บททั้งหมดของ 黒翼の悪役令嬢は偽りの聖女を許さない : บทที่ 71 - บทที่ 80

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71話 理想の世界と、愛おしい箱庭

​秋の気配が混じり始めた心地よい風が、学園のテラス席を吹き抜けていく。​白銀の髪をふわりと揺らしながら、エルミナは淹れたての紅茶を口にし、うっとりと目を細めた。その向かい側では、漆黒の髪をなびかせたルシエラが、優雅な所作で小さな焼き菓子を口へと運んでいる。​「ふふ、やっぱりルシエラちゃんと飲むお茶が一番おいしいな」​「もう、エルミナったら。毎日のように一緒にいるのに、よく飽きないわね」​ルシエラが少し呆れたように、けれど心からの温かな微笑みを浮かべて返事をする。その瞳には、かつて周囲を寄せ付けなかった氷のような冷たさはどこにもない。自分に向けられるまっすぐで優しい光だけが存在していた。​エルミナは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。​(ああ、本当に幸せ……。ずっと、こういう世界になればいいって思っていたんだもの)​エルミナ自身、いま起こっていることの「正確なカラクリ」など何も知らなかった。なぜあれほど刺々しく、自分を敵視していたルシエラが、ある日を境にこんなにも優しく微笑んでくれるようになったのか。なぜ以前は学園に漂っていた殺伐とした空気や人々の中毒的な争いが、いまや嘘のように消え去り、誰もが穏やかに笑い合っているのか。​彼女にとって、難しい理由は必要なかった。​幼い頃からずっと祈り続けてきたこと――世界から争いが消え、みんなが傷つけ合うのをやめ、大好きなルシエラと手を取り合って笑い合える日が来ること。その「理想の祈り」が、神様の奇跡によってようやく結実したのだと、エルミナは本気で信じ切っていた。​「ねえ、ルシエラちゃん。明日の放課後、王都の新しいドレスショップに行ってみない? すごく可愛い新作が入ったって、他のクラスの子から聞いたの」​「ドレス? ふふ、いいわね。エルミナに似合う明るい色のドレス、私が選んであげるわ」​「本当!? 嬉しい! 絶対ルシエラちゃんに選んでもらったのを着るね!」​無邪気に喜ぶエルミナの姿を、ルシエラは心から愛おしそうに見つめている。​その時、エルミナの胸の奥で――誰にも聞こえない、ごく小さな「歪み」の音が響いた。​(……あやしいな。ルシエラちゃんの深いところにある『何か』が、まだ少しだけ冷たい)​エルミナの意識の表面は、純粋で無垢な少女のままだ。だが、彼女の魂の深層に根を張り、彼女の存在そのも
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72話 影の落つる館と、沈黙の従者

夕闇が深く落ちる特別魔導Sクラスの女子寮。ルシエラ様がお休みになられた後の静寂の中、私――マルタは、整然と並べられた調度品を一つひとつ丁寧に拭き上げていた。​部屋の隅々に至るまで、寸分の狂いもなく清潔に保つ。それが専属メイドとしての私の勤めだ。​(……ああ、ルシエラ様は本日もとてもお幸せそうなお顔をなさっていた……)​クロスを動かしながら、ふと胸の奥に溢れ出す温かな感情に思考を委ねる。以前のルシエラ様は、いつもどこか思い詰めたような痛々しい表情をされていた。世界を守るだの、悪魔の企みを阻止するだのと言って、たったお一人で重すぎる宿命を背負い込もうとしていらっしゃったのだ。​けれど、いまは違う。エルミナ様というかけがえのないご友人がいつもお側にいてくださり、恐ろしい誤解や争いもすべて消え去った。ルシエラ様が笑顔でいてくだされば、私にはそれ以上の望みなど何もない。​(……ただ、時折……何かを忘れているような気が……)​指先がふっと止まる。頭の芯に、冷たい針で刺されたような小さな違和感が走る。​以前の私は……ルシエラ様のために、何をしようとしていただろうか?誰と連絡を取り、どんな指令を受けて動いていたのだったか……。​「マルタ、お茶のおかわりを淹れてくれる?」​ベッドの横のソファから、鈴を転がすようなかわいらしい声が届いた。エルミナ様だ。​「……はい、エルミナ様。ただいまお持ちいたします」​考えようとした途端、頭の中の霧がふわりと広がり、些細な疑問は瞬時に溶けて消え去った。深く考える必要などないのだ。エルミナ様のおっしゃる通りに動き、ルシエラ様をお守りし、この穏やかな日々を維持すること。それだけが私のすべてなのだから。​私はいつもの完璧な所作で一礼すると、湯気を立てる茶器へと向かって静かに歩みを進めた。​◇​学園から遠く離れた、王都の高級貴族街。重厚な門構えを誇るヴァルハイト公爵家の館は、夜の帳の中で不気味なほどにしんと静まり返っていた。​かつてこの館は、王国の栄華を象徴する場所だった。亡きオーガスト枢機卿をはじめとする高位の聖職者たち、そして王国の舵取りを担う重鎮貴族たちが連日のように集い、盛大な夜会や秘密の会合が開かれていた拠点。​しかし、いまやその面影はどこにもない。​「――だから言ったのです、アレクシス! あの忌
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73話 狂信の乙女と、偽りの遺志

学園の地下深く、かつて高位魔導師たちの禁書庫として使われていた空間。薄暗い燭台の火が揺れる中、セレス・オーガストは祈るように胸の前で両手を組み、静かに膝を突いていた。​「……セレス。報告を聞きましょう」​暗がりから響く、鈴を転がすような甘く澄んだ声。影の中から歩み出てきたのは、白銀の髪を揺らす聖女――エルミナだった。その愛らしい瞳の奥には、底知れぬ漆黒の禍々しい魔力が蠢いている。​「申し訳ございません、エルミナ様……」​セレスは深々と額を床に擦り付け、震える声で言葉を絞り出した。​「ルシエラは完全に罠へと引きずり込めましたが……第一王子ライネルは、思いのほか警戒心が強く……私のアプローチをあしらい、去ってしまいました。私の力不足です……どうか、お許しください……!」​セレスの身体は恐怖でわずかに震えていた。だが、その瞳に宿っているのは、逃れられない脅迫による怯えではない。目の前の「聖女」に対する、狂信的なまでの崇拝と心酔だった。​エルミナはクスリと小さく笑うと、セレスの前まで足音もなく歩み寄り、その小さな頬を優しく撫で上げた。​「いいのですよ、セレス。ライネル君は王族ですから、警戒心が強いのは当然です。それよりも……あなたは本当に良くやってくれました。亡きお父上も、きっと天国であなたの働きを誇りに思っていますよ」​「っ……! お父様を……!」​その言葉を聞いた瞬間、セレスの瞳に熱い涙が溢れ出した。​セレス・オーガスト。彼女もまた、エルミナの「祝福の光」によって魂を根底から書き換えられた、哀れな傀儡の一人だった。​しかし、彼女の洗脳は他の生徒たちとは少し異なっていた。セレスの心の中には、幼い頃から尊敬してやまなかった父――亡きオーガスト枢機卿への深い愛と誇りが、あまりにも強く根を張っていたのだ。悪魔の光は、その「父への誇り」すらも巧みに利用し、都合の良い歪んだロジックへとすり替えていた。​(……お父様。私は、お父様の遺志を継いでいるのですね……!)​セレスの頭の中で、記憶が美しく改ざんされていく。​――かつて父オーガストは、世界を救うために命を懸けて戦った。――そして今、世界を真の平穏へと導こうとしているのは、聖女エルミナ様だ。――ならば、父の遺志を正しく継ぐ者とは、エルミナ様に絶対の忠誠を誓い、あのお方の障害となる存在を
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74話 白濁の湯と、戻れぬ深淵

​特別魔導Sクラスの女子寮最奥にある、ルシエラの専用浴室。室内には大理石の浴槽からあたたかな湯気が立ち込め、甘く重たいハーブの香りが充満していた。​白濁した湯が満たされた大きな浴槽の中で、二つの美しい肉体が寄り添うように揺れている。​「ん……ルシエラちゃん、そこ……もう少し強く撫でて……」​「ふふ、ここかしら? もう、エルミナったら甘えん坊さんね……」​背後からエルミナの身体を抱きしめるようにして、ルシエラがその白い肩や背中に滑らかな手つきで泡を這わせている。水滴を弾く透き通るようなエルミナの肌と、気品に満ちたルシエラのしなやかな指先。立ち上る湯気の中で触れ合う二人の肌は、あまりにも美しく、そしてどこまでも妖しい淫靡さを帯びていた。​かつて、命を賭けて対立していた二人。聖女と悪役令嬢として、あるいは大天使の宿命と悪魔の企みとして、一触即発の刃を交えていた関係は――いまや影も形も存在しない。​「……ねえ、ルシエラちゃん。私ね、ルシエラちゃんとこうしてお風呂に入っている時が一番安心するの」​エルミナはうっとりと瞳を細め、後ろのルシエラの胸元へとすっぽりと体重を預けた。ルシエラはごく自然な動作でエルミナの腰に腕をまわし、その濡れた白銀の髪に優しく口づけを落とす。​「私もよ、エルミナ。貴方がいてくれるから、私の心はこんなにも満たされているの……。昔は、何をそんなにカリカリしていたのかしらね」​ルシエラの深紅の瞳には、かつての鋭い知性や大天使としての矜持は一切残っていない。ただ、エルミナという存在に対する、盲目的で甘美な「愛着」だけが滔々と注ぎ込まれていた。​思考の麻痺。精神の書き換え。そして――肉体的な接触を通じた、完全なる依存関係の構築。​単なる「仲の良いお友達」という領域は、すでに遠い過去に通り過ぎていた。毎夜のように同じベッドを共にし、こうして肌を重ね、互いの体温と肌触りなしでは夜も眠れないほどに、ルシエラの心身はエルミナという毒に浸やされ尽くしていた。​「んっ……ふふ、ルシエラちゃんの手、温かくて気持ちいい……」​ルシエラの指先が胸元を優しく撫で下ろすたびに、エルミナは甘い吐息を漏らし、ルシエラの頸椎へと頬を寄せた。​洗脳は、単に記憶を奪うだけではない。「この人がいなければ生きていけない」という強烈な身体的・精神的欲求を
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75話蜘蛛の糸と、断罪の誘惑

​秋晴れの爽やかな光が差し込む学園の回廊。 王城での情報収集を終え、反撃の手立てを模索していたライネルは、無駄のない足取りで歩を進めていた。 ​(ルシエラの中の光を取り戻すには、まずエルミナと二人きりになる機会を……) ​そこまで思索を巡らせた時、不意に甘い花のような香りが鼻腔をくすぐった。 ​「あ、ライネル君! やっと捕まえた!」 ​パッと目の前に現れたのは、弾けるような笑顔を浮かべたエルミナだった。白銀の髪を揺らし、無邪気にライネルの手元へと歩み寄ってくる。 ​「エルミナ……? どうしたんだい、そんなに急いで」 ​ライネルは瞬時に警戒のスイッチを切り替え、完璧な「好青年」の笑みを貼り付けた。 ​「あのね、今日ルシエラちゃんと一緒に特別なお茶菓子を用意したの! 最近ライネル君、すごく忙しそうだったでしょ? だから、たまには私たちと一緒に寮のお部屋でお茶でもどうかなって」 ​「二人のお部屋で……?」 ​「うん! クラスメイトみんなで飲むのも楽しいけど、今日はライネル君と3人でじっくりお話ししたいなって思って。ルシエラちゃんも待ってるよ?」 ​無邪気な瞳、屈託のない声。 エルミナ自身には、何の裏も悪意もない。ただ「仲の良い友人を部屋に招いてお茶を楽しみたい」という純粋な好意そのものだった。 ​ここで無下に断れば、かえってエルミナに不審がられ、警戒を強めさせてしまうかもしれない。 何より、洗脳されたルシエラの現状を間近で観察し、奪還の隙を探る絶好の機会でもあった。 ​「……なるほど、二人の差し入れなら断る理由がないな。喜んでお邪魔させてもらうよ」 ​「本当!? 嬉しい! さあ、行こう!」 ​エルミナはパッと表情を輝かせ、ライネルの腕を引くようにして歩き出した。 ライネルは心の中で冷や汗を流しながらも、その誘いへと足を踏み入れてしまった。 ​◇ ​女子寮の最奥に位置する、ルシエラとエルミナの自室。 重厚な扉を開けた瞬間、ライネルの肌に、ねっとりとまとわりつくような異常な熱気と甘い香りが巻き付いた。 ​「あら、ライネル君。いらっしゃい」 ​部屋の奥、豪華なソファに腰掛けていたルシエラが、気品あふれる笑みを浮かべて立ち上がった。 しかし、その装いはあまりにも不規則だった。肩から滑り落ちそうなほど薄いシルクのガウンを羽織っている
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76話 途絶えた聖光と、決意の遠征

​自室の重厚なデスクに向かい、ライネルは一房の金髪を払うのも忘れて羊皮紙の古文書を貪るように解読していた。 ​手元には、先ほど二人の誘惑から己の正気を繋ぎ止めた『解呪の琥珀』の残骸――ただの灰色の粉末と化したものが、小さな硝子瓶の中に収められている。 ​(『解呪の琥珀』の効果は絶大だった。悪魔の精神汚染を遮断し、歪められた認知を強制的に正常へと引き戻す力がある。……だが、王宮の最深部にすら、これ一つしか残されていなかった) ​ライネルは苦々しく吐き捨て、眉間を固く寄せる。 ​現在、王国における高位の聖職者や大司教たちは、エルミナの陰謀によって完全に全滅したも同然の状態だった。かつて神聖魔術の儀式や聖具の作成を担っていた大聖堂はもぬけの殻となり、教団の機能は完全に停止、あるいはエルミナを真の聖女と崇める傀儡たちの手に落ちている。 ​頼れる伝承者もいなければ、新たな解呪の道具を精製する技術も今の学園や王都には残されていない。 ​(しかし、悪魔に対抗する手段として『古代の神聖技術』が確実に有効であることも証明された。なら……探すしかない。王都の喉元を過ぎた、過去の遺跡や歴史の闇に埋もれた施設を) ​ライネルは羽ペンを走らせ、王国全土の地図の上にいくつかを円で囲んでいく。 ​高位聖職者たちが秘匿していた『神聖道具の保管庫』。 あるいは、教団が生まれる以前の古代大戦期に、悪魔を封印・退散させるために建造された『遺物研究施設』。 ​今の王都や教団が機能不全に陥っている以上、外へ出て、直接その眠れる遺産を掘り起こす以外にルシエラを救う道は存在しない。 ​「……ここか」 ​ライネルの指先が止まったのは、王都から遠く離れた北方の峻厳な山脈地帯――かつて初代聖王が神聖なる加護を受けたと言い伝えられる『白銀の霧峰・旧聖遺殿』だった。 ​すでに廃墟と化し、現世の地図からは抹消されている場所だが、古文書の記述が正しければ、そこには高位の悪魔を祓うための強力な神聖具や、洗脳を打ち破る秘術の記録が手つかずのまま眠っている可能性がある。 ​「学園を長期間離れるとなれば、当然エルミナたちの目を欺かなければならないが……」 ​ライネルの瞳に、冷徹な計算の光が宿る。 ​(幸い、先ほどのお茶会で僕は『王族としての格調高さと頑なさ』を演じて見せた。学園での調査や修行という名
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-09
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77話 父の背中と、託されし聖剣

​遠征当日の朝。 薄暗い未明の空に、わずかな朝焼けが差し込み始めた頃。王宮の馬車留めで旅の支度を整えていたライネルのもとへ、一人の近衛兵が息を切らせて駆け寄ってきた。 ​「ライネル殿下! 国王陛下がお呼びでございます。出発の前に、どうしても一言話したいと……」 ​ライネルは微かに目を見張った。 ​父――国王レオンハルト・フォン・グラン・ヴァリア。 冷徹な政治家であり、常に国家の安定を最優先にする父とは、決して仲が悪いわけではなかったが、必要以上の会話を交わすような間柄でもなかった。第一王子として完璧であることを求められ、ライネルもまたそれに完璧に応え続けてきた、どこかビジネスライクな父子関係。 ​その父が、早朝の旅立ち直前に自分を呼び出すとは、一体何の用だろうか。 ​ライネルは身を翻し、重厚な玉座の間へと足を向けた。 ​◇ ​朝もやが立ち込める静寂の玉座の間。 重厚な執務机の前に佇む父レオンハルトは、いつになく疲れを滲ませた眼差しで、入ってきたライネルを見つめた。 ​「父上。お呼びでしょうか」 ​ライネルが隙のない礼を捧げると、レオンハルトは低く重厚な声で応えた。 ​「うむ。修練のための単独遠征……急な申し出であったな、ライネル」 ​「……ご不快に思われたのでしたら、お許しください。ですが、いまの私には、学園の領域を超えた研鑽が必要なのです」 ​「不快などと、誰が言った」 ​レオンハルトは静かに首を振り、ゆっくりとライネルの前まで歩み寄ってきた。その威厳に満ちた瞳が、射抜くようにライネルの顔を見つめる。 ​「お前の最近の動きは知っている。王城の秘密書庫を漁り、各地の異変を一人で追い、そして――あのルシエラ・フォレストの身を案じ、奔走していることもな」 ​「っ……!?」 ​ライネルの背筋に、冷たい緊張が走った。 隠していたはずの行動。完璧に気配を消していたはずの探索。父はどこまで察知していたというのだ。 ​動揺を隠せないライネルに対し、レオンハルトはフッと口元をわずかに緩めた。どこか可笑しそうに、そしてどこか誇らしげに。 ​「何を驚いている。己の息子の変化くらい、親が見抜けずにどうする。……恋でもしているような顔だな。あの気高き公爵令嬢のために、一人で無茶を背負い込もうとしているのだろう」 ​「父上……私は……」 ​
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-11
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78話 霧の祠と、最後の奉納者

​馬車を降り、冷たく澄んだ霧が立ち込める『白銀の霧峰』の山道を登ること数時間。​道なき道を進み、かつて『旧聖遺殿』と呼ばれていた廃墟の入り口へとたどり着いたライネルは、思いがけない光景に目を見張った。​風化した巨大な石造りの鳥居のようなアーチの傍ら。小さな石造りの祠の前に、かすかな火を灯したろうそくを供え、深く首を垂れて祈りを捧げる一人の人物がいたのだ。​ボロ切れのような深いフード付きのローブを羽織った、腰の曲がった謎の老婆だった。​(……人里から远く離れた、地図からも消されたこの山深くに……老婆が……?)​ライネルは腰の神聖剣『アルヴァ=クレイド』の柄にそっと手を置き、警戒を緩めぬまま静かに歩み寄った。​「失礼。こんな山奥で、一体何をされているのですか」​ライネルの声に、老婆はゆっくりと身体を起こし、フードの奥から落ち窪んだ、しかし驚くほど澄んだ瞳を向けた。​「おや……このような寂れた聖域に、身分の高そうな若者が何の用じゃな? ここにはもう、黄金の宝も、権力を示すものも何一つ残されておらぬぞ」​老婆の声は枯れ木が擦れ合うように低く、だがどこか荘厳な響きを帯びていた。​「宝探しに来たわけではありません」​ライネルは凛とした立ち姿のまま、深く息を吐き出した。目の前の老人に隠し立てをする必要性を感じず、むしろこの異様な場所に立ち続けている理由を知りたくて、まっすぐに言葉を紡ぐ。​「僕は学園から来ました。……いま、王都も、学園も、悪魔の放つ甘美な毒によって呑み込まれようとしている。僕はそれに対抗する術を……ルシエラ・ヴァルハイトを救うための光を探しに来たのです」​「ルシエラ……ヴァルハイト……?」​老婆がその名にぴくりと反応した。​「ええ。彼女は……かつて亡きオーガスト枢機卿によって、かつて天界を統べた『大天使ルシエラ』の生まれ変わりであると見抜かれた少女です。いま彼女は学園で、かつて自身と天界を落としめた悪魔そのものと……たった一人で、命を賭して戦っていたのです。そして今、悪魔の術にはまり、その記憶と意志を奪われてしまっている……!」​ライネルの言葉を聞いた瞬間。​老婆の瞳が大きく見開かれた。合わせられていた皺だらけの両手がプルプルと激しく震え出し、フードの陰からポロポロと大きな涙が溢れ落ちていく。​「お命……ルシエラ様が……!
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-14
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79話 白銀の誓いと、真実の神器

​老婆に導かれ、ライネルは旧聖遺殿の地下へと通じる重厚な石の扉を開けた。​外界の霧と湿気を遮断するように配置された結界の階段を下りていくと、そこには外の廃墟からは想像もつかないほど澄み渡った聖なるマナが満ちていた。壁面に埋め込まれた神聖結晶が淡い蒼白の光を放ち、二人の足元を静かに照らしている。​「ここが……聖遺殿の最奥……」​最深部に広がるドーム状の祭壇の中央。そこに、透明な水晶の台座に安置された一筋の光――小さな「鈴」の形をした神器が静かに浮遊していた。​小さく繊細な鈴でありながら、そこから放たれる気品と神聖な波動は、ライネルが携えてきた秘剣『アルヴァ=クレイド』をも上回るものだった。​「これこそが、我ら一族が何百年も護り続けてきた『覚醒の聖鈴』にございます」​老婆は恭しく膝を折り、震える指先で祭壇を指し示した。​「かつて大天使ルシエラ様が天界を統べられていた頃、その清廉なる御魂の共鳴を受けて鳴り渡ったとされる神器。この鈴が奏でる聖なる音色は、いかなる悪魔の幻術や精神の死滅をも打ち払い、魂の奥底に沈んだ『真の記憶』を呼び覚ますと言われております」​「『覚醒の聖鈴』……!」​ライネルは息をのんだ。​『解呪の琥珀』は単に悪魔の洗脳波動を一時的に遮断するだけの防具に過ぎなかった。だが、この聖鈴ならば――エルミナ(悪魔)によって魂の深層まで泥で塗り潰され、自ら快楽と平和の錯覚に沈み込んでいるルシエラの意識を、根底から引き上げることができる。​「若き騎士よ……ルシエラ様を覆う悪魔の呪縛は、あまりにも深く、甘美なものでございましょう」​老婆は哀愁の漂う瞳でライネルを見上げた。​「一度『幸せな毒』に浸った魂は、自ら目を覚ますことを拒むもの。あの御方を救い出すには、この聖鈴の音色とともに、貴方様自身の命を賭した『強い想い』と『言葉』が必要となります。……その覚悟は、おありか?」​「覚悟など……最初からできています」​ライネルは迷いなく一歩を踏み出し、水晶の台座へと手を伸ばした。​指先が『覚醒の聖鈴』に触れた瞬間、凛とした清涼な音色が地下聖堂に響き渡る。​チリーン――。​その音波がライネルの全身を駆け抜けた瞬間、脳裏にルシエラの姿が鮮明に浮かび上がった。冷徹な面持ちで孤立を恐れず戦っていたあの強い瞳。そして、洗脳され、エルミナの隣で理由も
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-15
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80話 暗闇の咆哮と、試される白銀

​旧聖遺殿を後にし、霧が徐々に引き始めていた深山の山道を下っていたライネルの足が、突如としてピタリと止まった。​――ゾク、と背筋を凍りつかせるような禍々しい気配。​静まり返っていた森の木々が不気味にざわめき、足元の草木が一瞬にして黒く変色し、枯れ果てていく。​「……出てこい。そこにいるんだろう」​ライネルが低く言い放つと、前方の深い茂みの中から、ドロリとした濃密な漆黒のモヤが溢れ出してきた。​モヤは意思を持つかのように蠢き、不気味な質量を増しながら凝縮していく。やがて姿を現したのは、学園の野外訓練で遭遇したシャドウ・ウルフとは比較にならないほど巨大で異形な、漆黒の巨大狼だった。​その漆黒の毛並みは流動する悪意そのものであり、赤く光る三つの瞳が、憎悪を撒き散らしながらライネルを睨みつけている。胸元で脈動するのは、あの不気味な『漆黒の核』。​(……悪魔の欠片が具現化したものか。僕がこの聖遺殿で『神器』を手に入れたことを察知して、差し向けられた刺客か……!)​「グ……アアアアアッ……!!」​大気を震わせる狂暴な咆哮とともに、黒狼が地面を蹴った。巨体に似合わぬ圧倒的な速度。鋭い爪が死の風を切ってライネルの首元へと迫る。​「くっ……!」​ライネルは瞬時に身を翻し、紙一重で爪を回避した。直後、黒狼の爪が掠めた巨岩が、まるで豆腐のように容易く叩き割れる。​(速い……! だが、ここで足止めされているわけにはいかない……!)​ライネルは腰の鞘から、父レオンハルトから託された神聖剣『アルヴァ=クレイド』を一気に引き抜いた。​シャキィン――ッ!​薄暗い森の中に、目も眩むような澄み切った銀色の閃光が走り抜ける。​「ガァッ……!?」​神聖剣から溢れ出す純粋な神聖マナに触れ、黒狼が不快そうに顔を歪めて後退した。悪魔の欠片で構成されたその肉体にとって、代々王家に伝わる神聖具の光は、存在するだけで皮膚を焼き尽くす劇薬に他ならない。​「僕には……立ち止まっている時間はないんだ」​ライネルは剣を深く構え、胸の内に『覚醒の聖鈴』の存在を感じながら、静かに息を整えた。​(学園では、ルシエラが……あの甘美な地獄の中で、今も救いを待っている。僕がここで倒れれば、あの箱庭を破る者は誰もいなくなる……!)​「ハアアアアッ!」​ライネルは足裏に魔力を集中させ、地面を
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