登入テルと呼ばれている男は、ある日、自転車ごと異世界に転移してしまった。 その自転車は元の世界ではただのママチャリだったのに、異世界ではなぜか人間の言葉をしゃべる上に、上級魔法まで使いこなす不思議な乗り物になってしまった。 テルはそのママチャリをチャーリーと名付け、二人は冒険を始める。 旅の途中、誰とも仲良くなれない町、と言われている不思議なところで、美少女のメイドも仲間になり、それからは三人でゆるりとした旅をしていく……。
查看更多「テル、もうすぐ町につくわよ」
と乗っているママチャリの方から声が聞こえる。 この自転車、なんとしゃべるのだ。 二年前、異世界に転移したのだが、そのときこのママチャリごとこっちの世界へ来てしまった。 元々は普通の自転車だったのだが、なぜかこの世界に来た途端、人間みたいに意志を持ち言葉を話すようになったのだ。 「前方にモンスター発見」 とママチャリが言う。 数十メートル先に、角が額に生えたウサギ――アルミラージがいる 一見かわいらしいが、かなり狂暴で、人を見るやいなや襲い掛かってくる危険なモンスターだ。 「で、どうするの?」 「このまま轢こう」 「わかったわ」 モンスターがこちらに気づく。 こちらに向かって走ってきて、自転車の前まで来ると、僕の顔の高さまで跳躍し、こちらへ迫ってきた。 このままだと数秒後に、僕はその角で刺されるのだろう。 そこで、僕は前輪を地面から浮かせ、ウィリー走行をして、獣の頭の位置まで持ち上げたタイヤをそのまま敵にぶつけた。 「ぎゃんっ!」 悲鳴を上げて、派手に吹っ飛ぶ獣。 今の体当たりによって角がタイヤを少し傷つけていたが、この自転車は自動修復スキルがあるので、勝手に元通りになっていく。 この光景も最初の頃は戸惑っていたが、今では全く驚かなくなった。 地面を転がって、動かなくなるモンスターを通り過ぎて、僕たちはそのまま先へ進んでいく。 「さっきも言ったけど、もうすぐ町に着くころよ」 「わかったよ、チャーリー」 「私のことは、ママと呼びなさいと言っているでしょう」 「わかったよ、チャーリー」 「わかってないじゃない、もう」 プリプリと怒りながらも、チャーリーは僕を乗せて、進んでいく。 元の世界に母がいる僕はこの自転車をママと呼ぶのはなんか抵抗があるので、無視してチャーリーと呼んでいる。 彼女は気にいってないようだけど、この名前が。 でも、やっぱりママと呼ぶ気にはなれない。彼、前世は男だったみたいだし。 「なんて名前の町だっけ?」 「ヒボットという町ね、誰とも仲良くなれない町と言われているわ」 「誰とも仲良くなれない? どんな町なんだろ……」 それから自転車を走らせること数十分、目的の町にたどり着いた。 外壁に守られていて中は見えない。門の前に、門番と思われる人が一人いた。」 自転車を降りて、手で押しながら門の方へ近づいていくと、門番が声をかけてきた。 「旅人さんですか? 見慣れない乗り物に乗っていますね」 「自転車というんです」 「へー、すみません、少し乗せてもらってもいいですか?」 「チャーリー、いいか?」 「いや」 やっぱりダメだったか。こいつは面食いで好みの見た目の奴しか乗せないのだ。 「だめだそうです」 「え、今、この乗り物、しゃべりました?」 「ええ、生きていて感情があるんです、これ」 「乗り物が生きている? 感情がある? ははは、ご冗談を……どうせ魔法か何かで人間っぽくしゃべらせているだけなんでしょう」 そういう魔法があるのかは知らないけど、魔法で喋っているのなら不思議に思わないのか。 元々は魔法なんて漫画やアニメにしか出てこない世界にいた僕にとっては、この世界の人々の感覚はよくわからない。 「でも、おもしろい乗り物ですね、乗れないのが残念です」 「ちなみに、しないとは思いますけど勝手に乗ったりしたらだめですよ、死にはしませんがかなりの大ダメージを負う電流を流してくるんで」 「そ、そうですか、ははは」 この顔、隙を見て勝手に乗ろうとしてたに違いない。 「ところで、この町、宿はどこにありますか?」 「しばらくこの町にいるつもりですか?」 「ええ、数日ほど」 「悪いのですが、今、この町に滞在するのは、おすすめしません」 「なんでですか?」 「実はこの町、ここ一週間くらい、毎日のように殺人事件が起きていまして、非常に危険なんです……」 「殺人事件?」 「ええ、夜中に人が殺されるという事件が多発しているのです」 「へぇ、がぜん興味がわきました、滞在することにします」 「正気ですか? まぁ滞在するというのならとめはしませんが……」 「それで、宿の場所は?」 「東側と西側に一軒ずつありますね、西側の方が安いですが、サービスは東側より劣ります」 「丁寧に教えていただき、ありがとうございます」 と礼を言ってから、僕は開かれた門の先へ進もうとしたところで、門番によびとめられた。 「ちょっと待ってください」 「なんですか?」 「注意事項が一つあります、この町では誰かの悪口を決して言わないようにしてください」 「悪口を?」 「ええ、悪口を言ってはダメなのです」 「それは普通なのでは?」 「言ってはダメというだけなら普通かもしれませんが、この町は悪口にとても厳しいのです、過去には金貨一枚の罰金刑を下された人もいるほどなので」 悪口で金貨一枚の罰金とは、確かに厳しい。 「わかりました、気をつけるようにします」 もう一度お礼を言って、僕は門の先へ進んだ。 街の中はレンガ造りの家がまばらに建っていて、人々が明るい顔で往来を歩いていて、なかなか活気のある町だった。 町人はみんな気さくな感じで、僕の近くを通りがかる人全員が、「こんにちわ」とか「おはよう」とか声をかけてくる。 今のところ。ごく普通の町という印象だ。 誰とも仲良くなれない町らしいが、今のところそんな感じは全くしない。 僕が西側の方に進むと、チャーリーが不満げな声で話しかけてきた。 「なんで西の方に進んでいるの?」 「西側の宿の方が安いからじゃないか」 「ケチね、お金はあるんだから東側のほうにすればいいじゃない」 「この先、何があるかわからないからね、少しでも節約しといたほうがいい」 それからも宿に向かって歩いていると、先の方で何やら人だかりを見つけた。 何だかざわざわとしている。 「なにかしら?」 「行ってみよう、チャーリー」 人だかりのところまで行き、一番近くにいた人に声をかけた。 「なにかあったんですか?」 「ん、おお、昨日、殺人事件があったみたいでな、死体があそこに置いてあったんだ」 その人が指さす方を見ると、 ぐったりとあおむけに倒れている人がいた。 「またこんな事件が起きたのか」 「これで七日連続だな」 「おそらく同じ人間の犯行だろうな」 「次はおまえの番だったりして」 「やめろよ、物騒だな」 なんて話し声が人ごみの方から聞こえてくる。 「七日連続で殺人事件が起きたのか、同一人物が起こしたのだとしたら、相当いかれたやつだな」 僕がそう言うと、人だかりの中にいた人たちが一斉に僕の方を怪訝な顔で見た。 「な、なんですか?」 困惑していると、人ごみの中から恰幅のいい男が出てきた。 「あなた、見ない顔ですね、旅人さんですか?」 「え、あ、はい」 「私はこの町の長《おさ》の、モリスンと言います、この町では、悪口を言うことが禁止されているので、今のような発言は控えていただきたいです」 「え、でも、相手は殺人犯なんですよ」 「誰に対しても、この町では悪口を言ってはダメなのです、あなたはよそ者ですから今回は大目に見ますが、今後は気を付けてくださいね」 びしっと人差し指を顔の前に立てる町長。 なるほど、確かにあの門番が言うように、悪口に厳しい。悪人に対しても言ってはダメとは、徹底している。 「申し訳ありません、以後気を付けます」 「そうしていただけると助かります。困ったことや気になることがあったら、何でも私に言ってくださいね」 「それでは、少し死体を近くで見させてもらってもいいですか?」 「いいですけど、なにするつもりですか?」 「あ、いえ、なにも。ただ見るだけですよ」 僕は人ごみの間を縫って、死体の前に行く。 血が流れている箇所をよく見てみる。 胸に鋭い爪でひっかいたような傷があり、だらだらとそこから流れていた血が赤黒く変色していた。 「この傷のかんじだと、モンスターの仕業だな」 そう言うと、人だかりの中で声を上げる者が出た。 「え、でも、俺、五日前に、犯人が人を殺しているところを見たけど、明らかに人の顔をしていたぞ? その時夜で暗かったし、すぐに逃げちゃったからよく見てないけど」 「オレも三日前の夜に犯人を遠目からちらっと見たけど、人間だったぜ」 人間? 妙だな、この傷はどう考えてもモンスターの鋭い爪によるものっぽいけど……。 と思っていると、別の町民が声を上げた。 「ん? でも、俺は昨日、犯行の現場を遠くから見たけど、四足歩行の獣っぽい姿をしていたぞ?」 「は? オレも昨日見たけど、虫っぽい姿をしていたぞ、砂漠にいるサソリみたいな見た目だった」 「あれ、私は二日前に犯人っぽいのを見たけど、羽があったわよ? だから鳥みたいなモンスターなのかなって」 町民たちが次々と話す目撃情報を聞いて、町長が頭を抱える。 「言っていることがばらばらじゃないか!」 「それぞれの事件は別の犯人が起こしたんじゃないの?」 とチャーリーが言うと、この場にいる全員が「え、乗り物がしゃべった?」と驚いた。 「魔法によって人間っぽい言葉をしゃべらせているんです」 「へー、そんな魔法があるんだ、それにしても、面白い乗り物だな」 とある男が言い、まじまじとチャーリーを見つめる。 町長がそこでせき払いを一つした。 「ごほん、話を戻しましょう、先ほど、別人がそれぞれの事件を起こしたという意見が出ましたが、どの事件も犯行の手口が全く一緒なので、私は同じ者が起こしたんだと思います」 そんな町長の言葉に異議を唱える者が出る。 「模倣犯がいる可能性もあるんじゃないか?」 「たしかに」 「でも、なんで昨日は被害者が一人なのに対して、犯人が四足歩行の獣というやつもいれば、虫っぽい姿だったと言うやつもいるんだ?」 「それは……なんでだろうな?」 うーんと唸りながら首をかしげる町民たちを見て、チャーリーがため息を吐く。 「目撃者たちの情報が矛盾しているわね、少なくともあの中の誰かの発言は間違っているということになるのかしら、どう思う、テル?」 「本当に誰かが嘘をついているのか?」 「は? だってどう考えても矛盾している情報があるじゃない」 「もし、矛盾していないとしたら?」 「そんなはずないわ」 「そうか? この目撃情報がすべて当てはまるモンスターがいるじゃないか」 「なんてモンスター?」 「マンティコアだ」 「なによそれ」 「なんだ、知らないのか?」 「知らないわよ、どうせあなたが元々いた世界の知識なんでしょ、違う世界の知識でマウント取らないでよ、むかつくわね」 「いや、ごめん、そんなつもりはなかったんだ、マンティコアっていうのは顔が人間で、胴がライオンで、尻尾がサソリ、そんでコウモリの羽が生えているモンスターだ」 「そんなモンスター本当にいるの?」 「この世界にいるかどうかはわからないが、目撃情報を聴いている限り、こいつしか考えられないな」 「ふーん、事実は冒険小説より奇なりというけれど、まさかそんなのがいるとはねぇ」 チャーリーが感慨深げにそう言ったとき、僕たちの会話を聞いていたらしい町長がこちらに来た。 「マンティコア? あなたは犯人に心当たりがあるのですか?」 「本で読んだ知識に過ぎませんが、僕が知ってるモンスターだと思います」 「あなたは旅人なんですよね、今までモンスターと遭遇したことがあると思いますが、そういう時はどうしてました?」 「倒してきました」 「ということは、実力はそれなりにあるということですよね……それならばお願いがあるのですが、そのマンティコアとやらを討伐していただけませんか?」 「え、うーん、どうしようかな」 「お願いします、倒していただけたら、報酬として金貨10枚を差し上げます」 「わかりました、やります」 即答すると、チャーリーがはあっとあきれたように溜息をついた。 何だよ、お金は少しでもあったほうがいいだろ。 しばらくは旅ができるほどの蓄えはあるが、しかしこれから先何があるかわからないしな。 おお……と町民たちが感嘆の声を上げる。 「ありがとうございます、直接モンスターと戦う以外でしたら、何でも協力します」 と町長が深くお辞儀をしてくる。 「では、地図を持ってきてくれますか?」 「ちょっと待ってください」 十分くらい待った後、町長が地図を持ってきた。 走ってきたようで、息を切らしている。 「急がなくてもよかったのに」 「いえ、事態は急を要するので」 「まあ、たしかにそうですね、町長、これまでで殺人が起きた場所がこの地図のどこにあるか、おしえていただけますか?」 「えーと、最初の事件が起きたのは、このへんですね、次はここ、その次は……」 と町長が、地図の北、北東、東、南東、南、南西、西を順に指示していく。 「テル、これって……」 「ああ、北から時計回りになっているな」 「ということは、次の事件があるとしたら、北西?」 「そうだと思う」 「そのマンティコア、だっけ? そいつが隠れ潜んでいるのもそのあたりなのかしら?」 「多分な」 「北西といっても、どうやってそいつを探すつもり? しらみつぶしに探すと時間がかかるわよ」 「こちらから探さなくても、北西の辺りで、夜に外にいたら、向こうから僕たちを狙ってくるだろ」 「たしかにそうね、じゃあ、今夜、北西の辺りで待ち伏せていましょうか」 よし、方針は決まった。あとは夜までにポーションとかいろいろ補充しておかないとな。 「それにしても、なんでそんなモンスターがこの町に侵入してきているんだ……門番は何をやってるんだ?」- 「そいつ、飛べるんでしょ、空から来ればバレないんじゃない?」 僕の疑問にチャーリーがすかさず答えを返した。 すると、町長が僕たちに近づいて、会話に割って入ってきた。 「いえ、上空もちゃんと警戒させています、万が一空から侵入しようとするモンスターがいたら、警報を鳴らすように言っています」 「あ、そうなの、じゃあどうやって町にはいってきたのかしら?」 「顔は人間なんだし、フードとかで隠せば、夜だと獣だとばれにくそうなので、町に入れちゃったんじゃないか」 今度はチャーリーの疑問に僕が答えると、町長も口を開いた。 「そうかもしれませんね、でも、ここで推測を語るより本人たちに聞いた方がいいですね、ちょっと門番の所に行きましょうか」 それから町長と共に町の入り口の方へ向かい、さきほど門の前で僕が会話をしたあの門番と、宿舎で休んでいた他の門番、計10人を呼び出した。 そして魔物が街に侵入したことを説明し、怪しい者が来なかったかを訊くと、「あっ」と一人だけ声を上げた。 町長がその者に鋭い目を向ける。 「何だ、心当たりがあるのか?」 「え、えっと」 「正直に話せ、大丈夫だ、罰とかは与えないから」 「一週間くらい前に、行商人を名乗る、赤い髪の男と黒いフードをかぶった怪しい男が来ました。フードをかぶった男は馬車の中にいて、窓から顔だけ出してたから全身が見えなかったんですけど、今思うと……」 「多分フードをかぶった方がマンティコアだ」 と僕が言うと、彼は深々と頭を下げた。 「そうだったんですか、すみません、顔は人間だったし、言葉をしゃべっていたので、問題ないと思っちゃいました」 そいつ、人間の言葉をしゃべるのか。 「なんて言ってました?」 「『夜遅くまでごくろうさまです』とだけ」 「その赤髪の男はその後、どこへ行ったかわかります?」 マンティコアと一緒に行動しているとしたら、そいつもただ者ではないだろうと思ったので、尋ねてみた。 「あ、そいつは、五日前に馬車と共に去っていったよ」 マンティコアだけ残していったのか。 「何者なんだろう、その赤い髪の男は?」 「とりあえず、今はマンティコアをどうにかすることに集中しましょう」 とチャーリーに言われ、確かにそうだなと思い直す。 それから、町の人たちにも協力してもらって、北西の辺りに住んでいる人たちに、今日の夜、外に絶対出ないように言いふらしてもらった。魔法で人形を操っている人物が誰かわかった僕たちは、そいつを探すが、酒場にいなかったので、店の外に出た。 店を出て少し先にある、広場のベンチにそいつはいた。「な、なにか、用ですか?」 ニット帽をかぶった男の子が、緊張した面持ちで、言う。 イプピアーラに襲われていた子だ。「君だよね、人形を動かしているの?」 僕が言うと、その子の瞳が大きく開いた。 こんな子供がこの町の全ての人形を操るほどすごい魔法を使っているなんて、にわかには信じがいたが、そうとしか考えられない。 他の町民たちは命の危険を顧みずにモンスターと戦おうとしていたし、僕たちの戦いを決着がつくまでずっと見守っていたけど、この子だけは町民たちの後ろでびくびくと怯えていた。 この子だけが、他の民と――人形たちと、明らかに性格が違った。「バレちゃいましたか……そうです、この町の人たちはボク以外みんな人形で、ボクが魔法で動かしていました」「なんでそんなことを……」 と僕が訊くと、そのニット帽の子は卒業アルバムを見ているかのような表情で、「少し、昔のことを話さないといけないですね、それを説明するためには」 彼はゆっくりと過去を語り始めた。「ボクは昔、この町の人たちにいじめられていたんです、みんなと違っていたから……」「違っていた?」 彼の姿をよく見てみるが、他の人と比べて、特別変わった点などないように感じる。 僕が疑問に思っていることが伝わったのか、彼は苦笑して、「これです」 と言って、帽子を脱いだ。 露わになったその子の頭には猫耳のようなものがついていた。「獣人?」「はい、父が人間で、母が獣人だったんです。父も母も病気で死んで、この町に獣の耳がついている人が僕しかいなかったので、それで迫害を受けて……僕に悪口を言ってきたり、暴力をふるってきたり、僕だけ税金を多くとってきたり、そういうことをたくさんされました……」 僕の問いに、苦しそうに彼は答えてくれた。「この町では珍しかったのかもしれないが、場所によってはたくさんいるけどな」「あたしの故郷でも、別に珍しい存在じゃなかったわ」「私の生まれ育った国にも多くはないですけど、少なからずいました」 とキラン、チャーリー、クルシェが言うと、猫耳の少年は、顔を明るくした。「そうなんですか、それを聞いて、少し安心しました」
ニット帽のような帽子をかぶった子供――中性的な容姿だけどたぶん服装的に男の子――が、橋のへりでモンスターに足を掴まれていた。「チャーリー!」「わかってるわ」 僕が彼の名を呼ばなくても、彼はもうとっくに魔法を詠唱しようとしていた。「シンティラ!」 チャーリーがそう唱えると、バチバチと音を鳴らす電気の塊がモンスターの方へ向かっていった。 そのモンスターは子供の脚から手を放し、間一髪で避けて、再び川の中へ入っていく。 魔物の手が離れた子供は、こちらに一目散に逃げてきた。「怪我はない?」 と訊くと、その子は体を震わせながら、こくこくと頷いた。「もう大丈夫、僕たちがなんとかするから、巻き込まれないように遠くに離れていて」「う、うん」 その帽子をかぶった子は走り去っていく。「よし、俺たちも加勢するぞ!」 と僕たちの後ろにいた町民たちが前へ出ようとする。「いや、いいんで、後ろで見守っていてください!」 と僕が叫ぶが、町民たちは言うことを聞かなかった。「いや、少しでも多い方がいいだろ」「私たちにだって、できることが――」 と言いながら武器を構える町民たちに、チャーリーが声を張り合げた。「あんたたちが来ても、邪魔! 離れたところにいなさい!」」 明らかにイラついているのがわかる声。 さすがの町民たちもその剣幕に気圧されたようで、彼らはようやく言うことを聞いて、後ろに下がってくれた。 町民の集団と、先ほどモンスターに襲われていたニット帽の子が十分に離れたのを確認して、僕は再び橋の方へ体を向けた。 先ほどの半魚人的な見た目のモンスターが、川から頭をだして、橋の下まで泳いできているのが見えた。 そして、橋脚からよじ登って、そいつは橋の上まで来た。「さっき、魔法を使ったのは、その奇妙な乗り物か?」 とそのモンスターは喋った。「奇妙ってなによ、失礼ね、あんたの方こそ変な姿じゃない、なんていうモンスターかは知らないけどさ」 とチャーリーが言った後、モンスターの立つ地面に魔方陣が広がった。「イプピアーラ、それが俺の名だ、覚えておけ……グラキエス!」 敵が詠唱すると、つららのような形の氷が放たれる。 それはチャーリーに直撃したが、ほぼ無傷。わずかに傷ついた箇所も自動修復のスキルによって瞬時に元通りになった。「嘘だろ!?」 モ
宿へ行くことにしたのだが、当然、初めて来た町なので僕たちはその場所を知らない。 ということで、僕たちは通りがかった人に場所を訊くことにした。「この町は川を境に、北側と南側に分かれているんだけど、宿は橋を渡って、北側の方へ行くと、一軒だけあるよ」「ありがとうございます」 僕はお礼を言ってから、自転車を押して歩きだす。キランとクルシェも後ろからついてくる。 そしてまずは橋を渡って、北側に着いたのだが……「テル? さっきから三十分くらいグルグルしているんだが、迷ったんじゃないか?」 とキランが肩をすくめて、言う。「どうやらそのようだ」「おいおい、しっかりしてくれ」 しかたないだろ、土地勘ないんだから。 ていうか、お前だって、宿の場所わからないだろ。 と思っていると、老紳士というかんじの風貌をした男性が声をかけてきた。「どうしました、何か困っているように見えますけど」「あ、すみません、宿屋の場所がわからなくて」「あ、宿屋なら……いえ、そうですね、私がそこまで案内しましょう」 その老紳士についていくこと数十分後、宿屋の前に無事たどり着いたので、僕たちはお礼を言ってから別れた。「この町、ほんと親切な人ばかりですね」 とこの場から離れていく老紳士を見送りながら、クルシェが言うと、キランが眉根を寄せて、なにやらつぶやいていた。「おかしい、絶対に……ありえない……」 耳をよくすますと、そう言っているのが聞こえた。 声をかけようかと思ったが、なんだかそうしづらい雰囲気だったのでやめておいた。 なにがおかしいかはわからないけど、そのうち彼の方から話してくれるだろうと、そう考えることにした。 宿屋に入って、部屋を手配してもらい、用意された三階の客室に着くと、僕は荷物をそこら辺に置いてベッドに倒れこんだ。「お疲れですか、ご主人様?」「ああ、うん、ちょっと眠らせてもらうね」「わかりました、夕飯の時間になったら、起こしますね」「頼む」 目が覚めた。 ぐーぐーとチャーリーのいびきが聞こえる、彼も寝ているようだ。 起き上がり、クルシェの方を見ると、彼女は編み物をしていた。彼女は暇なときああやって防寒具を編んだりぬいぐるみを編んだりしている。「あれ、キランは?」 部屋の中を見渡すが、あいつの姿がない。「クルシェ、どこ行ったかわかる?
今日も二人乗りで自転車をこいでいると、前方に町らしきものが見えてきた。「あそこは悪人がいない町と呼ばれているらしいわ」 とチャーリーが言うと、荷台に乗るクルシェが見るからにテンションが上がった。「悪人がいない町……なんだかすごいよさげなところですね!」「本当に悪人がいなかったらね……でも……」「でも?」 僕がチャーリーに訊くと、彼は少し間をおいてから、「いや、悪人ってどういう人のことを言っているのかな……と思ってね」 たしかに、悪の定義は明確でないし、人によって何を悪とするかは違うだろうから、悪人のいない町とだけ聞いても、いまいちイメージできないよな。 まぁ、そもそも、あくまで悪人がいない町と呼ばれている、というだけの話だから、実際のところはどうかわからないか。「そこについては行ってみないとわからないな」「そうね、それを確かめるためにも早く向かいましょう」 とチャーリーも言ったことだし、僕はペダルに乗せた足に力に力を入れ、先へ急いだ。 そして数十分後、町の入り口の前まで来て、自転車を降りたとき――「おっ、その珍妙な乗り物は……もしかして、テルとチャーリーじゃないか? おーい!」 突然、後ろから声をかけられた。 振り返ると、なんかものすごいイケメンがこっちに向かってきていた。 ……と思ったら、知り合いだった。 180センチを優に超える長身、手足が長くてスタイル抜群、燃えるような赤い髪、湖のように澄んだ青色の瞳、彫りの深い顔立ち……相変わらず、むかつくくらいルックスがいいな、こいつは。「おいおい、なんだよ、テル、その反応は、俺のこと忘れたのか? 寂しいじゃないか」 と僕たちの前まで足早に来ると、彼は言った。「いや、覚えてるよ、キラン」 キラン・グールディング。 僕と同じ旅人だ。最初に出会ったのは一年くらい前、最後に会ったのは半年前くらいか? かなり腕の立つ剣士で、勇者のパーティに誘われたこともあったとかなんとか。でも、ずっと旅人として各地をぶらぶらと放浪しているやつなので、その誘いは断ったんだと思う。なんでかはわからないが……。「チャーリーも久しぶりだな」「ええ、ほんと久しぶりね……ところで、あなた、さっき、あたしのこと珍妙な乗り物とか言わなかった?」 とチャーリーが怒気を含んだ声で言うと、彼は素知らぬ顔をし
翌日、朝早く目覚めてしまったので、散歩でもしようかとドアを開けようとしたとき、「なに、どこか行くの、あたしも連れて行きなさいよ」 とチャーリーが声をかけてくる。 先程までいびきをかいていたので、ついさっき起きたみたいだ。「うーん……なんですか、ご主人様、一人でどこへ行くつもりですか……私も行きます……」 クルシェもまぶたをこすりながら、ベッドから起き上がってくる。「散歩に行くだけだよ、二人も行く?」 はい、と二人とも返事をしたので、クルシェが顔を洗って、着替えるのを待ってから出発することにした。 一階に降り、玄関へ向かうと、モップで床を掃除しているあの従業員に出くわした。コ
それから五分ぐらい歩いて、宿に着いた。 受付で宿屋の主人に部屋が空いているか聞くと、二人用の部屋と一人用の部屋がそれぞれ一つ空いていると返答が来た。「どうしようか、やっぱり、クルシェとは別々の部屋の方がいいよな……」 金銭的なことを考えると同じ部屋にしておきたいんだけど……。「え、同じでいいですよ、お金、もったいないじゃないですか」「そう? クルシェがいいならそうするけど……」「なに、同じ部屋だとあんた、なんかするの?」 とチャーリーが訝しんだ声を発する。「いやいや、まさか……」 と顔の前で手を左右にぶんぶんと振る。「追加料金を払えば、夕食と朝食をつけられますが、どうし
数時間おきに休憩をはさみながら自転車をこいでいると、遠くに村が見えてきた。「あれが次の目的地ね、不幸な人が誰もいない村と呼ばれているわ」 チャーリーがそう言うと、クルシェは目をキラキラとさせた。「不幸な人が誰もいない? ほんとだとしたら、とても素敵なところですね!」 不幸な人が誰もいない……本当なのだろうか? まぁ行ってみないとわからないか。 それからさらに数十分くらい自転車をこいで、村に到着した。 自転車を降りて、入り口を通ると、じろじろと村人たちから視線を浴びる。「旅人かい?」 近くに寄ってきたガタイのいい村人から声をかけられたので、僕は慌てて返事をした。「あ、はい
さらに自転車をこぐこと数時間、辺りが暗くなってきたので、そろそろ野宿の準備をしようと思った。 少し先に、大きな岩が点在しているところがあったので、その辺りで休もうと考えた。「あの岩の辺りで、今日は野宿しようか」「わかったわ」「はい!」 チャーリー、次いでクルシェが返事する。「クルシェは野宿大丈夫?」「大丈夫です、あの誰とも仲良くなれない町に来るまでに何度か経験ありますので」 となぜか自慢げに言う。「ひとりで野宿してたの? モンスターとかに襲われなかった?」 と僕が訊くと、彼女は胸を反って、「いえ、旅の途中で出会った、旅人や冒険者や行商人とかと一緒に旅をしていたので、襲