Se connecter数時間おきに休憩をはさみながら自転車をこいでいると、遠くに村が見えてきた。
「あれが次の目的地ね、不幸な人が誰もいない村と呼ばれているわ」 チャーリーがそう言うと、クルシェは目をキラキラとさせた。 「不幸な人が誰もいない? ほんとだとしたら、とても素敵なところですね!」 不幸な人が誰もいない……本当なのだろうか? まぁ行ってみないとわからないか。 それからさらに数十分くらい自転車をこいで、村に到着した。 自転車を降りて、入り口を通ると、じろじろと村人たちから視線を浴びる。 「旅人かい?」 近くに寄ってきたガタイのいい村人から声をかけられたので、僕は慌てて返事をした。 「あ、はい」 「変わった乗り物だね?」 「自転車っていうんです」 「ふうん、まぁ。なんにせよ、ゆっくりしていきなよ、何ならここに住んでもいいんだよ、ここはとても素晴らしい村だからね」 「この村についてはとてもいい評判を聞いています、不幸な人が一人もいないとか?」 「ああ、そうだよ、見てくれ、みんな幸せそうな顔をしているだろう?」 とその村人が顔を左右に動かし、辺りを見回した。 僕も同じように周囲を見たが、たしかに暗い顔の人は見当たらない。 「ほんとだ……でも、どうして、不幸な人がいないんでしょうね」 「この村ではいいことしか起きないからな」 と自慢げな村人の顔。 いいことしか起きない? そんなことがありえるのだろうか? 「疑問に思ってる顔だな、村長にも聞いてみるといいぜ、お、噂をすれば……」 前方から顎髭の長い男がこちらに向かってきていた。 僕たちの前まで来ると、彼は恭しく一礼する。 「ようこそ、マラカ村へ、私はこの村の村長です」 「あ、どうも、僕はテル、彼女はクルシェと言います」 僕が頭を下げた後、クルシェもぺこりと軽くお辞儀をした。 「旅人が来るなんて久しぶりだ、なんならこの村にずっといてもいいんだよ、とてもいいところだからね、ここは。この村にさえいれば、どんなに嫌なことがあっても、君たちは不幸にはならないよ」 どんなに嫌なことがあっても不幸にならない? どういうことなのだろうか、それは。 「なんでそう言えるのですか?」 と首を傾げながら言うクルシェ。 「ここに滞在していればわかりますよ」 と言って微笑んで、村長が去っていった。 「変わった人ですね」 とクルシェが正直な感想を言う。 まぁ確かに少し変かもしれないが、それよりも僕はどんなに嫌なことがあっても不幸にはならないという彼の発言が気になっていた。 「あのー、そろそろ宿へ行きませんか? ちょっと疲れてしまったので」 クルシェが遠慮がちにそう言った後、チャーリーも同意する。 「そうね、宿へ向かいましょうよ、テル」 「じゃあそうしようか、あ、宿の場所を訊くのを忘れていたな……まぁいいか、その辺にいる人に訊こう」 辺りを見渡し、忙しくなさそうな人のところへ向かい、声をかける。 「すみません、宿ってどこにあるか、わかりますか」 「旅人かい? 面白い乗り物だね、それ」 「自転車というんです」 「へぇ、興味深いね、宿なら、村の中心部の方に一つあるよ、広くはないが、飯はうまいし、きれいに掃除されているし、いい宿だよ」 「ありがとうございます」 お礼を言ってから、宿へ向かう。 その途中、多くの人々を目にしたのだが、どの人も悩み事が何もなさそうな、能天気な顔をしていた。 たしかに、村長や村人たちの言うとおり、不幸な人はいなさそうだ。 「のどかでいい村ですね」 とクルシェがのほほんとした顔で言う。 「そうだね」 と僕も同意したが、異を唱える者がいた。 「そうかしら、あたしはなんか不気味に感じるわ」 チャーリーが訝しんでいる様なので、理由を訊いてみた。 「なんでだ?」 「だって、不自然よ、誰だっていいことも起これば嫌なことも起こる、それが人生というものでしょ? だから、みんなが同じ時に同じように幸せそうな顔をしているのは、変だわ」 確かにそうかもしれない。 「それに、あのガタイのいい村びとと村長の発言に矛盾している点があるのが気になるわ」 「ありましたっけ? そんな点」 頭の上に疑問符が出ていそうな顔になるクルシェに、チャーリーは教師が生徒に教えるように言う。 「ほら、あのガタイのいい村人はこの村ではいいことしか起きないって言っていたでしょう? でも、村長はこの村にさえいればどんなに嫌なことがあっても君は不幸にはならないよって言っていたのよ。 おかしいじゃない、村人の言うことが正しければ、いいことしか起きないはずだわ、なのに、村長は嫌なことがあっても不幸にならないと言った」 「確かに……言われてみれば、だな」 そこのところに、なにかこの村の謎を解くカギがあるような気がする。 僕が歩きながら思索に耽り始めたとき、怒鳴り声が、先の方で聞こえた。 「なにかあったのでしょうか? 行ってみましょう!」 クルシェが走って、向かって行ってしまったので、僕もチャーリーと共に慌てて後を追いかけていく。 怒鳴り声が聞こえた場所へ着くと、殴り合いの喧嘩をしている男が二人いた。 片方は坊主頭の男、もう片方はロン毛の男だ。 「あの、あのあの、喧嘩は、やめた方が……」 とクルシェが言うが、二人はやめる様子がない。 「部外者は引っ込んでろ」とか言われている始末。 しかたなく、僕が争っている二人の間に割って入った。 「まぁまぁ、そのへんにしときなよ」 殴りかかろうとしていた二人の拳を左右の手で止める。 「なんだおまえ!」 「放せ!」 坊主頭の男が怒鳴ると、ロン毛頭の男も僕に向かって叫んだ。 「落ち着いて、二人とも……なにか事情があったら聞くから……」 暴れる二人を押さえつけながら、僕が言うと、 「こいつがオレの女を奪いやがったんだ!」 と坊主頭の男がロン毛の男を指差すと、彼は憤慨した。 「奪ってないだろう、そもそも、彼女は君の物じゃない!」 「てめぇ、よくもぬけぬけと、オレが勉強に集中するか彼女と付き合うか悩んでいた時、精神的向上心のないものはバカだ、って言って俺を牽制したじゃねぇか!」 「それ、もともとは君が昔、僕に言ったセリフじゃないか、僕は君のためを思って言ったんだよ?」 「うるせぇ、このくそ野郎が!」 「二人とも、落ち着いて、ほら、今日はもうこのへんにしよう、お互い熱くなってるから、一旦頭冷やそう、な?」 何とか宥めると、二人はぶつくさ文句を言いながらも、しぶしぶその場から離れていった。 「ふぅ、やれやれ」 と僕が肩をすくめると、チャーリーが僕の苦労をねぎらってくれた。 「お疲れ、大変だったわね、それにしても、なんだ、嫌なこと、起きるんじゃないの」 「そうですね、喧嘩しているのを見て、私、なんだか安心しちゃいました、この村でもそういうこと起きるんだなって、あ、でも、よくないですよね、こんなこと言っちゃ、うう、ごめんなさい……」 クルシェの本心からの発言に、チャーリーが同意する。 「いや、でも、あたしもわかるわ、ちゃんと人間らしいことしている奴らもいるのね」 人間らしい、か。 全く争わず、幸せそうな顔で、平和的に生きている人たちより、喧嘩している人たちの方が、人間らしいのか……。 わからなくはないけど、それよりも、嫌なことがこの村で起きたということ事態の方が僕は気になっていた。 嫌なことが起きたということは、あのガタイの良い村人が言っていたことは嘘ということになるのだろうか? 宿に向かう道すがら、そんなことを考えていると、 「テルさん、あれ!」 突如、鬼気迫る様子で、クルシェがどこかを指差してきた。 その指が示した方を見ると、ある女性が木の枝に括り付けた縄で、首つり自殺しようとしていた。 「あわわ、どうしましょう、止めないと、でも、ここからじゃ、間に合わない」 あたふたするクルシェ。 僕は自転車の方を見て、 「チャーリー、お前なら止められるだろ!」 「わかってるわ、今、魔法を放つところよ……ウェントゥス!」 チャーリーがそう叫んだ途端、鋭い風が向こうの方まで吹き、縄が括り付けてあった枝がバキッと折れた。 それによって、自殺しようとしていた女性の動きが止まり、呆然とした表情になる。 僕たちは急いでその女性の元へ向かうと、 「あれ、一体、何が起こって……あなたたちは……」 とその女性は困惑した顔で、事態が飲み込めていない様子だった。 「急にごめんなさい、あなたが自殺しようとしているのが見えたので、魔法を使って止めさせていただきました」 クルシェが申し訳なさそうにそう言うと、女性が激怒した。 「なんで……ッ、余計なことを……死なせてよ、死なせて!」 と彼女は木の枝にくくりつけてあった縄を持って暴れ出す。 「ちょ、ちょっと、落ち着いてください」 クルシェが必死に宥めているが、彼女はなかなか冷静にならない。 チャーリーがそんな彼女を見て、ハァッとため息をついて、言う。 「こら、命は大切にしなさい、なにがあったか知らないけど、悩みがあるなら聞くわよ。」 自殺しようとしていた女性が、チャーリーを見て、パチパチとまばたきした。 「あれ、乗り物がしゃべって……」 「あー、そういう魔法が使われてるんです」 「あ、なんだ、そうですよね」 納得してくれてよかった。 今のやり取りで女性が少し落ち着きを取り戻してくれた。 「その、よかったら僕も話し相手くらいにはなりますよ?」 というと、彼女はぽろっと涙を流す。 それから涙が止めどなく、ぽろぽろと流れ出した。 見かねて、クルシェがハンカチを差し出す。 「あ、あの、ハンカチ。よかったら……」 「ありがとう、優しいのね、あなたたち、その、実はね……」 彼女はハンカチで涙をぬぐいながら語りだした。 「五年以上、付き合っていた彼氏がいて、結婚しようって話までしていたんだけどね、今朝、急に他に好きな人ができたから別れようっって言ってきて……ううう、なんなのよ、あいつ、信じられない!」 「それは、辛いわよね……」 としんみりとした声を出すチャーリー。 クルシェも同情した様子でうんうんと頷いている。 「だからって死のうとするなんて……」 と僕が言うと、その女性がキッと鋭い目つきで見てきた。 「男のあなたにはわからないでしょうね、私の苦しみが!」 「そうよ、失恋ってめちゃくちゃ辛いのよ!」 なんてチャーリーにまで言われる。 なんだか経験したことがあるような口ぶりだな。 「いや、ごめん、無神経な発言だったよ、でもさ、男なんて他にもいるんだしさ……」 「いないわよ、そんな人……うう……」 と女性が顔を下に向けて、再びすすり泣き始める。 かと思ったら、その数秒後、「あっ」と急に声を出し、何かいいことを思いついたように顔を上げ、僕の方を見る。 なんか嫌な予感がする……。 「そうだ、そこまで言うなら、あなたが私の彼氏になってよ……結婚を前提に付き合いなさいよ!」 「ええっ、そんな、いきなり……」 彼女を擁護していたチャーリーもさすがに「ええ……」と呆れ気味だ。 クルシェはぎょっと目を見張った後、なんだかそわそわとしだして、なにやら落ち着きがない様子。 どうしようか……と悩む。 いや、べつにその提案を受けようかどうかで悩んでいるわけではない。どうやってそれを断るかで悩んでいるのだ。 「……ごめん、あなたとはまだ会ったばかりだし、それに、僕はまだ旅を続けていたいから、彼氏になるのはちょっと無理かな……」 「ひどい、捨てられたわ!」 と彼女はまたしても、目を伏せ、ぐすんぐすんと泣き始めた。 捨てられたって、いや、そもそも拾ってすらないんだけどな……。 ああ、もう何だかめんどくさくなってきた……。 チャーリーも僕と同じことを持っていそうなかんじで、やれやれと小声で言った後、 「とりあえず、今、あなたは冷静じゃないから、一旦頭を冷やしたほうがいいわ、また明日話を聞いてあげるから今日は家でおとなしくしてなさい」 「うう……そうですね、はい、わかりました……」 と、彼女はハンカチで時折目をぬぐいながら歩き、トボトボと家の中に入っていった。 ……なんか、どっと疲れたな。 「宿に向かおう、早く」 「そうね……」 「はい……」 僕の発言に、チャーリー、それからクルシェも同意した。私、今、とっても憂鬱なんです。 ご主人様と離れ離れにされた上に、自室に閉じ込められてしまったからです。 出ようとしても、ドアを開けるとすぐそこに使用人たちがいて、部屋の中に連れ戻されちゃうのです。 お気に入りのメイド服も捨てられて、普通の服を着せられてしまいました。 オフショルダーの白いワンピース……べつにこれが嫌というわけではないのだけど、ここ最近はずっとメイド服を着ていたので、なんだか違和感があります。 ハァッと、ため息ばかりついてしまう。 旅をする前は感じなかったのに、今はすごく感じる、この家の狭さを。 私はまだ広い世界を見ていたい。 そう強く思っていたとき、こんこん、とノックの音が聞こえてきました。 ドアが開くと、父が部屋に入ってきました。「お父さん、ここから出してください、私、ご主人様に会いたいです!」「ダメだダメだ、あんな男、もう忘れなさい、今日はクルシェにいい縁談の話を持ってきたんだ、相手はラルバド商会の会長の息子だ」「それ、お父さんがその人と結婚させたいだけじゃないですか、どうせ商売でメリットがあるからなんでしょう?」「ああ、そうだが?」「やっぱり、娘の幸せと商売、どっちが大事なんですか!」「どっちも同じくらい大事だ」「そんな……私の幸せの方が大事だって、嘘でも言ってほしかった」「何を言っている、嘘をついたら重罪じゃないか」 あ、そうでした。 私もだいぶ長いことここを離れていたから、感覚が鈍っちゃっているのかもしれません。「何が不満なんだ、お前にとっても悪い話じゃないはずだ、一生裕福な暮らしができるぞ」「そんなものいりません、私、ご主人様と旅がしたいんです」「旅なんでダメだ、そんな危険なこともうさせてたまるか、今度、ラルバド商会の会長とその息子をこの屋敷に招いて、パーティを開く予定なんだ、クルシェも出席すると伝えているからな」「ちょっと、勝手に決めないでください」「いいか、絶対にパーティーに出るんだぞ!」 と言ってお父さんは部屋を出ていってしまいました。 私、このまま好きでもなんでもない人と結婚させられてしまうのでしょうか。 はぁ、ご主人様、会いたいです……。 そのとき、コツ、コツ、とどこからか音がしました。 音がした方向を見ると、窓に石をぶつけられているようでした。 窓の外を見ると、
次の日―― 僕はクルシェの実家の前に来ていた。「……なんか、でかくね?」 思わず、大きく口を開けて、そう言ってしまう。 立派な門があり、庭があり、建物も三階建てで、見るからに金持ちの住む家って感じだ。「クルシェってもしかして貴族かなにかだったりする?」 とチャーリーが訊くと、「そういうわけではないんですけど、父が大商人で、商売でとても成功したみたいなんです」 彼女の靴やバッグがけっこう上等なものだったから、裕福な家庭なのかなとは思っていたけど、まさかここまでの家に住んでいたとは。「こんないい家に住んでいたのに、何であの屋敷でメイドなんかやっていたの?」 と僕が訊くと、「私、ずっと、両親の言いなりで、行く学校も交友関係も親に決められて、働く場所すらも決められそうで……私、それが嫌で、家出しちゃったんですけど、両親が使用人とかに私のことを捜索させていたみたいなんです。家に連れ戻されたくなかったので、まさかメイドをやっているとは思わないだろうなって考えて、あそこで働いていました」 そういう理由だったのか。 家に訪問する前に、僕はもう1つ確認しておくことにした。「一度は出た家に戻ることになるけど、それはいいの?」「はい、いつかは戻らないといけないとは思っていましたし、それに、ご主人様のこと、両親に紹介したいですから」「そっか」「ご両親、クルシェのことを心配してるんじゃない? かなり長い間帰っていないんでしょう?」 とチャーリーが言うと、クルシェは困ったような笑みを浮かべて、 「かもしれませんね」 彼女がそう言った後、僕が呼び鈴を鳴らすと、使用人らしき者が出てきた。「お、お嬢様!? しょ、少々お待ちください!」 彼は家の中に戻ると、数分くらいで、他に五人くらい使用人を連れて、戻ってきた。「お嬢様、どうぞ中へ、お連れの人も一緒に……」 促され、中へ入る。 外も豪奢だったけど、中もなかなかにすごかった。 天井にシャンデリア、床に高級そうな絨毯が敷かれていて、部屋の隅には高そうな陶器が置かれていて、壁にはドアがたくさんあった。「お父さんとお母さんは?」 とクルシェが使用人に訊いた。「今、外出中で……もうすぐ戻ってくると思います」「じゃあ、ご主人様、それまで家の中を案内しますね」 リビング、ダイニング、洗面所、トイレ
キランを騎士団に引き渡した後、僕たちは白銀の町を出た。 クルシェはずっと表情が暗く、チャーリーもテンションが低めだ。 まぁあんなことがあったしな……。 こういうときは、酒を飲んで、うまい飯を食うに限る。 ということで、訪れた町の酒場とかで、酒を浴びるように飲んだり、ドカ食いしたりしていたのだが、一時は明るくなっても、またすぐに皆元気がなくなってしまった。 どうしたもんか、と思いながら、街道で自転車をひたすら漕いでいた時、荷台に乗っていたクルシェがこんな提案をしてきた。「ご主人様、私の故郷に行きませんか」「クルシェの故郷っていうと、嘘をついてはならない国だっけ、たしか」「はい、そうです、ここから近いので、どうかと思って」「そっか、僕もそこには興味があったし、行ってみるか、チャーリーもいいよな?」「ええ」 ということで、クルシェの故郷に向かうことにした。 そして一週間後、クルシェの故郷である、嘘をついてはならない国の王都に着いたのだが――「あんたって、ほんとブスよね」「そういうあんたは性格が最悪よね」「なんですって!」「男は金よ、金!」「いいえ、顔の方が大事よ」「やっぱり女は胸だな、巨乳こそ正義!」「いや、違うな、女は尻だ」「ごめんなさい、実は私、浮気しているの」「ええ……」「しかも、あなたを含めて今、彼氏が三人いるの」「まじかよ……でも、よかった、実は俺も君以外に四人付き合っている女の子がいるんだ、俺たち、お似合いのカップルだな、あははははは」「は? ふざけんな」 町に入るなり、人々がそんな会話をしているのが聞こえてきた。「どうですか、言いたいことがはっきりと言える、素敵な町でしょう?」 とクルシェが微笑する。「うーん……」「そう……かしらねぇ……」 僕もチャーリーも微妙な反応を返した。「あ、どこか行きたいところ、ありますか? 案内しますよ」「じゃあ、ポーションを買いたいから、ちょっと薬屋に行きたいんだけど、どこにあるかわかる?」「薬屋ですね、ついてきてください」 とクルシェに連れていかれて、薬屋に入ったのだが、なんかどの商品も相場よりだいぶ高くないか? 他の客も「おい、店主、ぼったくりすぎだろ」とか言っている。それに対して「ああ、他の国の三倍の値段で売っているからな」なんて店主が返している。
「はぁ?」 キランのその提案に、チャーリーが怒りと呆れが混じったような声を上げる。「なんでテルがそんなことしないといけないのよ、あたしと勝負しなさいよ、ぼこぼこにしてあげるわ」「俺はテルと戦いたいんだよ」「ふざけないで、なんでそんな分が悪い戦いをテルにさせなきゃならないのよ」 チャーリーの言うことはもっともだ。でも……。 僕は深く考えて、決意した。「わかった、キラン、サシで戦おう」「そうこなくちゃ」「はぁー?」 チャーリーが今度は僕に怒りを向ける。「何言ってんのよ、テル、正気?}「ああ、正気だ」「前からバカなんじゃないかと思ってたけど、まさかここまでバカだったとはね、一応聞くけど、理由は?」「……親友の頼みを聞いてやりたいんだ」 親友という言葉に、ぴくりとキランが眉を動かしたのが視界の端に映った。「……そんだけ?」「ああ、そんだけだ」「はぁーーーー」 と大げさに溜息をつくチャーリー。「……あんたじゃ、キランに勝てないわ」「そうだろうな」「死ぬわよ」「かもしれないな」「それでもやるの?」「ああ」「……はぁ、わかった、もう好きにしなさい」 と投げやりな感じで言うチャーリー。 クルシェはというと、先ほどからあわあわとしていて、僕とキランを交互に何度か見た後、両者の間に入ってきた。「ちょ、ちょっと、なんでそんな、一騎打ちなんて……、二人とも、あんなに仲良かったじゃないですか、どうして戦わないといけないんですか、やめましょうよ、こんなことに何の意味が……」 キランが鋭い目つきでクルシェの方を見る。「うるせぇ! 男の戦いに口出すんじゃねぇ、引っ込んでろ!」 彼にものすごい剣幕で怒鳴られたクルシェはびくびくっと震えて、よろよろとした動きで僕とキランの間から離れていった。 それから、僕とキランは見つめ合った。 お互い示し合わせたように、同じタイミングで、鞘から剣を抜いた。 チャーリーもクルシェも、もう何も言わなかった。、ただ固唾を飲んで、僕たちを見守っている。 僕とキランはお互いに距離を詰めていく。無言で、ゆっくりと、間合いを確かめながら。 キランの持つ剣の方が剣身が長いので、彼のほうが早く間合いに到達する。 だから、最初に仕掛けてきたのは、キランの側だった。 僕の頭に向かって、剣を振り下ろしてくる。
僕たちは訪れた町の酒場などでキランの情報を収集しながら、旅を続けた。 一月以上経過した頃、白銀の町と言われているところで、キランがいるという情報を手に入れた。 僕たちはそこへ訪れることにした。 その町へ近づいていくにつれ、地面は雪道になっていき、 チャーリーは魔法で雪を溶かしながら前進した。 白銀の町へ着くと、入り口から少し先へ行ったところに、大きな雪ダルマがあった。「ようこそ、白銀の町へ」 雪ダルマがしゃべった!?「わぁ、かわいいですね」 とクルシェが目を輝かせている。 「魔法で喋っているのか?」「いえ、これはモンスターみたいね」 僕の問いにチャーリーが冷静に答える。 モンスターということなので、僕が短剣を鞘から抜いて、臨戦態勢をとると、雪ダルマが慌てた様子で、「ちょ、何もしないよ、僕は悪いモンスターじゃないよ」 と言うが、モンスターの言うことなので、僕は真に受けず、警戒を解かないでいると、一人の人物がこちらにやってきた。「安心してください、そのモンスターは本当に危害を加えたりはしませんよ」 やってきた人物がニコニコとした顔でそう言う。「あなたは?」「私は町長のビルモントです。その雪ダルマは私が物心ついた時からこの町にいる、穏やかな性格のモンスターですよ」 僕の疑問に町長はそう答えた。 周囲を見回すが、たしかにモンスターがいると言うのに、この町の人々は特に気にしているそぶりはなかった。 僕は短剣を鞘にしまい、警戒を解いた。 雪ダルマがほっと一息をつく。「僕が善良だとわかってくれたようでよかったよ、この町についてわからないことがあったら何でも言ってね」「じゃあ、訊きたいんだけど、この町に赤髪の美男子が来なかったか?」「赤髪の美男子……ああ、二日前にここに来たよ」「今はどこにいるかわかるか?」「ごめん、それはちょっと……」 としょぼんとした様子の雪だるま。「私もその赤髪の男を二日前に見かけましたが、今どこにいるかはわかりませんね、酒場にいけば、情報が手に入りやすいと思いますよ」 と町長が言うので、酒場の場所を教えてもらい、そこへ向かった。 店内に入ると、僕とクルシェがお酒を頼んで、届いたそれを飲みながら、キランのことについて聞き込みをすると、なんとほんの少し前までこの酒場にいたというのだ。 酒を一気
眠らない人々の町を出て、休憩しながら自転車をこぎ続けて、五日後、僕たちは眠るのが好きな人々の町というところに着いた。 が、しかし――「誰もいませんね」 とクルシェがぽつりと言う。 もう今は昼くらいの時間帯なのに、誰も見かけない。 どこの家も窓の奥が真っ暗だった。「ちゃんと、人は住んでいるんだよな……?」 と僕が疑問を口にすると、「そう聞いているけど」とチャーリーが自信なさげに言った。 人の気配がしない町の中を歩き回ること数十分、目の前にあった家の窓の奥が明るくなると、その家のドアから誰かが出てきた。「おや、旅人さんかな」 その人物が僕たちに近づいてくる。年齢はおそらく5,60歳くらいだが、若々しくて活力のある男性だった。「あなたは?」 と僕が訊くと、彼はよく通る声で、「私はここの町長のトルテスです、さぞやびっくりしたことでしょう、外に誰もいないから。まだほとんどの人が寝てるんですよ、ここの住民は皆一日に12時間は寝ていますからね」「12時間も?」「それ以上寝ている者もいるくらいですよ」「なんでそんなに寝ているんですか」「他の者は知りませんが、私は単純に好きだからですね、眠るのが。だって、朝、早起きせずにたくさん眠れるのって幸せじゃないですか?」 そう言われ、考えてみる。 前の世界では学校とかバイトとかで早起きしないといけないことが多かったから、休みの日に遅くまでぐっすりと眠れる時はたしかに幸せだったかも……。 それが毎日続くなると、さすがにそのありがたみが薄れそうだが。「どうですか、あなたたちも時間を気にせず、ゆっくり寝てみては」「そうですね、この町ではそうしようと思います、ところで、この町に中波と法村って人がいると思うんですけど、ご存じでしょうか」「ああ、知っているよ、知り合いなのかい? じゃあお二人の所に案内しよう、まずはここから近い、法村さんの方から行きましょうか」 町長はある家の前まで案内してくれると、二度寝すると言って去っていった。 まだ眠るつもりなのか……。 僕は法村の家の呼び鈴を鳴らした。 すると、すぐにドアが開かれ、男が出てきた。「どなたですか……て、矢島か?」「ああ、そうだ、久しぶりだな」「いや、ほんとそうだよ、元気してたか!」「うん、そっちは」「まぁ元気だよ、あ、どうぞ上
翌日、朝早く目覚めてしまったので、散歩でもしようかとドアを開けようとしたとき、「なに、どこか行くの、あたしも連れて行きなさいよ」 とチャーリーが声をかけてくる。 先程までいびきをかいていたので、ついさっき起きたみたいだ。「うーん……なんですか、ご主人様、一人でどこへ行くつもりですか……私も行きます……」 クルシェもまぶたをこすりながら、ベッドから起き上がってくる。「散歩に行くだけだよ、二人も行く?」 はい、と二人とも返事をしたので、クルシェが顔を洗って、着替えるのを待ってから出発することにした。 一階に降り、玄関へ向かうと、モップで床を掃除しているあの従業員に出くわした。コ
それから五分ぐらい歩いて、宿に着いた。 受付で宿屋の主人に部屋が空いているか聞くと、二人用の部屋と一人用の部屋がそれぞれ一つ空いていると返答が来た。「どうしようか、やっぱり、クルシェとは別々の部屋の方がいいよな……」 金銭的なことを考えると同じ部屋にしておきたいんだけど……。「え、同じでいいですよ、お金、もったいないじゃないですか」「そう? クルシェがいいならそうするけど……」「なに、同じ部屋だとあんた、なんかするの?」 とチャーリーが訝しんだ声を発する。「いやいや、まさか……」 と顔の前で手を左右にぶんぶんと振る。「追加料金を払えば、夕食と朝食をつけられますが、どうし
さらに自転車をこぐこと数時間、辺りが暗くなってきたので、そろそろ野宿の準備をしようと思った。 少し先に、大きな岩が点在しているところがあったので、その辺りで休もうと考えた。「あの岩の辺りで、今日は野宿しようか」「わかったわ」「はい!」 チャーリー、次いでクルシェが返事する。「クルシェは野宿大丈夫?」「大丈夫です、あの誰とも仲良くなれない町に来るまでに何度か経験ありますので」 となぜか自慢げに言う。「ひとりで野宿してたの? モンスターとかに襲われなかった?」 と僕が訊くと、彼女は胸を反って、「いえ、旅の途中で出会った、旅人や冒険者や行商人とかと一緒に旅をしていたので、襲
誰とも仲良くなれない町を出て、しばらく自転車を街道に沿ってこいでいた。 先程から周囲がほぼ草木しかない光景が続いている。 たまにゴブリンやスライムなどの低級のモンスターが襲い掛かってきたが、自転車でそのまま轢いて吹っ飛ばして進んでいく。 数時間くらいこぎ続けているので、そろそろ一休みしたいな、と思っていた時、ちょうど数十メートルくらい先に、大きな木を見つけた。「あそこの木陰で休憩しよう」「わかりました」「オッケー」 クルシェさん、次いでチャーリーが返事をした。 やがて、大きな木の前に着いたので、その近くに自転車を停めて、木に持たれるようにして座り込む。「ふぅ」「お疲れ様







