「うん。今のおうちより少し小さくて、お庭があって……近くに公園があるおうち。パパが、スマホで写真見せてくれたの」 真帆の胸の奥で、冷たい塊がどっしりと沈んだ。 避難した夜、菜月宅の床の上で見つめたあの不動産パンフレット。沙耶のアトリエから二駅隣にある、一戸建ての分譲地。悠人は本当に、あの写真を七海に見せていたのだ。「そのおうちにね……行くの。八歳になったら」「そこには……誰が住むの?」 真帆が問いかけると、七海は上目遣いに真帆の顔を見た。その瞳には、真帆の表情を探るような、恐る恐るの色彩が混ざっていた。「……パパと、七海と……沙耶ママ」 言葉が、静かな部屋の中に落ちた。 真帆は呼吸を止めた。 分かっていたはずだった。あの夜の資料整理で、悠人の描いていた未来像に自分の名前がないことは知っていた。それでも、娘の口から直接「沙耶ママと住む」という言葉が出た瞬間、胸の開いた傷口に冷水を流し込まれたような痛みが走った。「ママは……?」 真帆は声を絞り出した。自分の声が、自分のものではないように遠く聞こえた。「ママのことは……お父さん、なんて言ってたの?」 七海は真帆の指を、小さな手でぎゅっと握り返してきた。「パパね……『ママはお仕事がとっても大事だから』って言ってた」「お仕事……?」「うん。『ママはもっと大きなお仕事をするから、遠くに行っちゃうかもしれないんだよ』って。『ママは忙しいから、一緒には来られないかもしれない』って……」◇ 真帆の背筋を、冷たい刃で撫でられたような寒気が駆け抜けた。 悠人は、七海に対して真帆を「悪者」としても「死んだ人」としても語っていなかった。 悠人は、真帆が病気になるとも、事故に遭うとも言っていなかった。もっと穏やかで、反
最終更新日 : 2026-10-08 続きを読む