれたことにも驚かされたのだ。 あれを見た千崎が、自分のときと重ねなかったとは考えにくい。 もし千崎が京介と同じように百合香以外とは結婚できないと答えていたならば、現状は変わっていたのだろうか? そんな考えても仕方のないことを、つい思ってしまった京介である。 とはいえ――。 あれっきり、了道がだんまりなのはある意味不気味だとも思っている。(オヤジは基本、筋は通す人間だ)  そこでふと、京介は自分が児童養護施設『陽だまり』を出て数年後――十七の頃にあった、了道との出会いに思いを馳せた。*** 京介は十三歳から十五歳までの二年間を陽だまりで過ごした。 学校の勉強は嫌いじゃなかったから結構真面目に学んだけれど、高校へ行こうという考えはなかった。 陽だまりの責任者・比田|真理
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