最強のママチャリに乗って美少女と一緒に異世界をのんびりと旅する のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

15 チャプター

誰とも仲良くなれない町――1

「テル、もうすぐ町につくわよ」 と乗っているママチャリの方から声が聞こえる。 この自転車、なんとしゃべるのだ。 二年前、異世界に転移したのだが、そのときこのママチャリごとこっちの世界へ来てしまった。 元々は普通の自転車だったのだが、なぜかこの世界に来た途端、人間みたいに意志を持ち言葉を話すようになったのだ。「前方にモンスター発見」 とママチャリが言う。 数十メートル先に、角が額に生えたウサギ――アルミラージがいる 一見かわいらしいが、かなり狂暴で、人を見るやいなや襲い掛かってくる危険なモンスターだ。「で、どうするの?」「このまま轢こう」「わかったわ」 モンスターがこちらに気づく。 こちらに向かって走ってきて、自転車の前まで来ると、僕の顔の高さまで跳躍し、こちらへ迫ってきた。 このままだと数秒後に、僕はその角で刺されるのだろう。 そこで、僕は前輪を地面から浮かせ、ウィリー走行をして、獣の頭の位置まで持ち上げたタイヤをそのまま敵にぶつけた。「ぎゃんっ!」 悲鳴を上げて、派手に吹っ飛ぶ獣。 今の体当たりによって角がタイヤを少し傷つけていたが、この自転車は自動修復スキルがあるので、勝手に元通りになっていく。 この光景も最初の頃は戸惑っていたが、今では全く驚かなくなった。 地面を転がって、動かなくなるモンスターを通り過ぎて、僕たちはそのまま先へ進んでいく。「さっきも言ったけど、もうすぐ町に着くころよ」「わかったよ、チャーリー」「私のことは、ママと呼びなさいと言っているでしょう」「わかったよ、チャーリー」「わかってないじゃない、もう」 プリプリと怒りながらも、チャーリーは僕を乗せて、進んでいく。 元の世界に母がいる僕はこの自転車をママと呼ぶのはなんか抵抗があるので、無視してチャーリーと呼んでいる。 彼女は気にいってないようだけど、この名前が。 でも、やっぱりママと呼ぶ気にはなれない。彼、前世は男だったみたいだし。「なんて名前の町だっけ?」「ヒボットという町ね、誰とも仲良くなれない町と言われているわ」「誰とも仲良くなれない? どんな町なんだろ……」 それから自転車を走らせること数十分、目的の町にたどり着いた。 外壁に守られていて中は見えない。門の前に、門番と思われる人が一人いた。」 自転車を降りて、手で押しな
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誰とも仲良くなれない町――2

その日の夜、僕は自転車に乗った状態で、町の大広場の中心辺りにいた。 人通りはない。 街灯がいくつかついているだけなので、光は少ない。遠くの家々も明かりを消しているようで窓の向こうが真っ暗だった。 この状況でここにいたら、モンスターはこちらに来るはず…… なのだが、 「なかなか来ないわねー」 ふわぁ、とあくびをするチャーリー。 こいつは不思議なことに、人間と同じように、夜になったら眠くなり、睡眠をとる、人間とちがって、そんなに睡眠をとらなくても大丈夫らしいが。 「油断大敵だ。そういうときに敵は来るもんだ」 と言っているとき、何か物音がした。 上空の方だ。 「ほら、言ってる傍から来たじゃないか」 マンティコアと思われるモンスターが空を飛んでこちらに向かってくる。 たぶん、空に飛んで、上からどこに人がいるか、見ていたのだろう。地上で人を探すより効率がいいだろうしな。 やがて、僕から十メートルほど離れたところに降り立った。 「やあ、マンティコア」 僕がそう言うと、魔物の目が見開かれた。 とりあえず、相手を動揺させようとしてみたが、その試みは成功したようだ。 「貴様、なぜ俺の名を知っている……」 やはり、言葉を話せるようだ。 割と知能がありそうだし、頭を使った戦い方をされたら厄介そうだな。 「なんでだと思う?」 「さあな……まぁいい、お前が俺を知っていようが知っていなかろうが、些末なことだ、どうせ今から殺す相手なのだしな」 「その前に一つ聞かせてくれないか、お前はなぜこの町の人間を襲う?」 「単純な理由さ、憎いからだよ、人間が」 「なぜ?」 「お前らは魔王様を殺した、魔王軍を壊滅させ、俺の居場所を奪った……一日に一人は最低でも殺さないと、気が済まない」 魔王軍は一年前に勇者が壊滅させている。 こいつはその残党ということか。 「お前が恨むべきなのは勇者たちであって、この町の住民は関係ないと思うのだが……」 「黙れ、俺は人間自体が憎いんだ」 話し合いは無理だな、これは。 「つまらん話は終わりだ、お前はこれから死ぬ、こんな夜中にのこのこと一人で出歩いてしまった自分の愚かさを憎むんだな」 ひとりじゃないけどな、とチャーリーの方を見る。 僕が視線を少し逸らした瞬間、マンティコ
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誰とも仲良くなれない町――3

 翌朝、ふかふかのベッドの上で、目覚める。 寝ぼけた頭で昨日のことを振り返る。 えっと、昨夜はあれからマンティコアの墓を町長たちと一緒に作って、それから町長の屋敷にお邪魔して、お風呂を借りた後、案内されたこの客室ですぐにベッドに倒れ込んで眠ったんだっけ。 ぐぐっと伸びをする。 ここ最近、ずっと野宿だったから、久々に気持ちよく寝られたな。 部屋の端に鎮座しておいたチャーリーの方を見る。「ぐーすー、ぐがー」 盛大にあくびをしていた。 こいつがあくびをしながら寝ているのを見るのは今日が初めてじゃないが、何度見てもシュールな光景だ。 そのとき、こんこん、とドアがノックされた。「どうぞ」 ガチャリ、と扉が開くと、その先から、見目麗しいメイドが出てきた。 栗色の髪を後ろでまとめている――たしかああいう髪型をシニヨンというんだっけ、それとエメラルドのような色の大きな瞳が特徴的な子だった。「テル様、おはようございます、朝食の準備ができましたので、そのご報告に来ました、準備ができましたら食堂の方へ来てください」「ああ、ありがとう、あとちょっとしたら、行くよ」「かしこまりました」 とお辞儀をして去っていく。 僕は服を寝間着から着替え、洗面所で顔を洗ってから、客室を出て、一階の食堂へ向かった。「おはようございます、テル様」 僕が食堂へ入った瞬間、待ち構えていたメイドたちが恭しく頭を下げてくる。 そのメイドたちの奥には、白いテーブルクロスがかかった細長いテーブルがあり、その一番奥の席に、町長がいた。「こちらの席へどうぞ」 先程部屋に僕を起こしに来てくれた、エメラルドの瞳のメイドが、僕を町長の向かい側の席まで導いてくれた。 席に座ると、町長が柔和な顔で挨拶してくる。「おお、おはよう、よく眠れたかね」「おはようございます、はい、よく眠れました、とても寝心地の良いベッドだったので」「それはよかった、街を救った英雄に快適な眠りを提唱できなかったら申し訳ないからな」「英雄だなんて、そんな」「謙遜などしなくていい、今日は特別に豪華な朝食を料理人に用意してもらった、遠慮なく食べてくれ」「ありがとうございます、では、いただきます」 なんとなく、日本にいた時代の癖で手を合わせてしまう。 そんな僕を、興味深そうに町長が見ていた。「変わった所作だ
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私って自由だったんだ

 誰とも仲良くなれない町を出て、しばらく自転車を街道に沿ってこいでいた。 先程から周囲がほぼ草木しかない光景が続いている。 たまにゴブリンやスライムなどの低級のモンスターが襲い掛かってきたが、自転車でそのまま轢いて吹っ飛ばして進んでいく。 数時間くらいこぎ続けているので、そろそろ一休みしたいな、と思っていた時、ちょうど数十メートルくらい先に、大きな木を見つけた。「あそこの木陰で休憩しよう」「わかりました」「オッケー」 クルシェさん、次いでチャーリーが返事をした。 やがて、大きな木の前に着いたので、その近くに自転車を停めて、木に持たれるようにして座り込む。「ふぅ」「お疲れ様です、旅人さん、お茶、飲みますか?」「それじゃあ飲もうかな」 クルシェさんが自転車のかごに入れていたバッグから水筒を取り出して、カップにお茶を注いで、僕に手渡してきた。「どうぞ」「ありがとう」 ごくごく、と喉を鳴らしながら飲む。 アイスティーだった。よく冷えてておいしい。「ぷはぁ、おいしかった、ありがとう、クルシェさん」「どういたしまして、ところで、旅人さんにお願いしたいことがあるんですけど」 と僕の傍に座った彼女が言う。「なんだい?」「そのクルシェさんってやめませんか、クルシェでいいですよ」「じゃあこれからはクルシェと呼ぶよ、それじゃあ、僕の方からも一ついいかな」「なんでしょう」「その旅人さんっていうの、やめない? 僕は矢島輝彦っていう名前なんだ、だから、矢島でも輝彦でもいいよ、チャーリーは僕のことをテルと呼んでいるからそれでもいいよ」「そうですね……では、これからはご主人様と呼ぼうと思います」「……え、なんで?」「だって、私、メイドですし、前の雇い主からは解雇されてしまったので、新しいご主人様が必要だと思うんです、いやでしたか?」「いやではないけど」「それでは、これからはご主人様と呼びますね」「あ、うん」 ご主人様、か。数年前、日本でメイド喫茶に行った時以来だ。そう呼ばれたの。 まさか異世界でもそう呼ばれるとは……。 でも、正直、悪い気分はしないので、まぁいいか。「あの、ご主人様、実はもう一つ、お願いがあるんですが」「なんだい? 何でも言ってごらん」「その、できればでいいんですが、私も自転車をこいでみたいです!」  と彼
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手料理

 さらに自転車をこぐこと数時間、辺りが暗くなってきたので、そろそろ野宿の準備をしようと思った。 少し先に、大きな岩が点在しているところがあったので、その辺りで休もうと考えた。「あの岩の辺りで、今日は野宿しようか」「わかったわ」「はい!」 チャーリー、次いでクルシェが返事する。「クルシェは野宿大丈夫?」「大丈夫です、あの誰とも仲良くなれない町に来るまでに何度か経験ありますので」 となぜか自慢げに言う。「ひとりで野宿してたの? モンスターとかに襲われなかった?」 と僕が訊くと、彼女は胸を反って、「いえ、旅の途中で出会った、旅人や冒険者や行商人とかと一緒に旅をしていたので、襲われたときもありましたが、対処できました。それに私もちょっとは戦えるんですよ」「へぇ」 それは意外だ。彼女の華奢な体を見るに、肉弾戦が得意なようには見えないけど、どういう風に戦うのだろう? なんて考えているうちに、休憩場所に着いたので、自転車を停めた。 比較的座りごこちのよさそうな岩を見つけ、その上に腰を落ち着ける。「お腹減ったし、食事にしよう」 バッグから干し肉が入った袋を二つ取り出して、クルシェに片方を差し出す。「はい、クルシェの分」 彼女は受け取った袋の中をじーっと眺めている。 僕は干し肉をかじりながら、そんな彼女を見て、「どうした、食べないの、干し肉、嫌いだった?」「いえ、そういうわけではないんですけど、あの、いつもこういうものを食べているのですか?」「野宿するときはそうだね」「不健康よね、こいつの食生活」 チャーリーがやれやれと言った感じで言う。「そうだったんですか、こんなものばかり……わかりました、今日は私に料理させてください!」 ドン、と効果音がつきそうな威厳で言う彼女。「料理? してくれるならうれしいけど、でも、食材は……」「ありますよ、屋敷を追い出される前に、少しメイド長に頂いたんです」 と彼女は自転車のかごに入れていたバッグからキャベツや玉ねぎ、トマト缶などを取り出していた。「今から作りますから、ちょっと待っててくださいね」 なんてニコって笑ってから、岩の上に板を敷いて、そこに野菜を置いて、包丁で切り始めた。 切った野菜は隣に置いた鍋に入れていく。「何か手伝えることある?」「そうですね。では木の枝を集めてくださ
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不幸な人がいない村――1

 数時間おきに休憩をはさみながら自転車をこいでいると、遠くに村が見えてきた。「あれが次の目的地ね、不幸な人が誰もいない村と呼ばれているわ」 チャーリーがそう言うと、クルシェは目をキラキラとさせた。「不幸な人が誰もいない? ほんとだとしたら、とても素敵なところですね!」 不幸な人が誰もいない……本当なのだろうか? まぁ行ってみないとわからないか。 それからさらに数十分くらい自転車をこいで、村に到着した。 自転車を降りて、入り口を通ると、じろじろと村人たちから視線を浴びる。「旅人かい?」 近くに寄ってきたガタイのいい村人から声をかけられたので、僕は慌てて返事をした。「あ、はい」「変わった乗り物だね?」「自転車っていうんです」「ふうん、まぁ。なんにせよ、ゆっくりしていきなよ、何ならここに住んでもいいんだよ、ここはとても素晴らしい村だからね」「この村についてはとてもいい評判を聞いています、不幸な人が一人もいないとか?」「ああ、そうだよ、見てくれ、みんな幸せそうな顔をしているだろう?」 とその村人が顔を左右に動かし、辺りを見回した。 僕も同じように周囲を見たが、たしかに暗い顔の人は見当たらない。「ほんとだ……でも、どうして、不幸な人がいないんでしょうね」「この村ではいいことしか起きないからな」 と自慢げな村人の顔。 いいことしか起きない? そんなことがありえるのだろうか?「疑問に思ってる顔だな、村長にも聞いてみるといいぜ、お、噂をすれば……」 前方から顎髭の長い男がこちらに向かってきていた。 僕たちの前まで来ると、彼は恭しく一礼する。「ようこそ、マラカ村へ、私はこの村の村長です」「あ、どうも、僕はテル、彼女はクルシェと言います」 僕が頭を下げた後、クルシェもぺこりと軽くお辞儀をした。「旅人が来るなんて久しぶりだ、なんならこの村にずっといてもいいんだよ、とてもいいところだからね、ここは。この村にさえいれば、どんなに嫌なことがあっても、君たちは不幸にはならないよ」 どんなに嫌なことがあっても不幸にならない? どういうことなのだろうか、それは。「なんでそう言えるのですか?」 と首を傾げながら言うクルシェ。「ここに滞在していればわかりますよ」 と言って微笑んで、村長が去っていった。「変わった人ですね」 とクル
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不幸な人がいない村――2

 それから五分ぐらい歩いて、宿に着いた。 受付で宿屋の主人に部屋が空いているか聞くと、二人用の部屋と一人用の部屋がそれぞれ一つ空いていると返答が来た。「どうしようか、やっぱり、クルシェとは別々の部屋の方がいいよな……」 金銭的なことを考えると同じ部屋にしておきたいんだけど……。「え、同じでいいですよ、お金、もったいないじゃないですか」「そう? クルシェがいいならそうするけど……」「なに、同じ部屋だとあんた、なんかするの?」 とチャーリーが訝しんだ声を発する。「いやいや、まさか……」 と顔の前で手を左右にぶんぶんと振る。「追加料金を払えば、夕食と朝食をつけられますが、どうしますか?」 と主人がニコニコとした顔で言う。「じゃあ、つけてもらおうかな」「了解いたしました、では。こちらにサインを」 書類に名前を書き終えると、主人がカウンターから出て、こちらに来た。「それでは、お部屋までご案内しますね」 と二階の部屋まで連れて行ってくれた。「こちらのお部屋になります」 主人がある部屋の前で立ち止まり、ドアを開ける。 広くはないが、二人用としては十分な部屋だった。 中央にテーブル1つと椅子が二つ。大きなベッドが部屋の端に二つ並んでいる。 最低限の家具しかないが、きれいに掃除されているし、うん、悪くない部屋だ。 チャーリーもクルシェも特に不満はなさそうな顔をしている。「湯浴みをしたい場合は一階の方に浴室があるので、そこで……小さいですけど」 主人がそう言うと、クルシェの顔が明るくなる。 うん、やっぱり女性は入りたいよね、お風呂。「それでは、お食事ができたら、お呼びしますね」 と主人が去っていく。 僕が椅子の一つに腰かけると、クルシェがこちらに来た。「あの、ご主人様、湯浴み、してきてもいいですか」「ああ、いいよ、たぶん食事までまだ時間があるだろうし、ていうか、別に僕の許可を取らなくてもいいよ」「ありがとうございます、では、行ってきます」 と部屋を出ていくクルシェの後ろ姿を見ていると、ふとチャーリーの視線を感じたのでそちらの方を見る。「覗いたらだめよ?」「覗かないよ!」 まったく、このママチャリ、僕のことを変態だと思っていないか? クルシェが帰ってきたのはそれから、二、三十分後だった。「ただいま戻りました」 
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不幸な人がいない村――3

 翌日、朝早く目覚めてしまったので、散歩でもしようかとドアを開けようとしたとき、「なに、どこか行くの、あたしも連れて行きなさいよ」 とチャーリーが声をかけてくる。 先程までいびきをかいていたので、ついさっき起きたみたいだ。「うーん……なんですか、ご主人様、一人でどこへ行くつもりですか……私も行きます……」 クルシェもまぶたをこすりながら、ベッドから起き上がってくる。「散歩に行くだけだよ、二人も行く?」 はい、と二人とも返事をしたので、クルシェが顔を洗って、着替えるのを待ってから出発することにした。 一階に降り、玄関へ向かうと、モップで床を掃除しているあの従業員に出くわした。コップを割ったことで落ち込んでいた女性だ。 昨日と違って、悩み事ひとつなさそうな晴れやかな顔をしている。「おはようございます、よく眠れましたか?」 僕たちを見ると,彼女が話しかけてきた。「ええ、とても寝心地の良いベッドでした」 と答えると、彼女は掃除を中断して、「それはよかったです」「あなたも元気そうでよかったです。昨日は落ち込んでいた様子だったので少し心配してましたが……」「落ち込んでいた? え、私が?」「ええ、昨日、コップを割って怒られたと言ってたじゃないですか」「へ……何のことですか、私、コップなんて割っていませんよ」 あれ?「いや、でも、昨日、確かにそう言って……」「いえいえ、そんなはずありませんよ、だって、この村は嫌なことが起きない村ですから」 とそれが当たり前のことであるかのように彼女は言う。 嘘をついている感じはしない。 クルシェやチャーリーの方を見る。 二人も困惑している様子だ。「ところで、どこかへ行くのですか?」 と彼女が訊いてきた。「ええ、散歩に行こうかと」「散歩、いいですね、今日はいい天気ですし……2時間後には朝食の用意ができる予定ですので、それまでには戻ってきてくださいね」「わかりました、変なことを言って申し訳ありませんでした、気にしないでくださいね」 僕はそう言って頭を下げてから、宿を出た。 歩きながら、チャーリーに話しかける。「なぁ、あれ、どういうことなんだろうな?」「どういうことって、昨日のことを忘れているとしか言いようがないじゃない」「おかしくないか、それ」「まぁ、でも、忘れることくらいあるん
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テルの過去

 あの不幸な人がいない村を出て、自転車をこぎながら、僕は走馬灯のように過去のことを思い出していた。 夜になり、野宿するころには、過去の嫌な記憶を全て完全に思い出していた。「あの、それで、その……昨夜、聞き逃した、ご主人様の過去のことなんですけど……」 焚火を挟んで、僕の向こう側にいるクルシェが言う。 焚火のパチパチという音とともに、その近くにいるチャーリーのぐがーぐごーといういびきの音が聞こえる。「ああ、そうだったね、話さないとな、そのことについて――」 僕は眼前でゆらゆらと揺れ動く炎を見ながら、語り始めた――* * *  これは大学二年生の時、ある講義室で、僕が所属していた文芸サークルの活動をしていた時のこと――「暑いわねー」 とサークルの代表者である中波さんが言った。「そっすねー」 と、このサークルに所属しているひとりである荒内が、本を読みながら言った。 何を読んでいるかわからないけど、彼は勉強するとき以外はラノベしか読まない人間なので、たぶんラノベだろう。 他のメンバーである、法村、細口さん、蓮池さんの方を見ると、全員、なんらかの本を読んでいた。 ちなみに、僕も先程からずっと小説を読んでいる。 一応、このサークルは小説や詩を書いて皆で読み合うことを目的として活動するはずなのだけど、実際は週一で集まって、小説や漫画を読んで、ただ駄弁るだけになってしまっている。 昔はもっと人数がいたみたいだけど、どんどん人がいなくなっていき、いつのまにかサークルのメンバーはこの六人だけとなっていた。「今年は特に猛暑と言われてるわ……というわけで、肝試しをしましょう!」 中波さんが黒板にでかでかと、肝試し! と書く。 「は? 意味わからん、なんで急に肝試しをすることになった?」 と法村が本を閉じて言う。 タイトルがちらっと目に入ったが、法律学関連の本だった。 彼は法学部の2回生。いつもバッグにポケット六法を入れているらしい。  他のメンバーも彼の発言に、うんうんと頷いていた。 中波さんがキョトンとした顔で、「え、言わなくても、わかるでしょう?」「わかりません」 と細口さんが読んでいた本から顔を上げて、言う。 なにを読んでいるかはわからないけど、恋愛小説が好きでよく読んでいるみたいなので、今回もそうかもしれない。「つま
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何もない村と盲目の少女――1

 荷台にクルシェを乗せて、今日も自転車を漕いでいると、遠くに村っぽいものが見えた。「あそこは何もない村と呼ばれているけど……寄る?」 とチャーリーがあまり興味なさそうに言う。 何もない……か。 それがどういう意味かはわからない。でも、人がそこで生活しているのなら、本当になにもないなんてことはないんじゃないかと思うんだけど……。 俄然、興味がわいてきた。「僕はその村に行ってみたいんだけど、二人は?」「私はいいですよ」「あたしも、べつにオッケーー」「よし、決まりだな」 僕はペダルに載せた足にぐっと力を入れた―― そして十数分後、村に到着すると、すぐにぞろぞろと村人が集まってきた。「珍しいな、うちに旅人が来るなんて……」「いったい何年ぶりだ?」「何だ、あの乗り物?」 なんて声が、集まってきた人々の中から聞こえてくる。 やがて、その中から、一番年齢が高そうな老人が僕たちの前へ歩み出た。「遠路はるばる、よくぞこの村へ来てくださいました、私がこの村の村長です」「長旅で疲れたので、とりあえず宿で休みたいのですが、どこにありますか?: と僕が言うと、村長は涙目になって体を震わせた。「おお、この村に滞在してくれるのですか……嬉しいです……、しかし、もう旅人なんて、ずいぶん来ていないものでして、昔はあったんですけど、今は宿がない状態でして……」  そうか、宿がないのか……そうなると、どうしような、そこらへんで野宿するしかないか? と考えていた時、「じゃあさ、私の家に泊まりなよ」 と群衆の中からある少女が片手を挙げて、前に出た。もう片方の手は障碍者の方が持つような杖を握っている。 水晶のようにきれいな瞳の子だったが、しかし、彼女は微妙に僕たちからずれたところを見ていた。目が見えていないようだ。「ねぇ、いいでしょ、お姉ちゃん?」 と、その盲目の少女は先ほどまで自分の隣にいた、背の高い女性の方を見た。 髪が長くて、スラッとしたスタイルの美しい女性だった。「そうね……一部屋空いているし……あ、でも、小さな家ですし、ろくな食事も出せませんが、それでもいいのでしたら……」「いえ、十分です、寝るところさえあれば」 と僕が言うと、盲目の少女はパァッと顔を明るくした。「やった、ほら、来て来て!」 と少女が杖で前の方を突きながら歩いてい
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