تسجيل الدخولクイーンパーチの夜。 グラスと氷が弾ける以外に音がない、静かなバータイム。 社員以外の人間でも入れ、バーホッパーの人気作家も足繁く通う隠れ家的な場所だ。 そして、社員ならほぼタダで呑める。 入り口を抜けると、カウンターには奏が談笑している。 「連れがいるのかな?」 「分からないけど・・・・・・」 きっと一人でいるのだろうと、私も慎太郎も思っていた。 しかし重なっていた人影が離れると、なんだか納得してしまう。 「立花さん?」 「やぁお二方。こちらは」 「存じておりますよ。私が呼んだのですもの」 挨拶がてら、グラスを揺らす立花さん。 「またナンパですか?」 「ナンパ?」 「いやいや。JMNの柊さんとは、何度か仕事で顔を見ている。今日は偶然だよ。そちらは、デートかな?」 「夜風を浴びに」 軽口を言い合う二人。 (なんだか、仲の良い友達みたいね) 「さて、待ち人が来たとあらば、僕は隅に移ろうか」 「なら僕も行くよ。柊さんと楽しんで」 「う、うん。でも」 「良いところで僕たちも混ざるから」 そう言いながら、二人はバーの隅っこへと歩いてしまった。 そして私は、奏と二人きりで座ることになっってしまう。 「綱島さんって、本当に凄いわね」 口火を切ったのは彼女だった。 「本当、小さい頃は、いじめられっ子で泣き虫だったのに」 「幼馴染みだったの?」 「えぇ。昔は近所の、小さなお魚屋さんだったんです」 慎太郎の昔話に奏は驚く。 「そこからビルとか飛行機、巨大な漁船を持っちゃうくらいに成長させて、社員のみんなから慕われる存在になって、想像できなかったな」 「へぇ・・・・・・意外ね」 「意外?」 カクテルのグラスを一口飲んで、彼女は語る。 「ああいう人って、小さい時からカリスマ性とかがあるって思ってたから」 「確かに、私も思います」 才能というのはいつ開花するか分からない。 だから私も、奏さんの先入観は凄く頷ける。 「けど、彼は私に動かされたって言ってました」 「日野内さんに?」 「なんか、立ち向かいさないって言ったのに突き動かされたって。あまり自覚はなかったんですけど」 「なるほど・・・・・・なるほどね」 熟考してから、奏は手を打った。 「なら、貴方は現代のアーサー王
『大曲造船』の不祥事は瞬く間に世間へ広まった。 大曲 九郎がこれまでに起こしたセクハラを含め、数々の汚職が明るみになり、株価は急落。 これに乗じたJMNが今度は大曲を吸収して、役員を一掃した。 もはや会社としての体裁すら維持できなくなり、『大曲』という家柄すら消えつつあった。 だけど、私にはそれを超える衝撃があった。「あんな堂々と言っちゃうなんて」 思い出すとまだ顔が火照ってしまう。 慎太郎はあの壇上で私との婚約を誓った。(恥ずかしいけど) だが、嬉しいのもある。 今まで散々と言われてきたり、仕打ちを受けてきたのだ。 多分、彼もうんざりしていたんだと思う。「香織様、社長が」「きったよー!」 北島が言い終わる前に慎太郎が健気に顔を出した。 あれから二週間。 彼の様子は変わりなく、私には明るくて優しい。「今日もお疲れ様!」「うん。慎太郎もね」 平日の夕方。 仕事の波が落ち着いたから、まだ太陽が昇っている間に帰ってこれる。 何より私の残ってる仕事を慎太郎が全て片付けてくれているからなのだけど。 ソファへ腰掛けて、私たちは団欒を楽しむ。「婚約の話なんだけどさ」 私は切り出した。「返事がまだだったよね?」「そうだね。まだ聞いてない」「いろいろ片付いたら、返事したいんだけど、ダメかな?」 私はそう聞いた。 まだ片付いていないことが山ほどある。 船が爆破されたことの事後処理。 それと、奪われた会社の事。 とても結婚して欲しいだなんて言える立場にないと思っていた。「ゆっくりで良いよ」 慎太郎は微笑んで快く言う。 けれど、瞳の奥の寂しさは隠せていなかった。(……お預けなんて、嫌よね) 私はゆっくりと顔を近づけて、「ごめんなさい。わがままばかりで」「良いんだ」「その代わりじゃ、ないんだけど」 ぎこちない口調と仕草で、慎太郎に口づけをする。 仕事に忙殺されて、殿方としっかりお付き合いしたことなんてない。 だからなのか。これで正解なのかと自問してしまう。「ダメ・・・・・・かな?」 そう尋ねると、慎太郎は照れながらも応えてくれる。「いいよ。少し場所を変えようか」 キッチンの横を通ると、支度を始めていた北島はいつの間にか居なくなっていた。 そこからの記憶は曖昧。 けれど、慎太郎も一人の男だった
私の頬を大粒の汗が伝う。(慎太郎から聞かされてはいたけど) スマホでライブカメラのニュースを見ると、父が作った豪華客船が猛炎に包まれていた。「全員、この場から動かないでください!」 慎太郎は動揺の一つも見せず、入り口を塞ぐ。 訪れたお客さんは皆、戸惑いを見せていた。 すると、「慎太郎様!」 観衆の真ん中から金鈴のような甲高い声が響く。 小さくてよく見えなかったが、誰かはすぐに分かった。「大曲 小町か」 小さな声で慎太郎は呟く。(始まるわね) 私は身構え、小町に目をやる。 すると、「僕が守るから、大丈夫」 慎太郎が私の身体を傍に寄せて告げた。「私は、この爆発の真相を全て知っております! お聞きになってください! ここにいる皆様も!」 そこから始まったのは、大曲 小町の一人芝居であった。 観衆が彼女の周りに円を作る。 まるでそこへスポットライトが当たったかのようだ。「今、燃えている船は私たち一族が経営する『大曲造船』が建造した船です。かつては不祥事を起こした日野内氏が持っていましたが、紆余曲折あって綱島グループに買い取られました」 淡々と大曲 小町は語り続ける。「この船は私と慎太郎様の婚約が父上から認められたという証でしたの。しかし、そこの舞台にいる女が、私たちの関係を破壊するために、この爆破を仕向けたのです!」 膝から崩れ落ち、そして愛らしさを強調するように叫ぶ。「その女は不祥事を起こした日野内グループの元社長。醜い嫉妬で船まで爆破するなんて・・・・・・私の慎太郎様を返して!」 目には涙まで浮かんでいる。(まるで悲劇のプリンセスね) 滑稽に映るが、しかしここにいる皆は私へ冷たい視線を送り始める。 可愛いお嬢様の懇願だ。なんの根拠が無くても、その涙で信じてしまうのだ。 お客さん達の視線に軽蔑が混じり始めたが、「その言葉、嘘偽りないか。小町君」 一蹴したのは慎太郎だった。「はい! 私たちは婚約している・・・・・・紛れもない真実でこざいます」「なるほど・・・・・・こりゃ、傑作だな」 慎太郎が笑いを溢したのと同じく、私もクスリと笑ってしまった。 彼がスマホを取り出すと、その音声はスピーカーで流れる。「船に爆弾を仕掛けるなんて、正気じゃない!」「できないの? そう、じゃあお父様に言って、貴方は造船所
「お願い! この通りよ!」 会社の裏手。 私を呼び出したのは、息を切らして走ってきた柊 奏であった。 しかも、私の前で幾度と頭を下げている。「あの、頭を上げてください」「上げられません! もう私にはこれくらいしかできませんから!」 このままだと変な勘違いをされてしまう。 そう思い、私はエレベーターに乗せて社長室に案内した。「ここなら誰にも聞かれませんから」 慎太郎にも告げず、ここを使って良いのか。 そんな戸惑いもあったけれど、「ごめんなさい。あんなところで」 と、奏は調子を取り戻したのか、腕を掴んで呟いた。「でも、コンペで大曲の案を採用しろだなんて、何があったんですか?」 私は裏手に連れ込まれた時に言われた話を思い出して尋ねる。(私に堂々と不正してくれなんて、確実に裏があるわよね) しかし奏は目線を逸らして、「言えない。でも、大変なことになるの!」 そう誤魔化してしまう。「大変なことって?」「それも・・・・・・あいつは言ってなかった」「あいつ?」「大曲 九郎の娘・・・・・・小町よ」 謎は深まるばかりで、ますます分からない。 でも、慎太郎が聞いたらきっとこう言う。「案に修正は・・・・・・ありません」 私はそう告げる。 やってしまえば、綱島グループの信用が失墜しかねない。 それは慎太郎が見放される何よりの理由になってしまう。「お願い! この通りだから!」 ついには床に頭を付ける奏。 すると、「細道から聞いて、戻ってきたよ」 社長室の扉が開いて、慎太郎が現れる。 私はドキリとして気まずい顔をした。「香織の判断は正しい。これは来てくれた皆が決めた案だ。不正はしない」 彼は私の横に座って、「よく言ってくれたね。ありがとう」 優しく撫でて、耳元で甘く囁いてくる。「とにかく顔を上げてくれ。それと、ここなら盗聴される心配もないよ」「え?」 驚いて躊躇い無しに彼女の身体をチェックした。 すると、スーツの裏から盗聴器がボロボロと落ちてくる。「こんなの誰が」「大曲 九郎に付けられました・・・・・・お願いです綱島様! どうかこの通り」 その姿は少し惨めにも思える。「何を言われようとも考えは曲げられない」 慎太郎が告げると、奏は顔を上げる。 その目に浮かぶ涙に、私は堪えられなくなってしまいそうに
「お前!? 離せよ!」 腕を掴んだ慎太郎を、必死で剥がそうとする純。 その顔にいつもの柔和な笑顔はなく、冷たく見下ろす眼差しだけがある。「聞こえなかったか? その腕を退けろ」 次第に力が入っていく彼の手。 すると純のひ弱で細い腕が見る見るうちに潰れていく。「いだだだ!」 純がそんな悲痛な声を漏らすようになって、ようやく私を離した。 そして慎太郎は私の前に立ち、拳を握る。「てんめぇ・・・・・・人の恋人を取りやがって」「お前・・・・・・捨てて置いてよくその口が聞けるな」「うるせぇ! 良いからそこ退けよ!」 あろうことか、純の拳が彼へ飛んでいく。(危ないっ!) 咄嗟に私が間へ入ろうとするが、間に合わない。 こんなところで喧嘩なんて! 何より慎太郎が傷つく姿なんて見たくない。「一条は、目的の為ならなんでもするんだな」 静かに呟き、飛んでくる拳をいとも容易く止める慎太郎。 そして純を軽々と持ち上げてしまう。「おぉ・・・・・・」「マグロ漁船に乗ってたのは聞いてたけど・・・・・・」 厨房のシェフ達も緊張より驚きが買ってしまう。 純は細いが、筋肉はあるほうだと思っていた。 しかし、慎太郎はそのもっと上を行く。 はち切れんばかりに膨らんだ大胸筋に二の腕。 スーツがこれ以上耐えられるか、不安になってくるほどだ。 私は言葉を失ってしまうが、「どうする?」 慎太郎に聞かれて、私は戸惑う。(どうするって) すると、「た、助けてくれ香織!」 今度は純が、情けない声で助けを求めてくる。 途端、私は船で捨てられたことを思い出して、「・・・・・・二度と、顔を見せないで!」 そう叫んだ。「だとさ。元彼さん」 慎太郎は『元彼』という単語を強調して告げた。 そして純が運ばれていく。「あとは細道に頼んだよ」 ぱぁっと慎太郎が屈託のない笑みで私に言う。 きっと会社の入り口へ捨てられてきたんだろうと、なんとなく察した。「ごめんね。僕が目を離したから。怖かったでしょ?」「ううん。大丈夫」 言葉ではそう言うが、「手、震えてる」「えっ?」 そう言われ、両手を見やる。 確かに小刻みに震えていて、「・・・・・・怖かった」 そこで初めて、事の大きさに気づかされた。 元彼が、純が私を求めてここへやってきた。 それも一条
異様な雰囲気が漂うテーブルに、周りの客達も息を呑んでいる。 震源地は俺と羽海なのだが、悪いのはこいつだ。「慎太郎様なら、あんたみたいに横暴じゃないわ」 とか「仕事も出来るし気遣いも出来る。あんたとは大違い」 だとか、癪に障ることしか言わない。 弱みを握られているとは言え、我慢の限界が来ていたのだ。「香織なら、お前みたいに冷たくはなかったんだろうな」 そうボソリと呟いた時、俺はハッとした。 捨てた女をまだ追いかけてるなど、情けないことは分かっていた。 しかし羽海はまるでその言葉を待っていたかのように放つ。「だったら、行ってきたら良いじゃない」 呆気に取られてしまう。(俺を愛していると言った奴の言葉か?) 背筋が凍りかけるが、「そんなにあの女が良いなら、連れ戻したら良いじゃない」 今度は諭すように言い始める。「私、仕事の出来る人にしか興味ないし、貴方みたいな無能が嫌い。最も、何よりあの女が一番嫌いなの。美しさで人を騙して、仕事も能力もないのに良い思いばっかりしてさ」 反省の色なんて欠片もない。 俺はバンと机を叩き、「もう良い! 悪いがお前とは付き合ってられない! 一条を去ってもらう!」 大声で言う俺に、「良いの? 会社だって上手く行ってないのに私を突き放したりなんかして」「構わないさ! 俺一人でも何とかできるからな!」「へぇ・・・・・・無理なサービス残業を強いた上に、日野内の社員達にはストライキまで起こされた。私ならなんとかできるのになぁ」 羽海の戯言だ、と俺は一蹴する。「それに、もう共犯関係なんだよ?」「あぁ! だがぶちまければ、お前だって無事じゃ済まない」 共犯関係とはそういうことだ。 俺が豚箱に入るなら、お前も道連れにしてやる。 しかし羽海はクスリと笑い、「良いわよ。でも」 彼女の意味深な表情は気掛かりだった。 だが、怒りが収まらない俺はそのままテーブルを後にする。 香織はどこにいる・・・・・・香織。 求めるように探しているうちに、厨房の隙間から長い髪が覗く。(あの後ろ姿・・・・・・変わってないな) 俺は止めるウェイターの身体を押しのけて、厨房へと入っていった。 厨房へ乱入してきたのはまさかの男だった。「おい! お前がこれ作ったのか」 皿を持ってきて、誇らしげにそう聞いてきた。
邪魔者が消えた客船で、「んんぅもっとよぉ純」 寝言を言う羽海の隣で、俺は人生最高の朝を迎えた。 日野内グループの不正が世に出回り、暴落した株を俺達『一条グループ』が買い占めた。 これで莫大な資産、そしてこの船は俺の物。「お前は最高の女だよ羽海」 成功の喜びで恋人と唇を交わし続けた俺は、横に寝る女の頬を撫でる。 『田沢湖 羽海』が不正の話を手にしていなかったら、俺はあいつの言いなりになっていただろう。 親父の代から、日野内の奴らは気に食わなかった。 俺達が築き上げてきた業績を、まるで自分の功績のように語ってのし上がりやがって。 だが、あそこまで蔑まされて、反撃の一つもでき
船が港に着く。 そこはサマリア沖にある小さなリゾート島だった。 その名は、「ようこそ『エルアリナイト』へ」 慎ちゃんが両手を広げて歓迎してくれる。 背景にはリゾートホテルやコテージが建ち並ぶ。 そして誰もが、足を止めて彼を見つめていた。「慎ちゃんの島って、ここが?」「そうだよ。驚いた?」 驚くなんて言ったものじゃない。 この島は国内外のあらゆる富豪やセレブが一度は訪れたいと口にする高級リゾートだ。「でも海賊が出るんじゃないの? この辺りって」「その辺は心配ご無用。我が社の警備がついてますから」 見渡すと、来島する人達の船とは別に乗ってきた船のような無骨な船が数隻留
大きな船の中に船で入って、「香織っ!」 パイプだらけの物々しい廊下を掛けてきたのは、一人の美青年。 どこか可愛げがあるけど、顔はまるで覚えていない。 でもこの声の感じ。昔どこかで聞いたことあるような。「オサ! 連れてきた」 私を連れてきた男が言うと、「ご苦労だったね。仕事詰めで疲れてるだろう。少し長めに休んでいいぞ」 優しく男達に促した。 目の前で起こり続けた事がまだ信じられない私は呆気に取られている。「どこか具合悪いかい?」「う、ううん。でもごめんなさい」 そして俯きがちになった私。 彼の心配そうな顔が下からから覗いてくる。「なんで謝るの? 何か悪いことしたか
冷たい海水から這い上がったとき、デッキからこちらを見下す二人と目が遭う。「ほらあそこ見ろよ。お前のために用意したボートだぞ」 ボートを見つけた私は必死に泳ぐ。 たどり着いて乗ろうとするも、手が滑ってなかなか上がれない。「がんばれがんばれ。早くしないとサメに食われちゃうぞ」「泳がないと餌になっちゃうよぉ香織ちゃん。サメさんも不味くて捨てちゃうかキャハハ」 ようやくたどり着いて這い上がる。 するとデッキでは二人は熱いキスを交わし、「ねぇ私が言った通りでしょう?」「あぁ。これで日野内グループは俺の物だ」「私たち、のでしょ」 手を振ったり、指を差したり――私の命を弄んで笑う。







