登入翌朝、ふかふかのベッドの上で、目覚める。
寝ぼけた頭で昨日のことを振り返る。 えっと、昨夜はあれからマンティコアの墓を町長たちと一緒に作って、それから町長の屋敷にお邪魔して、お風呂を借りた後、案内されたこの客室ですぐにベッドに倒れ込んで眠ったんだっけ。 ぐぐっと伸びをする。 ここ最近、ずっと野宿だったから、久々に気持ちよく寝られたな。 部屋の端に鎮座しておいたチャーリーの方を見る。 「ぐーすー、ぐがー」 盛大にあくびをしていた。 こいつがあくびをしながら寝ているのを見るのは今日が初めてじゃないが、何度見てもシュールな光景だ。 そのとき、こんこん、とドアがノックされた。 「どうぞ」 ガチャリ、と扉が開くと、その先から、見目麗しいメイドが出てきた。 栗色の髪を後ろでまとめている――たしかああいう髪型をシニヨンというんだっけ、それとエメラルドのような色の大きな瞳が特徴的な子だった。 「テル様、おはようございます、朝食の準備ができましたので、そのご報告に来ました、準備ができましたら食堂の方へ来てください」 「ああ、ありがとう、あとちょっとしたら、行くよ」 「かしこまりました」 とお辞儀をして去っていく。 僕は服を寝間着から着替え、洗面所で顔を洗ってから、客室を出て、一階の食堂へ向かった。 「おはようございます、テル様」 僕が食堂へ入った瞬間、待ち構えていたメイドたちが恭しく頭を下げてくる。 そのメイドたちの奥には、白いテーブルクロスがかかった細長いテーブルがあり、その一番奥の席に、町長がいた。 「こちらの席へどうぞ」 先程部屋に僕を起こしに来てくれた、エメラルドの瞳のメイドが、僕を町長の向かい側の席まで導いてくれた。 席に座ると、町長が柔和な顔で挨拶してくる。 「おお、おはよう、よく眠れたかね」 「おはようございます、はい、よく眠れました、とても寝心地の良いベッドだったので」 「それはよかった、街を救った英雄に快適な眠りを提唱できなかったら申し訳ないからな」 「英雄だなんて、そんな」 「謙遜などしなくていい、今日は特別に豪華な朝食を料理人に用意してもらった、遠慮なく食べてくれ」 「ありがとうございます、では、いただきます」 なんとなく、日本にいた時代の癖で手を合わせてしまう。 そんな僕を、興味深そうに町長が見ていた。 「変わった所作だね、君が生まれ育ったところでは食事前にそうするのがマナーなのかい?」 「ええ、申し訳ありません、故郷の癖が抜けなくて」 「いや、別に構わないよ、良いことじゃないか、故郷の文化を大切にしていることは。なんていう国に君はいたんだ?」 「日本という国です」 「にほんか……それはどのあたりの国だね?」 「東の方にある国ですね」 「東か、確かに君の髪や瞳の色はこのあたりの人っぽくはないね」 なんて会話をしながら、僕たちは料理を口に運ぶ。 テーブルの上には、何かの肉を包んだパイ、野菜がごろごろと入ったスープ、よく焼かれた大きな肉のステーキ、トマトとチーズとレタスのサラダ、飲み物は柑橘類の甘いジュース……などがあって、どれも非常にクオリティが高かった。 パイはサクサクだし、野菜は新鮮だし、ステーキは噛んだ瞬間、じゅわっと肉汁があふれ出し、口の中で溶けるような柔らかさだった。 「いい食べっぷりだね」 「昨日、たっぷり運動したんで」 「激しい戦いだったという話を、君が戦闘していたところの近くに住んでいた人から聞いてるよ、そうだ、よかったら君がどのようにあの獣と戦ったか、教えてくれないか?」 「いいですよ」 それから僕は食べながらも、昨日の戦いについて、自分のその時の心理や作戦などを解説しながら話した。 敵を倒すところまで話し終えたとき、すっかり全ての料理を平らげてしまっていた。 少し食べ過ぎてしまった、お腹が重い。 「おやおや、ちょっと量が多すぎるかなと思ったが、全部食べ終えるとは」 「全部とてもおいしかったので、ついて食べすぎてしまいました」 「いや、そう言ってもらえるとこちらも嬉しいよ、お昼は何時にしようか」 「満腹なので、少し遅めにお願いします」 「それでは午後の一時にしようか、それまで好きにくつろいでくれ、屋敷の中はどこでも自由に歩き回ってくれていい、あ、そうだ、ここにいるメイドで気に入った子がいたら、部屋につれていっても構わないよ」 と町長がテーブルから少し離れたところで、待機していたメイドたちを見回す。 メイドたちが少し顔を赤くしていた。 「いえ、遠慮しておきます」 「そうかい? 気が変わったらいつでも言ってくれ」 そのあと、僕は宛がわれた客室に戻ったのだが、特にやることなく、ベッドでダラダラしていた。 読みかけの本を読んだが、すぐに読み終えてしまったので、暇つぶしに客室から出て、屋敷の中を探検することにした。 その途中、掃除しているメイドたちに出会った。 「今日はあんまり汚れてないわねぇ」 「そうねぇ」 どのメイドたちもそんなかんじで世間話とかをしながら作業しているのだが、その様子にどこか違和感を僕は覚えた。 なんだろう、どのメイドたちもなんとなく仲があまりよくなさそうというか、会話があまり弾んでいないというか……。 違和感を抱きながらも歩き回っていると、今朝、僕の部屋に来た、エメラルドの瞳のメイドが二階の廊下の窓を掃除していた。 その隣には、50歳くらいはいっていそうな、ベテランの風格が漂っているメイドがいる。 「メイド長、この窓の掃除、終わりました」 「どれどれ、だめね、まだこの端の所が汚れてるじゃない」 「えー細かいですよー」 「こら、クルシェさん、何度言ったらわかるの、ここは悪口が禁止の町なのよ」 「あ、そうでした、ごめんなさい」 とクルシェという名前らしい――エメラルドの瞳のメイドが、ペコペコと頭を下げている。 「もう、私だから大目に見るけど、他のメイドの所ではボロを出さないでね」 「はい、すみません……」 としょんぼりとしている。 あれでだめなのか……、僕もこの町にいる間は気を付けないとな。 僕がその場を通りがかると、二人は立ち止まり、ぺこりとお辞儀してきた。 「どうも、掃除、大変そうですね」 「はい、あの町長さん、休憩時間もなしにずっと働かせてくるし、人使い荒いので大変です」 「こらー、さっき言ったばかりじゃない」 「あ、あわわわ、ごめんなさいー」 僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。 クルシェさんを見て、違和感の正体が明確になった。 ここのメイドは、彼女を除いて、全員、当たり障りのないことしか話していないように感じるのだ。 僕は少し、あのクルシェというメイドに興味が湧いてきていた。 屋敷の中を全て歩きつくしてしまった後は自室に戻り、昼食の時間までだらだらとしていた。 一時になると、食堂へ行き、昼食をとった。 ハムや卵やレタスのサンドイッチ、オニオンスープ、ポテトサラダ、チキンのソテーがテーブルに並んでいる。 朝、僕が食べ過ぎたのを考慮したのか、量は朝より控えめだった。とはいえ、それでも豪勢な食事だったが。 町長が今までどんな旅をしてきたか知りたいと言ってきたので、僕はこれまでの体験を少しドラマチックなかんじにして話しながら料理を食べた。 食べ終えたとき、町長が今朝のようにメイドたちを見回しながら言う。 「どうだね、今朝は断られたが、気が変わったのなら、ここにいるめいどを誰でも好きに部屋に連れて言ってくれていいよ」 「遠慮して……、あ、すみません、やっぱり、一人だけ、いいですか」 「おお、気に入ったメイドがいたのかい、いいぞ、一人だけと言わず何人でも連れて言ってくれても」 「いえ、一人で大丈夫です、あの、クルシェさんという、緑色の綺麗な瞳の彼女を、いいですか?」 「ほえ? 私?」 間抜けな声を出して、自分で自分を指差したクルシェさん。 町長やメイドたちがみんな意外そうな目で見ていた。 その後、クルシェさんを部屋まで連れてきた。 彼女は緊張した様子でこの部屋に入ると、突然服を脱ごうとしだしたので、慌てて止める。 「ちょちょ、なにしてんの」 「あれ、だって、つまり、そう言う目的で……」 「いやいや、ちがうから」 「え、じゃあ、どうして私を連れてきたんですか?」 と彼女はくりくりとした目を瞬かせて、小首をかしげる。 「ちょっと君からいろいろこの町について、話を聞こうと思ったんだ」 「私にですか? またなんで……」 「君は、なんだか他の人たちとは違う感じだったから」 「あ、わかりますか?」 と彼女は苦笑いを浮かべる。 立ち話も何なので、僕はベッドのそばにあった椅子を彼女の方へ持って行き、そこに座ってもらった。 僕はベッドの端に腰かける。 「実は私、もともとこの町の住人じゃないんです、ここから西のほうにある、嘘をついてはならない国からきたんです」 嘘をついてはならない国……そんな国があるんだ、いずれ行ってみたいな。 「もうここに来て一年は立つんですが、私、いまだにこの町に慣れなくて……つい思ったことを口に出してしまうんです、故郷ではなんでも正直に言うのが当たり前で、むしろそれが美徳とされているくらいだったので」 「そっか、そんな国から来たんだったら、それは大変だよね」 「はい……メイド長にも怒られてばっかりで、本当は悪口を言ったのが知られたら、仕事をクビにされてもおかしくないんです、メイド長は大目に見てくれますが、もし町長に知られたら……」 と彼女は青ざめる。 「なんでこの町はそんなに悪口に厳しいんだろうな?」 「なんでも、この町は昔、誹謗中傷が町のあちこちで飛び交ってて、それが原因で自殺する人もいるくらい、ひどい状況だったらしいんです、 そこで、当時の町長が、皆に仲良くなってほしいと思って、悪口を少しでも言ってはならないという規則を今から五十年くらい前に作ったらしいんです。最悪、破ったら、金貨一枚の罰金刑になることもあるみたいです。わたし、いつかそうなるんじゃないかと不安で不安で……」 「そうか、それでこんなに厳しく……でもさ、そのせいかわかんないけど、なんかここのメイドたち、どの相手ともあんまり会話が弾んでなさそうだよね、みんな他人の顔色を窺いながら話しているというか、建前ばかり言ってそうというか」 「はい、実際そうだと思います、人間って、誰しもきれいな感情ばっかり持っているわけではないと思うんです、だから悪口が全く言えないとなると、全然、本音で話せなくなってしまうんだと思います」 「そうか、だから、みんな会話していてもあんまり楽しくなさそうな感じだったのか」 町の人たちは一見気さくだったけど、どこか他人との間に壁がある感じだった。 そうか、悪口を全く言えないということは、つまりお互い本音で話し合えないということ、だから誰とも深い仲になれない……なるほど、誰とも仲良くなれない町というのはそういうことか。 しかし、皆に仲良くなってほしいと願ってこの規則を作ったのに、その結果が誰とも仲良くなれない町とは、皮肉な話だ。 「ありがとう、君のおかげでこの町についてよくわかったよ」 「お役に立てたのでしたら、よかったです」 「僕の前では、この町の規律とか気にせず、気兼ねなく本音を話してもらって構わないよ、誰かの悪口を言っても怒ったりしないから」 「ほんとですか、助かります、ずっと息苦しかったんです」 それから夜まで、彼女とはいろいろなことを話した。 メイド長が厳しすぎるとか、私よりほかのメイドの方が不真面目なのに私にばかり注意してくるとか、他のメイドが全然真面目に掃除しないとか、旅人に突然、好きなメイドを部屋に連れて行ってもいいとか言い出したあの町長ひどくないですか、とか そんなような仕事の愚痴を彼女は好き放題言っていた。 どうやら、鬱憤が相当溜まっていたようだ。 今朝、僕の部屋に来た時の事務的な態度とは違い、心底楽しそうに彼女は笑っていた。 そして二日目の朝、 今日は、クルシェさんではなく、別のメイドが朝、僕び朝食の準備ができたことを教えに来た。 それから食堂に行くが、なぜかそこにもクルシェさんの姿はなかった。 あれ、今日は休みの日なのかな? 今回も、町長の向かい側の席に座る。 今日の朝食は豆とポテトを煮込んだスープとチーズが中に入ったパン、蒸し鶏のサラダだった。 「朝食を食べて、少ししたら、この町を出ようと思います」 食事の最中、僕は町長に告げた。 彼はパンをかじるのを中断して、声を出す。 「え、もっといてくれてもいいのに」 「いえ、ありがたいんですけど、僕は旅人なので」 「そうか、そういうことならしかたないな」 朝食を食べ終えた後、客室に戻り、荷物をまとめて、チャーリーとともに屋敷を出た。 町長やメイドたちが見送ってくれたが、そこにクルシェさんの姿はなかった。 最後に、あいさつしておきたかったんだけどな、まぁいいか。 町の入り口まで自転車をこいでいく。 途中、多くの町民に会い、挨拶し合ったり、「今日はいい天気ですね」とかそんなかんじの世間話をしたりするが、みんなどこか僕の顔色を窺いながら恐る恐ると言った感じでしゃべっていた。 自分は悪口とは思ってなくても相手は悪口と感じることがあるかもしれないので、そういうことを言わないように気を付けているのだろう。 途中、薬屋を見かけたので、寄っていくことにした。 自転車を店の前で停めて、店内に入る。 ポーションが売られている棚の方へ向かう。 チャーリーが回復魔法を使えるけど、いないときに襲われる可能性があるし、念のため、ポーションもある程度は持っておくようにしている。 あんまり買うと荷物が重くなるし、三つ分を手に取って店主の元へ向かう。 銀貨三枚を置いて、会計を済ませると、店主が沈んだ声で「まいどあり……」と言った。 「浮かない顔ですけど、なにかあったんですか?」 「あ、すまねぇな、客の前でこんな顔して、ちょっと生活が苦しくてな」 「売れてないんですか?」 「そういうわけじゃねぇけど、税金が高くてな、今年また増税したんだ」 「文句言えばいいじゃないですか、政治家に」 「悪口になるだろう、それだと」 「まさか、政治家に対しても文句を言ってはダメなんですか」 「そうだよ、だから、批判したくてもがまんするしかねぇんだ、はぁ」 「大変ですね……」 「あ、俺がこういうこと言ってたって、他のやつに言わないでくれよ、やっちまった、よそ者だからって油断してたな……」 ベツに政治家に直接言ったわけではないというのに、これでもアウトなのか。 「大丈夫ですよ、もうここから去るんで」 「そっか、安心したよ」 とほっと胸をなでおろす店主。 たぶん、口には出さないだけで、本当はみんな、いろいろ溜まってる不満を吐き出したいんだろうな、とこの町の人たちを見て、思った。 店を出て、自転車に乗り、再び移動を始めると、チャーリーがため息を一つ吐いた後、しゃべり出した。 「どこか息苦しい街ね」 「悪口を言ってはならない、それは素晴らしいことだけど、ちょっと厳しすぎるよね、みんな辛そう」 「人間なんて醜い奴ばっかりじゃない、悪口を少しも言ってはダメなんて、そりゃあ生きづらいに決まっているわ」 とチャーリーがあきれまじりに言う。 彼は一体いままでどんな人と出会い、どんな体験をしてきたのだろう。 そう言えば、チャーリーのことについて、僕はよく知らないな。 今度訊いてみようかな。 いや、彼の方から、打ち明けてくれるのを待ったほうがいいか。先ほどの口ぶりからすると、あまりいい過去じゃなさそうな気がするし。 それから自転車をこぐこと数十分、出入り口に着いたのだが、そこに見知った顔があった。 「あれ、クルシェさん?」 門から少し離れたところにあるベンチに座って、ぽけーとした顔で空を見上げている。 自転車を降りて、彼女に近づくと、向こうもこちらに気づいた。 「あ、旅人さん……」 「どうしたんだい、こんなところで」 まるで、クビを宣告されたサラリーマンが公園のベンチで途方に暮れているような姿だったが……。 「実は私、今朝、仕事をクビになってしまったんです」 実際に職を失ってしまっていたようだ。 「え、どうしてそんな急に」 「それがですね、昨夜、旅人さんが寝泊まりしている客室を出た後、出くわした同僚のメイドと少し仕事の話をしていたんです、 そこでわたし、旅人さんとさっきまで本音を気兼ねなく話していたんで、それを引きずって、つい、同僚に、町長の愚痴を言ってしまったんです」 「なんて言ったの?」 「私たちの意見は無視して、好きなメイドを部屋に連れて行つていいとか旅人さんに言うなんてひどくないって」 「ああ……」 「その発言をどうやら、その同僚が町長に告げ口してたみたいで、朝、私が寝泊まりしている部屋に町長が来て、突然クビを宣告されてしまいました」 そうか、だとしたら、僕の責任もあるな、それは。 「わたし、これから、どうしましょう……」 「よかったらさ、僕と旅をしないか?」 「え、あなたと?」 「嫌だったらいいんだけど」 「いえ、旅、してみたいです、でも、あなたの方こそいいんですか、わたし、嘘を吐くのが苦手なので、傷つけるようなこと、あなたにたくさん言っちゃうかもしれませんよ?」 「いいよ、べつに。僕の故郷は嘘だらけの国だったんだ。だから君みたいな正直な子といるのは悪い気分じゃない」 「そう言っていただけた人、故郷を出てから初めてです……そういうことでしたら、お願いします」 と眩しい笑顔になって、彼女はお辞儀をしてきた。 「ということで、チャーリー、彼女を乗せてもいいかい?」 「そうね……」 チャーリーは少しの間黙る。どうやら彼女を品定めしているようだ。 「うん、いいわよ」 どうやら面食いのチャーリーのお眼鏡にかなったらしい。 「あれ、今、乗り物がしゃべりました?」 「面白いだろう、この乗り物は特別なんだ、一般的には自転車っていうんだけど、僕はチャーリーと呼んでいるんだ」 「ママと呼びなさいって言ってるでしょう、そこのメイドの子、あなたはあたしをママと呼んでね」 「わかりました、ママ」 「あら、いい子ね、テルとは大違い」 チャーリーが僕の方を向いて、ため息を吐くが、無視をした。 クルシェはかごに手荷物を置いて、自転車の荷台に乗る。 「揺れるからしっかりつかまっててよ」 「はい」 と言って彼女は僕の腰に手を回した瞬間、むにゅっと柔らかいものが背中に押し付けられた。 「うおっ」 「どうかしましたか?」 とクルシェさんが心配そうに訊いてくる。 「いや、なんでもない、なんでも」 「……いやらしい」 ぼそっとチャーリーがつぶやく。 「うるさい」 「あ、ごめんなさい、わたし、うるさかったですか?」 「いや、今のは、クルシェさんじゃなく、チャーリーに言ったんだ、気にしなくて大丈夫、さぁ行こうか」 自転車をこいで、町を出る。 背中に押し付けられた柔らかい感触のせいで、なんだか落ち着かない。 慣れるのに時間がかかりそうだ……。テトラに告白された次の日、あたしはライオットを夜の学園の中庭に呼び出した。 もうとっくにすべての講義が終わってる時間なので、ここにはあたしと彼以外誰もいなかった。 「話って、なんだよ」 ズボンのポケットに両手を突っ込んで、神妙な顔で彼は言う。 あたしは、なんて切り出そうか迷った。 十秒くらい迷った末に、もう単刀直入に言うことにした。「ライオット、あたしは、あなたが好き、なの……」 彼はそれを聞いて、目を閉じて、しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと目を開いた。「なぁ、それは、友達として好き、ていうわけでは、ないんだよな」「ええ、恋愛の対象としての好きよ、同性同士だけど、でも、あたし、この気持ちを抑えられないの……」「そうか……」 そう言って、彼は空を見上げた。だけど、すぐに顔を元の位置に戻して、あたしを真っすぐに見つめた。「すまん、実は俺、フィオナと付き合っているんだ」「え……」 ガツン、と頭を鈍器か何かで殴られたような気がした。 断られることは予想していたけど、それは想定していなかった。「い、いつの、まに……」「お前との勉強会にフィオナを連れてきたことがあったよな。実はあの時にはもう、彼女と付き合っていたんだ」 そんな、あの時点で、付き合っていただなんて。「これは俺の落ち度だ。ほんとはもっと早く言っておくべきだった。でも、あの四人でつるむのは居心地が良くてさ、俺とフィオナが付き合っているって知られたら、今までの関係が壊れてしまうんじゃないかと思うと、怖くて言えなかった。でも、それは間違っていたな……」 あたしは、何も言えなかった。ただ、彼とフィオナがあたしの知らない間、ずっと付き合っていたということがショックで、それで頭がいっぱいだった。「そういうことだから、お前のことは、いい親友だとは思っているけど、恋愛対象としては、見ることができない……悪いな」 最後にそう言って、彼は気まずそうに、あたしの目を直視せず、去っていった。 あたしはしばらくその場を動けなかった……。 それから、あたしとライオットとフィオナとテトラの四人は、なんだかぎくしゃくしてしまった。あれほど仲良かったのに。 別に喧嘩するというわけではないが、依然と同じように皆会話ができなくて、どこかよそよそしくて、講義も以前はみんな近くの席で受けていたのに、ラ
公国の魔法学院に入学するには生徒か先生にまず推薦されないといけない、その後、実技試験と筆記試験を受けることになる。 あの時、図書館で出会い、恋した彼――ライオットに、あたしは推薦されて、入学試験を受けることになった。 実技は初級の魔法が使えるかどうかのテスト。 使えさせすればよくて、どれだけ威力が低かったり、魔法の効果範囲が狭くても、魔法が出せれば基本的には合格点がもらえる。 筆記のテストは読解力と数的思考力のテスト。 魔法使いは頭が良くないとなれない。 魔法書は難解で、中級、上級と上がるにつれて、さらに内容が難しくなっていく。上級魔法について書かれた本は教授陣でさえ、理解している人は少ない。だから魔法書を読み解ける能力が必要なのだ。 また、魔法は使用するときに魔法式を計算しないといけない。しかも魔法を使うときはその計算を頭の中だけでやらないといけない。 だから魔法使いには数的思考力が必要なのだ。 受験した結果、あたしは実技も筆記も両方満点だった。 両方満点を取った生徒は、学費が全額免除される。 晴れて合格したあたしは、魔法学院のキャンパス内にある寮に入ることにした。公国の辺境の方に住んでいる人か他国から来た人が基本的には寮に住む。あたしは自宅から通える範囲だったけど、あれから両親とは少し気まずくなってしまったから、学院にお願いして寮に入れてもらえることになった。入試の成績が良く無かったら許されなかったと思う。 この学院は男子と女子で制服が分かれているのだけど、あたしは女子の制服を着ていた。これも学院側に特別に許可をいただいている。 ちっちゃいころはともかく、あたしはだいぶ成長して顔つきも体も男らしくなってきたので、見るからに男が女装している、とわかるような姿になってしまった。 そのため、あたしはやはりほとんどの人から良く思われていないようだった。 と言っても、子供の時みたいに、露骨にいじめられることはなくなったが。でも、こそこそと悪口を言われることはよくあった。 その日も、あたしは陰口を言われていた。 入学してから早半年。 一週間前に行われたテストの成績の上位50名が記載された紙が、本棟の一階にある学内掲示板に張り出されていた。 一位の欄にあたしの名前が書かれていた。 「おい、またあいつが一位なのか?」「本当に一位だ
チャーリーの前世の墓を見た後、僕たちは宿屋へ行き、客室に入った。 すると、チャーリーが話したいことがあるというので、僕は椅子に、クルシェはベッドに座って、聞く姿勢を取った。「いつかはあたしの前世について話さないといけないとは思っていたんだけど……これがいい機会ね、ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いてほしい、あたしの前世、マグレガー・リガルディーの物語を」 そして、彼は語り出した――* * * あたしはすごい裕福ってわけではないけど、かといって貧乏では決してない、普通の家庭に生まれたわ。基本的に両親は優しかったし、生活するのに不便は特になかった。 だけど、あたしの母親には、少々困ったところがあった。「ねぇねぇ、これ、着てみてよ」 買い物から帰ってきたばかりの母が、リビングで袋から服を取り出す。 それは白いフリルがついたスカートだった。 あたしは男なのに……。 母は女の子が欲しかったらしくて、一人息子のあたしに、女の子用の服をよく着せようとした。「これ、女の子の服だよね、僕、男、なんだけど……」「あ、そう……やっぱり、嫌よね……」 と母が悲しそうな顔をするので、あたしは慌てて、「あ、着るよ、実はちょっと興味があったんだ」「そう、嬉しいわ」 それから、あたしは女の子の格好をするようになった。 母が喜ぶので、あたしは一人称も僕からあたしに変えて、口調も女の子っぽくした。 はじめはそれは単に母を喜ばせるためのものに過ぎなかった。だけど、だんだんそれがあたしの中で自然になって、いつのまにか自分は男であることに、違和感を持つようにすらなってしまった。 そんな女みたいな振る舞いをしているから、あたしはいじめられていた。「おい、なんでお前、そんなかっこしてんだよ」「お前、男だろ、話し方もなんでそんな女みたいなんだよ」「きめぇな」 公園で、殴る、蹴る、の暴行。一人で砂場で遊んでいたのに、近所の悪ガキ三人があたしを見つけると、攻撃をしに来た。「おい、見ろ、こいつ、パンツまで女のやつはいてるぜ」「いやぁ、やめてぇ」 スカートをめくられ、下着を晒される。 抵抗しようとするも、三人がかりで拘束され、抜け出せない。 あたしが泣き叫んでも、やめてくれない。 ぎゃはははとただ笑ってるだけ。 他の人たちに目で助けを求めるが、すっと視
「ねぇ、今、もしかしてこの乗り物がしゃべった? すごいわね、こんなに自然に喋らせる魔法が使えるんだ」 とこちらに来た運び屋の女性が言う。髪が赤毛で顔にそばかすのある女の子だった。「で、なにを運んでほしいの? あ、人もひとりまでなら乗せてあげられるわよ?」「いや、あたしたちは乗らない。この荷物をアリアナの宿屋まで運んでほしいんだけど」 と僕が手に持っている荷物の方へ、チャーリーが視線を向ける。「いいわよ、ちょっと待って。今、荷物を箒に括り付けるから」 と言って彼女は背負っていたバッグから丈夫そうなひもを取り出す。 その時だった。「おーい、ちょっとちょっと!」 と白い鎧をつけた騎士がこちらに駆けつけてくる。「君、さっき、法定速度を違反していたよ」「え、そ、そんな、久しぶりに、依頼が来て、ちょっと舞い上がっちゃって」「言い訳してもダメ、二点減点ね」「そんなぁー、免許の更新あと一か月後だったのに! アダマンタイトクラスの運び屋だったのにぃぃぃ、ミスリルクラスになっちゃうぅ!」 とその運び屋は頭を抱えていた。 それを見ていたチャーリーが僕に言う。「……違う人に頼みましょうか」「そうだな」「ちょっと、ちょっとーー! なんでよー!」 と抗議してくるが、僕たちは無視した。「あそこにいる人はどうだ?」「あれはダメよ、よく見なさい、箒にひよこマークを付けてるでしょ?」「ひよこマーク?」「運び屋になってから一年経ってない者はあれをつけないといけないのよ」 と僕たちが会話しているところに、先ほどの運び屋が割って入ってくる「ちょっと、話を聞きなさいよ、私でいいじゃないの私で―!」「でも、ミスリルクラスになったんだろ?」「まだアダマンタイトクラスよ、まだ!」 でも、一か月後はミスリルクラスになっているんだろ? とは思ったけど、言わないでおいた。 それからもしつこくその運び屋は自分をアピールしてくるので、結局その運び屋に運んでもらうことにした。 荷物を箒に括り付けた後、その運び屋は空を飛んでいった。 大丈夫かな……と思っていると、先ほど彼女を注意した騎士団の人が声をかけてきた。「見慣れない乗り物がありますけど、あなたは旅人ですか?」「ええ、そうですけど」「運び屋には気を付けてくださいね、最近、運び屋の起こす事故が増えているん
老人しかいない村を出て、野宿をしながら三日間、自転車で移動した。 そして、着いたのが、ロスガヘレル公国の領内にある町――魔法都市シャリア。 この町は生活の様々なところで魔法が活用されているらしい。 門番からの許可を得て、門をくぐると、そこには、転移する前の僕が期待していたような異世界の光景が広がっていた。「おお……」 と思わず、感嘆の声を上げてしまう。 レンガ造りの家が点在していて、遠くには瀟洒な城のような建物や大きな時計台や教会の鐘が見える。往来では全体の半数くらい獣の耳をつけた人達が歩いていて、空では、魔法使い風の格好をしている人達が箒に乗って飛行していたり、どういう原理かはわからないが、色とりどりの花々が浮かんでいたりする。 「これだよ、これ、僕はこういう異世界を望んでいたんだよ」「はしゃぎすぎよ、こんくらいで」 と、チャーリーが我が子を叱るような感じで言ってくる。「わー、すごいです、空を飛んでる人がこんなにいますよ、ご主人様!」 クルシェが目をキラキラさせてあっちを見たり、こっちを見たり、と忙しない。「まったく、あんたたちは……これだから田舎者は嫌だわ。あたしまで変な目で見られちゃう」 そうは言っても、どのみちお前がいる時点で変な目で見られると思うけどな。 実際、さっきから遠巻きにチラチラと自転車の方を見ている人たちがいるし。「見てください、空に花が浮かんでいます!」 とクルシェがチャーリーを見ながら、空の花々を指さす。「フライフラワーね、この町の名物よ、魔法の力で浮いているわ」「チャーリー、あれはなんだ、町の中をなんかキャスターが下についた小屋みたいなのが移動しているが」「あれは自動移動式トイレね」「え、あれ、トイレなのか?」「ええ、男用と女用、それぞれ数十個はあるトイレが町を巡回しているわ。急にお手洗いへ行きたくなってもたいていは近くにあるからとても便利よ」 確かによく見ると、小屋の入り口の上にこの世界の男子トイレのマークである赤色の棒人間が描かれている。「あ、あんたまた女子トイレに入るつもりじゃないでしょうね?」「……入らないよ」 と言うが、チャーリーは依然として猜疑心に満ちた視線を送ってくる。 実はこの異世界では、男性は赤色で女性は青色というイメージがあるから、トイレの色が日本にいたときと逆で
目的地である洞窟に着いて、僕たちは中に入った、そこは大人が数人くらい入っても余裕なくらいの広さで、スペース的には全く問題なかったのだが、「暗いわね」 とサフィラさんが四方を見て、僕の思ったことを代弁してくれたかのように言う。「安心してください、自転車のライトが点くんで」 僕がそう言った直後、ママチャリに着けられていたオートライトがパッと点灯して先を照らした。「多少ましになったけど、これじゃあ物足りないわね……」 チャーリーがそう言って魔法陣を展開させる。「イルミナ!」 そう叫ぶと、自転車のフロントバスケットの上らへんに、サッカーボールくらいのサイズの光る球体が現れて、一気に辺りが明るくなった。「これなら安心して進めるわ」 とサフィラさんが進んでいくので、僕も自転車を押しながらついていく。 モンスターがいないか周囲を警戒しながら歩いたが、不思議と一体も出くわさなかった。 奥に強力なモンスターがいるという話だからそいつを恐れてここには寄り付かないのかもしれない。 そのまま三十分くらい歩いて、ついに例のモンスターと出くわした。「ようやく来たか……遅いぞ。もう腹ペコだ」 とそのモンスターは横たえていた体を起こす。 筋骨隆々とした巨躯の、目が1つしかないモンスターだった。その右手には、木製の棍棒のようなものが握られている。 僕がいた世界のファンタジー作品とかに出てくる、サイクロプスというモンスターに似ている。確か元はギリシャ神話に出てくる怪物かなんかだったかな。「ん……? よく見れば、お前べリックじゃないな、他にもメスが一人、あとなんか変なのがいるな……まぁいいや、お前らが代わりに貢物をくれるのか?」「変なの……それ、まさかあたしのこと?」 チャーリーから殺気のようなものを感じるが、とりあえずスルーして、モンスターの問いには僕が答えた。「いや、貢物はない、べリックさんも僕たちももう持ってくるつもりはない」「あ?」 ピキキッとこめかみに青筋を立てるモンスター。 チャーリーが先ほどのあいつの発言に怒っているようで、煽るようなことを言う。「食料くらい自分で取りなさいよ、まさかあんた、食い物も自分で取れないわけ?」「お前ら……今まで食料を届けてくれたから見逃していたが、もう怒ったぞ。まずお前らを殺して、その後、村へ行って皆殺しだ
翌日、朝早く目覚めてしまったので、散歩でもしようかとドアを開けようとしたとき、「なに、どこか行くの、あたしも連れて行きなさいよ」 とチャーリーが声をかけてくる。 先程までいびきをかいていたので、ついさっき起きたみたいだ。「うーん……なんですか、ご主人様、一人でどこへ行くつもりですか……私も行きます……」 クルシェもまぶたをこすりながら、ベッドから起き上がってくる。「散歩に行くだけだよ、二人も行く?」 はい、と二人とも返事をしたので、クルシェが顔を洗って、着替えるのを待ってから出発することにした。 一階に降り、玄関へ向かうと、モップで床を掃除しているあの従業員に出くわした。コ
それから五分ぐらい歩いて、宿に着いた。 受付で宿屋の主人に部屋が空いているか聞くと、二人用の部屋と一人用の部屋がそれぞれ一つ空いていると返答が来た。「どうしようか、やっぱり、クルシェとは別々の部屋の方がいいよな……」 金銭的なことを考えると同じ部屋にしておきたいんだけど……。「え、同じでいいですよ、お金、もったいないじゃないですか」「そう? クルシェがいいならそうするけど……」「なに、同じ部屋だとあんた、なんかするの?」 とチャーリーが訝しんだ声を発する。「いやいや、まさか……」 と顔の前で手を左右にぶんぶんと振る。「追加料金を払えば、夕食と朝食をつけられますが、どうし
数時間おきに休憩をはさみながら自転車をこいでいると、遠くに村が見えてきた。「あれが次の目的地ね、不幸な人が誰もいない村と呼ばれているわ」 チャーリーがそう言うと、クルシェは目をキラキラとさせた。「不幸な人が誰もいない? ほんとだとしたら、とても素敵なところですね!」 不幸な人が誰もいない……本当なのだろうか? まぁ行ってみないとわからないか。 それからさらに数十分くらい自転車をこいで、村に到着した。 自転車を降りて、入り口を通ると、じろじろと村人たちから視線を浴びる。「旅人かい?」 近くに寄ってきたガタイのいい村人から声をかけられたので、僕は慌てて返事をした。「あ、はい
「テル、もうすぐ町につくわよ」 と乗っているママチャリの方から声が聞こえる。 この自転車、なんとしゃべるのだ。 二年前、異世界に転移したのだが、そのときこのママチャリごとこっちの世界へ来てしまった。 元々は普通の自転車だったのだが、なぜかこの世界に来た途端、人間みたいに意志を持ち言葉を話すようになったのだ。「前方にモンスター発見」 とママチャリが言う。 数十メートル先に、角が額に生えたウサギ――アルミラージがいる 一見かわいらしいが、かなり狂暴で、人を見るやいなや襲い掛かってくる危険なモンスターだ。「で、どうするの?」「このまま轢こう」「わかったわ」 モンスターがこち