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第二十一話:退院の日、九州への再始動

作者: ちばぢぃ
last update 最終更新日: 2026-02-18 19:45:34

十一月上旬。秋の風が冷たさを増し、福岡の街路樹は赤と黄色に染まり始めていた。早乙女球太は病院の玄関で、右腕にまだ巻かれた包帯を軽く押さえながら、深呼吸した。退院の日。医者からは「投球はまだ禁止。リハビリを継続し、12月以降に軽く投げ始めろ」と念を押されたが、球太の胸はすでにグラウンドに向かっていた。

「やっと……戻れる」

タクシーを降り、福丘高校のグラウンドに足を踏み入れた瞬間、懐かしい土の匂いとグラウンドの音が体に染み渡った。午後の練習中だった。選手たちが素振りをしたり、ランニングをしたり、ブルペンで投げ合ったりしている。

「球太!」

最初に気づいたのは伊藤翔だった。素振りを中断し、駆け寄ってくる。続いて鈴木健、キャプテンの佐藤大輔、そして篠原涼。

「早乙女……退院したのか」

涼が静かに近づき、右腕の包帯を見て小さく息を吐いた。

球太は笑顔を作った。

「みんな……ただいま。遅くなってごめん」

翔が背中をバンバン叩く。

「待ってたぞ! 準優勝のMVPはどこだーって、みんな言ってたんだから!」

健が笑いながら言った。

「包帯まだ取れてないけど……もう投げたくてウズウズしてんだろ?」

球太は頷いた。

「ウズウズしてる。もう我慢できねえよ」

監督の山田浩二がグラウンドの中央から歩いてきた。いつもの厳しい表情だが、目が少しだけ柔らかい。

「早乙女。戻ってきたか」

球太は敬礼した。

「はい。ただいま戻りました」

監督は球太の右腕を見て、言った。

「医者の許可は?」

「投球禁止です。でも……走ったり、素振りしたり、リハビリはOKだって」

監督は小さく頷いた。

「焦るな。九州大会は来週からだ。お前はベンチからチームを見ろ。投げられない間も、頭の中でマウンドに立て」

球太は頷いたが、胸の奥で「投げたい」という思いが渦巻いていた。

練習の合間に、球太はブルペンの端に立った。投げられない腕をそっと動かし、涼の投球を見守る。

涼はブルペンで新球を磨いていた。浮き上がるような155キロのストレート――ツーシームに近い握りで、打者の手元で微妙に沈みながら伸びる「ライジングファストボール」。そして、もう一つの新球。

ナックルボール。

涼の指先がボールを軽く挟み、リリース。ボールは不規則に揺れながら、キャッチャーミットに吸い込まれる。速度は130キロ前半だが、打者にとっては予測不能の軌道だ。

球太は目を細めた。

「ナックル……マジかよ」

涼が投げ終わり、球太に気づいて近づいてきた。

「早乙女。見てたか」

球太は頷いた。

「浮き上がる155キロのストレート……あれ、ツーシームだろ? そしてナックルボール。高校生じゃ手も足も出ねえよ、あれ」

涼は小さく笑った。

「九州大会で通用するか、まだわからん。でも……お前がいない間、俺はこれを磨いてた。お前が戻ってきたら、また競争だ」

球太は右腕の包帯を握りしめた。

「競争……か。俺も、早く投げたい」

涼は球太の肩を軽く叩いた。

「焦るな。俺は待ってる。お前の球を、またマウンドで見たい」

夕方、練習終了後。球太はグラウンドの隅で素振りを始めた。右腕は使えないので、左手一本でバットを振る。体幹を意識し、腰の回転を繰り返す。痛みはないが、物足りなさが募る。

監督が近づいてきた。

「早乙女。今日はここまでだ。無理はするな」

球太はバットを下ろし、監督を見た。

「監督……九州大会、俺はベンチですか?」

監督は静かに頷いた。

「そうだ。だが、ベンチからチームを見ろ。涼の新球、浜田理矩のような強打者への対策……お前が頭の中で分析しろ。投げられない今だからこそ、できることがある」

球太は頷いた。

「わかりました。俺……ベンチからでも、チームを勝たせます」

監督は小さく笑った。

「それでいい。お前のマウンドは、来年の夏まで待ってる」

夜、寮に戻った球太はベッドに横になり、右腕を天井に向けた。包帯の下の皮膚はまだ熱を持っている。

「ナックルボールか……涼、すげえな」

でも、球太の胸に焦りはない。悔しさはある。でも、それは力になる。

「俺も……負けねえ」

窓の外で、秋の夜風が吹いていた。九州大会は、もうすぐ。球太はベンチから、チームを見守る。そして、自分のマウンドを待つ。

再生への道は、まだ続いている。

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