翌朝目が覚めても、昨夜の会話がまだ胸の奥に残っていた。『俺も、昔予約取ろうとしてた』そんなこと、一度も聞いたことがなかった。結婚二年目。まだ私が、優に期待することを完全には諦めていなかった頃。もしあの時、聞いていたら。少しは違ったんだろうか。優が私のために何かをしようとしていたと知っていたら、私はもう少しだけ、この家で息ができただろうか。けれど、すぐに答えは出た。たぶん、違わない。きっと私は、また期待した。そして期待したぶんだけ、傷ついた。小さな優しさを何度も拾って、そのたびに「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせて。結局、何も変わらない日々の中で、もっと深く沈んでいた気がする。もう、十分だった。遅れて届いた優しさを、今さら宝物みたいに抱きしめるには、私は少し疲れすぎていた。***リビングへ降りると、朝の部屋は静かだった。優はもう出勤したらしい。けれど、キッチンカウンターの上に、小さな紙袋が置かれていた。昨日のケーキ屋のロゴ。足が止まる。胸の中に、まだ名前のつかない感情が落ちる。何となく開くと、小さな箱とメモが入っていた。『綾香へ 甘いもの、好きだったよね 土曜、もしよかったら——優』文字は相変わらず少し無骨で、必要なことしか書かれていない。それなのに。“綾香へ”。その最初の三文字で、指先が止まった。最近、優に名前を呼ばれることが増えた。それまでは、ほとんどなかったのに。同じ家にいても、会話は用件だけで、視線もすれ違うばかりだった。今さら名前を呼ばれると、嬉しいというより、過去の自分が少しだけ反応してしまう。あの頃の私が、まだどこかに残っている。それが厄介だった。メモを箱に戻しながら、深く息を吐く。タイミングが悪すぎる。本当に、救いようがないくらいに。その時、スマホが震えた。【東郷優】『今日、帰り何時?』続けて。【東郷優】『土曜、昼空けた』『もし嫌じゃなければ』『少しだけ、話したい』画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。空けた。優が、私のために予定を空けた。昔なら、それだけで一日中そわそわしたと思う。忙しい人だから。私のために時間を使ってくれるだけで、特別に思えた。でも今は、その言葉が胸に届く前に、少し身構えてしまう。嬉しいより先に。どうして今なの、と思っ
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