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新解釈「聖女」
新解釈「聖女」
Author: 酔夫人

第1話 戦神、聖女になる

Author: 酔夫人
last update publish date: 2026-01-30 16:58:39

(血の匂いにも、もう慣れてしまった)

雪解け水を含んだ地面はぬかるみ、倒れた魔獣の体液がアリア・ヴァルグリムの靴底にまとわりつく。

重く淀んだ空気を吸い込むたび、喉の奥が焼けるように痛んだ。

(また魔素が濃くなってる)

北辺境では珍しいことではない。

(王都の浄化は、ここまでは届かない)

聖女の浄化が届かないこの地では、魔素に侵された魔獣との戦いが日常だった。

「アリア、左!」

兄フィンの鋭い声が飛ぶ。

考えるより先に体が動く。

身を沈めたアリアの頭上を黒い爪が掠め、空気を切り裂いた。

「遅い」

アリアは地を蹴る。

銀色の剣閃が走り、魔獣の胴を一刀で断ち切った。

巨体が轟音を立てて倒れた、その瞬間だった。

「……え?」

胸の奥が熱い。

心臓から全身へ何かが溢れ出し、見えない波紋のように広がっていく。

「これは……浄化?」

少し離れたところにいるフィンの呟きにアリアは目を見開く。

アリアも周囲を見渡して、息を呑んだ。

灰色に濁っていた空気が澄み渡り、肺が驚くほど軽い。

まとわりついていた息苦しさが消え、冷たい風が心地よく頬を撫でる。

「……空気って、こんなに美味しかったのね」

思わず漏れた呟きに、その場にいた騎士たちが一斉にざわめいた。

浄化が使える女性は『聖女』と呼ばれる。

この瞬間、北の辺境の地で新たな聖女が誕生した。

 ◇◇◇

「終わったか」

城壁に立っていた長兄カイムは、離れたところから上がった狼煙に肩の力を抜いた。

弟妹が派遣された場所から上がる煙は、魔物が掃討されたと知らせるものだった。

次兄レオンハルトも肩を回しながら辺りを見渡した。

そして気づく。

「呼吸が楽だ……」

レオンハルトの呟きで、カイムも肺の重さが減ったことに気づく。

「王都から届く浄化が急に強くなったのか?」

その言葉にカイムは首を横に振る。

「そんなはずはない」

王妃であり聖女でもあった女性が亡くなって一か月。

国中が次の聖女を探しているという噂は辺境にも届いていた。

「兄さん……でもこれは、浄化だ」

「……どういうことだ」

.

カイムのこの疑問は数時間後に解決した。

「アリア?」

父と母も揃い、彼らは前庭で魔物の討伐に送り出した者たちを出迎えた。

アリアたちがやって来る。

元気な姿にホッとした次の瞬間。

家族の顔がぴしりと固まった

アリアを中心に澄み切った空気が静かに広がり続けている。

誰が見ても分かる。

浄化だ。

「まさか……」

レオンハルトが息を呑む。

アリアは照れくさそうに頬をかいた。

「私が、次の聖女みたい」

「「聖女って柄じゃないだろ、お前!」」

兄二人の声がぴたりと重なり、アリアは膨れる。

「兄さんたちまで、フィン兄さんと同じこと言わないでよ」

アリアが頬を膨らませると前庭に笑いが広がった。

しかし、その笑いは長くは続かなかった。

「旦那様! 奥様! 大変でございます!」

屋敷へ戻るなり、執事ハンスが血相を変えて飛び込んでくる。

普段ならドラゴンの群れが現れても「来ましたよ~」くらいの調子で報告する男が慌てている。

「何事だ?」

緊急事態だと察した父ローデリヒが問うと、ハンスは大きく息を吸った。

「王都から王太子殿下の使者が出発したそうです」

一瞬で部屋の空気が凍りついた。

◇◇◇

数週間後――。

全員が窓から外を見ていた。

彼らの視線の先には、雪煙を上げながら一直線に駆けてくる騎馬隊。

そして風になびく王太子の旗。

そして数十分後。

「辺境伯ローデリヒ様! 王都より、王太子殿下のお言葉をお届けに参りました!」

父ローデリヒは深く息を吐き、苦笑した。

「……来ちゃったよ」

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