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第二十九話:準決勝前、久々の実家と家族の声

last update Zuletzt aktualisiert: 23.02.2026 18:30:23

九州大会準決勝は、あと2日後に迫っていた。福丘高校野球部は準々決勝を快勝し、ベスト4進出を決めたばかり。チームは勢いに乗っていたが、連戦の疲労は確実に蓄積されていた。山田監督は「準決勝まで完全休養日を設ける」と言い、選手たちに自由時間を与えた。グラウンドでの練習は禁止。体を休め、頭をリセットし、次の試合に備えろ、という監督の判断だった。

選手たちはそれぞれの時間を過ごすことにした。翔は地元の友達とゲームセンターへ、健は実家に帰って母親の手料理を食べに、大輔は寮で映画を見ながら体を休める。涼は一人でジムに行き、肩のコンディションをチェックしながら軽く筋トレをしていた。

球太は、久々に実家に帰ることにした。退院してから約1ヶ月。右腕の包帯はついに外れ、医師から「自由に動かして構わない。ただし、投球はまだ禁止。12月以降に徐々に」との許可が出ていた。右手はまだ完全ではないが、肘を曲げ伸ばし、指を動かす分には痛みはほとんどなくなっていた。握力も少しずつ戻り始めていた。

朝、寮の玄関でリュックを背負った球太は、みんなに声をかけられた。

「球太、実家か。ゆっくり休めよ」

翔が手を振る。健が笑顔で言った。

「母親の手料理、食べてこいよ。俺みたいに太るなよ」

球太は笑って答えた。

「わかった。みんなも……体、休めてくれ。準決勝、絶対勝とう」

涼が最後まで見送りに来て、静かに言った。

「早乙女。家族に……ちゃんと話せよ。お前の今の気持ちを」

球太は頷いた。

「ああ。ありがとう、涼」

電車に揺られ、約1時間半。球太の実家は福岡市郊外の小さな住宅街にあった。駅から歩いて15分。見慣れた道、懐かしい匂い。実家の門をくぐると、母親が玄関で待っていた。

「球太! おかえり!」

母親の声が弾む。球太はリュックを下ろし、母親を抱きしめた。右腕がまだ少し痛むが、構わなかった。

「ただいま……母さん」

父親も仕事から早めに帰ってきていた。リビングで家族3人が揃うのは、夏の大会以来だった。

「球太、腕はもう大丈夫か?」

父親が心配そうに右腕を見る。球太は包帯の跡を指でなぞりながら答えた。

「痛みはほとんどなくなったよ。投げるのはまだだけど……動かせるようになった」

母親が涙ぐみながら、台所から料理を運んでくる。球太の好きなハンバーグ、唐揚げ、母親特製のポテトサラダ。テーブルに並ぶと、懐かしい匂いが部屋いっぱいに広がった。

「たくさん食べて。体、細くなったわよ」

球太は笑って箸を取った。

「ありがとう。寮の飯も悪くないけど……母さんの料理が一番だ」

夕食を食べながら、家族は自然と野球の話になった。父親が静かに聞いた。

「九州大会、準決勝まで進んだんだな。テレビで見たぞ。涼くんの完封、すごかった」

球太は頷いた。

「ああ。涼は……怪物だよ。ナックルボールまで身につけて……俺、置いてかれそう」

母親が心配そうに言った。

「球太……焦ってるの?」

球太は箸を置いた。少し間を置いて、ゆっくりと言った。

「……焦ってる。俺、投げられない間、ベンチから見てた。チームは勝ってるのに、俺だけが取り残されてる気がして……悔しくて、夜眠れなかった日もあった」

父親が静かに言った。

「でも、お前はファーストでホームラン打っただろ。チームに貢献してるじゃないか」

球太は頷いた。

「うん。打って守って、少しでも役に立ててる。でも……俺は投手なんだ。マウンドに立ちたい。涼と一緒に、エース争いしたい」

母親が球太の手を握った。

「球太。あんたはいつも頑張りすぎるのよ。体を壊してまで、って思うと……母さん、心配で」

球太は母親の手を握り返した。

「わかってる。もう、無理はしない。監督にも言われた。体と向き合うことだって」

父親が静かに言った。

「来年の夏まで、まだ時間はある。お前はまだ1年生だ。焦らず、ゆっくり治せ。家族は……いつでも応援してる」

球太の目が潤んだ。

「……ありがとう。父さん、母さん」

夜、球太は自分の部屋に戻った。子供の頃から使っているベッド。壁に貼られた甲子園のポスター。棚に置かれた古いグローブ。

球太はベッドに座り、グローブを手に取った。右腕をそっと動かし、ボールを握る。まだ痛みはあるが、握れる。投げられない悔しさはあるが、希望もある。

「俺……投げられる日が来る」

窓の外で、秋の夜風が吹いていた。準決勝は2日後。球太はベッドに横になり、目を閉じた。

夢の中で、マウンドに立っていた。涼が隣にいる。監督がベンチから見守る。家族がスタンドから応援する。

「俺……絶対に戻る」

翌朝、実家を出る球太を、母親が玄関で見送った。

「球太。体、大事にね。母さん、いつも応援してるから」

球太は母親を抱きしめた。

「ありがとう。次は……俺が投げる試合、見に来てくれ」

母親は涙を拭きながら頷いた。

「ああ。絶対に行くわ」

駅に向かう道中、球太は右腕を軽く振った。痛みは薄れ、希望が少しずつ膨らんでいた。

寮に戻った球太は、みんなに声をかけられた。

「球太! 実家、どうだった?」

翔が笑顔で聞く。球太は笑った。

「最高だった。家族に……元気もらった」

涼が静かに近づき、言った。

「明日から、また練習だ。準決勝……一緒に勝とう」

球太は拳を差し出した。

「ああ。一緒に」

涼が拳を合わせる。

つかの間の休日が終わり、準決勝が迫る。球太のマウンドは、まだ遠い。でも、家族の声が、胸に温かく残っていた。

「俺……絶対に、投げる」

九州大会は、まだ続く。福丘高校の闘いは、静かに、しかし確実に続いていた。

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