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第二十六話:リハビリのグラウンド、志願の言葉

作者: ちばぢぃ
last update 最終更新日: 2026-02-22 08:00:41

九州大会2回戦を7-0の完封勝利で突破し、ベスト16入りを決めた翌日。福丘高校野球部はレギュラー陣に休養日を与えられた。連戦の疲労を癒すための措置だったが、グラウンドにはまだ数人の選手の姿があった。その中に、早乙女球太の姿もあった。

右腕の包帯はまだ取れていないが、痛みはかなり引いていた。医者の許可を得て、軽いキャッチボールまでは再開できていた。今日は1年生の数人と一緒に、グラウンドの隅でリハビリを兼ねたキャッチボール。ボールを投げるたび、右腕にわずかな違和感はあるが、以前のような激痛はない。

「球太、今日の球、だいぶキレ戻ってきたな」

相手の1年生が笑顔で言う。球太は左手でグローブを叩きながら、静かに頷いた。

「まだ……本気で投げてないけどな。軽くでこれなら、もう少しで……」

言葉の端に、焦りが混じる。2回戦の涼の完封完投、15奪三振。ナックルボールの影も見え始め、涼との差がどんどん開いている実感が、球太の胸を締めつける。

キャッチボールを終え、グラウンドのベンチに座った球太は、遠くで素振りをしている選手たちを見ていた。レギュラー陣は休養日で来ていないが、ファーストを守る2年生・藍沢拓巳の姿が目に入った。藍沢は秋季大会から昨日までの公式戦で、30打数4安打。打率.133。長打はゼロ。バットが完全に湿っているのが、誰の目にも明らかだった。

球太は気づいていた。藍沢がベンチで肩を落としている姿を。打席でタイミングが合わず、空振り三振を繰り返す姿を。チームの得点源であるはずの5番が沈黙しているのは、福丘にとって痛手だった。

「藍沢先輩……」

球太は立ち上がり、監督室に向かった。ドアをノックし、中に入る。

山田浩二監督はデスクでスコアブックを広げていた。球太の姿を見て、椅子を引いて座るよう促した。

「早乙女。リハビリはどうだ」

球太は椅子に座り、右腕の包帯を軽く押さえながら言った。

「痛みはだいぶ引きました。軽いキャッチボールまでは出来ます。医者からは『12月以降に徐々に投げ始めれる』と言われました」

監督は頷いた。

「焦るな。焦った選手は、必ず再発する」

球太は深呼吸し、目を上げた。

「監督……志願があります」

監督の目が細くなる。

「言ってみろ」

球太は声を張った。

「ピッチングはまだ出来ませんが……バッティングでチームに貢献したいです。ファーストの藍沢先輩が不調です。秋季大会から昨日まで、30打数4安打。長打ゼロ。チームの得点源が沈黙してるのは、みんなわかってます」

監督は黙って聞いていた。

「俺は右腕が使えなくても、バッティングは左手で振れます。守備は……ファーストなら肘の負担が少ない。少しでもチームに貢献できるなら……俺にファーストをやらせてください」

監督はしばらく無言だった。スコアブックを閉じ、球太をじっと見つめる。

「藍沢の不調は、俺も気づいている。打率が落ちてから、守備でも集中が切れている。チームの穴だ」

球太は頷いた。

「俺は……ベンチにいるだけじゃ、我慢できないんです。投げられない悔しさは、バッティングで少しでも埋めたい。藍沢先輩を休ませて、俺がファーストを守れば、先輩も打撃に集中できるかもしれない」

監督は立ち上がり、窓の外を見た。グラウンドでは、まだ数人の選手が素振りを続けている。

「早乙女。お前は投手だ。ファーストを守るのは、投手としてのキャリアを考えるとリスクがある。肘に負担がかからなくても、怪我の可能性はゼロじゃない」

球太は目を逸らさなかった。

「わかってます。でも……今、チームが必要としてるのは、俺のバッティングと守備かもしれない。俺は……チームのために、何でもしたいんです」

監督はゆっくり振り返った。厳しい目が、球太を貫く。

「わかった。だが、条件だ」

球太は背筋を伸ばした。

「何でしょうか」

監督は指を3本立てた。

「一つ。ファーストを守るのは、藍沢の休養日だけにする。藍沢が復調するまでは、併用だ。二つ。守備練習は毎日やるが、無理は禁物。肘に違和感が出たら即報告。三つ。バッティングは……俺が納得するまで、スタメンには入れん。お前の打撃を見て、判断する」

球太は深く頭を下げた。

「わかりました。ありがとうございます」

監督は小さく息を吐いた。

「早乙女。お前は投手だ。だが、今はチームの一員だ。ファーストで貢献できるなら……やってみろ」

球太は涙を堪え、敬礼した。

「はい!」

監督室を出た球太は、グラウンドに戻った。藍沢が素振りを終え、ベンチに座っている。

球太は藍沢の隣に座った。

「藍沢先輩……俺、ファーストを志願しました。監督からOKが出ました。先輩の休養日に、俺が守ります」

藍沢は驚いた顔で球太を見た。

「……お前、肘は?」

球太は包帯を軽く叩いた。

「投げられない分、打って守ります。先輩の打撃が復調するまで……俺が穴を埋めます」

藍沢はしばらく黙っていたが、ゆっくりと笑った。

「……ありがとう。俺、最近バットが湿ってて……情けねえと思ってた。お前が来てくれるなら……俺も、打席に集中できる」

球太は拳を差し出した。

「一緒に……チームを勝たせましょう」

藍沢が拳を合わせた。

「ああ。頼むぞ、球太」

夕陽がグラウンドを赤く染める中、球太は素振りを始めた。左手一本でバットを振り、腰の回転を意識する。右腕は使えないが、体幹は使える。打撃練習は、今日から本格的に始まる。

ベンチから涼が見ていた。静かに、しかし確かな視線で。

「早乙女……お前も、変わったな」

球太はバットを振りながら、心の中で誓った。

「俺……投げられなくても、チームに貢献する。来年の夏まで……絶対に、追いつく」

つかの間の休日が終わり、九州大会は続く。球太の新たな挑戦が、静かに始まっていた。

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