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All Chapters of 魔女ドーラの孫(仮): Chapter 91 - Chapter 100

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出来る子

 正面玄関から二階へ上がる階段の上から一部始終を見ていたナタリスでさえ、反論する様子はない。 一番混乱しているのはオルタナ自身だった。「あのっ……ヴィー様?」「オーリィ、お前に頼んだ事を覚えているな?」「覚えてる……けど、運命の番って……」 運命の番だと公表してしまえばそれは婚姻を意味する。 それはダメだ。 公爵の血筋を残せない自分では、本物にはなれない。「契約って言った……」「お前が唯一の番だと言ったはずだ」「でもっ……」「嫌なのか?」「ちがっ……嫌とかじゃなくて……」 ダメなんだよ。 こんな不完全な体で、それを望むのは烏滸がまし過ぎる。「未発情の事なら気にするな。ウケイ殿に切り札を貰った」「……切り札?」「お前は約束通り、このヴィンス・サリバンの番として夜会で完璧に振舞え」「……完璧に」「分かった、と言っていただろう?」 そう言われて、何故か階段の上からジッと見ているナタリスの視線が刺さる様に感じた。 覚悟があるなら役目を果たせ――――。 そう言われて悔しくて覚悟したはずだったのに、すぐに揺らいでしまう。 でもナタリスの視線を感じる程に、あの時の悔しさが蘇って来る。 家畜と罵られ自分の無能さを言い当てられて歯噛みしたあの時の感情が、オルタナを奮い立たせる。「謹んでお受けします。ヴィンス・サリバン公爵閣下」 オルタナはそう言って公爵の方へと向き直り、恭しく頭を垂れた。 やってやる。先の事なんかもう知るもんか。 いつだって公爵は勝手に決めて、勝手に話を持って来る。 それにいちいち右往左往しているのは、自分の覚悟が足りないからだ。 そ
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禁忌

 公爵達が別荘を去って一週間後、ミレーとオルタナも王都へ戻る。 戻る前にはミレーに頼んで別荘裏の森へ入る時間を貰い、薬草を摘んで荷袋に入れた。 調薬する時間はなかったけれど、王都へ行けばウケイがいる。 何かの役に立つかもしれない、と出来る限り使えそうな物を摘んで来た。 戻る道中も馬車の中で貴族達の名前と派閥を頭に入れる講義が続き、言葉遣いの練習も追加され、アリアンロッド街道の道中にある宿を転々としながら王都へ戻る。 発情していないとは言え、ミレーは婚約中の女性でしかもαだ。 部屋を別にして欲しかったが、そう言うわけにはいかないらしかった。「大丈夫よ、オルタナ。ラチア様からこれを貰っているから」 そう言ってミレーは香水瓶の様なものを取り出した。「何ですか? ソレ……」「Ωの匂いが分からなくなる香水らしいわ」「分からなくなる……?」「ラチア様の周りってαばっかりで不思議だと思った事ない?」「あります」「あれって、これがあるから可能なんだってさ」「なるほど……」 そう言ってオルタナは香水瓶の蓋を開け、くん、と匂いを嗅いでみる。「……⁉ これ、種芥子使っ……?」「シーッ! 栽培禁止されてんだから、大きな声で言っちゃダメ!」「あ、ごめんなさいっ……」「オルタナがこれを使ってくれたら、私はオルタナのΩ性を認識出来なくなるらしいわ」「へぇ……凄い。じゃあ、ヴィー様もこれ使ったら……」「いや、これはΩが使う事で効果がある物らしいから」「あぁ、そうなんですね」 ミレーが言うには、王妃は研究とこの香水を作る為にあの秘密の温室の一角で、秘密裏に種芥子の栽培をしているらしい。「あの植物にはα性とΩ性があるらしいのよ」「植物に第二性が?」「えぇ、ラチア様が言うにはΩの個体が増えると、繁殖傾向が強くなるらしいわ。教会が作っている聖水は、そのΩ性を利用した精力強壮剤の様の物ではないかと」「じゃあこの香水は?」「件の植物のα性を持つ個体から抽出された何かを使っているとか……」「あぁ、なるほど。その匂いを使ってαに擬態するって事か……」 発情していないとは言え、あの幼い王妃があんな上級αに囲まれて平気なくらいだから、信憑性には足る代物だ。 でも植物自体が禁忌とされているから公には出来ない。 教会がラカンから密輸している植物が、実は王
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再生

 教会が種芥子を密輸する際、わざわざモリガンを経由する意図が謎だった。 海を渡ってドーン王国に輸入する方が格段に速いはずなのに、モリガンまでわざわざ種芥子を運んでいたのは、何かしらの因縁をつけてモリガン伯から領地を奪う為だったとしたら――――? もしこの仮説が当たっていたとしたら、ケルメスが種を持っている可能性は高い。「今回のルアド・モリガンの件を受けて、王陛下はモリガン伯から爵位剥奪と、領地没収をお考えになっているそうよ。教会がそれにどう動くかはまだ分からないけど」「王領の一部となれば教会が手出しする事は難しくなる……?」「そう。だから一番厄介なのは武器貿易で軍の内部に詳しいファージ侯爵家がしゃしゃり出て来る事。モリガン軍への介入を狙っている恐れがある」「じゃあ、明日の夜会ではファージ侯爵家を?」「まぁ、そっちはヴィー様達に任せて大丈夫。私達は……」「老害爺を釣る」「そう。こんな作戦しかなくて、オルタナには申し訳ないのだけれど……」「いや、僕のこの容姿が役に立つなら使わなきゃ損でしょ?」 エヴレカを愛妾として囲っていたケルメスなら、銀髪碧眼の男のΩである自分を放って置くはずがない。 教会の目的が夜葡萄の再生なら、尚の事。 夜の国の女王の末裔である自分の血がなければ、それは叶わないのだから。「オルタナを囮に使う様な真似、したくなかったんだけど……」「僕は大丈夫。だって、ミレーがいてくれるんでしょ?」「勿論よ! それに助っ人もちゃんといるから」「助っ人?」「兎に角、私達の目的は……」「大聖堂へ行く為に、老害爺を誑し込む」「そう、そして忘れちゃいけない三箇条。オルタナは?」「夜の国の女王、エヴレカの子」
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相克の夜会

 そう言い掛けた時、深い寝息を立てて眠る公爵に気付く。 ウケイがくれた未発情に関する切り札が気になる所ではあるけれど、今はゆっくり寝かせてあげたい。 起きたらまた特務警護団の団長として、サリバン公爵として、足元を掬われない様に立っていなければならないこの人が、何も考えずに休めるのはこの寝台の中くらいだろうから。 そうして昼頃まで休んだ公爵から聞いた話では、数日前にまた例の妙な病で子爵家の令息が命を落としたらしい。 その子爵家令息の死因と教会との関係を調べつつ、夜会の準備や作戦の根回しもあり、真面に寝れていなかったようだ。「準備は出来たか? オー……リィ……」 支度部屋に入って来た公爵は、何かに驚いて固まっている。 オルタナはその様子を不思議に思いながらも、騎士服でも普段着でもない、正装した公爵の姿を見て思わず息を飲んだ。 カッコいぃ――――……。美しすぎる……。「想像以上だな」「……? な、何が?」「我が番殿は美しい。良く似合っている」「あ、ありがと……ヴィー様も凄く素敵だよ」 シルバーを基調にしたジャケットに黒いラペルの縁取りや黒いベストを合わせて、公爵の髪の色と同じ宵闇色の刺繍が効いている。 襟元にはボリュームのあるクラバットに、薄い空を映した水面の様な青い宝石を使ったピンが印象的に輝いている。 まるで雪解けのスコス湖の様な美しい青――――。「お前の眸の方が美しいが、よく似ているだろう?」「えっ⁉ それ、僕の目の色って事?」「探すのに苦労した」 公爵はそう言って満足そうに笑う。 よく見れば
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ファージ侯爵令嬢

 あれがファージ侯爵令嬢だろうなぁ――――……。 明らかな敵意の籠ったその視線は、美しく優雅に踊る両陛下には目もくれずこちらへと刺さる。 あどけない顔に似つかわしくない派手で露出の多いドレスが、より一層印象をきつく見せた。 ナタリスが聞き出したダリスの話によれば、妹は娼婦上がりの後妻の子だそうで、ファージ侯爵は見目麗しい彼女を溺愛しているらしい。 先妻の子であるダリスはサリバン家に取り入り、妹との婚姻を成就させる事が父親から課せられた家督相続の条件だった。その為にダリスはあの手この手で公爵に近づこうと画策し、この度見事に失敗したのである。 オルタナは両陛下に視線を戻して口角を上げたまま、公爵に囁く。「ヴィー様、あの方がファージ侯爵令嬢ですか?」「あぁ、その隣にいるのが父親だ」「少々ふくよかな?」「大分ふくよかだろ」「すんごい見られてますけど……」「どんな方法で接近してくるか楽しみだな?」 そう言った公爵はすこぶる悪そうな顔をして見せた。 両陛下のダンスが終わると社交界デビューする若い子息令嬢達が踊り始め、その中には赤いドレスのファージ侯爵令嬢の姿もあった。 多くの子息達に囲まれ、自分がどれだけ求められているのかを見せつける。 確かに可愛らしい顔立ちに似つかわしくない豊満な胸を持った彼女は、男好きのする少女に見えた。  あれで発情前なら、発情したら魔性の子にでもなるんじゃないかと思わせる程に、顔と体がそぐわない感が否めない。「まるで飴に集る蟻だな……」 相変わらず表情すら変えずにそんな悪態をついた公爵は、こちらをチラリと見て「来たぞ」と零した。 会場の端に司祭服を着たケルメスと従者らしき男の姿が見て取れる。「王陛下のお誕生祭に遅刻って……」「それだけ舐めてやがるのさ」 オルタナは努めてケルメスの方
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子供の喧嘩

 段々と呼吸が整わなくなる公爵を、オルタナは必死に細い腕で支えた。 衆人環視の中で未発情のΩに対して発情したとなれば、運命の番として認めなければならなくなる。 王陛下や高位貴族が軒並み揃うこの夜会でそんな事になれば、この事実をハッタリで誤魔化すなんて出来ない。 何で……? 本当にあの侯爵令嬢が運命の番って事――――?「感じていらっしゃるでしょう? ヴィンス様も」「……っ、名を呼ぶ許可はしてない。不愉快だ」「何故です? 我満なさらずとも、私を求めて下さって構いませんのよ」 引く気はないらしい。 それでも、彼女の言葉を否定する程度には公爵の理性も残っている。 驚くな。状況を把握しろ。 見て、聞いて、把握して――思考を回せ。 そう自分を律してオルタナは、ふとある事に気付く。 そしてこの状況に段々苛立ちが込み上げて来て、公爵に対しての独占欲に気が狂いそうな程、感情が昂った。 絶対に渡さない。 公爵が他の誰かをあの武骨な手で愛し、耳朶が融けるような声で甘言を囁くなど考えたくもない。「ヴィー様、僕を見て」「はっ、うぐっ……オー……リィ……」 オルタナはジッと公爵の双眸を見て「僕の項に集中して」と小声で呟いた。 公爵の視線で伝わった事を確認し、リリムの方へと向き直る。「僕の項にはヴィー様がくれた証がある。僕がサリバン公爵の運命の番だ」「何てこと! そのような虚言を吐くなんて、大罪人魔女ドーラの孫はどこまで卑しいのかしら!」「身分も礼節も弁えない貴女に、何を言われようと構わない。こんな公の場で誘引薬を使うなんて、公然猥褻に値す
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仇花

 頭上からボタボタと酒を滴らせるリリムは驚いて固まってしまっている。「自惚れるのも程々にせねば、可哀想を通り越して憐れです。己が身の丈に合わぬ欲を満たす為にサリバン公爵にまで恥をかかそうと言うのですか」「ち、違……私は……」「マ……マダム、娘は社交界デビューしたばかりなのです。このように責められては……」「お黙りなさい、ファージ侯爵。デビューしてこの為体。親の品位が知れると言うものです」 論破されたファージ親子はぐうの音も出ない。 この様子を見ている他の貴族達も、ひそひそと訝し気な顔で囁いている。 礼節を弁えず、その上国王主催の夜会で禁止薬を使って筆頭貴族に仕掛けたのだ。 味方して弁解しようと言う人はいないだろう。「無知とは愚かな事です。この国の者は知らぬ者が多いのでしょうが、マネキギの草木とは古からある“娼婦御用達”の誘引剤。それを社交の場に持ち込むなど言語道断。恥を知りなさい!」 ビシャリと開いていた扇子を閉じた大公妃は、その扇子の先をファージ親子に向けて指している。 あえて“娼婦”を引き合いに出したのだろうと言う事は、その場の誰もが察している様だった。 リリムの母親が娼婦上がりだと知っておきながらそれを衆人環視の前で明確に言葉にしたのは、娼婦を貶める為ではない。 マダム・キャンベルは著名な慈善事業家でもあって、やむなくその世界に身を置いている者達がいる事は十分承知しているはず。 だが娼婦の世界で罷り通る事情が、貴族の世界でも通用する訳じゃない。 この世界に身を置く者としての在り方を説いているのだ。 ファージ侯爵は何か物言いたげだが、これ以上マダム・キャンベルに口を挟めば分が悪いと言う事くらいは分かっているらしい。 それも
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助っ人

「ひっ……ひつれいする! チッ……帰るぞ、リリムッ!!」 そう言い捨てて周りを顧みることなく夜会の会場を後にするファージ侯爵は、リリムを引き摺る様にして出て行く。 とは言え王陛下に挨拶もなく帰るとは、ファージ侯爵も余程頭に血が上っているらしい。「私の身内に手を出す身の程知らずが未だいたとは驚きです」 逃げ帰るファージ親子に大公妃はそう言って溜息を漏らした。 この方も身内贔屓……誰かさんに似てる。 平民の噂程度ではあるがマダム・キャンベルを敵に回した令嬢は、社交界から追放されると聞いた事がある。 嫁ぐまではレディ・リザベラの愛称で社交界の名花としてご令嬢達の憧れであり、貴族子息にとっても高嶺の華だった人だ。  そもそも経済や流行、あらゆる面でのアンバサダーであった王妹に嫌われて社交界で立場を維持する方が難しいだろう。 片やファージ侯爵家は、先々代の頃に国王の命のを救った軍人が爵位を貰い、貴族の中では歴史の浅い新参者として見られている。 そして、戦争が無くなり先代侯爵が軍事武器貿易を生業としてからは、成金侯爵と仇名される様になったそうだ。 その家業を継いだ現在のファージ侯爵は、商才も機知もそこそこの男だと公爵が言っていた。 そんな歴史の浅い爵位と金だけで後ろ盾のない侯爵家の息女が禁止薬まで持ち出したとあっては、人脈もしくは嫁ぎ先に恵まれなければこの先の社交界に返り咲く事は不可能に近いだろう。 唯一の後ろ盾と言えそうなケルメス・ドヴァンニはこの事態を見て早々にファージ侯爵を切り捨てるつもりに見える。「伯母上! よく来て下さった!」 二階から王陛下が抱擁を求める様に、両手を広げて階段を下りて来る。「お久しぶりです、レイモンド陛下」 美しいカーテシーで国王陛下に挨拶した夫人を、王陛下は事も無げに抱きしめ再会を喜ぶ。「ご成
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銀の君

 発情しないと言う事を隠しておけるはずはないけれど、ここで認めると言う事は他に番を持つ事を容認すると言う事と同義だ。 公爵がウケイに貰った切り札と言うものがどんなものなのか、オルタナはまだ知らない。 ここでどう答えるのが正解なのか、逡巡し迷う。 番として完璧に演じると言っておきながら、他の番を迎えても寛容に受け入れる覚悟は出来ていない。 でも貴族に嫁ぐと言う事は、その血を継げる者を産まねば価値がない。「そ、れは……」「そうだとして、ヴィンスが子を産める他のΩと番えば問題ないでしょう」「伯母上っ……」「ヴィンス、貴方も分かっているはずですよ。大丈夫です、オルタナ。私の夫にも運命の番がおりますが、今日まで夫とも金の君とも上手くやって参りました。公爵家に嫁ぐ者として、その位の事は覚悟の上でしょう?」 そう、キャンベル大公には金の君と呼ばれる運命の番がいる。 髪が灰色のリザベラはそれに倣って銀の君と呼ばれている事も、この王国の民なら子供でも知っている事だ。 複数の番を持つことを良しとしないドーン王国の筆頭貴族が、運命の番と婚姻し、他に番を持つと言う例外に説得力を持たせるには、彼女ほどの適任者はいないだろう。 そう言う意味でも最強の助っ人と言える。 小国でありながら強い海軍を有し豊富な鉱山を持つキャンベラは、海軍を持たないドーン王国にとって失ってはならない同盟国だ。 そう言う政治的な理由でリザベラが大公の元へ嫁いだ時、既に大公には運命の番がいて、リザベラは全て承知の上で大公妃となった。 大国の皇女が番持ちの小国の大公に嫁ぐなんて、異例の事態だったはずなのに、彼女はそれを物ともせずに公国との橋渡しを成し得た強者なのだ。 国政を担うパートナーとして、大公はリザベラを歓迎したと聞いている。 覚悟――したつもりだった。 でも想像力が足りなかった。 いや違う。ちゃんと事実を見ようとしていなかっただけだ。
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ネロ区へ

「銀の君の折り紙付きならばサリバン家も安泰ですな、公爵様」「えぇ、そうですね。ドヴァンニ殿」「健常なΩを早々に見つけられませ。何なら私がご紹介致しましょうか?」「ケルメス、婚約したばかりの二人の門出に不躾ですよ」「これは失礼、銀の君。年寄りは生き急いで申し訳ないですな。銀の君は大聖堂の視察にも来て頂けるとか。またその時に、ゆっくりとお話出来れば……」 国王でさえ大聖堂への訪問を渋る教会が、大公妃の視察を断らない理由――それが多額の支援金だ。 慈善事業家としての大公妃は、母国の孤児院に多くの支援と寄付を続けており、教会の大聖堂があるネロ区もその恩恵を受けている。 だから断らないと言うより、断れないと言う方が正しい。「あぁ、そうですね。オルタナの御婆様にもお会いしたい所です」「あぁそれなら、君も会いに来られますか? 御婆様に」 掛かった――――。「宜しいのですか? 私がご一緒しても……」 母がどんな風に笑う人なのか記憶はないが、オルタナは出来得る限り優雅に口角を上げ、ジッとケルメスの視線を捕らえる。 この爺を落とせば、大聖堂へ行けるのだ。 媚びも世辞も惜しむつもりはない。「十年以上会ってないのでしょう? マダムの視察の合間に面会なさると宜しいかと」「ありがとうございます! 限られた者しか入れぬ大聖堂に入れるなど夢の様です。大司教様の寛大なお心に、感謝致します!」 オルタナはそう言ってケルメスの手を両手で握りしめた。 本来なら触りたくもないが、ミレーが言うにはケルメスは稚児趣味の傾向があるらしく、小柄な少年をいつも侍らせているらしい。 多分、間違いなくこの容姿と体格がクリーンヒットする。 と、ミレーは砂を吐くような顔で言っていた。「おっほっほ、公爵様が君を番に望む気持ちが分かる様な気がしますね」
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