LOGIN里奈はさっそく、宗真にメールを送った。『宗真くん今度直接会って話がしたいです。宗真くんにどうしても話したいことがあるんです。もちろん、”例の喫茶店”で。返事待ってます』宗真はここ三日間も里奈にメールの返事をしていなかった。そのことから、彼女は焦りを感じていた。(このままずっと返事が来なかったらどうしよう)これまでずっと彼女の操り人形だったのに。急に連絡がつかなくなるとは一体どういうことか。もし、宗真に里奈の企みがバレたとしたら……彼女は背筋が凍った。しかし、里奈の心配とは裏腹に、返事はすぐに届いた。スマホの着信が鳴り、里奈は慌てて確認した。『わかった。いつがいい?』宗真はいつも通り十分も経たないうちにメールを返した。そのことに里奈は安堵の息を吐いた。(やっぱり、バレていないみたいね……!)いつもより短く、冷たさを感じる文章だったけれど、里奈はそんなこと気にもならなかった。『今すぐ、今すぐがいいわ!』すぐに返事を送り、彼女は明日の正午に宗真と会うことになった。「やったわ!これでまた一歩宗助くんに近付けた……」里奈の真の目的は宗真ではなく、兄の宗助のほうだった。彼を美里から奪ってやりたい、というその気持ちは今でも変わっていない。(あんな女に宗助くんを渡すわけにはいかないわ……!)宗助は彼女の初恋であり、この世で唯一手に入れられなかったものだった。そして美里のことは昔から気に入らなかった。だからだろうか、こんなにも心が燃えるのは。里奈はスマホを握る手に力を込め、明日の準備を始めた。***翌日の昼。待ち合わせの時間が近付き、里奈はいつもの喫茶店へと向かっていた。実は宗真が通い詰めていたあの喫茶店の店主と里奈は顔見知りだった。いや、実際はもっと深い関係だったのだが、それは二人だけの秘密だ。だってあちらには妻子があるのだから。里奈は明子を近くで見て育ってきたせいか、既婚者とそのような関係になるのを厭わなかった。店主は彼女にかなり惚れ込んでおり、里奈の頼みなら何でもするような男だった。里奈は彼から何回か結婚を申し込まれていた。もちろん、里奈の本命は宗助であり彼はただの遊びにすぎないが。(宗真くんはあのコーヒーの虜になっているから……)――このままいけば、きっと宗助は自分のものとなる。里奈はそのことを確信してニヤリと笑みを深めた
一方その頃、里奈は宗真と突然連絡が取れなくなったことに焦りを感じていた。「宗真くんったら、一体どうしたのよ!?これまで私からの連絡は必ず一時間以内に返信してたってのに……」彼女は今日も、父親の経営する会社のオフィスで一人スマートフォンをいじって過ごしていた。いつもより機嫌の悪そうな彼女を見た社員たちは、ヒソヒソと噂話を始めた。「神城さん、今日は荒れてるわね」「おいおい勘弁してくれよ……我儘なお嬢様は困るぜ」「今日は一体誰が当たられるんだか……」里奈は仕事をしないうえに、気に入らないことがあると同僚たちに当たっていた。そのため、会社内ではかなり嫌われている。彼女のそのような性格が形成されたのは父親のせいだが。誰一人として近付こうとせず、遠巻きに彼女を見つめていた中で、一人だけ話しかけた者がいた。「――里奈ちゃんったら、今日は一体どうしたの?」「……松葉さん!」――松葉明子(まつばあきこ)里奈が実の母親のように慕う五十代前半の社員だ。彼女は里奈の父親の愛人でもあった。年の割にはメイクが濃く、派手な格好をしている。彼女は神城フーズで経理として長く勤め、同時に社長の愛人としても幅を利かせていた。仕事はそこそこできるが、いつもキツい香水をまとい、社員たちを見下すような発言を繰り返している。嫌われ者がもう一人登場したことにより、オフィス内の雰囲気は険悪なものとなった。「実はぁ……新しくできた彼氏がメールの返事をくれないんです……」「あらぁ、それは困ったわね」里奈は咄嗟に宗真を彼氏だと偽った。彼女の計画はバレれば神城フーズが終わってしまう可能性すらあったからだ。いくら明子相手でも、知られるわけにはいかない。「松葉さん、私どうすればいいですか?」「そうねぇ……一度彼と直接会ってじっくり話し合う必要があるわ。もう一度メールしてみるのよ」「やっぱりそうですよね……」明子はいつも里奈の悩みを親身になって聞いてくれる。くだらないことで叱ってばかりの母親とは大違いだ。そのような点から、里奈は明子のことが大好きだった。地味な母親とは違って、明子はいくつになっても華やかだった。里奈は女性として、彼女に憧れを抱いていたのだ。明子と社長である父の付き合いはもう三十年にもなる。不倫が発覚したのはまだ里奈が幼い頃で、母はショックを受けて寝込むようになった。
「宗真くん、それは本当なんですか?」「ああ、たしかだ。何ならアイツとのメール記録も残ってるし……」宗真はスマホの画面を美里に見せた。そこにはたしかに里奈とのメッセージ記録が残されていた。どうやら彼の言っていることは本当なようだ。里奈は美里の中学時代の親友であり、つい最近同窓会で再会している。宗助はスマホの画面に映る彼女の名前をじっと見つめていた。「宗助、神城さんのことは知ってる?」「……いや、記憶にないな」「……まぁ、そうだよね」宗助は他人に興味がなく、中学時代の同級生なんてほとんど覚えていない。そんな彼が里奈を知らないのは特に不思議なことではなかった。「里奈とはどうやって知り合ったんですか?」「それが……前にアイツが突然ぶつかってきて……」宗真は美里と宗助に里奈との出会いを一から説明した。話をじっと聞いていた美里は、彼女の大胆な行動に驚いた。少なくとも、美里の知る里奈はそのようなことをするような人ではなかった。「……多分、最初から何か狙いがあってお前にぶつかったんだろうな」「そう考えるのが自然ね」宗真は美里と宗助に迷惑をかけてしまったことを思い、何だかいたたまれなくなった。美里はそんな彼の心情に気付いたのか、そっと肩に手を触れた。「里奈のことは私たちに任せて、宗真くんは治療に専念したほうがいいわ」「美里さん……」美里が宗助にチラリと視線をやると、彼が頷いた。「兄貴……」久々に見る兄の優しい顔に、宗真は何だか嬉しくなった。「回復したらすぐに俺も協力するから」「期待してるぞ、宗真」「あ、兄貴……!?」宗真はたった今宗助が放った一言に固まった。驚いたのは美里も同じだった。(そ、宗助が優しい言葉をかけた……!?)彼が宗真のことを気にかけるのは初めてだった。宗真は信じられないというような顔で兄をじっと見上げていた。宗助はそんな弟から視線を逸らすと、美里の腰をグイッと引き寄せた。「美里、行くぞ」「ちょ、ちょっと宗助!」彼女は抵抗しようとしたが、宗助は有無を言わさず美里を連れて行ってしまう。宗真はそんな二人の姿をベッドの上からじっと眺めていた。彼は頭をかいたあと、ポツリと呟いた。「やっぱり……いつ見てもお似合いな二人だなぁ……」あまりにも完璧な二人の間に自分が入る隙など最初から無かったのだ。彼は今になって、ようや
「宗真!目が覚めたんだな!」「よかった、どこか痛いところはない?」真奈美はベッドに座る宗真をギュッと抱きしめた。二人とも安心したように宗真を見つめている。「父上……母上……?」宗真は目を見開いて母親の胸に抱かれていた。「もう、心配させないでよ!」「俺のこと、心配してたんですか?」「当たり前じゃない!母親なんだから!」真奈美の目から涙がこぼれた。「母上……」「まぁまぁ、落ち着いて。そう感情的になるな。無事だったんだから」「……」怒りを露わにする真奈美を、和寿が宥めた。初めて見る両親の姿に、宗真は驚きを隠せなかった。こんな風に自分を気にかけるような人ではなかった。彼らの一番はいつだって兄の宗助で。自分は兄に何かあったときのスペアにすぎない。ずっとそう思っていたからだ。「医者を呼んでこよう。全快するまでは部屋で休んでなさい」「はい……父上……」和寿はそれだけ言うと、真奈美を連れて部屋を出て行った。「宗真くん、驚いているみたいですね」「ああ、父上と母上があそこまで感情を露わにするのは珍しいからな」「あなたはそこまで驚いてないみたいね?」美里が尋ねると、彼はポツリポツリと語り始めた。「子供の頃……熱を出したことがあったんだが、母上が寝ずに看病してくれたんだ。あのときのことは今でもよく覚えている。厳しかった父上が、これまでに見たことないくらい自分を心配していて……」「宗助……」「俺は両親に愛されていないわけではないんだと、そのときになってようやくわかったんだ。まぁ、熱から回復したあとはいつもの厳しい父上に戻ったけど」シュンとした様子の宗助に、美里は思わずアハハッと笑いだした。「ええ、本当にその通りだわ」和寿と真奈美は二人の息子を愛していないわけではない。ただ、愛が伝わっていなかっただけで、本当は何よりも息子たちのことを気にかけていたのだ。美里もそのことに気付いたのはつい最近だった。そして宗真も……たった今気づけたようだった。***「それで、もう体は平気なんですか?」「いや……まだダルさは残ってるけど……ぐっすり寝たからかな。以前ほどじゃない」「そうですか、それはよかったです」医者の問診を終えたあと、美里と宗助はベッド横にある椅子に座って宗真と話をしていた。「それで、宗真くんはその”薬物”について心当たりはある
宗真は夢を見ていた。二十年近く前、まだ彼が幼かった頃の夢だ。『お兄ちゃん……!』二つ上の兄は周囲からの期待を集める家の跡継ぎで、自分と違って両親からも愛されていた。しかし、彼はそんな完璧な兄に憧れを抱いていた。嫌いではなかった。優秀な兄が褒められるのは当然で、出来の悪い自分が怒られるのも当然だ。そう思って耐えていたが――『宗助様ならこんな問題、すぐに解けるはずですよ』『宗助様はこのようなことにつまずくような人ではありませんでした』『宗助様の足元にも及びませんね』家庭教師から浴びせられる心無い言葉は、まだ幼い彼の心を深く抉った。宗真は何かと宗助と比較され続けた。しかし、彼はそれでも兄のことを完全に嫌いになったわけではなかった。宗助に対する憧れはいつまで経っても変わらなかった。いつか自分もあのような人になりたい。そう思って彼は勉強をし続けた。兄は冷たい人だったけれど、完全に彼を突き放したわけではなかった。幼い頃の彼に勉強を教えたりもしてくれた。――いつからだろう、二人の関係が変わったのは。暗闇の中を、宗助と宗真は二人で歩いていた。(ここはどこだろう?)そんなことを考えながらも歩き続ける。前を歩いている兄の背中は、今よりもだいぶ小さく見えた。十歳くらいだろうか。そういえばこのときはそこまで二人に差はなかったかもしれない。仲も今ほど悪くはなかったはずだ。しかし、二人の間に変化はすぐに訪れた。前を歩く兄に追いつけないのだ。彼がどれだけ近付こうとしても、その背中は遠ざかっていくばかりで。兄との距離は次第に広がっていき、気付けば二人は大人の姿になっていた。このときにはもうすでに、兄の姿は見えなくなっていた。一体どこまで行ってしまったんだろう。自分一人を置き去りにして。――果てしない暗闇の中に、彼だけが取り残された。「……」そんな中、突然一筋の光が見えた。「……美里さん?」光の中から彼に手を差し伸べていたのは、美里だった。その後ろには先に行ったはずの兄の姿もあった。(……まさか、戻ってきてくれたのか?)暗闇の中で座り込んでいた宗真は、差し出された美里の手を取った。闇から、光の中へと――美里が連れて行ってくれたのだ。「……」そこで彼は、長い夢から目を覚ました。「……どうして忘れていたんだろうな」目から一筋の涙が流れたあと
美里を抱いたまま家に帰った宗助に、真奈美は嬉しそうにはしゃいだ。「あら、宗助!今日のあなたはまるで王子様みたいね!私も若い頃旦那様にしてもらったことがあるわ!今はさすがにできないけど、お姫様のような気分だったのをよく覚えているわ」「……」真奈美の言葉に、美里は顔をさらに赤くした。(そ、そんな風に言われるとすごく恥ずかしい……!)彼女は宗助の胸に顔をうずめた。「あらあら、そんなに恥ずかしがらなくたっていいのよ。どのみち年を取るとできなくなるわけだし」「母上、からかうのはやめてください」宗助はそこでようやく美里をおろした。(い、生き返った……)宗助に抱き上げられるのは初めてだからか、何だか変な感じだ。「美里さん、なかなかやるわね。宗助にお姫様抱っこさせるだなんて」「わ、私がさせたわけではありません!」耳元で囁いた真奈美に、美里は慌てて反論した。お姫様抱っこは宗助が勝手にやったことであり、彼女は無関係だ。とはいえ、運んでもらったことに変わりはない。「宗助……ここまで運んでくれてありがとう」「ああ」宗助は短く返事をすると、少し後ろにいた美里に呼び掛けた。「美里、行くぞ」「あ、うん!」彼女は慌てて彼のあとをついて行った。そんな二人を見た真奈美が、大声で叫んだ。「宗助、美里さん!このあとは二人きりのお楽しみなのね!いつの間にそんなに仲良くなったのかしら?」「ち、違いますから!さっきから変な誤解しないでください!」何かを勘違いしているのか、目を輝かせる真奈美の視線に耐えかねた美里は、彼女から顔を背けた。(ホント、社長夫人は前世と何も変わっていないわ……)そう思っていたそのとき、前を歩いていた宗助が、振り向くことなく彼女に話しかけた。「母上に困らされているようだな」「あ……いや、そんなことはないわ。夫人は明るくて素敵な人だと思っているわ」「本当か?」そこで宗助はチラリと美里を見た。「ええ、社長とも仲が良いし……あの二人も元々は政略結婚だったんでしょう?」「そうみたいだな、両親の過去の話については俺もよく知らないが……」「あら、宗助ったら。知らなかったの?」「……お前は知っているのか?」宗助が立ち止まって美里を見つめた。(……もしかして、聞きたいのかしら?)興味津々な目でこちらを見つめる宗助を、美里は何だか可愛
美里は宗真を完全に信じたわけでなかった。彼がどのような事情を抱えていようと、美里を前世で殺したことに違いはなかったからだ。「美里さん、よく来たね」「……話だけを聞きに来ました」「そう、まあ別にどんな理由だってかまわないさ」宗真が美里を呼び出したのは、都内にある高級レストランの一室だった。完全予約制のここは、多くの芸能人関係者が通うことでも有名なのだという。さすがにこんなところまでは城田家の人間も入ってこられまい。「宗助との婚約破棄を協力してくださると聞きました」「ああ」「どうしてですか?」美里は宗真の意図が読めなかった。「私に協力したところであなたには何のメリットもない
「婚約破棄……?何を言っているんだ……?」「宗助、あなたには悪いと思っている。だけどね、私たちが結婚しても幸せにはなれないと思うの」「幸せだと?急に何を言い出すんだ」「あなたは今でも今野萌子さんのことを想い続けている。そうでしょう?」「……」宗助は黙り込んだ。それがまさに肯定を意味していた。彼はしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。「俺たちの結婚に愛なんてないのは当たり前だろ」「……!」胸がチクリと痛んだ。美里は宗助が自分を愛していなかったことを知っていたが、本人の口からハッキリと言われるのは辛かった。この結婚は宗助にとってはただの政略結婚にすぎなかったようだ。
宗助はホテルの前で美里を待っていた。見慣れた黒いスーツ姿の彼は、特段いつもと変わったところはないように思えたが、よく見ると髪型がほんの少しだけ違った。美里のために気を使ったのか、それともたまたまか。もはや彼女にとってはどちらでもよかった。「行こう、美里」「ええ、宗助」宗助は美里に手を差し出した。「宗助、そんなことして噂にでもなったらどうするつもり?」「何か問題があるのか?俺たちは婚約者なんだから」「……そうね」美里は悩んだ末に彼の手を取った。ここで反論したところで何の意味もないことを彼女はよく知っていた。宗助は一度決めたことは曲げない人だった。だから美里との婚約破棄も受け
美里が箱を開けると、中に入っていたのはゴールドのネックレスだった。「お前に似合うと思って昨日買ったんだ」「わ、私に……?」美里は戸惑いを隠せなかった。前世で宗助に貰ったものといえば結婚指輪くらいで、他に彼から何かをプレゼントされたことはなかったからだ。驚いた美里は、後ろに控えていた秘書に目をやった。彼は微笑ましい様子で宗助と美里を眺めているだけだった。「……俺が着けさせてもいいか?」「……え、ええ」美里は困惑しながらも頷いた。彼女の反応を確認した彼は、箱に入っていたネックレスを手に取り、慎重に美里の首に着けた。彼女の首元で、彼がプレゼントしたネックレスが光り輝いていた。「







