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新解釈「聖女」 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

12 チャプター

1

(血の匂いに、もう慣れてしまったわ)雪解け水を含んだ地面はぬかるみ、倒れた魔獣の体液と混じってアリア・ヴァルグリムの靴底に絡みついた。空気は重く、肺に吸い込むたび、喉の奥がひりつく。(魔素の汚れが増した)「アリア、左!」兄フィンの声が飛ぶのと同時に、アリアは身を沈めた。長く戦いに身を置いてきたからできる、反射。黒く歪んだ爪が、アリアの頭上をかすめて空を裂く。「遅い」短く言い放ち、アリアは踏み込む。アリアの剣閃が走り、魔獣の胴を断った。巨体が地面に崩れ落ちると同時に、アリアは異変に気づいた。「なに!?」胸の奥が熱を帯びるのを、アリアは感じた。力が流れ出るのを感じる。「これは……”浄化”?」フィンの言葉に、アリアはハッとして周りを見渡す。(世界が、きれいだ)アリアを中心に、空気が澄んでいく。濁っていた魔素が押し流され、楽に呼吸ができた。「……はぁ」アリアは小さく息を吐いた。「空気って、こんなに美味しいのね」  * 「終わったか」アリアの長兄、カイムが剣を下ろす。次兄のレオンハルトは肩を回し、困ったように息を吐きだした。「また増えてる。王都から届く浄化の力が減っているのだろうな」「もともと辺境は後回しだ」レオンハルトの言葉に苦く笑い、カイムは周りを見渡して眉間にしわを寄せた。「これは……聖女が、王妃様が亡くなったというのは本当にようだ」「次の聖女はまだ見つかっていないから、王家はさぞ必死だろうよ」普段は温和なレオンハルトの嫌味を込めた言葉に、カイムが皮肉っぽく笑った。「王都に籠っていては見つかるわけがない。もしや辺境にいたりしたら……」 「カイム兄さん! レオン兄さん!」慌てた弟、フィンの声にカイムとレオンハルトは揃って剣を構えた。新たな魔獣が出たのかと思ったが……。「なんだ?」「あれ? なんか、とても呼吸が楽だ……」レオンハルトの言葉に、カイムはある可能性に気づく。「まさか……」カイムの呟きに、レオンハルトは先ほど自分が言ったことを思い出した。 ―― 次の聖女はまだ見つかっていない。「「アリア?」」カイムとレオンハルトの目が、末っ子のアリアに向かう。アリアは、照れ臭そうに頬を描く。「私が、次の聖女みたい」「「聖女って柄じゃないだろ、お前!」」兄たちの言葉に、アリアが
last update最終更新日 : 2026-01-30
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2

エリスがアリアの両肩を掴んだ。「アリア、あなたは私たちの自慢の娘よ」「ありがとう」「何を言われても気を強く持ってね」「……なんで、私が貶される前提なわけ? 私、そんなに聖女らしくない?」「いいえ、見た目は問題ないわ。見た目”には”ね」「見た目しか褒めるところがない、みたいな言い方はやめてよ」アリアは、兄たちを見た。「見た目は、聖女っぽいんだがな」「父さん譲りの銀髪に、母さん譲りの蒼色の瞳。色味はいい感じ」「見た目詐欺だろ、あれ」(……この、馬鹿兄貴たち!) 「仕方がないわ。エリス、よく聞きなさい」「……はい、お母様」「分厚い薄絹を数百枚被った、くらいの気持ちと態度で伝令と接しなさい」アリアは思った。(分厚い薄絹は、それでも”薄”絹なの?)  * 「聖女マリア様、こちら、王太子殿下からのお手紙です」(マリア……)アリアの眉間にしわが寄った。しかし、使者はそれを“緊張”と勘違いした。「マリア嬢、そう緊張なさらず。王太子殿下はマリア嬢を正妃として迎えられることを喜んでいらっしゃいました」「……そうですか」冷めた反応に使者は、なんか盛り上がりにかけるなと思ったが、咳払いひとつ、体勢を立て直す。「それでは……」使者は紙に巻かれた赤いリボンを解き、中の文章を朗読する。「“今夜、城下の灯りがとても綺麗に見えるらしい。 マリア、それを君とみたい。いつか、マリアが好きだと言った甘いミルク酒も用意しよう。お礼は、私のシャツ一枚だけを羽織った君の姿で”…………え?」揚々と読み上げていた使者の顔が青くなる。使者の目線は手紙とアリアの顔を、何度も高速で往復した。 「私、王太子殿下にお会いしたことはありません。先日成人したばかりなので、ミルク酒も覚えがありませんわ……使者様」アリアの低い声に、使者は俯く。「使者様」再度の問いかけ。先日成人、つまり十八歳になったばかりの若い娘とは思えないアリアの圧に、使者の背にはダラダラと冷や汗が流れた。「使者様、ご気分でも?」「いえ、その……」「そのご様子では、あとは自分で読みますわ」「いいえ……」「いえいえ。遠慮なさらず。ええっと……“お礼は、私のシャツ一枚だけを羽織った君の姿で。あれ、すごく似合っていたから。返事は気軽に。今夜を楽しみにしている”……これが、求婚
last update最終更新日 : 2026-01-30
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3

王都ルクスハイム。白い城壁に囲まれた都は、今日も平和だった。少なくとも、城の中にいる者たちはそう思っていた。「辺境から聖女が見つかったと聞いた」王座に座る国王オスヴァルトは、宰相ヴァルターを呼び出した。王妃である聖女が亡くなって一ヶ月。彼は喪に服すどころか、愛人たちの宮殿を行脚して、愛欲に耽っていた。その分の仕事がどさっと宰相のところにいったため、彼は多忙を理由に国王への報告をサボった。どうせ読みはしない。人と時間は有限。節約できるところは節約するとヴァルターは宰相になった日から決めていた。読まない報告書は、最初から作らない。いつか呼ばれて聞かれるのだから、そのとき随時対応。「聖女はどこの誰だ?」(報告書に描いてあるのだが)「北部辺境伯ヴァルグリム家の令嬢、アリア様でございます」「ほう……」オスヴァルトは鼻で笑った。「ようやく、か。ずいぶん遅かったな」オスヴァルトは玉座の横、王太子セドリックを見る。セドリックは金髪碧眼、絵に描いたような“王子様”の外見をしている。(外見だけだがな) 「セドリック、求婚の使者は送ったのか?」「当然です。辺境ですので、時間がかなり掛かりますからね」「お前にしては仕事が早いな」「求愛の手紙なんて、基本的にどれも同じ。先日マリアに送り損ねたものを、そのまま送りました」「そうか」(そうか、じゃない!)「失礼いたします」ヴァルターは父子の会話に割り込んだ。「王太子殿下。聖女様は”アリア”様でございます。”マリア”ではありません」求婚をかねた求愛状のあて名を間違えるなど、あり得ない。あり得ないのだが……。「大丈夫だろう。マリアのほうが聖女っぽいしな」(フリードリッヒのほうが王子っぽいと言われたら改名するのか、お前は!)「まあ、いい」(よくない!)「聖女は王家のもの。それは、この国が始まって以来の常識だ」オスヴァルトの言葉にセドリックが、軽く肩をすくめる。「辺境育ちの娘だ。王妃教育は骨が折れそうだが……まあ、こちらでどうとでもなる」「“聖女”である以上、意思など不要だ」国王の言葉に、何人かの貴族が頷いた。ヴァルターはため息を吐き、口を挟むのをやめた。 「浄化をし、子を産み、王家を支える。それで十分」「感謝されこそすれ、反抗など考えまい」彼らは気づいていな
last update最終更新日 : 2026-01-30
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4

王都のはずれにある魔塔。真っ黒の石壁から「黒曜魔塔」と呼ばれているが、元は真っ白な石壁を清掃する予算がないだけのボロボロの塔である。高くそびえる塔の最上階で、この塔の主であるルシアン・ノクスは書類を睨んでいた。「……また、減ってる」机に広げられた予算表を、その長い指で叩く。「防衛魔術研究費、三割減。代わりに“聖堂改修費”の増額……か」ルシアンの向かいに座る研究員が、苦笑した。「王都は平和ですからね」「平和だから王都から出ない。出ないから、知らない振りができる」ルシアンは椅子にもたれ、天井を仰ぐ。「王都には聖女がいる。天然の対魔物結界だ。だから、魔術師は要らない。魔術師たちの研究棟であるこの塔もぼろぼろ……世知辛いな」「でも、ほら、貴族からの依頼は、増えています……から」「そんな下らないもの、増えなくていい。俺が欲しいのは、好きな研究をする時間と金だ。注文品の魔導具を作るために魔法を学んだわけじゃない」ルシアンはぴしゃりと切り捨てる。貴族からの依頼。自分を三割増しによく見せる魔導鏡。身にまとうだけで威圧感が出る魔導マント。肌のハリや艶を増す魔導香炉。(馬鹿馬鹿しい。誰が美人になろうが、それで俺に何のメリットがある)このルシアンは究極の面倒臭がりだ。できれば一日中ベッドの上で過ごしていたいという人物である。「人間の三大欲求は全部ベッドですませられるのに、なんで排泄はそうはいかないんだ」ルシアンの夢は体内の排せつ物が自動で別の場所に転移される魔導具と、ベッドの上から動かずに体を常に清潔に保てる魔導具を作ることである。 「そもそも、何だって聖堂改修費が必要なんだ?」「聖女が見つかったからです」「だから?」「聖女と王太子殿下が結婚式をするから、聖堂をキレイにしようってことですよ」呆れたようにルシアンは肩を竦める。「今度の聖女様、一体どんな夢を見ているのだか」王子様との華やかな結婚式を夢みているだろうと思ったルシアンは悪くない。それは一般的な意見である。ただ、今代の聖女が規格外なだけ。今代の聖女、アリアが考えているのは王位簒奪である。ある意味で、夢と言えば夢である。 ルシアンは、予算削減の紙を丸めてくず籠に放った。ナイスイン。流石、動かないためにコントロールを磨いただけはある。そして、あくびを一つ。
last update最終更新日 : 2026-02-12
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5

「やることは簡単なのです。聖女として城に入って、王様たちを制圧します。聖女の護衛ということで、お兄様たちが帯剣して謁見する許可も下りています」「三人とも、か?」「ええ、三人全員です。辺境の田舎者である兄たちに、滅多にできない王城見学を許す……みたいな手紙が王子様から届きました」アリアの言葉に、誰かが深いため息を吐いた。「……馬鹿なのか?」「馬鹿なんだな」「馬鹿だろう」馬鹿の三段活用。「ヴァルグリム三兄弟の武力なら国一つを落とせると言われているのだぞ」辺境伯たちの呆れた声に、アリアが口を開く。「だから、その、国落としをしにいくんですってば!」「あ、ああ、そうだったな……自分たちの国だけどな……」アリアを宥めるように頷きつつも、むうっと彼は眉間にしわを寄せる。「王族の守りである近衛兵たちはどうする? 国の騎士たちの中でも屈強な者たちが揃っているぞ」「お母様の古巣ですね」”ああ、そうだった”という空気がこの場で流れ、視線がエリスに向かう。エリスは一つ咳払い。「近衛隊の同期に連絡してみたところ、”いいんじゃない? 協力するよ”という返事をもらいました」エリスの答えに、全員が仰天する。「近衛騎士と言えば、王家への忠誠心が高いことで有名ではないか」「そう言うことになっていますが、実態は違います」噂と実態が異なる。よくあることではあるが、いいことではない。 「この国で真面目に騎士になりたいと思っている者は、辺境伯家の騎士団に憧れています」エリスの言葉に、その憧れの騎士団の管理者である辺境伯たちは満足気に頷く。「私も、騎士学校で優秀な成績を納め、『牙』の入団テストを受ける日のことを指折り数えておりました。それが、”美人だから、この子にする”という感じに近衛兵に抜擢されてしまった。このときの悔しさが分かりますか?」確かに美人だからなあ、と多くの者が思った。しかし、誰もそれを言うことはできなかった。いまエリスが握っている彼女の愛槍は小刻みに揺れていたから。下手なことを言ったらアレが飛んでくると、全員が口を噤んだ。「それが近衛兵の三割の実態です」「努力を侮辱する行為だな。残り七割は?」「王様たちのそばにいれば、覚えもめでたくなって、遊び放題、女の子たちは入れ食い状態。俺ら勝ち組、ウウェーイという、高位貴族のバカ息子たちで
last update最終更新日 : 2026-02-12
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6

「お婿様……早くも難問がやってきたわね」「難問やってくるの、早くないか?」困った声を出したアリアの隣で、フィンが呆れる。ヴァルグリム家の三兄弟はシスコンだが、年の差でその愛に差がある。十八歳のアリアと年子の兄フィンは、ボケるアリアのツッコミ担当なところもあり、アリアに対して盲目的ではない。一方で、アリアと十歳違う長兄のカイムと、七歳違いのレオンハルトは、父ローデリヒ同様にアリアを目に入れても痛くないほど可愛がっている。「アリアは可愛いから、すぐに見つかるだろう」「兄さん、夫はそう簡単には見つからないよ」アリアと同じくボケ属性のカイムの言葉に、レオンハルトは難色を示す。「アリアの夫となる男は常に命を狙われることになる」ルクスハイム王国の法典では、独身の女王は認められない。例外は未成年の王子が成人するまでの繋ぎの女王だが、今回アリアはそのパターンではない。「アリアは女王となったのち、辺境を積極的に回ることになる。中央の貴族たちは面白くないだろう」「なぜ? 常に王都は聖女の浄化範囲内だし、定期的に城に戻ってきて魔力の増幅装置を使うんだから、王都が魔素に汚染されるってことはないでしょう?」「そこは心情だろうな」カイムが頷く。「空気清浄機の近くの空気のほうが、美味そうな感じがするもんな」「……カイム兄さんにとって聖女って“空気清浄機”なんだ」カイムの言葉に苦笑しつつも、アリアは考えた。そして思いついた。「兄さんたち、お友だちとかに殺しても死ななそうな男の人っていない?」伴侶が死ななければいい。それがアリアの結論だった。「なんだ、その条件は?」「誰かが言っていたんだけど、“お兄ちゃんの友だち”って紹介された男性との成婚率って高いんだって」「俺が言った条件はそっちではないが、“誰か”なんて出典の怪しいものを信じるなよ」「でもフィン兄さんも、私の周りに可愛い子がいたとき“紹介して”って強請るじゃない」「……そうだな」肩を落としたフィンに、レオンハルトが呆れる。「お前、そんなことをやっていたのか」「仕方がないだろう、アリアのほうが女の子にモテるんだから」「確かに、そうか」ヴァルグリム家の三兄弟はかなりモテるが、アリアはその比ではない。アリアを「お姉様」と呼び、アリアの遠征には後ろから補給物資をたんまり乗せ
last update最終更新日 : 2026-02-16
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7

黒曜魔塔。王都の端、聖堂や貴族街から意図的に距離を取らされた場所に、その塔はそびえ立っていた。その塔の入口に、四人の人影が立っていた。四人は揃って全身を長いマントで包んでいる。「……ここ?」「そうだ」訝し気なアリアの言葉に、カイムが頷く。「ここって、お城から大分離れてはいるけれど、お城の敷地内なんだよね」「そうだ」首を傾げるアリアに、レオンハルトが頷く。「お城に侵入するのがこんなに簡単でいいの?」「だからアリアが国王たちを討つって言ったとき、誰も無理だとは言わなかったんだな」アリアとフィンは地面を蹴って、これが現実であるということを確かめた。 「さて、これからの計画だが……」カイムが懐から幾重にも折った紙を取り出した。「母上に、現地の確認をしておけと言われたから、俺とレオンハルトはこれの確認をしてくる」「「これ……」」カイムが広げた紙は城の見取り図。エリスの古巣の友人が“協力の証”として送ってくれたものだが……。「これ、何人の協力者がいるんだ?」地図に書き込まれた“注意点”の筆致は様々。一人や二人ではない。さらに“注意点”として書き込まれている内容は、【見張りの兵、常に四名】など実用的なものもあれば、【見晴らし最高】や【城内案内受付所】のように観光マップかと思ってしまうものもある。さらには……。「【占拠後におすすめ☆アリア様の部屋候補③】……って、①と②があるのか?」「どこかにあるだろう。見ているだけで、目が痛くなる地図だ」「これ、全部確認しなきゃだめか?」「…&hell
last update最終更新日 : 2026-02-17
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8

黒曜魔塔・最上階。ルシアン・ノクスは執務室の隣、寝室のベッドの上で書類を読んでいた。指を動かすのもおっくうで、書類を宙に浮かせて読んでいた。「……はあ」ため息一つで、三枚の書類がひっくり返る。いずれも研究費削減により、研究できなくなったものだった。「……金、かあ」世知辛い呟きである。  コンコン。(……ん?)隣の執務室と繋がった扉ではなく、廊下に繋がった扉からノックの音がした。(珍しいな)ルシアンのところに来るのは、研究の相談がある者ばかり。執務室にいないと分かってそのままここに来るから、廊下側の扉を叩く者は滅多にいない。「……誰だ?」(清掃担当者か? 何カ月ぶりだ?)「ルシアン・ノクス様ですか?」「そうだが……」(若い女性? 夜這いか?)ルシアンは元平民だが、魔塔の主となったときに男爵位を与えられている。一代限りの爵位だが、ルシアンは貴族女性に人気がある。貴族は、生まれたときは貴族である。しかし、爵位を継ぐか爵位を持つ貴族と結婚しないと、平民になってしまう。家からの援助がある場合、かなり裕福な平民となり生活にも困らないが、「貴族です」を前面に出して「平民なんて」と笑っていた身に平民落ちは堪える。そのため、一代限りであっても派閥なく、ついでに五月蠅い姑たちがいない爵位持ちのルシアンは好物件。ルシアンが塔から出てこないことは有名で、結婚しても実際は単身赴任状態。「亭主、元気で留守がいい」を地で行く、自由が約束された結婚への手形なのだ。(……いや、夜じゃないから、”夜這い”じゃないか)ルシアンは、夜這いを歓迎してはいない
last update最終更新日 : 2026-02-17
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9

「ちょっと待て」「はい」混乱する頭を整頓するため、ルシアンはアリアに待ったをかけた。アリアは本当に待った。(素直だな)視線を少し外して、ルシアンの要求通り『待つ』姿勢のアリアにルシアンは新鮮な驚きを覚える。ルシアンにとって、貴族は話しをよく聞かない。特に、ルシアンの元にやってくる貴族令嬢たちは、ルシアンを落とすという目標に燃えているので、ルシアンの都合はお構いなしで、待ったも聞かずに襲い掛かってくる。ルシアンにとってはその認識なのだが、貴族令嬢側にも事情がある。彼女たちはルシアンの立場が欲しくて、ルシアンの容姿も知らずにやってくる。例えブ男でも、魔塔から出てこないルシアンと夫婦をやる必要はなく、見映えのよい男性なら愛人を作ればいいと思いながら、彼女たちはルシアンのもとにやってくる。そのルシアン、本人は至極面倒臭がりだが、神様は彼を作るときにかなり手間暇をかけたと思える。ルシアンの容姿は社交界の中でも一、二を争うレベル。対抗馬となる王太子セドリックとは違ったタイプのイケメンなので比べるのは難しいが、ルシアンを認め見た瞬間に貴族女性たちのやる気は最大値になる。やる気が最大値、言葉を変えれば「なりふり構っていられない状況」になるのだった。 「えっと……そもそも、どうして俺に求婚を? どこかで、会ったことが?」「ないです」「……あ、そう」(これは……どうも、調子が狂う)ノクトは眉間に手を当てた。「ルシアン様に求婚したのは……」(ん?)
last update最終更新日 : 2026-02-18
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10

(この女は、王位を獲る……獲れない理由も、止める言葉も、全く見つからない……なるほど、それで、俺に求婚か)ここにきてようやく落ち着いたルシアンは、アリアの求婚の理由を察した。「法典か」王配となる男がいないと、女性は女王にはなれない決まりがある。「王位は奪うのに、法典は守るのか?」「王位を奪ってはいけませんって、法典に書いていないでしょう?」当たり前である。でも、とんでもない理屈だが、ルシアンにはアリアの言いたいことがなんとなく分かった気がした。 ルクスハイム王国には王制があるが、法治国家である。例え、王様といえども、法典は守らなければいけない。(ヴァングリム家は国に対する忠誠心の高い家。王家ではなく、法典に従うということか……)ルシアンは一人勝手に想像して、ジンッと感動していたが、それは違う。ヴァングリム家は、ルールに関しては幼い頃から厳しくしつけられている。ルールを守ることは、厳しい北の地を生き抜くための必須条件。ヴァングリム家で一番重要とされるルールは、人の食べ物はとらないこと。魔物と戦い続けるヴァングリム家は常に腹を減らしており、食べ物に対する執着心は半端なものではなく、あのアリアを溺愛する父ローデリヒすら、アリアが彼の分の食事を奪うと怒るのだった。だから、アリアが法典を守るのはただの条件反射。法典を重く見ているわけでも、国に対する忠誠心でもない。「法典って厄介ですよね」「厄介なのが法典。それで、なんで、俺なんだ?」「女王になることは比較的簡単にできると思うのです。うち、攻めるの得意なので」「そうだな。牙は最強の武力集団だもんな」(そもそも、彼女の三人の兄が攻めれば数分で王城は陥落するだろう……なんだろう。その三人が、武装はしていないだろうが、傍にいる気がする)ルシア
last update最終更新日 : 2026-02-18
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