受話器から聞こえる学童の指導員の声が、不規則な雑音のように耳を叩いていた。『学校の担任の先生に確認しましたところ、“今日は下校時刻に合わせて、ご家族の方が校門までお迎えに来られて、一緒に帰られましたよ”とおっしゃるんです』 ご家族の方。 真帆の手から血の気が引いていくのがわかった。玄関のドアノブを握りしめていた指先が、氷のように冷たく強張った。 真帆は家から一歩も出ていない。では、誰が七海を迎えたというのか。「……吉岡先生、その“ご家族”って、誰のことかわかりますか?」『ええと、担任の先生によると、お父様だと伺っておりますが……違いましたでしょうか?』 お父様。悠人だ。 真帆は背筋を跳ね上げ、玄関から廊下へと取って返した。 奥の書斎のドアは、さきほど真帆が家を出ようとした時と同じように、静かに閉ざされていた。隙間から漏れていた英語のミーティングの声は、いつの間にか消えている。 真帆はドアノブを回し、勢いよくドアを押し開けた。「悠人!」 静まり返った部屋。 デスクの上のノートパソコンには、オンライン会議の画面が開いたまま残されていた。だが、椅子には誰も座っていない。壁のフックに掛かっていたはずの悠人の上着も、玄関にあった革靴も、なくなっていた。 会議中のはずだった。だが、書斎から聞こえていたのは、ノートパソコンのスピーカー越しに流れる会議相手の声だったのだ。悠人は、真帆が荷物をまとめるため寝室へ入った隙に玄関から出て、小学校へ向かっていた。 真帆の手がガタガタと震え始めた。 スマートフォンを取り出し、通話履歴から悠人の番号をタップする。耳にあてた受話器の中で、呼び出し音が虚しく響いた。 一回、二回、三回。 出ない。真帆は息を詰め、爪が皮膚に食い込むほど握りしめた。 五回目の呼び出し音が途切れ、プツリと接続音がした。『あ、真帆? どうしたの?』 受話器から聞こえてきたのは、拍子抜けするほど穏やかで、何の揺
最終更新日 : 2026-10-03 続きを読む