LOGIN王都ルクスハイム。
白い城壁に囲まれた都は、今日も平和だった。
少なくとも、城の中にいる者たちはそう思っていた。
「辺境から聖女が見つかったと聞いた」
王座に座る国王オスヴァルトは、宰相ヴァルターを呼び出した。
王妃である聖女が亡くなって一ヶ月。
彼は喪に服すどころか、愛人たちの宮殿を行脚して、愛欲に耽っていた。
その分の仕事がどさっと宰相のところにいったため、彼は多忙を理由に国王への報告をサボった。
どうせ読みはしない。
人と時間は有限。
節約できるところは節約するとヴァルターは宰相になった日から決めていた。
読まない報告書は、最初から作らない。
いつか呼ばれて聞かれるのだから、そのとき随時対応。
「聖女はどこの誰だ?」
(報告書に描いてあるのだが)
「北部辺境伯ヴァルグリム家の令嬢、アリア様でございます」
「ほう……」
オスヴァルトは鼻で笑った。
「ようやく、か。ずいぶん遅かったな」
オスヴァルトは玉座の横、王太子セドリックを見る。
セドリックは金髪碧眼、絵に描いたような“王子様”の外見をしている。
(外見だけだがな)
「セドリック、求婚の使者は送ったのか?」
「当然です。辺境ですので、時間がかなり掛かりますからね」
「お前にしては仕事が早いな」
「求愛の手紙なんて、基本的にどれも同じ。先日マリアに送り損ねたものを、そのまま送りました」
「そうか」
(そうか、じゃない!)
「失礼いたします」
ヴァルターは父子の会話に割り込んだ。
「王太子殿下。聖女様は”アリア”様でございます。”マリア”ではありません」
求婚をかねた求愛状のあて名を間違えるなど、あり得ない。
あり得ないのだが……。
「大丈夫だろう。マリアのほうが聖女っぽいしな」
(フリードリッヒのほうが王子っぽいと言われたら改名するのか、お前は!)
「まあ、いい」
(よくない!)
「聖女は王家のもの。それは、この国が始まって以来の常識だ」
オスヴァルトの言葉にセドリックが、軽く肩をすくめる。
「辺境育ちの娘だ。王妃教育は骨が折れそうだが……まあ、こちらでどうとでもなる」
「“聖女”である以上、意思など不要だ」
国王の言葉に、何人かの貴族が頷いた。
ヴァルターはため息を吐き、口を挟むのをやめた。
「浄化をし、子を産み、王家を支える。それで十分」
「感謝されこそすれ、反抗など考えまい」
彼らは気づいていなかった。
その前提が、すでに間違っていることを。
*数日後。
「はあ?」
王都から戻った使者が、青ざめた顔で報告した。
「追い出された?」
「いえ、まあ、その……王太子殿下からの求婚状を、もう一度、いえ、他にも欲しいと……」
王城の一室。
報告を受けた貴族たちは、しばし沈黙した。
「……冗談だろう?」
「何度も求婚してほしいなど……」
「辺境の娘が。王太子殿下からの結婚の申し込みに浮かれているのだろう」
一人が、乾いた笑いを漏らす。
「まあいい。結局、聖女は来るしかない」
「そうだ。聖女は城に入らねば、その力を十全に使えぬ」
魔力増幅装置。
城の中枢に鎮座する、巨大な魔導装置。
聖女がその中心に立つことで、国全体に浄化の力を巡らせる。
「装置は城から動かせん。聖女は城に来るしかないのだ」
「そうしたら、少々教育する必要がありますな」
彼らは笑った。
「兄たちと魔物を討伐しているから、自分が強いつもりでいるのでしょう」
「所詮は若い娘」
「王城に入れば、王家の空気に呑まれる」
「戦神アリアなど辺境では大層な名で呼ばれているが、ただの田舎者よ」
その場にいた誰一人として、アリアが王位簒奪を目論んでいるなど思っていなかった。
*同じ頃。
北部辺境、ヴァルグリム家。
「王様たち、完全に舐めてるね」
アリアは王都にいるエリスの同僚からの情報を聞いて、にっこり笑った。
エリスは優秀な騎士であり、気さくな性格から男女関係なく友人が多い。
近衛兵にも、友だちがたくさんいる。
「聖女は城に来るしかない、か」
「まあ、理屈としては間違ってないな」
レオンハルトが肩をすくめる。
「聖女が従順、と思っているところで腹が捩じれたけれどな」
「笑い過ぎて、腹筋が痛い」
「従順なアリア……あはははははは、ダメだ、笑える」
アリアは笑い転げるフィンを思いきり引っ叩いた。
「アリア、どうする?」
「うん、これならいける。要は、お淑やか~にしていれば、勝手に向こうが王様たちのところに連れていってくれるんでしょう?」
そうとも言う。
「まあ、そうだね。聖女の付き添いってことで、カイムたちがいけばいいか」
「最悪、次期辺境伯の兄貴は謁見できるだろう」
「じゃあ、俺たちが迎撃だな」
「退路を考えないのは楽でいいよね」
占拠したら、城に居座る。
だって魔力増幅装置があるから。
「問題は、こっちに向かってくる兵力だな。対魔獣に兵を割くし」
カイムは眉間にしわを寄せた。
「どこに協力してもらうか、か……革命だからな、下手に協力は仰げない」
アリアは提案した。
「それなら、辺境全部で戦ったらどう?」
家族の目がアリアに向く。
「魔獣も、魔素も、王家はなにも助けてくれない。どこでも、みんな、そう言っているじゃない」
「まあ、そうだが……」
「だから、私が女王になったら」
アリアは、はっきりと言った。
「辺境を行脚する。遠乗りは得意だもの。北も、東も、西も、南も、見捨てられてきた土地を、全部行く」
ローデリヒが、ゆっくりと笑った。
「……なるほどな」
「辺境全部で、か」
「俺たちと一緒に辺境をまわりまくったお転婆っぷりが、いい証明になるな」
エリスは、娘を見つめて、静かに言う。
「アリア、覚悟はいい?」
「もちろん」
アリアは、迷いなく答えた。
王都は、アリアの”やる気”を知らない。
聖女アリアは、城に“収まる”つもりなど一切ない。
そして――慢心と勘違いの代償を、これから払うことになる。
目が覚めたとき、アリアが最初に感じたのは静けさだった。(そう言えば、ここはお城だったっけ……お城って、静かなのね)革命直後で、ほとんどの人を城から追い出したから静かなのである。しかし、まだ眠気にとらわれたアリアはそんなことは気にしなかった。分厚いカーテンの隙間から差し込む光はやわらかく、寝室の空気を淡く照らしている。アリアはぼんやりと天井を見上げていた。「……疲れた」ブハッと吹き出す声がした。アリアは横を見た。そこにはルシアンがいた。(魔力を吸い取る魔法陣の話を聞いて、急いで結婚して、そして――)そこまで思い出したところで、アリアは瞬きをした。痛みがないわけではない。体の奥に、鈍い違和感のようなものは残っている。けれど、それは覚悟していたものとは随分違っていた。(もっと、こう……大変なものだと思っていたのだけど)アリアはゆっくり息を吐いた。子どものころから、痛みには慣れている。両親も兄たちもアリアに対して気は使っていたが、武芸を身につけるのに無傷とはいかない。魔物討伐時には、数えきれないほど怪我をしている。骨が軋むような重さも、牙や爪が食い込むを感じたこともある。だから昨夜、アリアは当然のように耐えるつもりでいた。文句を言わず、黙って耐えるように教えられてきたのだから。(でも……)違った。少なくとも、アリアが想像していたものとは。「……おはよう」ルシアンはしばらく前から起きていたようで、背もたれ代わりに枕を重ね、それにもたれながら座っていた。いつも通りの無表情だったが、その目は少しだけ柔らかかった。「おはようございます」アリアは少しだけ体を動かした。その瞬間、体の奥に鈍い痛みが走り、思わず「う」と小さく声が漏れた。ルシアンの眉がぴくりと動く。「……無理はするな」「大丈夫……」「頑張るかどうかを聞いているんじゃない。無理はするなと言っている」アリアは不思議そうに瞬きをした。そんなアリアに、ルシアンはため息を吐く。「疲れたと言っていただろう……痛みは?」「大丈……多少の違和感、くらい」ルシアンにじっと見られ、アリアの訂正した言葉にルシアンは満足げに頷いた。アリアは、なんとなく、もう少しだけ話が続けたくなった。「思っていたより、ずっと」「思っていたより?」「もっと、こう……」言葉を
「力を奪うのであって、即死させるわけではない……王妃陛下も、二十年以上……ご存命だった」「そう、だったな」王妃陛下の意外な死因の判明に、その場の全員が沈黙した。哀悼がすんだと判断したところでルシアンが口を開く。「俺が見た限りではアリア嬢はあの魔道具が欲する以上の魔力を今は持っている」「それを、吸われ続けたら?」「魔力がなければ、生命力変換させるようになっていた」「大変じゃないか」「……だから、そう言っている」ルシアンの言葉に三兄弟は黙った。理解しているのか、していないのか分からない沈黙。「それが……どうして、夜着になる?」「レオン、お前、学校で何を習った?」レオンハルトが首を傾げる。「剣」「……座学はからっきしだったな」呆れるルシアンに対して、レオンハルトは胸を張る。「お前の答えを一夜漬けで覚えてクリアしていたからな。お前がいなければ卒業できなかった自信がある」「そんな自信はいらん。あの装置の仕組みの詳細は不明だが、見たところ聖女の浄化魔法の術式の読み込みと魔力の吸い込みがあった」「なぜ? 浄化魔法ならいちいち術式を読み込む必要はないだろう」「聖女の浄化魔法は何かしら特別で、個体差があるのだろうな。アリア嬢がいる間、何度も読み込みが行われていた。だから一時的にアリア嬢の魔力を俺の魔力にしてしまい、魔導具に聖女の魔力だと誤認させれば、あいつは俺の魔力を吸い続ける」ルシアンが一拍置く。空気が凍った。先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返る。ロザリーも、言葉を失っていた。「魔力を同質に……それで、夜着か」「そういうことだ」どういうことかと、理解できないロザリーはアリアを見た。見てしまった、という表現のほうが正しいのかもしれない。「私とルシアン様が房事を行い、ルシアン様の魔力を纏った精……」「姫様ストップ! マジで、ストップ!」ロザリーは急いでアリアの口を塞いだ。説明の途中だという目をアリアはしたが、ロザリーは無視した。「大丈夫です。理解できました」「そう? そういうことだから、夜着の準備をお願いできる?」「……姫様、その前に、急いで結婚しましょう。大丈夫です、姫様、まだピンピンしていますし」「そう言えば、閨は暗い中で行われると先生は言っていたわね」何かが違う。でも、何が違うのか説明するのは面倒臭い。
「ロザリー」名前を呼ばれたロザリー、アリアの侍女の女性はフィンとの話を切り上げた。「どうしましたか、姫様」軽やかに駆けてくるアリアの後ろ、ゆっくりと歩いてきたルシアンにロザリーは会釈する。ルシアンも会釈を返した。「ロザリー、昨日城下町で買ったものはどこ?」昨日、アリアから求婚が上手くいったと聞いたロザリーは城下町を歩き回り、アリアの嫁入り道具を買い集めた。金はあるが店がないという北の辺境伯領。金に糸目はつけないという北の辺境伯ローデリヒの言葉を遂行すべく、事前に情報を集め、無駄なく、アリア好みのものを集めた。「夜着はちゃんと用意している?」「……用意、は、してあります……けれど……」ここで聞くか、とロザリーは内心でアリアに抗議した。ロザリーは三兄弟のほうを顔を向けないように気をつけつつ、目線だけを向けた。三兄弟は揃って唖然とした顔をした後、さすが仲良し兄弟と言わんばかりの揃ったタイミングでルシアンを見た。(ルシアン様、おかわいそう……いや、でも、ローデリヒ様十人でも突破できない物理障壁を作れる方だと聞いているから大丈夫かしら)物理的には、ロザリーの思っているようにルシアンは安全である。だからこそ、アリアの白羽の矢がぶっ刺さったのだから。しかし、メンタルはボロボロである。でもデフォルトが無表情なルシアン、ぼろぼろのメンタルを誰にも認識してもらえなかった。 .「ルシアン、お前っ!」「レオン! 大いなる誤解だ! 剣を下ろせ!」 ガキンッレオンハルトは剣を下ろしたが、ルシアンが反射的に張った物理障壁に向かって振り下ろしていた。硬質な音にロザリーは吃驚したが、吃驚したのはロザリーだけだった。.「アリア、お前も嫁入り前で……」
「……その、だな。交わると言うのは……えっと……」この場には自分しかおらず、自分から切り出した以上は自分が説明するべきだとルシアンには分かっているが……。(する相手からの説明って、いやらしくないか? こうやってしますって暴露する……いや、心の準備はしてほしいから、事前説明が必要ってことなら……いやいや)ルシアンの言葉も、思考も止まる。喉が上下し、視線が魔法陣へと逃げる。(そんな手を使わなくても、魔法陣を解読すれば……でも、この規模だぞ? 十年は余裕でかかるぞ……十年、王妃陛下が身罷られたのはご成婚から二十……三年、くらい)「この元気いっぱいな聖女様でも、さすがに十年は……」「何を悩んでいるか分からないけど、十年? それなら、交わりましょう」「はあ?」驚くルシアンに、アリアは首を傾げる。「交わるのが一番手っ取り早いといったのは、ルシアン様でしょう?」アリアの問いかけに、ルシアンはさらに困った顔をした。(時間だけを問題にすれば一番早いことに間違いはない)「難しいことなの?」「いや……難しくは、ない」「何か必要なものは?」「必要なもの……も、特に、これと言っては、何も……いや、それでいいのか?」ルシアンの問いかけに、アリアはきょとんとしたあとで、笑う。「質問しているのは私なのに」「そう、だな……」ルシアンは大きくため息を吐いた。「交わりというのは……一種の儀式と思ってほしい」「うん」
石造りの大広間の中央にそびえる巨大な魔道具は、見た目こそ朽ちかけた遺物だった。高さは三階建ての塔ほどもあり、六本の漆黒の柱が円環を描くように立ち並び、その中心にはひび割れた水晶球が宙に縫い止められたように浮かんでいる。「まだ魔力が残っているが……」(まるで生き物だな)魔力の流れを感じたルシアンは、この無機物がまるで生き物のように聖女、隣にいるアリアを標的と定めたことを感じた。(魔道具が、魔力を吸っている?)「王よりかなり若かったはずなのに、王妃陛下が早くに亡くなったのはそういうわけか」「この魔道具のせい?」「ああ。すでに君の力を吸い始めている。体に異常は?」「そうね、例えるなら生理中みたいな感じ」アリアの例えに、ルシアンはため息を吐く。「男の俺が分かるように説明してくれ」「痛みはないけれど、体の中から何かが流れ出るのを感じるの。ケガからの出血みたいに止めたいのだけれど……止める術が分からない」アリアが魔導具の一点、ヒビ割れた水晶を見つめた。水晶の内部で淡い燐光が揺らめきはじめる。アリアの呼吸に合わせて、脈打つように燐光は強弱を繰り返している。「ここに入るのは、初めて?」「ああ。先代は、魔道具だからメンテナンスをしたほうがいいと言ったようだが王妃陛下に不要だと断られたらしい」ルシアンは古めかしい魔道具の外観にため息をついた。柱の表面には苔がむし、金属の輪は錆びついている。(起動しているところを見ると、色褪せただけで魔法陣に欠けはないようだな……なんだ?)「何を、笑っている?」「笑っているように見える?」アリアの表情に、ルシアンは首を横に振った。「訂正する。いまにも泣きそうだ」「面倒くさそうに言うなんて、紳士失格だわ。こういうときはハンカチをそっと渡すのよ?」「洗うのが面倒
「セドリック、耐えるんだ」「……父上?」「三日……いや、七日耐えれば助けがくる」国王の言葉は楽観的であったが、それは事実だろうなとアリアは思った。国家の佞臣だろうと、彼らも人の子。霞を食って生きていけない以上は、金は必要になる。もちろん職を探すなり、領地をきちんと治めるなど、真っ当な方法で金は稼げるのだが、真っ当な方法には労働力が必要である。一度、それも長い間、甘い蜜を吸って、食って、寝って、アッハ~ンな生活をしてきた彼らに働く意思が生まれるとは思えない。『この世の春をもう一度!』と蜂起する可能性は高い。 .「皆が結託すれば、辺境の兵など恐れるに足らず」「父上!」国王はアリアに向かってふんっと鼻を鳴らして見せる。「まずは北だ。北を攻め、子どもにろくな教育をしなかった辺境伯夫妻を処刑してやるっ!」「あはははは、泣いて許しを請うがいい」セドリックはアリアをジッと見る。「安心しろ、お前は殺さない。お前は聖女だからな。俺が夫として、きっちり教育し直してや……ぶべっ」いやらしい目つきに耐えかねて、アリアは近くにあった盾を投げつけた。「ふっ……こういうじゃじゃ馬を御すのも一興」「気持ち悪い妄想をしないで。そもそも、私はあなたと結婚したくないから、女王様になることに決めたのよ」「そんな下らない理由で?」「あんたの嫁になるくらいなら、女王様のほうがマシ」「お前、貴族の娘だろう。貴族の娘なら、家が王家と繋がることを喜べ」「喜ばれないことを恥じなさいよね」「生意気なっ! 女のくせに王になど……いや、待て、女王になるだと?」「ええ、そうよ」アリアが頷くと、セドリックは笑う。「お前、やっぱり俺と結婚しなくてはならないだろう
「アリア、どうした?」城を見て足を止めていたアリアに、フィンが声をかけた。アリアはフィンに目を戻して、笑う。「真っ白で、目に眩しいなって思っただけ」どこにも欠けのない石畳。整えられた庭園。磨きあげられ、アリアの見る限り汚れひとつない白い壁。「あの魔塔とは同じ国の施設でもまるで違うよな」「魔塔の中の人たちは一生懸命働いていたわ」髪のセットに何時間かけたのかと思われる凝った髪型の文官。何をするにも邪魔そうな装飾品をつけた侍女たち。
「なんだ?」「殿下。宰相閣下からのご連絡です。急ぎなので、口頭で失礼いたします」「早く言え」「はっ。聖女様より、兄三名の帯剣で入城する許可を殿下から頂いているとのご報告がありました。それが事実かの確認に参りました」「事実だ。護衛なのだから問題はないだろう」「あと、城の見学についても……」「もちろん、許可を出した。お上りさんというやつだ、多少無礼があっても目こぼしするよう通達してくれ。なにしろ、奴らは聖女の兄なのだからな」「……分かりました」侍従が下がると、セドリ
「それでは……私はどうなるのです?」不安と期待が入り混じったマリアの目だったが、セドリックは気づかない。「聖女がこようと関係ない。私はお前を手放さない」「それなら……」マリアの表情がほどける。マリアも最初から正妃の座は狙ってなどいなかった。男爵令嬢では、側室である皇妃すらも難しいと分かっていたから。「私を、皇……」「お前はずっと私の恋人だ」当たり前のように、さらりと言ったセドリックの言葉に、マリアの顔が強張った。「いまと何も、変わらない」王家の血を絶やさぬためにも、王太子には複数の女がいて当然。正妃がいても、他に幾人の愛人を持っても何も問題はない。それが王族の在り方
王太子セドリックはベッドからおり、足元のガウンを羽織るとまだ熱がくすぶる体を冷ますために窓辺に寄った。頭に浮かんだのは、数日前に受け取った手紙。【城に行きます】目安となる日時と、護衛の三人の兄たちの帯剣での入城許可。それだけ。『結婚』という単語も、『承諾』という言葉もない。当然だ。アリアのほうには全く結婚を承諾する意思はない。だが――。「素直じゃないな」セドリックは満足そうに微笑む。聖女アリア・ヴァングリムについては自分なりにセドリックも調べた。北の辺境伯家で生まれ、貴族であるが兄三人と違って王都には来ておらず、社交界にはデビューしていない。(北の城に閉じこもり、蝶よ







