十一月上旬。秋の風が冷たさを増し、福岡の街路樹は赤と黄色に染まり始めていた。早乙女球太は病院の玄関で、右腕にまだ巻かれた包帯を軽く押さえながら、深呼吸した。退院の日。医者からは「投球はまだ禁止。リハビリを継続し、12月以降に軽く投げ始めろ」と念を押されたが、球太の胸はすでにグラウンドに向かっていた。「やっと……戻れる」タクシーを降り、福丘高校のグラウンドに足を踏み入れた瞬間、懐かしい土の匂いとグラウンドの音が体に染み渡った。午後の練習中だった。選手たちが素振りをしたり、ランニングをしたり、ブルペンで投げ合ったりしている。「球太!」最初に気づいたのは伊藤翔だった。素振りを中断し、駆け寄ってくる。続いて鈴木健、キャプテンの佐藤大輔、そして篠原涼。「早乙女……退院したのか」涼が静かに近づき、右腕の包帯を見て小さく息を吐いた。球太は笑顔を作った。「みんな……ただいま。遅くなってごめん」翔が背中をバンバン叩く。「待ってたぞ! 準優勝のMVPはどこだーって、みんな言ってたんだから!」健が笑いながら言った。「包帯まだ取れてないけど……もう投げたくてウズウズしてんだろ?」球太は頷いた。「ウズウズしてる。もう我慢できねえよ」監督の山田浩二がグラウンドの中央から歩いてきた。いつもの厳しい表情だが、目が少しだけ柔らかい。「早乙女。戻ってきたか」球太は敬礼した。「はい。ただいま戻りました」監督は球太の右腕を見て、言った。「医者の許可は?」「投球禁止です。でも……走ったり、素振りしたり、リハビリはOKだって」監督は小さく頷いた。「焦るな。九州大会は来週からだ。お前はベンチからチームを見ろ。投げられない間も、頭の中でマウンドに立て」球太は頷いたが、胸の奥で「投げたい」という思いが渦巻いていた。
Zuletzt aktualisiert : 2026-02-18 Mehr lesen