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貴方の秘密

Penulis: エチカ
last update Tanggal publikasi: 2026-06-09 20:15:23

「生まれ変わる?」

 起き上がれる様になり、初めて食堂で一緒に晩餐をとった夜。

 ラヴェルはジェイドにそう聞き返した。

「えぇ、そうです」

「ど、どう言う意味だ……?」

「ラヴェル・ローゼンとしての全てを捨てて、別人としての人生を歩むのですよ」

「別……人……。しかしっ……」

「では、他に方法が?」

 そう言われてラヴェルは唇を噛む。

 ローゼン家の嫡男として追われている自分が、怪しまれずに外へ出るには、それしかない。

 ジェイドが言っている事は正論で、それでもまだ自分の中に公爵令息としてのプライドが残っている。

 口に運ぶはずのフォークに刺さったままの肉を握り締め、俯いた。

「お気持ちは分かります、ラヴィ様。ですが、生半可な気持ちでは何も成せません」

 席を立ち傍に来たジェイドは片膝をついてこちらを仰ぐ。

「ラヴィ様、選んで下さい。このまま泣き寝入りして暮らすのか、真実を負う為に己を御するか」

 そう言われてラヴェルは眉根を寄せて歯噛みする。

 泣き寝入りするつもりはない。

 だが、自分を捨てて生きる事への抵抗が今すぐ消える訳じゃない。

 下から煽る様に見たジェイドが、ふっと笑みをこぼす。

「沈黙するのも答えの一つです」

「すまない……成り行きとは言え、こんな犯罪者を匿う様な事を……」

「いいえ、寧ろ見つけたのが私で良かった。神の気まぐれに感謝しなければ」

 ジェイドの瞳がこちらを捕らえる。

 その瞳の奥には、憐憫も、分かりやすい優しさもない――

 ラヴェルはその読めない視線が、冷たく暗い熱を帯びているように見えて、視線を逸らせなかった。

 両の手を握り返す様に力を込めたジェイドに、ラヴェルは力なく微笑み返す。

「貴方が目的を果たすまで、それまでの辛抱です」

「ジェイド……」

 その優しさが自分を絡めとり、重くのしかかる事を、この時ラヴェルはまだ知らない。

◇◇◇

 それからラヴェルは別人となるべくデルメール家の屋敷で、淑女教育を受ける。

 女装と聞いて最初は強く抵抗したが、それが一番バレにくいとジェイドに説得されてしまった。

「ベル様、お支度に来ました」

 いつもこの女性特有のコルセットを締められる度に、内臓を吐くかというほど締め上げられるのに、いつまで経っても慣れない。

 世のレディ達は毎日こんなものを付けて歩いているのか、と尊敬すらする。

 ベル・デルメール――それがジェイドから新しく与えられた名だった。

 毎日毎日、重いドレスを着て歩く練習から、言葉遣い、ジェイド本人から指南される。

 そこにはいつもリゼルが付いており、湯浴みや着替えの世話を任されている様だった。

 初めの頃は体の秘密を暴かれる懸念を抱えていたが、彼女は良くも悪くも他人に興味がないので、その警戒心も解かれてしまった。

 その内、よく考えれば見ただけで分かるような秘密でもないのだから、と。

「今日はお支度が済みましたら、刺繍のお稽古です」

「はぁ……また刺繍?」

 心底嫌そうにラヴェルは溜息を吐いた。

 屋敷に閉じ込められ、毎日針仕事や礼儀作法を繰り返す。

 まるで本物の淑女の様に。

 その毎日の反復に何の意味があるのか。

 ラヴェルはその焦燥をとじ込める様に胸元のボタンを閉めた。

 綿を詰めて作られた胸は、コルセットで絞められた腰のせいでより強調されている。

 早く外へ出て情報収集なり、何か進展が欲しいのに――。

 自分の家のことなのに、何一つ解決している実感がない。

「リゼル、例の件で何か動きは?」

 そう問いかけると、リゼルは一瞬こちらを見て口を開いた。

「旦那様がお出かけになる前、情報屋が来ておりました」

「情報屋?」

「内容は存じません。立ち聞きすると、旦那様に叱られます」

「君は優秀な侍女だ」

 ラヴェルは皮肉った様にそう言ったが、リゼルは無表情のまま今日の刺繍の道具をこちらへ差し出す。

 これ以上喋る気はない。

 彼女のその行動で、その意志だけは伝わって来る。

 ラヴェルは黙ってそれを受け取り、針を刺すしかなかった。

 あまり彼女の口を割らせるのは立場的にも得策ではないだろう。

 何かあればジェイドに制裁を受けるのはリゼルという事になる。

 主人を裏切らせる行為だと分かっていても、ただドレスを着て人形の様に座っているわけにはいかない。

 そして重いドレスを着こなし、作法を覚え、立ち居振る舞いが様になり始めた頃――。

 ラヴェルの体は男とは思えぬほどの細腰をドレスで包み、長く伸びた髪を上げると項が色香を放つ。

 燭台の灯に照らされた鎖骨や、緩やかに弧を描く薄い唇には、淑女らしい柔らかさを帯びている。

ただ、長く伸びる睫毛に隠れたロゼリアの瞳――それだけが意志の強さを秘めている。

「ベルも飲むか?」

 いつものようにジェイドの誘いでテラスにて晩酌に付き合っていた。

 寝る時でさえ薄いワンピースを着せられ、月明かりがその薄い生地を通り抜け、体の線は怪しく浮かび上がる。

その裾が夜風にふわりと靡いた。

ジェイドはグラスを片手にこちらへと近づき、持っていたグラスを差し出す。

その視線、仕草、香り、全てが甘くラヴェルの心を捕らえた。

「体はどうですか?」

「え?」

 ジェイドが近づく。

 唇が耳に付く程近く、その吐息の熱にラヴェルは息を飲んだ。

「熱を持て余しているのでは?」

「どう……言う……いみ……?」

 ラヴェルは伏した睫毛を上げ、ジェイドを見つめる。

 薄い夜着の裾を握り締め、口の端をぎゅっと結んだ。

 妙に沈黙が煩い。

 自分の心音が鼓膜の内側から煩く響いた。

 ジェイドは眉尻を下げ心配する様な素振りで、靡く髪をそっと払う。

 そしてゆっくりと口角を上げ囁いた。

「知っていると言ったでしょう? 貴方の秘密――」

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