私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した のすべてのチャプター: チャプター 281 - チャプター 290

337 チャプター

281話

◇ 「何だと?胡桃が?」 夜。 桔梗の夫──忠が帰宅した。 夕食の時間になったが胡桃は姿を見せず、忠が胡桃の事を聞くと桔梗は昼間あった事を話したのだ。 「誠司が胡桃を苦しめているのか?胡桃は誠司の子供を妊娠しているのに?」 「ええ……。誠司は気の多い人みたいね……」 ふう、と大きく溜息を吐き出す桔梗に、忠の表情は険しい物に変わって行く。 「──けしからんな。自分の子供を妊娠した女性がいると言うのに、他の女に目移りするなど……」 「ええ、本当に」 そこまで話した桔梗はちらり、と忠の様子を盗み見る。 忠が昔の事を思い出してやいないか──。 舞奈の事を、少しでも恋しがっていないか──。 そんな心配をしていたが、それは杞憂に終わった。 今の忠は正しく胡桃の「父親」だ。 忠は忌々しげに顔を歪めた。 昔の事を思い出しているのかもしれない。 「全く……自分の子供を腹に宿してくれた女性を裏切り、他の女に目移りする馬鹿がいれば、他の男の種のくせに偽って結婚する馬鹿女もいる……」 「……あなた」 やはり、昔の事を思い出していたのだ。 桔梗は気遣わしげに忠にそっと手を伸ばした。 「──ああ、すまん。今は胡桃だ。胡桃を第一優先にしなくては」 忠は痛々しい笑みを作ると、伸ばされた桔梗の手を愛おしそうに握った。 「胡桃は部屋にいるのか?」 「ええ、そうよ。……ねえ、あなた。胡桃のために、駅舎のデザインを胡桃にやらせてあげる事は無理かしら?」 「……いや、私の力でもそれは難しい。だが、駅舎デザインは数名のデザイナーから提出され、その中から選考すると聞いた。そこに、胡桃のデザインを潜り込ませればいい。胡桃のデザインを潜り込ませる事さえ出来れば、後は私がどんな手を使ってでも胡桃のデザインを選出させる」 「──あなた!ありがとうっ!」 桔梗が嬉しそうに笑う。 忠は頷いた。 「ああ。大事な娘のためだ。これくらいお易い御用だよ。……私の娘は、1人だけだからな」 忠の言葉に、桔梗は椅子から立ち上がりぎゅっと忠に抱きつく。 「ははは、どうした珍しいな?」 少し恥ずかしそうに笑う忠に、桔梗も笑い返す。 強く抱きつき、自分の顔が見えない角度になると、桔梗はほっと安堵したように息を吐き出した──。 ◇ NEW ISLAND。 誠司は、社長室
last update最終更新日 : 2026-06-18
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282話

◇ もみじが受賞したデザインを使用した作品。 その作品の完成披露パーティーが開催された。 このパーティーには、業界関係者を多数招待している。 以前の受賞発表のパーティーのような重々しいパーティーではなく、気軽に参加出来るようなTK株式会社にしては少し珍しい、ドレスコードも堅苦しくなく、気軽に参加出来るパーティー。 それには、もみじの友人である一ノ瀬 蘭も招待したいから、と言う配慮もあった。 「もみじー!来たわよ!」 「──蘭!」 今回の新商品のデザイナーはもみじだが、メインはやはり商品だ。 そのため、今回のパーティーではもみじもパーティーを楽しむ余裕が出来ていた。 これも、髙野辺なりの配慮だった。 蘭はもみじに挨拶に来ると、もみじが着ているドレスに視線を向け、ふんふんと満足そうに頷いている。 「凄くセンスの良いドレスね。もみじの肌や雰囲気に凄く合ってるわ。これを進めた店員は流石ね」 「は、はは……」 恥ずかしそうに蘭から視線を逸らすもみじ。 そんなもみじの様子に、ピンと来た蘭はぐいっと詰め寄った。 「なになに、その反応?もしかしたら、男性からのプレゼント!?」 「──えっ、あっ」 ぼわっ、と頬が赤くなったもみじに蘭は益々興奮する。 ろくでもない旦那に長年苦しめられて来たもみじだ。 もみじが新しい出会いをして、幸せになってくれるなら凄く嬉しい。 「えーちょっと誰よ〜、私にも紹介してよ」 「ちが、違うのよ……その、今回のパーティーも、私がデザインした物が商品化されたでしょう?だから、そのお祝いに贈ってくれたんだけど……」 「ええ?でも、女性に服を贈るってねぇ……」 その裏には必ず下心があるはずだ。 にんまりと笑う蘭に、もみじはいたたまれなくなって来てしまう。 話を変えようとしたもみじだったが、もみじが口を開くより先に2人の背後から足音が近付いて来て、声をかけられてしまった。 「蘭デザインの一ノ瀬社長ですね。本日はご来場ありがとうございます」 「──っ!髙野辺社長。この度はご招待ありがとうございます」 やって来たのは、髙野辺だ。 髙野辺の声が聞こえた瞬間、もみじは肩を跳ねさせてしまった。 その様を、近くに居た蘭は見逃さない。 あれ?と思っていると、髙野辺がもみじに向ける視線が甘く、柔らかい事に気が付いた。
last update最終更新日 : 2026-06-19
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283話

「おねーちゃん♡」 甘ったるく、甲高い声。 その声が聞こえた瞬間、もみじの背中にはぞわり、と悪寒が走った。 もみじと蘭の表情が、一瞬で険しい物に変わる。 先程まで浮かべていた笑みは消え、無表情になるとゆっくり振り返った。 もみじは、髙野辺から話されていた。 今回のパーティーは、幅広い企業を招待をしている。 誠司のNEW ISLANDは、デザイン会社としてある程度名が通っている。 業績も上々だ。 そのため、蘭デザインを招待しているのに誠司のNEW ISLANDを招待しないとあれば、周囲に変な勘繰りをされる。 別に調べられてもいいとは思うが、なるべくもみじの周囲に波風を立てなくない。 だから髙野辺は誠司の会社にも他の会社と同様、招待状は送った。 来るか来ないかは読めなかったが、誠司は胡桃を連れてパーティーに参加したのだ。 「久しぶりだね、お姉ちゃん♡お姉ちゃんがデザインした物が、商品になったって?」 「……胡桃」 くすくす、と歪んだ笑みを浮かべ、誠司の腕に自分の腕を絡ませている。 まるで勝ち誇ったような笑みを浮かべている胡桃。 その胡桃のお腹は、少しふっくらとしだしていた。 「ええ、そうね。有難い機会をいただけたわ」 もみじの言葉に、胡桃はふーんとつまらなさそうに答えると、だが、にんまりと笑った。 「だけど、大丈夫だったのお姉ちゃん?見た所、以前受賞したデザインをアレンジして商品化したみたいだけどぉ……」 「……大丈夫だったかってどう言う意味?」 「やだ、分かってる癖に。大学生の時も私のデザインを盗んで、今回のコンテストも私と凄く似たデザインだったじゃない?だから、ちゃんと自分でアレンジ出来たのかなぁーって思って?」 まるでもみじが盗作をしたとでも言うような胡桃の言葉。 それに1番反応したのは、もみじの隣に居る蘭だった。 「あんた、何をふざけた事──!」 「蘭、大丈夫だから」 胡桃に食ってかかろうとした蘭だったが、もみじが即座に止める。 胡桃は「可哀想な自分」を周囲に見せる事がとても上手い。 以前から良く使う手で、違うと否定しても誰も信じてくれなかった過去がある。 だが、今の胡桃は──。 もみじは冷めた目で胡桃を見つめると、平坦な声で言い返した。 「自分のデザインなのだから、自分でアレンジするのは当たり
last update最終更新日 : 2026-06-19
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284話

「──え」 どうして、誠司がその事を知っているのか。 もみじの頭は一瞬真っ白になった。 だがすぐに以前自分を尾行していたあの車は、誠司だったのだ、と察した。 「──新島さん、あなただったのね……!」 もみじの言葉に、誠司は不愉快そうに眉を顰める。 「新島さん?随分他人行儀な……」 「他人行儀も何もないわ。私とあなたはもう何の関係もないのだから。……それより、私をつけ回すのをやめてくれないかしら。迷惑だわ」 「迷惑?迷惑だと?」 鼻で笑うような誠司の態度に、もみじはむっとする。 尾行されている、と分かった時。 どれだけ怖かったか。 それなのに、当の本人は大した事などしていない、と言うようなふてぶてしい態度だ。 カッとしたもみじが誠司に何かを告げる前に、もみじを庇うように髙野辺がさっと前に出た。 「もみじさんを怖がらせていたのはあなたですか、新島社長」 髙野辺の言葉に、誠司は不愉快そうに顔を顰めた。 「髙野辺社長には関係ないでしょう。これは、俺ともみじの問題だ」 「いえ。もみじさんは我が社の大事なデザイナーです。彼女への付き纏い行為はやめていただきたい」 「付き纏いだと……!?」 「分かっていただけないようなら、然るべき場所へ通報しますよ」 「──〜っ」 周囲に集まっていたパーティーの参加者達は、髙野辺と誠司、そしてもみじの言葉を聞いて噂話をしている。 誰が聞いても誠司がもみじに付き纏っていたのは明白。 周囲の参加者達も、胡乱な視線を誠司や胡桃に向けていた。 「せ、誠司ぃ……」 まるで針のむしろだ──。 自分達の味方はいない。 むしろ、自分達のイメージが悪くなる方が確率が高い。 胡桃は未だにもみじに話しかけようとする誠司の裾を引っ張り、ここから離れようとする。 「……もみじ!」 「せ、誠司ぃ……行こうっ」 胡桃はぐいぐいと誠司を引っ張って行く。 まだ諦めきれないようだが、それでも誠司は胡桃に大人しく着いて来た。 もみじ達からある程度離れた場所までやって来た胡桃と誠司。 誠司は自分を引っ張る胡桃の手を振り払い、忌々しげに叫んだ。 「何故邪魔をする、胡桃!」 「だ、だってぇ……」 胡桃はふえ、と顔を歪めると悲しそうに泣き始める。 「沢山注目を集めてたわ……私と誠司の事を知っている人が多いのよ……
last update最終更新日 : 2026-06-20
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285話

◇ 胡桃と誠司が去って行った後、もみじはふうと息をついた。 「もみじさん、大丈夫ですか?」 「髙野辺さん。ええ、大丈夫です。ありがとうございます」 今、2人の近くには蘭しかいない。 髙野辺は声を潜めてもみじに話しかける。 「もみじさんを付け狙っていたのは新島社長だったみたいですね」 「ええ、そうだったようで……ご迷惑をおかけしてすみませんでした」 「いえいえ、俺は大丈夫です」 「その……私を尾行していたのはあの人だったと分かりましたし、私はそろそろ──」 「いえ、まだ帰らない方がいいです。新島社長の反応を見る限り、尾行がバレたとしても止めなさそうですから」 「でも……これ以上お邪魔する訳には……」 「気にしないでください。部屋数はありますし、もう少しだけ警戒して、家に居てください」 2人の話を聞いていた蘭は、驚きに目を見開く。 そして慌てて2人の間に入った。 「ちょ、ちょちょちょっと待ってください髙野辺社長……!い、今なんの話しを……っ、えっ、ちょっと……今の話だと、もみじが──」 あわあわ、と慌てながら顔を赤くしている蘭に髙野辺は恥じらいも何もなく頷いた。 「ええ、もみじさんは今俺の家にいます」 「た、髙野辺さん……っ!」 至極当然、とばかりにあっさり認める髙野辺。 もみじは顔を赤くして慌てて止めようとしたが時すでに遅し。 蘭はキラキラと目を輝かせ、黄色い悲鳴を上げた。 ◇ 「まさかねぇ!まさか、もみじあんたが同棲しているなんて!」 ばしばし、ともみじの肩を興奮しつつ蘭が叩く。 「ど、同棲じゃないわ……!髙野辺さんは、私が尾行されているのを知って、危ないからって避難させてくれただけで──」 「だけど、もみじも髙野辺社長の事を憎からず思っているんでしょ?じゃなきゃあ避難とは言え、もみじが男の人の家にお世話になるなんて有り得ないわ!」 私に連絡だってくれてないし?と蘭は少し拗ねたように唇を尖らせる。 そんな蘭を見て、もみじは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。 「ごめんね、蘭に連絡する暇もなくて……。不審な車に尾行されているって気が付いた時、ちょうど……たまたま髙野辺さんから電話があって、私の様子が変な事に気が付いた髙野辺さんが来てくれたのよ」 「へーえ?」 蘭の顔は、にやつく。 (もみじの声だけで異変
last update最終更新日 : 2026-06-20
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286話

ガシャーン! と、何かが割れる大きな音と。 そして女性の悲鳴がパーティー会場に響いた。 「きゃあっ!」 「──っ!?」 髙野辺は、背中に感じた衝撃に驚き、振り返る。 するとそこには床に倒れ込む女性の姿があった。 「大丈夫ですか──」 髙野辺はさっとその場にしゃがみ込み、恐らく自分にぶつかって転倒してしまった女性に手を差し出す。 俯いていた女性が顔を上げ、差し出された髙野辺の手に自分の手を重ねた。 「す、すみません社長……」 「君は……営業の徳居社員か?すまなかった。怪我は?」 「だ、大丈夫です──。あっ、痛っ」 髙野辺にぶつかったのは、中途入社した徳居だった。 今回のパーティーには、TK株式会社に勤める社員も何人か参加している。 中途採用された徳居と、神咲も今回は特別に参加しているのだ。 「ご、ごめんなさい社長……珍しくて、楽しくて余所見をしてしまいました……」 「大丈夫だ、掴まってくれ」 「すみません、本当に……」 「気にしないで。早く手当をしよう」 「あぁ……っ」 「大丈夫か!?」 髙野辺の手に支えられながら歩くが、足首を捻ってしまっているのだろう。 徳居は痛そうな声を上げ、髙野辺に寄りかかる。 何事だ、大丈夫か?と周囲の視線を集め始めている。 髙野辺は早く運び出さないと、と考え「失礼」と徳居に告げてから徳居を抱き上げた。 「──ひゃっ!?」 「危ないから動かないでくれ」 「わ、分かりました社長……。ありがとうございます」 徳居は髙野辺の首に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。 徳居の行動に密かに眉を顰めた髙野辺だったが、自分にぶつかって怪我をしてしまった女性が相手だ。 ここで下ろす訳にはいかない──。 髙野辺は周囲の人間に一言告げてから足早にパーティー会場を後にした。 その際──。 遠くから心配そうに成り行きを見守っていたもみじと蘭。 2人に気が付いた徳居は、更に髙野辺に抱きつき、もみじに向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 ◇ 「──はああ!?何なの、あの女!?今、もみじに向かって笑ってなかった!?」 徳居の行動に気が付いた蘭は、怒り心頭と言った様子で隣にいるもみじに話しかける。 だが、蘭に話しかけられたもみじは髙野辺が去って行った方向を見つめ、ただ茫然と立ち尽くしていた。 髙野
last update最終更新日 : 2026-06-21
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287話

「もみじ……」 蘭は困ったようにもみじに視線を向ける。 もみじが動揺している──。 こんな風に異性の事で動揺するもみじの姿を見るのは、蘭にとって珍しい事だった。 「だ、大丈夫?」 「──え?あっ、ごめんね、何でもないの」 蘭に話しかけられたもみじは、すぐに笑みを浮かべると普段と変わらない様子に戻る。 だが、今確実にショックを受けていたはず──。 蘭が再度口を開こうとした所で、もみじの名前を呼ぶ男の声が聞こえた。 「──玖渡川さん!」 ここに居たんですね、こんにちは。 そうやって屈託なく明るく笑う男──坂崎 将太がやってきた。 彼は派手な金髪を揺らしながらもみじの所へやってくると、不思議そうに蘭に視線を向けた。 「すみません、商談中でしたか?」 「ふふっ、大丈夫ですよ。友人なんです」 もみじはそう言うと、蘭に向かって坂崎の紹介をした。 「蘭、こちら坂崎さん。デザインコンテストのもう1人の受賞者よ。坂崎さん、こちらは一ノ瀬 蘭。学生の頃からの友人で、蘭デザインの社長です」 「蘭デザインの!?初めまして、坂崎です」 「初めまして、一ノ瀬です」 2人はにこやかに挨拶と握手を交わす。 挨拶を終えた坂崎は、先程髙野辺が出て行った方向に顔を向け、嫌そうに呟いた。 「さっきは大変そうでしたね。髙野辺社長も可哀想っす」 「──え?どう言う事ですか、坂崎さん」 坂崎の言葉に、もみじは不思議そうに目を瞬く。 「いや、俺、この会社に勤める他の社員とさっきまで話していたんですよ。話していた場所がさっきの騒ぎが起きたすぐ近くで」 「え、ええ……」 「あの女性社員、わざと髙野辺社長にぶつかって行きましたよ」 「──え?」 昔から良くあるそうなんです、と坂崎は嫌そうに説明してくれた。 話していた社員によれば、髙野辺の地位や容姿に惹かれた女性が、ああやってよく髙野辺にぶつかっていたそうだ。 そして、わざと倒れ込んで怪我をした振りをして、髙野辺と接触を図る。 印象に残ったり、関係を持てれば最高だ、と一時期髙野辺の周囲にはそんな風に考える女性が寄って来ていたらしい。 「ここ最近はそんな事が殆ど無くなって、髙野辺社長も油断してたんじゃないかって、古株の社員の人が言ってましたよ」 「そんな事があったんですね……。髙野辺さんは、今まで大変な
last update最終更新日 : 2026-06-21
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288話

◇ 髙野辺は抱き上げた女性社員、徳居をパーティー会場に隣接している救護室に連れて行くと、すぐに彼女を椅子に下ろした。 徳居は「あ……っ」と名残惜しそうに髙野辺に手を伸ばしたが、目立たない程度にその手を避ける。 「……すみません、うちの社員が転倒して足を怪我したようです。診てもらっても?」 「はいはい、かしこまりました」 年配の女性医師が出て来て、髙野辺の言葉に返事を返す。 髙野辺は自分の腕時計に目をやると、くるりと踵を返した。 「では、彼女を頼みます。──徳居社員、車を手配しておくので、今日はこのまま帰るように」 「──え……あの、私……まだパーティーに参加したいです……。せっかくの機会ですから……」 「その足で?周囲の人が気を使うだろうし、1人では歩けないんだろう?」 「え、えっと……それは……また社長に手助けいただければ──」 「私は取引先との挨拶も終わっていない。会場に戻らせてもらう」 髙野辺は徳居の甘ったるい、甘えるような視線をふいっと顔を逸らし、受け流す。 「しゃ、社長──」 まだ自分を呼び止めようとしている徳居に、髙野辺は溜息をこっそりと吐き出して救護室を後にした。 すぐ隣のパーティー会場では、まだ沢山の参加者達が和やかに会話をしていた。 会場に戻って来た髙野辺の姿を見て、すぐに参加者達が集まってくる。 「髙野辺社長。いやあ、災難でしたな」 「わざわざぶつかって来るなんて」 「それはそうと、うちの会社と──」 次々に投げかけられる話に、髙野辺は愛想笑いを浮かべ、受け流す。 髙野辺の胸中は焦っていた。 先程、もみじと蘭のために飲み物を取りに行っている最中にあんな事が起きたのだ。 きっともみじも蘭も、あの騒ぎを見ているはずだ。 早くもみじの元へ戻って説明をしないといけない。 何故だか髙野辺はそんな焦燥感に駆られる。 「すみません、私はこの辺で……」 髙野辺がにこやかに笑みを浮かべて告げると、話しかけていた参加者達は笑顔で送り出す。 「ああ、申し訳ない……!」 「髙野辺社長とお話をされたい方は沢山おりますな」 「引き止めて失礼しました」 髙野辺は軽く一礼すると、もみじを探すために歩き出す。 少し歩いただけでもみじをすぐに見つける。 不思議と、もみじに視線が吸い寄せられるのだ。 まるでもみじ
last update最終更新日 : 2026-06-22
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289話

◇ 坂崎の言葉に曖昧に笑みを返したもみじ。 だが、その笑みはどこか悲しそうで坂崎は無意識の内に自分の手をもみじに向かって伸ばした。 「だ、大丈夫ですか玖渡川さん。どこか具合でも──」 坂崎は、もみじに気がある。 それを一瞬で見抜いた蘭は咄嗟にもみじを庇おうとした。 だが、蘭が動くより先に背後から話しかけられる。 「もみじさん、一ノ瀬さん。失礼しました。……あれ、坂崎さん?」 「た、髙野辺社長っ!」 髙野辺はゆったりとした足取りで戻ってくる。 両手にはもみじと蘭のために飲み物が入ったグラスを持っていた。 髙野辺がやって来た事で、坂崎のもみじに伸ばされていた腕は触れる前に下に落ちる。 「髙野辺さん、大丈夫でしたか?」 たた、ともみじが小走りで自分の方にやって来る。 まるでもみじが待ってくれていたような感覚を覚え、髙野辺は嬉しそうに笑った。 「ええ、問題ありません。あの社員には帰宅するように伝えました」 どうぞ、と手渡されたグラスをもみじは受け取る。 「怪我は大丈夫そうでしたか……?」 グラスに口を付けつつ、もみじが髙野辺に問う。 髙野辺は頷き、答えた。 「ええ、元気そうでしたから大丈夫ですよ」 なんて事の無いように答える髙野辺。 その様子から、こう言った事の対処には慣れているように見える。 もみじは「良かったです」と答えつつ、ちびちびとグラスの中身を飲んだ。 (坂崎さんが言っていた事は、本当だったんだ……。少しでも、髙野辺さんと話したいと思った女性達が、ああいう事をする……) だが、もし──。 強くぶつかられて、バランスを崩した髙野辺が怪我をしたりしたら。 歩いている髙野辺に接触して、髙野辺だけじゃなく、取引先の人を巻き込んだりしたら。 (大変な事になるのに……) もみじは、自分の欲求を満たすために人に迷惑をかける行動を嫌悪した。 そんな事をせず、真正面から髙野辺に話しかければいいのだ。 髙野辺は自社社員に話しかけられれば普通に言葉を返す。 お昼だって、もみじがデザイン室に籠っている時、他の部署の社員と一緒に外にランチをしに行ったと聞いた事だってある。 (髙野辺さんにも、周囲の人にも迷惑をかけるやり方は……嫌だな……) もみじが飲み物を飲んでいる間、髙野辺と蘭は経営者として話をしている。 坂崎は2
last update最終更新日 : 2026-06-22
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290話

人を小馬鹿にするような声音。 もみじ達が振り向くと、そこには想像していた通り誠司が居た。 「……何の用ですか、新島社長」 もみじが冷たい態度で誠司に問う。 すると、誠司は面白くなさそうに舌打ちをした。 誠司は今、1人だ。 隣にいつも居る胡桃がいない。 一体何の用で話しかけに来たのか。 それに、親友の蘭を馬鹿にされた事でもみじの雰囲気は刺々しく、冷たい。 だが、もみじのそんな態度など露ほども気にせず、誠司は至極当然と言うように告げた。 「話の途中だったと思ってな。わざわざ俺自ら戻って来てやった」 「話……?私には新島社長と話す事なんて何も無いわ。早く胡桃のところへ帰ってあげたら?」 「──ふん、嫉妬か?みっともない事はやめろ、もみじ。俺たちの離婚について、話し合う必要がある。今日は俺の家に戻って来い」 「──は?」 離婚はもう既に成立していると言うのに、何を話す必要があるのだろうか。 もみじは呆気にとられ、ぽかんとしてしまった。 「何を言っているの?私と新島社長の離婚はもう成立しているのよ?新島社長、あなたが自分で署名した離婚届を提出しているのよ。それに、どうして私が胡桃に嫉妬をするの?」 心底分からない、と言う表情をするもみじに、今度は誠司が混乱する。 「何故……俺の事が好きなんじゃないのか……?」 「過去の話です。昔は好きでしたが、今はどうとも思っていません。どうでもいいです」 「──は」 「もうお話はいいですか?私は、新島社長のご自宅には行きませんし、離婚についてもこれ以上話す必要がありません」 信じられない、と言う顔をしている誠司をそのままに、もみじは振り返って髙野辺と蘭のもとへ戻ろうとする。 だが、そんなもみじの手を誠司の手が掴んだ。 「──っ!?」 「そんな事を言っていいのか!?俺は、いや、俺の会社は……っ!今後大きな仕事をする……っ!お前がどんなにコンテストでいい結果を残そうが、俺の会社が手にする仕事に比べれば!もみじ、お前がちまちまデザインしているジュエリーなんて小さな仕事だ!お前が俺のもとに戻ってくると言うなら、メインデザインの胡桃の手伝いをさせてやる!建造物のデザインなど、お前がこの先逆立ちしたって出来ない仕事だぞ!」 「──離してくださいっ!」 もみじは、自分の手を強い力で掴み引き止める誠
last update最終更新日 : 2026-06-23
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