LOGIN翌日、朝早く目覚めてしまったので、散歩でもしようかとドアを開けようとしたとき、
「なに、どこか行くの、あたしも連れて行きなさいよ」 とチャーリーが声をかけてくる。 先程までいびきをかいていたので、ついさっき起きたみたいだ。 「うーん……なんですか、ご主人様、一人でどこへ行くつもりですか……私も行きます……」 クルシェもまぶたをこすりながら、ベッドから起き上がってくる。 「散歩に行くだけだよ、二人も行く?」 はい、と二人とも返事をしたので、クルシェが顔を洗って、着替えるのを待ってから出発することにした。 一階に降り、玄関へ向かうと、モップで床を掃除しているあの従業員に出くわした。コップを割ったことで落ち込んでいた女性だ。 昨日と違って、悩み事ひとつなさそうな晴れやかな顔をしている。 「おはようございます、よく眠れましたか?」 僕たちを見ると,彼女が話しかけてきた。 「ええ、とても寝心地の良いベッドでした」 と答えると、彼女は掃除を中断して、 「それはよかったです」 「あなたも元気そうでよかったです。昨日は落ち込んでいた様子だったので少し心配してましたが……」 「落ち込んでいた? え、私が?」 「ええ、昨日、コップを割って怒られたと言ってたじゃないですか」 「へ……何のことですか、私、コップなんて割っていませんよ」 あれ? 「いや、でも、昨日、確かにそう言って……」 「いえいえ、そんなはずありませんよ、だって、この村は嫌なことが起きない村ですから」 とそれが当たり前のことであるかのように彼女は言う。 嘘をついている感じはしない。 クルシェやチャーリーの方を見る。 二人も困惑している様子だ。 「ところで、どこかへ行くのですか?」 と彼女が訊いてきた。 「ええ、散歩に行こうかと」 「散歩、いいですね、今日はいい天気ですし……2時間後には朝食の用意ができる予定ですので、それまでには戻ってきてくださいね」 「わかりました、変なことを言って申し訳ありませんでした、気にしないでくださいね」 僕はそう言って頭を下げてから、宿を出た。 歩きながら、チャーリーに話しかける。 「なぁ、あれ、どういうことなんだろうな?」 「どういうことって、昨日のことを忘れているとしか言いようがないじゃない」 「おかしくないか、それ」 「まぁ、でも、忘れることくらいあるんじゃないですか?」 とクルシェが言うが、僕は納得できない。 「いや、でも、昨日のことだぞ? あんなに落ち込んでいたのに……」 もしかして、僕が異世界に転移してきた前後のことを思い出せないのも、このことと関連してるのか? なんて考えながら歩いているとき、前方で昨日、喧嘩していた二人を見つけた。 仲良さそうに肩を組んで歩いている。 「おはようございます」 「昨日の旅人か、おはよう」 「おはよう、朝早いな」 僕の挨拶に、坊主頭の男、次いで、ロン毛の男が挨拶し返してくれた。 「そちらの方こそ、朝早いですね」 「これから、二人で朝飯を食いに行くところなんだ」 と坊主頭の男が言う。 「すっかり仲直りしたんですね」 「え、仲直り?」 とロン毛の男が目をまん丸とさせる。 「仲直りも何も、俺たちはずっと仲いいが……」 と坊主頭の男が言う。 「あれ、でも、昨日、喧嘩していたじゃないですか、女性をめぐって」 「喧嘩? 俺たちは喧嘩なんて一度もしていないぞ、なぁ?」 と坊主頭がロン毛の男に同意を求める。 「ああ、そもそもこの村は嫌なことが全く起きない村だからな」 と彼は本気でそう思っていそうな顔で言う。 クルシェとチャーリーを見る。 二人もこれはおかしいと思っていそうな表情だ。 「悪いが、ここらへんで行かせてもらうぞ」 「これから、ご飯食べに行くから、悪いな」 坊主頭、次いでロン毛の男がそう言って、去っていく。 こちらの会話が聞こえない距離まで二人が離れたのを確認して、チャーリーとクルシェに言う。 「やっぱりおかしいって」 「そうね、宿屋の従業員に加えて。あの二人も……となると、さすがに異常ね」 チャーリーがそう言うと、クルシェもこくりと頷く。 この村がどうして不幸な人がいない村と呼ばれているか、僕は何となくわかってきた。 それから散歩を続けること五分後、今度はあの自殺しようとしていた女性に出会った。 昨日、自殺しようとしていたとは思えないほどニコニコとしていて、鼻歌なんて歌っている。 まさか……と思って話しかけてみる。 「あの……」 「あ、ええと、旅人の方、でしたよね?」 「ええ、その……よかったです、元気になったようで」 「え、私はずっと元気だけど?」 「でも、昨日、彼氏と別れたとかで、すごく落ち込んでいたように思いますけど……」 「彼氏? なんのこと、そんな人いないけど……あ、もしかして、私と付き合いたいの? えー、どうしましょう、顔は……悪くないけど……きゃー!」 なんて頬に手を当てながら、一人で騒いでいる。 「あ、ごめんなさい、そういうわけじゃないです、元気ならよかったです、それじゃ……」 それだけ言って、そそくさとその場を去る。 「えー、なによそれー」 と彼女はぷりぷりと怒っていた。 でも、きっとこのことも、彼女はすぐに忘れるのだろう…… 散歩を終えて、宿屋に戻ると、あの女性の従業員から朝食の準備ができていることを伝えられた。 チャーリーを客室に残してクルシェと二人で食堂へ行くと、昨日と同じようにシェフが食堂の端に突っ立っていた。 ただ、昨日と違い、不安そうな表情は全くしていなくて、自信に満ち溢れた顔をしている。 今朝のメニューは、フレンチトースト、チキンのサラダ、オムレツ、フルーツの盛り合わせだった。 どの料理もおいしかったので、「おいしい」と僕が言うと、 「フフ、でしょう、私、料理を酷評されたことないんです」 とシェフが腕を組みながら言った。 僕もクルシェも、え……というリアクション。 シェフは心の底からそう思っていそうな顔だ。 やはり、彼は昨日のことを忘れている。 彼だけでなく、他の村人も……。 僕はこの時、どうしてこの村が不幸な人がいない村と呼ばれているか、その理由を確信していた。 部屋に戻ると、早速、僕たちはこの村について話し合った。 「わかったよ、この村がどうして不幸な人がいない村と呼ばれているか……それは嫌なことをすぐに忘れるからだ、だから不幸にならない」 僕の発言に、クルシェがうんうんと頷く。チャーリーからも特に反論はなかった。 僕の異世界へ転移する前後の記憶がないのも、きっとこの村にいるせいだろう。 「私、この村を早く出たいです」 とクルシェが荷物をまとめながら、言う。 僕も同感だった。 「それにしても、どうして嫌なことを忘れてしまうのかしら?」 とチャーリーが疑問を口にする。 「それについては、大体想像はつく……誰がこの村をそのようにしているのかも、見当はついている」 「え、誰ですか?」 とクルシェが訊いてきた。 「それは……」 その人物が誰かを告げると、チャーリーが「まぁ、そいつしかいないわよね」と言った。 僕もクルシェもこの村を早く出たいということで意見が一致したので、すぐに出発することにした。 宿を出て、村の入り口まで行くと、村長が慌てた様子でこちらに来た。 「もう、この村から去るんですか?」 「ええ、僕たちは旅人ですから」 「どうして……この村にいれば不幸にはならないのに……」 「でも、嫌な記憶を忘れてしまうんですよね?」 そう言うと、村長は目を見開いた後、苦笑した。 「気づかれましたか」 「ええ……おそらく、あなたがそうしているんですよね、魔法か何かで……」 「どうして、そう思われるんですか?」 「あなたしか考えられないからですよ、僕たちがこの村に来た時、村長さんは言ったじゃないですか、『この村にさえいれば、どんなに嫌なことがあっても、不幸にはならない』って。 他の村人たちは嫌なことが起きないと言っていて、記憶を忘れていくことに無自覚だった。あなただけが事情を知っていそうなことを言っていた」 「なるほど……ええ、その通りですよ、私が魔法で、この村にいる人から嫌な記憶を取り除いているんです」 この村全域に作用する魔法を使っているということは、この村長は相当な使い手だな。 「何か問題がありますか? 嫌なことを忘れられるならそのほうがいいじゃないですか! 思い出せませんが、私には過去に嫌なことがたくさんあったんです、忘れたくて忘れたくて仕方がなかった、だから魔法で嫌なことを忘れさせた……私はこの村の人たちにも幸せになってほしくて、村全体にその魔法を使っています、それのなにが悪いんですか! あなただって、嫌なことなんて忘れたほうがいいでしょう!」 顔を赤くしてそう捲し立てる村長。 僕はそんな彼に対して、きっぱりと告げる。 「いいえ、よくないです」 「は?」 何言ってんだこいつ、というような顔の村長。 僕は村の入り口から外に出る。 その瞬間、忘れていた過去のことを急速に思い出していく。 どれもこれも嫌な記憶だ、でも…… 「たしかに、人生、楽しいことばかりじゃない、嫌なことも多い、でも、嫌なこともあったから、今の僕がいるんですよ。嫌なことを忘れてしまったら、それは今の自分じゃなくなると思うんです」 僕がそう言うと、クルシェも村の出入り口から外に出て、村長の方を力強い目で見た。 「私も、ご主人様と同じ意見です、私も今までにたくさん嫌なことがありました、でも、そうした嫌なことがあったからこそ、今の私がいるし、こうして、ご主人様とも出会えて、一緒に旅ができて、今、幸せだって思えることができているんです」 そう、今までに起きた嫌な出来事、それが存在していたことすらも否定してしまったら、それはその過程を経て形成された今の自分をも否定することになる。 中学生の時に失恋したこと、いじめをうけたこと、親友と喧嘩別れしたこと、バイト先で恥ずかしい失敗をしたこと……他にも嫌なことが今までにたくさん起きた。 時にはそれらの記憶を忘れたいと思うこともある。でも、その記憶があるからこそ、今の僕がいるし、今となってはどれも大切な思い出なんだ。 「理解できませんね……全く……お二人の考えが……」 村長が苛立たし気に僕たちを睨みながら言う。 そんな彼に、問いかける。 「村長は、今、幸せですか?」 「ええ、幸せですよ、嫌なことを忘れられて……あなた方はかわいそうですね、嫌なことが忘れられなくて!」 ぺっと地面につばを吐きかける村長。 「早くどこか行ってください、そして、二度とこの村に来ないでください!」 「言われずとも、もう来るつもりはありませんよ……ああ、でも、この村に来たということは忘れるつもりはありません、一生ね……」 最後にそれだけ言って、村長に背中を向けた。 クルシェと一緒に自転車に乗る。 僕はペダルを踏んで、前へと進みだした。 後ろは振り返らない。 きっと、これからも楽しいこともあれば嫌なこともたくさんあるだろう。 それでも僕たちは旅を続けていく。大切な思い出を増やしながら。私、今、とっても憂鬱なんです。 ご主人様と離れ離れにされた上に、自室に閉じ込められてしまったからです。 出ようとしても、ドアを開けるとすぐそこに使用人たちがいて、部屋の中に連れ戻されちゃうのです。 お気に入りのメイド服も捨てられて、普通の服を着せられてしまいました。 オフショルダーの白いワンピース……べつにこれが嫌というわけではないのだけど、ここ最近はずっとメイド服を着ていたので、なんだか違和感があります。 ハァッと、ため息ばかりついてしまう。 旅をする前は感じなかったのに、今はすごく感じる、この家の狭さを。 私はまだ広い世界を見ていたい。 そう強く思っていたとき、こんこん、とノックの音が聞こえてきました。 ドアが開くと、父が部屋に入ってきました。「お父さん、ここから出してください、私、ご主人様に会いたいです!」「ダメだダメだ、あんな男、もう忘れなさい、今日はクルシェにいい縁談の話を持ってきたんだ、相手はラルバド商会の会長の息子だ」「それ、お父さんがその人と結婚させたいだけじゃないですか、どうせ商売でメリットがあるからなんでしょう?」「ああ、そうだが?」「やっぱり、娘の幸せと商売、どっちが大事なんですか!」「どっちも同じくらい大事だ」「そんな……私の幸せの方が大事だって、嘘でも言ってほしかった」「何を言っている、嘘をついたら重罪じゃないか」 あ、そうでした。 私もだいぶ長いことここを離れていたから、感覚が鈍っちゃっているのかもしれません。「何が不満なんだ、お前にとっても悪い話じゃないはずだ、一生裕福な暮らしができるぞ」「そんなものいりません、私、ご主人様と旅がしたいんです」「旅なんでダメだ、そんな危険なこともうさせてたまるか、今度、ラルバド商会の会長とその息子をこの屋敷に招いて、パーティを開く予定なんだ、クルシェも出席すると伝えているからな」「ちょっと、勝手に決めないでください」「いいか、絶対にパーティーに出るんだぞ!」 と言ってお父さんは部屋を出ていってしまいました。 私、このまま好きでもなんでもない人と結婚させられてしまうのでしょうか。 はぁ、ご主人様、会いたいです……。 そのとき、コツ、コツ、とどこからか音がしました。 音がした方向を見ると、窓に石をぶつけられているようでした。 窓の外を見ると、
次の日―― 僕はクルシェの実家の前に来ていた。「……なんか、でかくね?」 思わず、大きく口を開けて、そう言ってしまう。 立派な門があり、庭があり、建物も三階建てで、見るからに金持ちの住む家って感じだ。「クルシェってもしかして貴族かなにかだったりする?」 とチャーリーが訊くと、「そういうわけではないんですけど、父が大商人で、商売でとても成功したみたいなんです」 彼女の靴やバッグがけっこう上等なものだったから、裕福な家庭なのかなとは思っていたけど、まさかここまでの家に住んでいたとは。「こんないい家に住んでいたのに、何であの屋敷でメイドなんかやっていたの?」 と僕が訊くと、「私、ずっと、両親の言いなりで、行く学校も交友関係も親に決められて、働く場所すらも決められそうで……私、それが嫌で、家出しちゃったんですけど、両親が使用人とかに私のことを捜索させていたみたいなんです。家に連れ戻されたくなかったので、まさかメイドをやっているとは思わないだろうなって考えて、あそこで働いていました」 そういう理由だったのか。 家に訪問する前に、僕はもう1つ確認しておくことにした。「一度は出た家に戻ることになるけど、それはいいの?」「はい、いつかは戻らないといけないとは思っていましたし、それに、ご主人様のこと、両親に紹介したいですから」「そっか」「ご両親、クルシェのことを心配してるんじゃない? かなり長い間帰っていないんでしょう?」 とチャーリーが言うと、クルシェは困ったような笑みを浮かべて、 「かもしれませんね」 彼女がそう言った後、僕が呼び鈴を鳴らすと、使用人らしき者が出てきた。「お、お嬢様!? しょ、少々お待ちください!」 彼は家の中に戻ると、数分くらいで、他に五人くらい使用人を連れて、戻ってきた。「お嬢様、どうぞ中へ、お連れの人も一緒に……」 促され、中へ入る。 外も豪奢だったけど、中もなかなかにすごかった。 天井にシャンデリア、床に高級そうな絨毯が敷かれていて、部屋の隅には高そうな陶器が置かれていて、壁にはドアがたくさんあった。「お父さんとお母さんは?」 とクルシェが使用人に訊いた。「今、外出中で……もうすぐ戻ってくると思います」「じゃあ、ご主人様、それまで家の中を案内しますね」 リビング、ダイニング、洗面所、トイレ
キランを騎士団に引き渡した後、僕たちは白銀の町を出た。 クルシェはずっと表情が暗く、チャーリーもテンションが低めだ。 まぁあんなことがあったしな……。 こういうときは、酒を飲んで、うまい飯を食うに限る。 ということで、訪れた町の酒場とかで、酒を浴びるように飲んだり、ドカ食いしたりしていたのだが、一時は明るくなっても、またすぐに皆元気がなくなってしまった。 どうしたもんか、と思いながら、街道で自転車をひたすら漕いでいた時、荷台に乗っていたクルシェがこんな提案をしてきた。「ご主人様、私の故郷に行きませんか」「クルシェの故郷っていうと、嘘をついてはならない国だっけ、たしか」「はい、そうです、ここから近いので、どうかと思って」「そっか、僕もそこには興味があったし、行ってみるか、チャーリーもいいよな?」「ええ」 ということで、クルシェの故郷に向かうことにした。 そして一週間後、クルシェの故郷である、嘘をついてはならない国の王都に着いたのだが――「あんたって、ほんとブスよね」「そういうあんたは性格が最悪よね」「なんですって!」「男は金よ、金!」「いいえ、顔の方が大事よ」「やっぱり女は胸だな、巨乳こそ正義!」「いや、違うな、女は尻だ」「ごめんなさい、実は私、浮気しているの」「ええ……」「しかも、あなたを含めて今、彼氏が三人いるの」「まじかよ……でも、よかった、実は俺も君以外に四人付き合っている女の子がいるんだ、俺たち、お似合いのカップルだな、あははははは」「は? ふざけんな」 町に入るなり、人々がそんな会話をしているのが聞こえてきた。「どうですか、言いたいことがはっきりと言える、素敵な町でしょう?」 とクルシェが微笑する。「うーん……」「そう……かしらねぇ……」 僕もチャーリーも微妙な反応を返した。「あ、どこか行きたいところ、ありますか? 案内しますよ」「じゃあ、ポーションを買いたいから、ちょっと薬屋に行きたいんだけど、どこにあるかわかる?」「薬屋ですね、ついてきてください」 とクルシェに連れていかれて、薬屋に入ったのだが、なんかどの商品も相場よりだいぶ高くないか? 他の客も「おい、店主、ぼったくりすぎだろ」とか言っている。それに対して「ああ、他の国の三倍の値段で売っているからな」なんて店主が返している。
「はぁ?」 キランのその提案に、チャーリーが怒りと呆れが混じったような声を上げる。「なんでテルがそんなことしないといけないのよ、あたしと勝負しなさいよ、ぼこぼこにしてあげるわ」「俺はテルと戦いたいんだよ」「ふざけないで、なんでそんな分が悪い戦いをテルにさせなきゃならないのよ」 チャーリーの言うことはもっともだ。でも……。 僕は深く考えて、決意した。「わかった、キラン、サシで戦おう」「そうこなくちゃ」「はぁー?」 チャーリーが今度は僕に怒りを向ける。「何言ってんのよ、テル、正気?}「ああ、正気だ」「前からバカなんじゃないかと思ってたけど、まさかここまでバカだったとはね、一応聞くけど、理由は?」「……親友の頼みを聞いてやりたいんだ」 親友という言葉に、ぴくりとキランが眉を動かしたのが視界の端に映った。「……そんだけ?」「ああ、そんだけだ」「はぁーーーー」 と大げさに溜息をつくチャーリー。「……あんたじゃ、キランに勝てないわ」「そうだろうな」「死ぬわよ」「かもしれないな」「それでもやるの?」「ああ」「……はぁ、わかった、もう好きにしなさい」 と投げやりな感じで言うチャーリー。 クルシェはというと、先ほどからあわあわとしていて、僕とキランを交互に何度か見た後、両者の間に入ってきた。「ちょ、ちょっと、なんでそんな、一騎打ちなんて……、二人とも、あんなに仲良かったじゃないですか、どうして戦わないといけないんですか、やめましょうよ、こんなことに何の意味が……」 キランが鋭い目つきでクルシェの方を見る。「うるせぇ! 男の戦いに口出すんじゃねぇ、引っ込んでろ!」 彼にものすごい剣幕で怒鳴られたクルシェはびくびくっと震えて、よろよろとした動きで僕とキランの間から離れていった。 それから、僕とキランは見つめ合った。 お互い示し合わせたように、同じタイミングで、鞘から剣を抜いた。 チャーリーもクルシェも、もう何も言わなかった。、ただ固唾を飲んで、僕たちを見守っている。 僕とキランはお互いに距離を詰めていく。無言で、ゆっくりと、間合いを確かめながら。 キランの持つ剣の方が剣身が長いので、彼のほうが早く間合いに到達する。 だから、最初に仕掛けてきたのは、キランの側だった。 僕の頭に向かって、剣を振り下ろしてくる。
僕たちは訪れた町の酒場などでキランの情報を収集しながら、旅を続けた。 一月以上経過した頃、白銀の町と言われているところで、キランがいるという情報を手に入れた。 僕たちはそこへ訪れることにした。 その町へ近づいていくにつれ、地面は雪道になっていき、 チャーリーは魔法で雪を溶かしながら前進した。 白銀の町へ着くと、入り口から少し先へ行ったところに、大きな雪ダルマがあった。「ようこそ、白銀の町へ」 雪ダルマがしゃべった!?「わぁ、かわいいですね」 とクルシェが目を輝かせている。 「魔法で喋っているのか?」「いえ、これはモンスターみたいね」 僕の問いにチャーリーが冷静に答える。 モンスターということなので、僕が短剣を鞘から抜いて、臨戦態勢をとると、雪ダルマが慌てた様子で、「ちょ、何もしないよ、僕は悪いモンスターじゃないよ」 と言うが、モンスターの言うことなので、僕は真に受けず、警戒を解かないでいると、一人の人物がこちらにやってきた。「安心してください、そのモンスターは本当に危害を加えたりはしませんよ」 やってきた人物がニコニコとした顔でそう言う。「あなたは?」「私は町長のビルモントです。その雪ダルマは私が物心ついた時からこの町にいる、穏やかな性格のモンスターですよ」 僕の疑問に町長はそう答えた。 周囲を見回すが、たしかにモンスターがいると言うのに、この町の人々は特に気にしているそぶりはなかった。 僕は短剣を鞘にしまい、警戒を解いた。 雪ダルマがほっと一息をつく。「僕が善良だとわかってくれたようでよかったよ、この町についてわからないことがあったら何でも言ってね」「じゃあ、訊きたいんだけど、この町に赤髪の美男子が来なかったか?」「赤髪の美男子……ああ、二日前にここに来たよ」「今はどこにいるかわかるか?」「ごめん、それはちょっと……」 としょぼんとした様子の雪だるま。「私もその赤髪の男を二日前に見かけましたが、今どこにいるかはわかりませんね、酒場にいけば、情報が手に入りやすいと思いますよ」 と町長が言うので、酒場の場所を教えてもらい、そこへ向かった。 店内に入ると、僕とクルシェがお酒を頼んで、届いたそれを飲みながら、キランのことについて聞き込みをすると、なんとほんの少し前までこの酒場にいたというのだ。 酒を一気
眠らない人々の町を出て、休憩しながら自転車をこぎ続けて、五日後、僕たちは眠るのが好きな人々の町というところに着いた。 が、しかし――「誰もいませんね」 とクルシェがぽつりと言う。 もう今は昼くらいの時間帯なのに、誰も見かけない。 どこの家も窓の奥が真っ暗だった。「ちゃんと、人は住んでいるんだよな……?」 と僕が疑問を口にすると、「そう聞いているけど」とチャーリーが自信なさげに言った。 人の気配がしない町の中を歩き回ること数十分、目の前にあった家の窓の奥が明るくなると、その家のドアから誰かが出てきた。「おや、旅人さんかな」 その人物が僕たちに近づいてくる。年齢はおそらく5,60歳くらいだが、若々しくて活力のある男性だった。「あなたは?」 と僕が訊くと、彼はよく通る声で、「私はここの町長のトルテスです、さぞやびっくりしたことでしょう、外に誰もいないから。まだほとんどの人が寝てるんですよ、ここの住民は皆一日に12時間は寝ていますからね」「12時間も?」「それ以上寝ている者もいるくらいですよ」「なんでそんなに寝ているんですか」「他の者は知りませんが、私は単純に好きだからですね、眠るのが。だって、朝、早起きせずにたくさん眠れるのって幸せじゃないですか?」 そう言われ、考えてみる。 前の世界では学校とかバイトとかで早起きしないといけないことが多かったから、休みの日に遅くまでぐっすりと眠れる時はたしかに幸せだったかも……。 それが毎日続くなると、さすがにそのありがたみが薄れそうだが。「どうですか、あなたたちも時間を気にせず、ゆっくり寝てみては」「そうですね、この町ではそうしようと思います、ところで、この町に中波と法村って人がいると思うんですけど、ご存じでしょうか」「ああ、知っているよ、知り合いなのかい? じゃあお二人の所に案内しよう、まずはここから近い、法村さんの方から行きましょうか」 町長はある家の前まで案内してくれると、二度寝すると言って去っていった。 まだ眠るつもりなのか……。 僕は法村の家の呼び鈴を鳴らした。 すると、すぐにドアが開かれ、男が出てきた。「どなたですか……て、矢島か?」「ああ、そうだ、久しぶりだな」「いや、ほんとそうだよ、元気してたか!」「うん、そっちは」「まぁ元気だよ、あ、どうぞ上
それから五分ぐらい歩いて、宿に着いた。 受付で宿屋の主人に部屋が空いているか聞くと、二人用の部屋と一人用の部屋がそれぞれ一つ空いていると返答が来た。「どうしようか、やっぱり、クルシェとは別々の部屋の方がいいよな……」 金銭的なことを考えると同じ部屋にしておきたいんだけど……。「え、同じでいいですよ、お金、もったいないじゃないですか」「そう? クルシェがいいならそうするけど……」「なに、同じ部屋だとあんた、なんかするの?」 とチャーリーが訝しんだ声を発する。「いやいや、まさか……」 と顔の前で手を左右にぶんぶんと振る。「追加料金を払えば、夕食と朝食をつけられますが、どうし
数時間おきに休憩をはさみながら自転車をこいでいると、遠くに村が見えてきた。「あれが次の目的地ね、不幸な人が誰もいない村と呼ばれているわ」 チャーリーがそう言うと、クルシェは目をキラキラとさせた。「不幸な人が誰もいない? ほんとだとしたら、とても素敵なところですね!」 不幸な人が誰もいない……本当なのだろうか? まぁ行ってみないとわからないか。 それからさらに数十分くらい自転車をこいで、村に到着した。 自転車を降りて、入り口を通ると、じろじろと村人たちから視線を浴びる。「旅人かい?」 近くに寄ってきたガタイのいい村人から声をかけられたので、僕は慌てて返事をした。「あ、はい
その日の夜、僕は自転車に乗った状態で、町の大広場の中心辺りにいた。 人通りはない。 街灯がいくつかついているだけなので、光は少ない。遠くの家々も明かりを消しているようで窓の向こうが真っ暗だった。 この状況でここにいたら、モンスターはこちらに来るはず…… なのだが、 「なかなか来ないわねー」 ふわぁ、とあくびをするチャーリー。 こいつは不思議なことに、人間と同じように、夜になったら眠くなり、睡眠をとる、人間とちがって、そんなに睡眠をとらなくても大丈夫らしいが。 「油断大敵だ。そういうときに敵は来るもんだ」 と言っているとき、何か物音がした。 上空の方だ。
「テル、もうすぐ町につくわよ」 と乗っているママチャリの方から声が聞こえる。 この自転車、なんとしゃべるのだ。 二年前、異世界に転移したのだが、そのときこのママチャリごとこっちの世界へ来てしまった。 元々は普通の自転車だったのだが、なぜかこの世界に来た途端、人間みたいに意志を持ち言葉を話すようになったのだ。「前方にモンスター発見」 とママチャリが言う。 数十メートル先に、角が額に生えたウサギ――アルミラージがいる 一見かわいらしいが、かなり狂暴で、人を見るやいなや襲い掛かってくる危険なモンスターだ。「で、どうするの?」「このまま轢こう」「わかったわ」 モンスターがこち







