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掬い上げる手

Author: エチカ
last update publish date: 2026-06-08 20:15:26

 ジェイドは出先から帰って来てリゼルとラヴェルの会話を扉越しに聞く。

 巷では公爵家の嫡男が王家の秘密を持って逃走した――と派手に吹聴されていた。

「さて、どうするか……」

 ジェイドが幼い頃はまだデルメール家が貿易の拠点として栄えていた。

 王家御用達の宝石商として栄華を誇るローゼン家と、輸出入を担うデルメール家は懇意にしており、二つ年下のラヴェルとは幼馴染として過ごした時間もある。

 だがデルメール家は十年ほど前にとある事情で、衰退の一途を辿る事になった。

 静かに、沈殿するように。

 そんな昔の事を呆然と浮かべていると、来客を知らせるベルが鳴った。

 マデイラの海辺で彼を拾い、屋敷へ連れ帰った事が厄介なヤツに知られていたらしい。

「やぁ、デルメール男爵」

「お前か。今は何の情報もない。帰れ」

「あ、そんな連れねぇ事言って。ちゃんと土産持って来たってのに」

「土産?」

 軽薄で掴みどころのない情報屋であるセルジオは、色素の薄い色男で街でも浮世離れしている。

 庶民の間を放浪し、娼館や裏の人間とも精通しているので、こちらが都合よく利用していた。

 裏の人間ではあるものの、情報をかぎつければお零れを貰いにこうして訪ねて来るのだ。

「最近、港に酔っぱらった海賊が紛れてるって話ですぜ」

「……そうか」

「ところで、男爵。昨日海で拾い物したでしょ?」

「そっちが本題か。別にお前の飯の種なるような話は……」

「またまたぁ……公爵家のお坊ちゃまが窃盗犯として逃亡してるそうじゃないっすか。そんなタイミングであんな錆びれた海に宝石が漂着したんだ」

「ジオ、公爵領からマデイラの海までどれだけあると思っている? もし、公爵家の嫡男が海へ逃げ込んだとして漂着する前に死ぬのがオチだ」

「それはそうですけど、どこで海に入ったかなんて分かんねぇじゃないですか」

「今日は自棄に食い下がるな」

「こっちも食い扶持稼がねぇと海に身投げしなきゃならねぇ」

「安心しろ。見つけてもそのままにしといてやる」

「ひでぇや。そこは助けて下さいよ」

「兎に角、お前の腹を満たす情報はない。帰れ」

「ちぇー、あっ……一個だけ! その拾い物、男でした? 女でした?」

 そう聞かれてジェイドは扉に手を掛けたまま「女だ」と迷いなく答えた。

◇◇◇

 そのセルジオの動きが気になって、寝ているラヴェルをリゼルに任せて街へ行った。

 庶民のような成りをして、商人達が集う港へと紛れ込み、情報を探る。

「領主様、王都の偉い人が王様の大事な物を盗んで逃げたって噂が……」

「それに領主様が拾ったあの“宝石”が、その逃亡者だって言う者もおります」

 そう言って群がる領民達に、ジェイドは眉一つ動かすことなく答えた。

「逃げているのは公爵家の令息。私が拾った“宝石”は女だよ」

 そう言うと、彼らは口々に「なぁんだ」「それはそうか」と単純に信じる。

「もし宝石様が犯人なら、領主様も厄介な事になるんじゃねぇかって、心配してたんです」

 気候の良さも相まって領民達は人が良い。

 それが警戒心の薄さ故に、騙される者も多いが。

 その後も転々と店を周りながら、ジェイドは話を聞いて回る。

 港は逃走犯と宝石の話でもちきりだった。

 その度にジェイドは打ちあがった宝石は「女だ」と伝えた。

 ジェイドは十三でデルメールの領主となった。

 貿易を取り上げられ、父は病に倒れ、領民は追い込まれる。

 それを一人で背負って来たジェイドは、灰色の手段を使い、黒い足跡を厭わず、彼らの生活を守って来た。

「領主様がそう言うなら安心だ」

 無垢なほど信奉する領民達を見ていると、心配になる事もあるが。

 ジェイドは気の良い領主の顔の裏で、冷たく沈む感情を瞳に滲ませる。

 ジェイドにとって全ては、必然の結果だった。

 だからジェイドは品行方正で優しいだけの自分を、捨てた。

 人好きのする笑顔の裏で、どの駒をどこに置き、どの駒を捨て、どう動かすか。

 そんな事ばかり考えて来たジェイドの瞳は、冷たい猜疑の色を帯びている。

 王家はエルメダの日記を探している。

 彼らは恐れているのだ。

 あの日記が公になれば、世界の均衡が崩れる事になるのだから。

 だから“彼”も返すつもりはない。

 あの海辺に落ちていた宝石を、これから自分の色へと染めていく。

 碧夜という宝石箱の中に、閉じ込める。

 これ以上――誰にも奪わせない。

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