All Chapters of 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています: Chapter 51 - Chapter 60

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外の空気

 車へ乗り込んだあとも。 佳苗はどこか落ち着かなかった。 助手席へ座りながら、 そっと窓の外を見る。 久しぶりだった。 こんなふうに、 何かを考えず外へ出るのは。「……どこ行くんですか?」 シートベルトを締めながら尋ねる。 すると。 雄吾はハンドルへ手を掛けたまま、 淡々と答えた。「飯」「え」「お前、最近まともに食ってないだろ」 図星だった。 佳苗は少し気まずそうに目を逸らす。 離婚問題が始まってから、 食欲にも波がある。 食べられる日と、 何も喉を通らない日。「……バレてました?」「顔見れば分かる」 即答。 佳苗は思わず小さく笑った。 その反応を見て、 雄吾はエンジンをかける。 静かに車が走り出した。 夜の街。 窓の外を流れる光を見ながら、 佳苗は少しだけ肩の力を抜く。 その時。 ふいにスマホが震えた。 佳苗の身体が反射的に強張る。 画面を見る。『悟』 短く息が詰まる。 すると。 隣から低い声がした。「見るな」 佳苗は迷う。 でも。 以前みたいに、 すぐ開こうとは思わなかった。「……はい」 スマホを伏せる。 その小さな変化に、 自分でも少し驚く。 昔なら。 悟からの連絡を無視するなんて、 考えられなかった。 怒らせないように。 嫌われないように。 ずっと気を張っていたから。
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知らない世界

 店内は静かだった。 落ち着いた照明。 窓の外に広がる夜景。 佳苗はどこか居心地悪そうにメニューを見つめる。「……場違いじゃないですか、私」 小声で呟く。 すると。 向かい側の雄吾が淡々と言った。「誰もお前なんか見てない」「いや、でも……」「気にしすぎだ」 即答だった。 佳苗は苦笑する。 雄吾は本当に、 他人の視線を気にしない。 その時。 店員が料理を運んでくる。 綺麗に盛り付けられた前菜。 佳苗は少し驚いた。「……すごい」「食えそうか」「はい、これなら」 少しだけ食欲が戻る。 佳苗はゆっくり料理へ手を伸ばした。 その様子を見て、 雄吾が小さく息を吐く。「ちゃんと食う方が先だ」「子供扱いしてません?」「してる」 真顔で返され、 佳苗は思わず吹き出した。 久しぶりだった。 こんなふうに、 自然に笑えたのは。 その時。 ふいに店内が少しざわついた。 佳苗が顔を上げる。 入口から、 数人の女性たちが入ってきた。 華やかな雰囲気。 いかにも上流階級という空気をまとっている。 そして。「……榊原さん?」 一人の女性が足を止めた。 雄吾が静かに視線を向ける。「偶然ですわね」 艶やかな笑み。 佳苗は反射的に背筋を伸ばす。 女性は佳苗を見て、 一瞬だけ目を細めた。「こちらの方は?」 柔らか
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返さなくていい言葉

 食事を終えて店を出る頃には、 夜風が少し冷たくなっていた。「寒いか」 雄吾が歩きながら聞く。「大丈夫です」 そう答えた瞬間。 ふわりと肩に重みが乗った。「……え」 雄吾の上着だった。「先輩、これ」「風邪引かれても面倒だ」 淡々とした声。 だが。 佳苗の心臓は少しうるさかった。「ありがとうございます……」 上着から、 ほんの少し雄吾の香水の匂いがする。 それだけで、 妙に落ち着かなくなる。 駐車場へ向かいながら、 佳苗はそっとスマホを確認した。 悟からの通知が増えている。『なんで無視するんだ』『ちゃんと話そう』『俺たち夫婦だろ?』 以前なら。 見るだけで焦っていた。 でも今は、 少し違う。 怖い。 けれど。 “返さなきゃ”ではなく、 “返したくない”が先に来る。 その変化に、 佳苗自身がまだ慣れなかった。「まだ来てるのか」 隣から低い声。 佳苗は小さく頷く。「……はい」 すると。 雄吾が自然な動作でスマホを取り、 画面を一瞥する。 そのまま、 静かに電源を落とした。「今日は終わりだ」「えっ」「今のお前に必要なのは休むことだ」 有無を言わせない声。 でも。 不思議と嫌じゃなかった。 車へ乗り込む。 エンジン音が静かに響く。 佳苗は窓の外を見ながら、
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眠れない夜

 マンションへ戻ったあとも。 佳苗はどこか落ち着かなかった。 部屋へ入って、 ベッドへ腰を下ろす。 けれど。 頭の中では、 さっきの言葉が何度も繰り返されていた。『好きな女が苦しんでたら守るだろ』「……もう」 顔が熱い。 分かっていた。 先輩が自分を特別扱いしていることくらい。 でも。 実際に言葉になると、 破壊力が違う。 しかも。 あんなふうに、 当たり前みたいに言うから余計にずるい。 佳苗は枕へ顔を埋める。 心臓が全然落ち着かない。 その時。 コンコン、と控えめなノック音がした。「……はい?」 顔を上げる。 ドアの向こうから、 雄吾の低い声が聞こえた。「少しいいか」「えっ」 佳苗は慌てて起き上がる。「ど、どうぞ」 ドアが開く。 雄吾はいつも通り落ち着いた顔をしていた。 だが。 佳苗はさっきのやり取りを思い出してしまい、 まともに目を合わせられない。「……何ですか?」 ぎこちなく尋ねる。 すると。 雄吾が小さな紙袋を差し出した。「薬」「薬?」「頭痛薬と胃薬」 佳苗は目を瞬かせる。「最近、また胃痛出てるだろ」「……なんで分かるんですか」「食事量」 即答だった。 佳苗は少し苦笑する。 本当に、 よく見ている。「ありがとうございます」 紙袋を受け取る。 その時。
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静かな朝

 翌朝。 佳苗は珍しく、 少しだけ気分の軽い目覚めだった。 カーテンの隙間から差し込む朝日。 静かな部屋。 スマホを確認するのが怖くて、 毎朝憂鬱だったはずなのに。 今日は少し違う。『俺がいる』 昨夜の言葉が、 まだ胸の奥へ残っていた。「……ほんと、ずるい」 小さく呟いてから、 佳苗はゆっくりベッドを降りる。 リビングへ向かうと、 コーヒーの香りがした。 雄吾は既に仕事の準備をしていた。 シャツ姿でタブレットを確認している。 その姿だけで、 妙に絵になるのが悔しい。「おはようございます」 声を掛ける。 すると。 雄吾がこちらを見た。「顔色は昨日よりマシだな」「第一声がそれですか?」「重要だからな」 淡々と返され、 佳苗は苦笑する。 その時。 テーブルの上に置かれていたスマホが震えた。 佳苗の動きが止まる。 反射的に身体が強張る。 だが。 雄吾が先にスマホを手に取った。「……先輩?」「三浦だ」 佳苗は小さく息を吐く。 まだ、 悟からの通知に身体が反応してしまう。 雄吾はそのまま通話へ出た。『おはようございます』 三浦の落ち着いた声。『昨夜、ご主人が佳苗様のお母様のところへ行ったようです』 佳苗の顔色が変わる。「え……?」 雄吾の表情が少し冷える。『かなり感情的だったらしく……』『今後、直接接触が増える可能性があります』
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頼るということ

 その日。 佳苗は久しぶりに一人で買い物へ出ようとしていた。 とはいえ、遠出ではない。 マンションの近くにあるスーパーへ行くだけだ。「本当に大丈夫です」 玄関でそう言うと。 雄吾は腕を組んだまま、じっと佳苗を見ていた。「三十分」「え?」「三十分ごとに連絡」 佳苗は思わず吹き出した。「子供じゃないんですから」「今は信用してない」「ひどい」 すると。 雄吾は真顔のまま答える。「お前、昔から一人で抱え込む癖があるだろ」 佳苗は言葉に詰まる。 図星だった。 困っていても言わない。 我慢する。 限界まで耐える。 それが当たり前になっていた。「……分かりました」 観念して頷く。 すると。 雄吾が小さく息を吐いた。「無理だと思ったら帰れ」「はい」「変な連絡が来たら無視しろ」「はい」「何かあったら――」「先輩に連絡します」 先回りして答えると。 雄吾は少しだけ黙った。 そして。「ああ」 短く頷く。 それだけなのに、どこか嬉しそうに見えた。 佳苗は思わず目を逸らす。 最近、こういう瞬間が増えた気がする。 そのままマンションを出る。 昼間の空気は穏やかだった。 スーパーまで歩く。 野菜を選び。 牛乳を買い。 夕食のことを考える。 ほんの少し前まで、こんな日常
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少しだけ違う帰り道

 電話を切ったあと。 佳苗はしばらくスマホを見つめていた。『何かあったか』 たったそれだけ。 なのに。 胸の奥が少し温かい。 昔の自分なら、誰かに心配をかけることを恐れていた。 だから。 大丈夫じゃなくても、大丈夫だと言っていた。 でも今は。 誰かが気にかけてくれることが、少しだけ嬉しい。「佳苗?」 知人の声に我に返る。「あ、ごめん」「大丈夫そうだね」 その言葉に、佳苗は少しだけ笑った。「うん」 以前なら、笑えなかったかもしれない。 知人と別れ。 買い物袋を提げて帰路につく。 空はよく晴れていた。 少し前までなら、外を歩くだけでも不安だったのに。 今日は違う。 怖さが消えたわけじゃない。 でも。 前だけを見て歩ける。 その時。 スマホが震えた。 佳苗の身体が反射的に強張る。 だが。 画面を見ると、雄吾からだった。『終わったら連絡しろ』 短いメッセージ。 佳苗は思わず吹き出す。「過保護……」 そう呟きながらも、嫌な気はしなかった。 そのままマンションへ戻る。 エントランスを抜け。 エレベーターへ乗り込む。 そして。 部屋の前まで来たところで足を止めた。「……え?」 ドアノブに。 小さな紙袋が掛かっていた。 佳苗は顔を曇らせる。 知らない袋だ。 恐る恐る手に取る
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残されたもの

『そこから動くな』 通話が切れたあとも。 佳苗はその場から動けなかった。 心臓が嫌な音を立てている。 紙袋を持つ手が震える。 どうして。 悟はここまで来たのだろう。 マンションは知っている。 それは分かっていた。 でも。 実際にこうして痕跡を残されると、話は別だった。 怖い。 本当に。 怖い。 その時。 エレベーターの到着音が響いた。 佳苗の肩が大きく跳ねる。 反射的に後ずさる。 だが。 降りてきたのは雄吾だった。「先輩……!」 佳苗は思わず声を上げる。 雄吾は真っ直ぐこちらへ歩いてくる。「怪我は」「してません」「接触は」「ありません」 短いやり取り。 だが。 その声を聞いただけで、少し力が抜ける。 雄吾は佳苗の手から紙袋を受け取った。 中身を確認する。 メモを見る。 そして。 静かに眉を寄せた。「捨てるぞ」「……はい」 迷いはなかった。 以前なら。 たとえ悟からのものでも、捨てることに罪悪感があったかもしれない。 でも今は。 見るだけで苦しかった。 雄吾は紙袋を閉じる。 そのまま部屋へ入る。 玄関の扉が閉まった瞬間。 張り詰めていた糸が切れた。「……怖かったです」 気づけば口から漏れていた。 雄吾は何も言わない。 ただ。 静かに話を聞いている。「昔は」 佳苗は俯く。「悟さんにこんなことされたら、嬉しいと思わなきゃいけないと思ってました」 好きだから。 心配だから。 会いたいから。 そう考えようとしていた。 でも。 今は違う。「嫌なんです」 掠れた声。「怖いんです」 雄吾はしばらく黙っていた。 そして。「それでいい」 低い声が落ちる。 佳苗は顔を上げた。「え……?」「嫌なものを嫌だと思うのは普通だ」 静かな声。「無理に理解しようとするな」 佳苗は息を呑む。 そんなふうに言われたことがなかった。 いつも。 相手を理解しろと言われてきた。 我慢しろと言われてきた。 だから。 胸の奥が熱くなる。 その時。 雄吾のスマホが震えた。 画面を確認した瞬間、表情がわずかに変わる。 佳苗は黙ってその様子を見ていた。 雄吾は短く通話へ出る。 数十秒ほど話したあと、静かに電話を切った。「管理会社に確認を依頼した」 
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守られるだけじゃない

 翌日。 佳苗は朝から落ち着かなかった。 昨日の紙袋の件が、 まだ頭から離れない。 悟が本当にここまで来た。 その事実が、 思っていた以上に重かった。 リビングへ入ると。 雄吾は既に仕事の準備をしていた。「おはようございます」「眠れたか」 低い声。 佳苗は少しだけ迷う。「……あんまり」「だろうな」 即答だった。 隠せていなかったらしい。 その時。 テーブルの上に置かれていたスマホが震えた。 佳苗の肩が反射的に強張る。 だが。 雄吾は落ち着いたまま画面を確認した。「三浦だ」 佳苗は少しだけ息を吐く。 まだ慣れない。 通知音だけで身体が反応してしまう。 雄吾は通話へ出た。『おはようございます』 三浦の声。『管理会社から連絡がありました』 佳苗は思わず顔を上げる。『防犯カメラに、ご主人らしき人物が映っていたそうです』 胸が重くなる。 やっぱり。 勘違いじゃなかった。『映像自体は現在確認中ですが、管理会社としても警戒するとのことです』「分かった」 雄吾は短く答えた。 通話を終える。 静かな空気。 佳苗は俯いたまま呟く。「……本当に来てたんですね」「ああ」 低い声。「だから言っただろ」 佳苗は小さく頷く。 怖い。 でも。 不思議だった。 以前ほど混乱していない。 その時。 雄吾が静かに尋ねる。「今日の予定は
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普通の午後

 昼過ぎ。 佳苗は雄吾と並んでスーパーの店内を歩いていた。 平日の昼間。 主婦や高齢者の姿が目立つ。 その中に。 明らかに場違いな男が一人。 佳苗は横を歩く雄吾を見上げた。「やっぱり変です」「何がだ」「先輩がスーパーにいるの」 即答すると。 雄吾は少しだけ眉を上げた。「スーパーくらい行く」「そういう問題じゃなくて」 佳苗は思わず笑ってしまう。 スーツ姿のまま買い物かごを持っている姿が、どうにも似合わない。 すると。 雄吾は淡々と言った。「お前が一人で来るよりマシだ」 佳苗は苦笑する。 相変わらず過保護だ。 でも。 もう少しだけ分かる。 昨日の紙袋。 あれを見てしまった今は。 自分でも少し怖かった。 その時。 佳苗は野菜売り場の前で立ち止まる。「何作ろうかな……」 小さく呟く。 離婚問題が始まってから、料理をする余裕もなかった。 でも最近は少し違う。 食事を考える余裕が出てきた。 そのことが、少し嬉しかった。「鍋」 雄吾が言う。「暑いですよ」「栄養が取れる」「おじいちゃんみたいなこと言ってます」 佳苗は笑う。 雄吾は不満そうな顔をした。 そのやり取りが可笑しくて、また笑う。 しばらくして。 二人はレジへ向かった。 会計を済ませようとした時だった。「ご一緒にお会計でよろしいですか?」 店員が自然に尋ねる。 佳苗は一瞬固まった。「えっ」 思わず雄吾を見る。 だが。 雄吾は平然としていた。「構わない」 そう答えて財布を出す。「ちょ、ちょっと待ってください」 佳苗は慌てる。「自分の分は払います」「別にいい」「よくないです」 即答すると。 店員が少し困った顔になった。 雄吾は小さくため息をつく。「分かった」 そして。 本当に佳苗の分だけ分けた。 佳苗はほっと息を吐く。 その様子を見ていた店員が、くすりと笑った。「仲がいいんですね」「違います」 佳苗は反射的に否定する。 だが。 その直後。 なぜか少しだけ恥ずかしくなった。 店を出る。 買い物袋を提げながら歩く。 風が心地いい。 何でもない午後。 何でもない会話。 何でもない買い物。 そんな時間が、こんなにも穏やかだとは思わなかった。 マンションへ戻り。 二人で買った食
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