「話を変えましょうか」 俯いたままの賢季に、平井が声をかける。「まだいらしたんですか?」 「ええ。本題はこっちじゃないんでね」 ほうきとちりとりを持って、平井は飛び散ったガラスの破片を丁寧に掃いていく。「まだ何かあるんですか?」 「東金豊が面白いことを教えてくれたんですよ」 「ユタカが?」 彼女の名前に喰らいついてきた賢季を見て、心の奥底でほくそえみながら、平井は言う。「東金円の葬儀で、ラベンダーの線香だけが使われていた、という話をね」 「ああ」 賢季はたいして興味もなさそうに、頷く。豊なら気づくと思った。翠子に会いに行った際に、香りによって記憶が元に戻ったのだろう。紫色の線香から立ち昇る白い煙は、賢季の記憶の中にも残っている。 円の葬儀でラベンダーの線香だけが使われたのはなぜか。参列者の記憶を曖昧にするためか。それともほかに何らかの理由があるのだろうか……平井が考え込んでいるのを横目に、賢季は呟く。「簡単な暗示ですよ。集団催眠みたいな」 平井が顔を上げて賢季の言葉に反応する。「犯人が仕組んだとでも?」 「その可能性もあると言いたいだけです」 あなたも東金円の式場へ足を運んでますよね? 今更、確認を取るように、平井は尋ねる。「東金円が死んだのは二月の末。あなたは白いマスクをつけて、車で鈴代泉観の送り迎えをしていたそうですね?」 「僕を疑っているんですか? たまたまですよ。それに、僕が花粉症に悩まされていることもご存知でしょう?」 ラベンダーの香りに影響されなかったのは彼が白いマスクを身に付けていた偶然。彼が花粉症であることは調査済みだが、よくできていると平井は思ったのだ。が。「まさか」 そこまで犯人は計算しているのか? 賢季がマスクをして式場の傍まで来ることまで。 沈黙を破るように、平井を呼ぶ声が響く。ちっと舌打ちして、平井は声のする方角へ駆けて行く。そして、大きな声で、思いがけない事実を、叫ぶ。「
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-16 Mehr lesen