『帰さないって……あなたにそんなことを決める権利があるんですか?』久恵の声が低くなった。『香子は私たちの家族です。部外者が口を出さないでください』「部外者ではありません。俺はずっと、この子を探していたんですから」勇樹はそう言ってから、続けた。「もちろん、最終的に決めるのは香子です」「ただ、本人が帰りたくないと言っている。それなら、無理に帰らせるつもりはありません」『あの子がそんなことを言うはず――』「言いましたよ」久恵が黙り込む。勇樹は香子へ視線を向けた。受話器から漏れる久恵の声を聞きながら、香子は不安そうに両手を握りしめている。「それに、香子は怪我をしています」『怪我?』久恵の声がわずかに揺れた。しかし、続く言葉は勇樹の予想とは違った。『あの子、また何かしたんですか?』勇樹の目が冷たくなる。「……また?」『香子は昔から不注意なところがあるんです。きっと今回も――』「バルコニーから落ちても?」『……え?』今度こそ、久恵が言葉を失った。香子も勇樹を見つめる。「香子から聞きました。妹に突き落とされたそうですね」『そんな……姉妹のちょっとした喧嘩でしょう』香子の瞳が揺れた。勇樹はそれを見て、静かに息を吐いた。「手すりにつかまっている香子の指を一本ずつ外すことを、あなたの家では喧嘩と呼ぶんですか?」『それは香子が勝手に――』「もう結構です」勇樹の声は穏やかなままだった。それでも、久恵の言葉を完全に遮った。「今夜、香子は帰しません」『待ちなさい!』「おやすみなさい」勇樹は通話を切った。静かになった室内で、香子は呆然と勇樹を見つめた。「……よろしかったのでしょうか」「何が?」「お義母様を怒らせてしまいました」明日になれば、もっと怒られるかもしれない。そう考えただけで、胸が苦しくなる。勇樹はそんな香子の前に屈み、目線を合わせた。「香子は何も悪くない」「でも……」「殺されそうになったのに、相手を怒らせないことを心配しなくていい」香子は何も言えなかった。そんなふうに言われたのは初めてだった。「今日はもう休もう」勇樹が立ち上がる。「部屋は用意してあるから」「勇樹お兄ちゃんは……?」「隣の部屋にいるよ。何かあったらすぐ呼んで」その言葉に、張り詰めていたものが少しだけほどけた。「…
最終更新日 : 2026-09-15 続きを読む