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第三十話:準決勝、沈黙のマウンド

last update Zuletzt aktualisiert: 24.02.2026 14:00:29

十月下旬。九州大会は準決勝の日に突入した。

福岡市内の市民球場は、九州各地から集まった観客で埋め尽くされていた。福丘高校のスタンドは青と白の応援旗で染まり、太鼓の音が響き渡る。

対戦相手は鹿児島代表の薩摩実業高校。夏の甲子園ではベスト8まで進んだ経験を持ち、投打のバランスが抜群の強豪だ。エースの右腕・黒木は最速154キロのストレートと鋭いフォークを武器に、打線は1番から9番まで切れ目がない。福丘にとっては、九州の頂点に立つための最大の試練となった。

試合開始前、ベンチでスターティングメンバーが発表された。監督の山田浩二が静かに読み上げる。

「先発ピッチャー……佐藤大輔。キャッチャー鈴木健。ファースト……早乙女球太」

選手たちの間に小さなざわめきが起きた。篠原涼の名前が、スタメンにない。ベンチスタートだ。

涼は肩にテーピングを巻いたまま、ベンチの端に座っていた。監督が涼に視線を向ける。

「篠原。ここまでの連戦で肩に疲労が溜まっている。今日は大事を取ってベンチスタートだ。状況次第で上がるが、無理はさせん」

涼は静かに頷いた。表情は変わらないが、肩を軽く押さえる仕草に、疲労の色がにじむ。

球太は右腕のテーピングを軽く押さえながら、監督を見た。監督は球太に言った。

「早乙女。お前はファーストで先発だ。藍沢はベンチ待機。守備は無理をするな。だが……打席では、思い切り振れ」

球太は深く頭を下げた。

「はい。俺……打って、守って、チームを勝たせます」

スタメン発表後、球太は藍沢拓巳に声をかけた。藍沢はベンチでグローブを握りしめていた。

「藍沢先輩……今日は俺がファーストです。先輩の分まで、守ります」

藍沢は苦笑しながら頷いた。

「頼むぞ、球太。お前のバット、期待してる」

選手たちがグラウンドへ向かう。球太はファーストの守備位置についた。土を踏む感触が、懐かしくも新鮮だった。右腕はまだ完全ではないが、捕球と送球は可能。監督の許可が出た以上、全力で守るつもりだった。

試合開始の笛が鳴った。

1回表、薩摩実業の攻撃。先発は佐藤大輔。キャプテンでありながら、投手としてもチームを支えてきた左腕だ。初球、ストレート。143キロ。薩摩実業の1番打者がセンター前ヒット。続く2番に送りバントを決められ、1アウト二塁。

3番打者。フルカウントからの勝負球、カーブ。打者がタイミングを合わせて振り抜く。

カキーン!

打球はライトスタンドへ。ツーランホームラン。0-2。

ベンチが静まり返る。球太はファーストの土を軽く蹴った。

「まだ……始まったばかりだ」

続く打者に四球を与え、5番にタイムリー二塁打。0-3。

2回表。薩摩実業がさらに2点を追加。0-5。

福丘打線は薩摩実業のエース・黒木に抑え込まれ、得点の糸口をつかめない。球太の打席は3回裏、2アウト走者なし。

黒木の初球、外角低めスライダー。球太は見逃しストライク。二球目、内角ストレート。ファウル。

三球目、真ん中やや高めストレート。球太のバットが振られる。

カキーン!

打球はレフト線へ。フェンス直撃の二塁打!

球太は二塁ベースで息を整えた。スタンドから「早乙女コール」が響く。だが、後続が凡退。得点には繋がらず。

試合は一方的な展開になった。5回終了時点で0-5。薩摩実業の打線が爆発し、福丘守備陣は後手に回る。球太はファーストで何度か好守を見せたが、打線の援護がない。佐藤大輔は5回で降板。リリーフが続投するが、流れは変わらない。

6回裏、福丘の攻撃。2アウトから翔が四球を選び、大石がヒットで一・三塁。打席は球太。

黒木の初球、外角低めフォーク。球太は見逃しストライク。二球目、内角ストレート。ファウル。

三球目、真ん中やや低めストレート。球太のバットが渾身で振られる。

カキーン!

打球は右中間へ。フェンス直撃のタイムリー二塁打! 翔が生還。スコア1-5。

球太は二塁ベースで拳を握った。だが、後続が凡退。1点止まり。

7回表、薩摩実業の攻撃。監督がベンチから立ち上がる。

「篠原、準備しろ!」

涼がゆっくり立ち上がった。肩を軽く回し、マウンドへ向かう。球太はファーストから、涼の背中を見送った。

「涼……頼む」

涼の初球、ストレート。150キロを切っている。肩の疲労が明らかだった。薩摩実業打線がそれを嗅ぎつけ、ヒットを重ねる。1点を返され、1-6。

続く打者に四球。1アウト一・二塁。涼の球は曲がらず、伸びない。監督が立ち上がる。

「篠原、降りろ!」

涼は首を振った。

「監督……あと少し」

だが、次の打者にタイムリーを打たれ、1-7。監督がマウンドへ向かう。

「篠原、降りろ。もう十分だ」

涼は唇を噛み、ゆっくりマウンドを降りた。ベンチに戻る背中が、いつもより小さく見えた。

リリーフが登板するが、流れは変わらない。8回に2点を追加され、1-9。9回に1点を返したが、反撃はそこまで。最終スコア1-9。福丘高校、完敗。

グラウンドに沈黙が落ちた。選手たちは土の上に座り込み、肩を落とした。球太はファーストの土に膝をつき、グローブで顔を覆った。

「俺……打てたのに……守れなかった」

涼がゆっくり近づき、球太の肩に手を置いた。

「早乙女……お前はよくやった。チームを引っ張ってくれた」

球太は顔を上げ、涙を堪えながら言った。

「涼……ごめん。俺がもっと打ててたら……お前が投げなくても済んだのに」

涼は首を振った。

「誰も悪くない。俺の肩が……持たなかっただけだ」

監督が選手たちを集めた。

「今日は……負けた。だが、お前たちはよく戦った。九州大会は終わったが、春の甲子園出場校の発表は1月だ。そこまで……諦めるな」

選手たちは静かに頷いた。球太は右腕を握りしめた。

「俺……まだ、投げられる」

スタンドの歓声が遠くに聞こえる中、福丘高校の選手たちはグラウンドを去った。九州大会はここで終わった。でも、物語は終わらない。

春の甲子園出場校の発表まで、あと2ヶ月。球太のマウンドは、まだ待っている。

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