「放せ! 今すぐ、その手をどけろ!」貴之の怒鳴り声が、リビングに響いた。捜査員2人が腕を背中へ回し、手錠をかける。ついさっきまで玄関を蹴り開けていた勢いは、金属の噛み合う音とともにしぼんだ。「俺が誰だかわかってるのか! 天城ホールディングスの海外営業統括常務だぞ。弁護士が来るまで、一言も話さない!」捜査主任は動じず、逮捕状を示した。「結城貴之さん。業務上横領、特別背任、有印私文書偽造とその行使、外国為替関連法違反の容疑です。弁護人を選任する権利と、供述を拒む権利については、移動中にも改めて説明します」貴之の目が、ソファへ向いた。スーツ姿の紗月は、カップを置いたまま夫を見ている。蓮は、その半歩後ろに立っていた。「紗月。おまえが仕組んだんだな」「仕組んだんじゃない。あなたのしたことが、明るみに出ただけ」夫の顔が、見慣れない形に歪んだ。それを見ても、紗月は声を落とさなかった。「私に隠していた書類も、父の会社から抜いたお金も、全部記録に残っているわ」「黙れ。会社の何がわかる」「これから、わかるようになる。自分で、確かめるから」声は大きくない。けれど、揺れなかった。捜査主任が、捜索差押許可状を持つ捜査員に合図する。書斎と業務用タブレット、ホームカメラのサーバー、私用の金庫。次々と保全されていった。自分のノートパソコンが証拠袋へ入れられるのを見て、貴之は初めて言葉を失った。普段は紗月のスマートフォンも行動も支配していた男が、自分の物一つ、触れられずに立っている。蓮が、ルミエールの監査チームの作成した資料一覧を渡した。「シンガポールとケイマン諸島の法人3社の取引記録です。直近5年間で、東アジアの物流代金から消えた額は、42億円。白石物産の担保権の書類にある、署名の鑑定資料も添付しています」数字と日付の並ぶ表を見て、貴之の顔が固まった。「たかが料理人が、どうしてそれを……」ジャン=リュックがフランス語で話し、そばの通訳が落ち着いて伝えた。「一ノ瀬シェフは、ルミエールのアジア戦略ファンドの最大出資者であり、本社の特別監査権限を持つ取締役です。料理人は彼の職業。監査は、彼が行使した権限です」貴之の唇が開いた。金で雇った飯炊きだと侮辱した相手が、取引資料を握る当事者だった。ようやく、それが理解できた顔だった。「馬鹿な。こんな
ปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-24 อ่านเพิ่มเติม