LOGIN十数年ぶりに戻ってきた。 生まれ育った港町。 新幹線からはお父さんがいた工場も、煌びやかに輝く海も見えて、「凄く懐かしい」 ホームに降り立った時の匂いも、街を離れる日と変わりない。「帰ってきたね」「うん。なんにも変わってなくて、驚いちゃった」 田んぼの真ん中に作られた小さな駅でよく覚えていた。「ここからは車じゃないとダメだね」「でも、私たち三人だけよ?」「ワタシ、日本の免許はモッテないです」「安心して」 そういうと、慎太郎はキーを掲げて、「ここからはいつも僕が運転してるんだ」 そう言いながら、駅前広場に出ると、ネイビー色の車が用意されている。 慎太郎の事だから、自分で運転する車も高級車だと思っていた。 彼の横に座って、車を見渡してしまう。「珍しい?」「うん。プライベートジェットとか島とか、凄く高い物ばかり持ってると思ってたから」 私のイメージを伝えると、「結構、驚かれるよ。でも、この街は香織と僕の生まれ育った街だから、僕の足で歩かないとって思うんだ」「・・・・・・分かるかも」 慎太郎の思いに共感してしまう。「小さい時に歩いていた道を自分の足で歩くのって、懐かしくもなるし、昔に戻れるみたいで」「それそれ。ここで大きくなったんだって感じる彼の瞬間。凄く好きなんだ。それに」 慎太郎はキーを回してエンジンを掛ける。 その息吹と共に、「香織と過ごした日々を思い出して、会いたい、抱きしめたいって考えてたんだ」 慎太郎を見つめてしまう。 故郷に戻ってきたからだろうか。 いつも呟く彼の愛とは、一線を画した純情さがあるように思えた。「カップルで使える席・・・・・・なるほどアリでガス」 後ろの席でスケッチを始めるフネシュキーに気がついて、私は顔を赤くした。 そんなのを余所に車は走り出す。 山間を抜け、海沿いに出ると、その街はすぐに顔を出した。 適当なところで車を止め、私たちは潮風を浴びる。 すると脇を通った軽トラックが音を立てて止まり、「綱島さんじゃないですか!」 運転手の男が慌てたように出てくる。「お久しぶりです」「お知り合い?」「ここの漁協の人だよ。ツナ用のマグロを獲ってくれてる」 私よりも少し年上な感じの男で、白い長靴にツナギを着ている漁師だ。 ぺこりとお辞儀すると、「おっ、もしかして彼女
レストランの案が決まった折、「ナニかが足りないんでガスよ」 綱島グループ本社の会議室で『アイザック・フネシュキー』は嘆いていた。 数多の製品のデザインを手掛け、顎髭を蓄えて壮齢の巨匠……彼を知るものはそう呼ぶが、これでもまだ30代なのである。 彼のデザインは、レッドカーペットに煌びやかで豪華さを出しながらも、暖色の照明で落ち着きを両立させた素晴らしい案だ。 船上レストランに相応しい内装だと、私は思う。「足りないというと?」「こうモット、オーシャンという感じが足りないネ」 両拳を胸元で揺らし、感情を乗せて彼は言う。「海という感じか・・・・・・」「船上レストランですものね」 私も慎太郎も頭を捻るが、「とても僕には思いつきそうにない」「私も、かな。少し時間が欲しいかも」 顔を見合わせて呟いてしまう。 芸術を見るのは社交性として磨いてきたけれど、 作るとなると話は別。 特にその創作を売るとなれば、芸術的センスの他にも多くの人の感性に受け入れられるものを目指さなければならない。 他者の感性を無視した創作など、所詮は自己満足に過ぎないと、商売を通して学んだからだ。 ならば、この案通りに出すのが賢明なのだが、『この中で一番素敵だったけれど、なんだかパッとはしない』『もう少し『海』を感じたい』『船上らしさがどこか足りない気がする』 アンケートにはそんな声があったのも事実。「やはりワタシではダメなのか」 と落ち込むフネシュキーさん。「そんなことないですよフネシュキーさん!」「うん。僕も素敵だと思いますよ」 骨が喉に刺さったような気持ちだった。 たった一つ足りない。それだけでこのデザインは未完成という烙印が押されてしまう。 なんとかしてあげたい。そんな気持ちが逸る。 海・・・・・・海。 私はハタと慎太郎を見た。「香織?」「私たちの地元。海沿いの街だった。出会った場所も」 私の言葉で、顔を見合わせて、「フネシュキーさん。帰国までどれくらいあります?」「わんうぃーく」「なら大丈夫だ」「何がでゲス?」 私は新幹線の手配をしながら「日本にはこんなことわざがあるんです。百聞は一見にしかずって」「だから見に行くのさ」 海を感じるのなら、一番良い場所がある。 私たちはフネシュキーを連れて、都会の喧噪を離れてい
クイーンパーチの夜。 グラスと氷が弾ける以外に音がない、静かなバータイム。 社員以外の人間でも入れ、バーホッパーの人気作家も足繁く通う隠れ家的な場所だ。 そして、社員ならほぼタダで呑める。 入り口を抜けると、カウンターには奏が談笑している。 「連れがいるのかな?」 「分からないけど・・・・・・」 きっと一人でいるのだろうと、私も慎太郎も思っていた。 しかし重なっていた人影が離れると、なんだか納得してしまう。 「立花さん?」 「やぁお二方。こちらは」 「存じておりますよ。私が呼んだのですもの」 挨拶がてら、グラスを揺らす立花さん。 「またナンパですか?」 「ナンパ?」 「いやいや。JMNの柊さんとは、何度か仕事で顔を見ている。今日は偶然だよ。そちらは、デートかな?」 「夜風を浴びに」 軽口を言い合う二人。 (なんだか、仲の良い友達みたいね) 「さて、待ち人が来たとあらば、僕は隅に移ろうか」 「なら僕も行くよ。柊さんと楽しんで」 「う、うん。でも」 「良いところで僕たちも混ざるから」 そう言いながら、二人はバーの隅っこへと歩いてしまった。 そして私は、奏と二人きりで座ることになっってしまう。 「綱島さんって、本当に凄いわね」 口火を切ったのは彼女だった。 「本当、小さい頃は、いじめられっ子で泣き虫だったのに」 「幼馴染みだったの?」 「えぇ。昔は近所の、小さなお魚屋さんだったんです」 慎太郎の昔話に奏は驚く。 「そこからビルとか飛行機、巨大な漁船を持っちゃうくらいに成長させて、社員のみんなから慕われる存在になって、想像できなかったな」 「へぇ・・・・・・意外ね」 「意外?」 カクテルのグラスを一口飲んで、彼女は語る。 「ああいう人って、小さい時からカリスマ性とかがあるって思ってたから」 「確かに、私も思います」 才能というのはいつ開花するか分からない。 だから私も、奏さんの先入観は凄く頷ける。 「けど、彼は私に動かされたって言ってました」 「日野内さんに?」 「なんか、立ち向かいさないって言ったのに突き動かされたって。あまり自覚はなかったんですけど」 「なるほど・・・・・・なるほどね」 熟考してから、奏は手を打った。 「なら、貴方は現代のアーサー王
『大曲造船』の不祥事は瞬く間に世間へ広まった。 大曲 九郎がこれまでに起こしたセクハラを含め、数々の汚職が明るみになり、株価は急落。 これに乗じたJMNが今度は大曲を吸収して、役員を一掃した。 もはや会社としての体裁すら維持できなくなり、『大曲』という家柄すら消えつつあった。 だけど、私にはそれを超える衝撃があった。「あんな堂々と言っちゃうなんて」 思い出すとまだ顔が火照ってしまう。 慎太郎はあの壇上で私との婚約を誓った。(恥ずかしいけど) だが、嬉しいのもある。 今まで散々と言われてきたり、仕打ちを受けてきたのだ。 多分、彼もうんざりしていたんだと思う。「香織様、社長が」「きったよー!」 北島が言い終わる前に慎太郎が健気に顔を出した。 あれから二週間。 彼の様子は変わりなく、私には明るくて優しい。「今日もお疲れ様!」「うん。慎太郎もね」 平日の夕方。 仕事の波が落ち着いたから、まだ太陽が昇っている間に帰ってこれる。 何より私の残ってる仕事を慎太郎が全て片付けてくれているからなのだけど。 ソファへ腰掛けて、私たちは団欒を楽しむ。「婚約の話なんだけどさ」 私は切り出した。「返事がまだだったよね?」「そうだね。まだ聞いてない」「いろいろ片付いたら、返事したいんだけど、ダメかな?」 私はそう聞いた。 まだ片付いていないことが山ほどある。 船が爆破されたことの事後処理。 それと、奪われた会社の事。 とても結婚して欲しいだなんて言える立場にないと思っていた。「ゆっくりで良いよ」 慎太郎は微笑んで快く言う。 けれど、瞳の奥の寂しさは隠せていなかった。(……お預けなんて、嫌よね) 私はゆっくりと顔を近づけて、「ごめんなさい。わがままばかりで」「良いんだ」「その代わりじゃ、ないんだけど」 ぎこちない口調と仕草で、慎太郎に口づけをする。 仕事に忙殺されて、殿方としっかりお付き合いしたことなんてない。 だからなのか。これで正解なのかと自問してしまう。「ダメ・・・・・・かな?」 そう尋ねると、慎太郎は照れながらも応えてくれる。「いいよ。少し場所を変えようか」 キッチンの横を通ると、支度を始めていた北島はいつの間にか居なくなっていた。 そこからの記憶は曖昧。 けれど、慎太郎も一人の男だった
私の頬を大粒の汗が伝う。(慎太郎から聞かされてはいたけど) スマホでライブカメラのニュースを見ると、父が作った豪華客船が猛炎に包まれていた。「全員、この場から動かないでください!」 慎太郎は動揺の一つも見せず、入り口を塞ぐ。 訪れたお客さんは皆、戸惑いを見せていた。 すると、「慎太郎様!」 観衆の真ん中から金鈴のような甲高い声が響く。 小さくてよく見えなかったが、誰かはすぐに分かった。「大曲 小町か」 小さな声で慎太郎は呟く。(始まるわね) 私は身構え、小町に目をやる。 すると、「僕が守るから、大丈夫」 慎太郎が私の身体を傍に寄せて告げた。「私は、この爆発の真相を全て知っております! お聞きになってください! ここにいる皆様も!」 そこから始まったのは、大曲 小町の一人芝居であった。 観衆が彼女の周りに円を作る。 まるでそこへスポットライトが当たったかのようだ。「今、燃えている船は私たち一族が経営する『大曲造船』が建造した船です。かつては不祥事を起こした日野内氏が持っていましたが、紆余曲折あって綱島グループに買い取られました」 淡々と大曲 小町は語り続ける。「この船は私と慎太郎様の婚約が父上から認められたという証でしたの。しかし、そこの舞台にいる女が、私たちの関係を破壊するために、この爆破を仕向けたのです!」 膝から崩れ落ち、そして愛らしさを強調するように叫ぶ。「その女は不祥事を起こした日野内グループの元社長。醜い嫉妬で船まで爆破するなんて・・・・・・私の慎太郎様を返して!」 目には涙まで浮かんでいる。(まるで悲劇のプリンセスね) 滑稽に映るが、しかしここにいる皆は私へ冷たい視線を送り始める。 可愛いお嬢様の懇願だ。なんの根拠が無くても、その涙で信じてしまうのだ。 お客さん達の視線に軽蔑が混じり始めたが、「その言葉、嘘偽りないか。小町君」 一蹴したのは慎太郎だった。「はい! 私たちは婚約している・・・・・・紛れもない真実でこざいます」「なるほど・・・・・・こりゃ、傑作だな」 慎太郎が笑いを溢したのと同じく、私もクスリと笑ってしまった。 彼がスマホを取り出すと、その音声はスピーカーで流れる。「船に爆弾を仕掛けるなんて、正気じゃない!」「できないの? そう、じゃあお父様に言って、貴方は造船所
「お願い! この通りよ!」 会社の裏手。 私を呼び出したのは、息を切らして走ってきた柊 奏であった。 しかも、私の前で幾度と頭を下げている。「あの、頭を上げてください」「上げられません! もう私にはこれくらいしかできませんから!」 このままだと変な勘違いをされてしまう。 そう思い、私はエレベーターに乗せて社長室に案内した。「ここなら誰にも聞かれませんから」 慎太郎にも告げず、ここを使って良いのか。 そんな戸惑いもあったけれど、「ごめんなさい。あんなところで」 と、奏は調子を取り戻したのか、腕を掴んで呟いた。「でも、コンペで大曲の案を採用しろだなんて、何があったんですか?」 私は裏手に連れ込まれた時に言われた話を思い出して尋ねる。(私に堂々と不正してくれなんて、確実に裏があるわよね) しかし奏は目線を逸らして、「言えない。でも、大変なことになるの!」 そう誤魔化してしまう。「大変なことって?」「それも・・・・・・あいつは言ってなかった」「あいつ?」「大曲 九郎の娘・・・・・・小町よ」 謎は深まるばかりで、ますます分からない。 でも、慎太郎が聞いたらきっとこう言う。「案に修正は・・・・・・ありません」 私はそう告げる。 やってしまえば、綱島グループの信用が失墜しかねない。 それは慎太郎が見放される何よりの理由になってしまう。「お願い! この通りだから!」 ついには床に頭を付ける奏。 すると、「細道から聞いて、戻ってきたよ」 社長室の扉が開いて、慎太郎が現れる。 私はドキリとして気まずい顔をした。「香織の判断は正しい。これは来てくれた皆が決めた案だ。不正はしない」 彼は私の横に座って、「よく言ってくれたね。ありがとう」 優しく撫でて、耳元で甘く囁いてくる。「とにかく顔を上げてくれ。それと、ここなら盗聴される心配もないよ」「え?」 驚いて躊躇い無しに彼女の身体をチェックした。 すると、スーツの裏から盗聴器がボロボロと落ちてくる。「こんなの誰が」「大曲 九郎に付けられました・・・・・・お願いです綱島様! どうかこの通り」 その姿は少し惨めにも思える。「何を言われようとも考えは曲げられない」 慎太郎が告げると、奏は顔を上げる。 その目に浮かぶ涙に、私は堪えられなくなってしまいそうに
「私が慎ちゃんの秘書に?」 朝食を食べ終えた折りに、慎ちゃんは興奮気味に言う。「秘書になれば、ずっと一緒にいられるし、仕事に精が出る。勿論、タダでってわけじゃないよ? 細道」「こちらが秘書としての働いて頂いた場合の年俸になります」 額面を見て唖然としてしまう。 日野内グループの取締役を優に超えていたからだ。 けれど、私は秘書の経験もないし、むしろお願いしていた側。 慎ちゃんの仕事の足手まといにならないか心配で、表情が険しくなる。「仕事の事は心配しないで香織。細道もサポートしてくれるし、日野内のおじさんの元でやってた仕事と同じようにしてくれれば良いからさ」「そ、そう・・・・・
二十年分の思い出話。 ディナーの時間も忘れ、僕たちは語り合って、「それでね。保健室に運ばれたって聞いた香織のお父さんが教室に飛んできて」 そんな話の折り、彼女がコクリ・・・・・・コクリと頭を揺らしていた。 その隣に行くと、ビクリと肩が上がる。「ごめんなさい。ちゃんと聞いてるから、大丈夫」「ううん。長旅で疲れたよね」 彼女の頭を肩へ寄せると、数分としないうちに寝てしまった。 髪がふわりと揺れ、毛先がうなじに触れる。「優しいよね。いじめられたときも転んだときも、ずっと優しくしてくれて」 昔からずっとお姉さんみたいだったけれど、「大きくなって、綺麗になったね」 耳元で呟く
邪魔者が消えた客船で、「んんぅもっとよぉ純」 寝言を言う羽海の隣で、俺は人生最高の朝を迎えた。 日野内グループの不正が世に出回り、暴落した株を俺達『一条グループ』が買い占めた。 これで莫大な資産、そしてこの船は俺の物。「お前は最高の女だよ羽海」 成功の喜びで恋人と唇を交わし続けた俺は、横に寝る女の頬を撫でる。 『田沢湖 羽海』が不正の話を手にしていなかったら、俺はあいつの言いなりになっていただろう。 親父の代から、日野内の奴らは気に食わなかった。 俺達が築き上げてきた業績を、まるで自分の功績のように語ってのし上がりやがって。 だが、あそこまで蔑まされて、反撃の一つもでき
船が港に着く。 そこはサマリア沖にある小さなリゾート島だった。 その名は、「ようこそ『エルアリナイト』へ」 慎ちゃんが両手を広げて歓迎してくれる。 背景にはリゾートホテルやコテージが建ち並ぶ。 そして誰もが、足を止めて彼を見つめていた。「慎ちゃんの島って、ここが?」「そうだよ。驚いた?」 驚くなんて言ったものじゃない。 この島は国内外のあらゆる富豪やセレブが一度は訪れたいと口にする高級リゾートだ。「でも海賊が出るんじゃないの? この辺りって」「その辺は心配ご無用。我が社の警備がついてますから」 見渡すと、来島する人達の船とは別に乗ってきた船のような無骨な船が数隻留